298 / 384
褐色
298
しおりを挟む
週刊誌の時の名刺を捨てさせて、春樹はそのまままたデスクに戻る。そしてパソコンを起動させた。すると倫子のプロットが送られてきているのに気がつき、それを開いた。物語は佳境に入っている。
遊郭の中は疑心暗鬼に満ちあふれ、諍いが耐えなくなった。客を取った、とられたという夕助動詞の諍いや、客が禿に手を出そうとしていたり、もう荒れ放題だと思う。その中で主人公の遊女は、冷静に殺されている遺体を下男と解き明かしていた。
「……。」
当初、下男と遊女につきあいがあるものなのかと思っていたが、珍しい話ではない。手を出すのは御法度だが、手を出さなければ普通につきあいの出来ることだし、何よりこの下男は衆道なのだ。主人公の遊女に手を出すことはない。
今回はその下男のまぐわいが書かれている。これは誰に聞いたのだろう。弟の栄輝なのか。それとも「三島出版」の田島昌明なのかそれはわからないが、とにかくリアルなものだ。
「編集長。」
「ん?」
プロットを読んでいるところに、加藤絵里子が声をかけてきた。
「田端さん、真木先生に嫌がられたんですよね。」
「あぁ。ちょっと駄目だったみたいだ。」
「……あの。私、担当しても良いですよ。」
その言葉に思わず絵里子をみた。
「加藤さんは担当大丈夫なの?」
「前から真木先生の本はずっと読んでましたし、気になってました。もう少しミステリー要素を強くして欲しいとも思っていたし。」
「言える?」
「駄目なら仕方ないですよ。でも、駄目とは言わせません。」
「強気だね。頼もしい。」
最初、絵里子はミステリーに官能部分を入れるのを拒否していた。そんなものが無くても、ミステリーで読ませて欲しいと思っていたのだろう。だから半分は恋愛小説だという真木孝弘の小説は、拒絶していたところがあるがやはり男の存在は絵里子に良い影響を与えていた。
「明日、もう一度真木先生のところへ行くから、加藤さんも一緒にいこうか。」
「お願いします。」
絵里子はそういって自分のデスクに戻っていく。そのときオフィスに一人の男が入ってきた。それは新たに田島政近と倫子の合作の漫画を担当する男で、浜田とは違い春樹よりも年上の男だった。
「藤枝編集長。」
「どうしました?」
「田島先生が、藤枝編集長に頼みたいことがあると言ってきてですね。今、底にいるんですけど時間とれます?」
「えぇ。良いですよ。」
そういって春樹はパソコンをスリープにすると、オフィスをでていく。するとその入り口に政近の姿があった。相変わらず派手な出で立ちだ。耳にも口元にもピアスがあり、破れたジーパンはどこをどう見てもパンクロッカーだった。
「忙しいのに悪いですね。」
「いいえ。どうしました。」
「頼みたいことがあるんですよ。今日の夜、仕事何時に終わりそうですか。」
「少し定時からはすぎそうですけどね。十九時には終わると思います。」
「わかった。だったら、十九時に下で待ってます。倫子も一緒ですよ。」
「り……小泉先生ですか?」
驚いたように、担当の男が政近を見る。確かに合作で作品を作ってくれているが、その口調はまるで恋人か夫婦のようだと思ったからだ。
「じゃ、よろしく。」
政近はそういってエレベーターの方へ向かっていく。その様子に、担当の男が春樹に聞いてきた。
「つきあってるみたいですね。」
「そんな話は聞いてませんけど。」
「年頃も一緒でしょう。良いんじゃないんですか。小泉先生もあんな感じだし、似たもの同士がくっつくんでしょうね。」
のんきに男が言うのを聞いて、春樹は複雑そうにため息をついた。
仕事を終えて一階にやってくると喫煙スペースに、倫子と政近の姿があった。その様子に春樹は少し複雑な気持ちを抑えきれない。本当に恋人同士のように見えたから。
いいや、つきあっているのは自分なのだ。倫子を政近に渡すつもりはない。そう思いながら喫煙スペースに向かう。
「何だよ。お前、チョコレートとか用意してねぇの?」
「何のために?バレンタインデーなんか、菓子屋の策略じゃない。」
「っていってもよぉ。こんなのは気持ちだろ?」
「あ。藤枝さんが来たわ。」
そういって倫子は煙草を手にしたまま、手を挙げる。すると春樹も底にやってきて、少し笑った。
「急にどうしたの?」
「飯をおごってやるから、つきあって欲しいところがあるんですよ。」
「食事?」
すると倫子も煙を吐き出して、春樹を見上げる。
「後で伊織も合流するわ。泉は礼二のところへ行くんでしょうから。」
泉もこういう行事を大事にしているのだろう。何をあげたらいいのか悩んでいたくらいだ。相談されたように、あのブドウジュースをプレゼントしたのかもしれない。
「どこへ行くんですか。」
春樹も煙草を取り出して、それをくわえながら政近に聞く。
「古着屋。」
「古着?」
「作品に刑事の役を出すって言ってたじゃん。」
「あぁ。一昔前のスーツを着こなした、背の高い男という設定でしたね。」
自分で言って春樹は驚いたように政近を見る。
「俺?」
「そうですよ。」
「コスプレなんかをして欲しいと?」
「そうしないとイメージがわかないんですよ。体型とか、ぴったりだと思うし。」
思わず頭を抱えた。大学の時の学祭で、そういうことをしたことがあるがまさかこの歳になってするとは思ってなかった。
「倫子もそれをみたいと?」
思わず小泉先生と言えなかった。それくらい動揺していたのだ。
「そうね。隙のない刑事って設定だし、真っ先に春樹を思いだしたのよ。別にそれを来て表を歩く訳じゃないんだから良いと思うけど。」
「ハロウィンじゃねぇんだよ。」
普段からハロウィンのような格好をしているのに、他人に強制すると思ってなかった。倫子もそれを望んでいるのだろうか。
「良いじゃん。スーツだし、別に変な格好する訳じゃないだろう?」
「あっちの方のスーツは、この国のスーツとは全く違う。それに時代も違えば、形も全く違う。」
「素人が見てもわからないですよ。な?」
この強引さで、コスプレをさせられたのだ。倫子はため息をつくと、春樹を見上げる。
「あきらめて着せ替え人形になってくれる?」
すると春樹は頭を抱えて、恨めしそうに二人をみた。手段を選ばないのは仕方ないが、ここまでとは思っていなかったからだ。
遊郭の中は疑心暗鬼に満ちあふれ、諍いが耐えなくなった。客を取った、とられたという夕助動詞の諍いや、客が禿に手を出そうとしていたり、もう荒れ放題だと思う。その中で主人公の遊女は、冷静に殺されている遺体を下男と解き明かしていた。
「……。」
当初、下男と遊女につきあいがあるものなのかと思っていたが、珍しい話ではない。手を出すのは御法度だが、手を出さなければ普通につきあいの出来ることだし、何よりこの下男は衆道なのだ。主人公の遊女に手を出すことはない。
今回はその下男のまぐわいが書かれている。これは誰に聞いたのだろう。弟の栄輝なのか。それとも「三島出版」の田島昌明なのかそれはわからないが、とにかくリアルなものだ。
「編集長。」
「ん?」
プロットを読んでいるところに、加藤絵里子が声をかけてきた。
「田端さん、真木先生に嫌がられたんですよね。」
「あぁ。ちょっと駄目だったみたいだ。」
「……あの。私、担当しても良いですよ。」
その言葉に思わず絵里子をみた。
「加藤さんは担当大丈夫なの?」
「前から真木先生の本はずっと読んでましたし、気になってました。もう少しミステリー要素を強くして欲しいとも思っていたし。」
「言える?」
「駄目なら仕方ないですよ。でも、駄目とは言わせません。」
「強気だね。頼もしい。」
最初、絵里子はミステリーに官能部分を入れるのを拒否していた。そんなものが無くても、ミステリーで読ませて欲しいと思っていたのだろう。だから半分は恋愛小説だという真木孝弘の小説は、拒絶していたところがあるがやはり男の存在は絵里子に良い影響を与えていた。
「明日、もう一度真木先生のところへ行くから、加藤さんも一緒にいこうか。」
「お願いします。」
絵里子はそういって自分のデスクに戻っていく。そのときオフィスに一人の男が入ってきた。それは新たに田島政近と倫子の合作の漫画を担当する男で、浜田とは違い春樹よりも年上の男だった。
「藤枝編集長。」
「どうしました?」
「田島先生が、藤枝編集長に頼みたいことがあると言ってきてですね。今、底にいるんですけど時間とれます?」
「えぇ。良いですよ。」
そういって春樹はパソコンをスリープにすると、オフィスをでていく。するとその入り口に政近の姿があった。相変わらず派手な出で立ちだ。耳にも口元にもピアスがあり、破れたジーパンはどこをどう見てもパンクロッカーだった。
「忙しいのに悪いですね。」
「いいえ。どうしました。」
「頼みたいことがあるんですよ。今日の夜、仕事何時に終わりそうですか。」
「少し定時からはすぎそうですけどね。十九時には終わると思います。」
「わかった。だったら、十九時に下で待ってます。倫子も一緒ですよ。」
「り……小泉先生ですか?」
驚いたように、担当の男が政近を見る。確かに合作で作品を作ってくれているが、その口調はまるで恋人か夫婦のようだと思ったからだ。
「じゃ、よろしく。」
政近はそういってエレベーターの方へ向かっていく。その様子に、担当の男が春樹に聞いてきた。
「つきあってるみたいですね。」
「そんな話は聞いてませんけど。」
「年頃も一緒でしょう。良いんじゃないんですか。小泉先生もあんな感じだし、似たもの同士がくっつくんでしょうね。」
のんきに男が言うのを聞いて、春樹は複雑そうにため息をついた。
仕事を終えて一階にやってくると喫煙スペースに、倫子と政近の姿があった。その様子に春樹は少し複雑な気持ちを抑えきれない。本当に恋人同士のように見えたから。
いいや、つきあっているのは自分なのだ。倫子を政近に渡すつもりはない。そう思いながら喫煙スペースに向かう。
「何だよ。お前、チョコレートとか用意してねぇの?」
「何のために?バレンタインデーなんか、菓子屋の策略じゃない。」
「っていってもよぉ。こんなのは気持ちだろ?」
「あ。藤枝さんが来たわ。」
そういって倫子は煙草を手にしたまま、手を挙げる。すると春樹も底にやってきて、少し笑った。
「急にどうしたの?」
「飯をおごってやるから、つきあって欲しいところがあるんですよ。」
「食事?」
すると倫子も煙を吐き出して、春樹を見上げる。
「後で伊織も合流するわ。泉は礼二のところへ行くんでしょうから。」
泉もこういう行事を大事にしているのだろう。何をあげたらいいのか悩んでいたくらいだ。相談されたように、あのブドウジュースをプレゼントしたのかもしれない。
「どこへ行くんですか。」
春樹も煙草を取り出して、それをくわえながら政近に聞く。
「古着屋。」
「古着?」
「作品に刑事の役を出すって言ってたじゃん。」
「あぁ。一昔前のスーツを着こなした、背の高い男という設定でしたね。」
自分で言って春樹は驚いたように政近を見る。
「俺?」
「そうですよ。」
「コスプレなんかをして欲しいと?」
「そうしないとイメージがわかないんですよ。体型とか、ぴったりだと思うし。」
思わず頭を抱えた。大学の時の学祭で、そういうことをしたことがあるがまさかこの歳になってするとは思ってなかった。
「倫子もそれをみたいと?」
思わず小泉先生と言えなかった。それくらい動揺していたのだ。
「そうね。隙のない刑事って設定だし、真っ先に春樹を思いだしたのよ。別にそれを来て表を歩く訳じゃないんだから良いと思うけど。」
「ハロウィンじゃねぇんだよ。」
普段からハロウィンのような格好をしているのに、他人に強制すると思ってなかった。倫子もそれを望んでいるのだろうか。
「良いじゃん。スーツだし、別に変な格好する訳じゃないだろう?」
「あっちの方のスーツは、この国のスーツとは全く違う。それに時代も違えば、形も全く違う。」
「素人が見てもわからないですよ。な?」
この強引さで、コスプレをさせられたのだ。倫子はため息をつくと、春樹を見上げる。
「あきらめて着せ替え人形になってくれる?」
すると春樹は頭を抱えて、恨めしそうに二人をみた。手段を選ばないのは仕方ないが、ここまでとは思っていなかったからだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
パート妻が職場の同僚に寝取られて
つちのこ
恋愛
27歳の妻が、パート先で上司からセクハラを受けているようだ。
その話を聞いて寝取られに目覚めてしまった主人公は、妻の職場の男に、妻の裸の写真を見せてしまう。
職場で妻は、裸の写真を見た同僚男から好奇の目で見られ、セクハラ専務からも狙われている。
果たして妻は本当に寝取られてしまうのか。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる