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移気
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風呂から上がると、伊織は自分の部屋に戻る。そして携帯電話を見た。泉から連絡が入っている。今日は礼二のところに泊まるらしい。もう半同棲のようだ。下着や着替えも少しあちらの家に少し置いているので、泊まると言った日はここに帰ってくることはない。
携帯電話をおくと、居間を通って台所へ行く。避けていたおかずとご飯を一人分、タッパーに詰め替えた。食べれなかった泉の食事は、朝にここに来ると弁当にして持って行くのだ。今日は肉じゃがにしている。他にマカロニサラダとお浸しなどを詰めてご飯も入れる。
そのとき後ろで気配がした。
「泉、今日は帰ってこないの?」
倫子がポットを手にしてやってきたのだ。そのお湯でお茶を淹れて、夜に仕事をしているらしい。
「みたい。」
「そう。まぁべつに良いけどね。」
倫子は複雑だろう。ずっと一緒にいた泉に恋人が出来て、家に帰ってくることもこのまま少なくなり、いずれはこの家を離れるのだ。
名目では倫子一人の稼ぎだと、この家のローンが厳しいからからここに住まわせている。だが本当は倫子が泉に依存していて、泉も倫子に頼っている。だが泉にはもう頼れる相手が出来たのだ。
その条件でいうと倫子だって春樹がいる。だがその春樹は夜九時になっても帰ってくる気配がない。最近はずっとそうだ。浜田という担当がバカなことをしたので、その対応に追われているらしい。
「この間さ。」
「ん?」
やかんに水を入れて火にかける。その間に茶葉を変えた。その手を止めて伊織を見る。
「改めて漫画を読んでみたよ。」
「犯人がわかってみるのってどう?」
「……あぁ、そういうことかって思いながら見る気持ちも、わからないでもない。だけど、俺は誰だろうってはらはらしながら観る方が好きだからさ、気持ち的には楽しみが半減以下だね。」
「そうね。そういう人もいる。だけど楽しみ方は、人それぞれだもの。今回は運が悪かったって思うようにする。」
それよりも今のことが重要だ。新聞社のプロットが一発で通って良かった。それだけ資料が豊富だったから良かったのかもしれない。
「田島は本当二が力がついたな。あの絵で、みんな呼んでいるようなものだろうね。」
「あら、珍しい。あなたが政近のことを誉めるなんて。」
「いいものは素直に良いというよ。あいつがもしデザイン会社なんかに勤めたら、俺らの仕事が無くなるよ。」
「その心配はないわ。あんなわがままな人、会社勤めなんか出来ないと思わない?」
「そうかもね。」
少し笑いながら、タッパーの蓋を閉めようとした。そのとき倫子がその中身を見る。
「殺風景なお弁当ね。」
「そうかな。夕飯の残りだからそんなものじゃない?」
「卵焼きを入れようかな。さっと作ろうか。」
そういって倫子は冷蔵庫この中から卵を持ってくる。お茶碗の中で卵を割り、砂糖や塩を入れる。
「砂糖入れるんだ。」
「泉は甘い卵焼きが好きなの。あなたはしょっぱい方が良いんでしょう?」
「おやつみたいになるじゃん。」
少し笑って、フライパンを温める。手際よく卵焼きを作っているうちにお湯が沸いた。伊織はそのお湯をポットに移し替える。
「出来た。」
「卵一つで出来るんだね。」
「こつがあるのよ。一人分なら余っちゃうくらいね。」
出来た卵焼きを四つに切り分けて、タッパーに二つ入れた。そして一つは、倫子自身が食べる。
「甘い。でもこれくらいが好きなのよね。」
「食べたい。」
「そのつもりよ。」
そういって残った卵焼きを菜箸で摘む。だがこれだと伊織の口に運ぶことになるだろう。そう思って菜箸を手渡そうとした。
「食べさせてくれないんだ。」
「何を言ってるの?夫婦じゃあるまいし。」
「食べさせてよ。」
「だだっ子じゃあるまいし。」
「春樹さんを意識してる?」
「そうじゃないわ。」
うっとうしい男だ。そう思いながら、倫子は伊織を見上げる。思わず唇が目に付いた。この唇は何度も倫子の唇を塞いだ。一度セックスをしたのだから、当然だろう。それよりも以前から何度もキスをしている。倫子が望んだことなど一度もない。
すると伊織はその卵焼きを指で摘むと、自分の口に入れた。
「甘いね。確かに。」
「……。」
「これくらいが好きなんだね。わかった。」
伊織はそういってタッパーを冷蔵庫に入れると、台所を離れようとした。
「伊織。」
「お休み。あまり無理しないで。」
そういって伊織は行ってしまう。倫子は台所を片づけると、ポットを手にして伊織の部屋へ向かった。
「伊織。」
すると伊織はすぐにドアを開けてきた。
「何?」
「拗ねないでよ。子供じゃあるまいし。」
「……。」
「たかが食べさせるだけじゃない。春樹がそうしてきても、私はそんなことをしないわ。あなたが恋人ではないからしないってわけじゃないのよ。」
「……たかがね。」
「何?」
「倫子はたかがなんだね。食べさせて、食べる。それって結婚式なんかではよく見る光景だ。」
あまり結婚式なんかに出たことはないが、そんなことをしているのは見たことがある。それを意識していたのだろうか。
「恋人だと思っているの?」
「……そう思わない約束だった。一度だけだって。」
「そうね……。」
「でも俺は忘れられない。田島だってそうだろう。一度があるなら二度もある。その可能性をずっと信じているんだ。」
「可能性は捨てて。春樹以外と寝る気はもう無いの。」
「でも春樹さんはそうじゃないかもしれない。」
「春樹が違う女性を作っているっていいたいの?」
不機嫌そうになってきた。だがずっとこのところ遅いし、同僚の尻拭いとは言ってもそんなに大変なのだろうか。それは倫子も不安になっていたことだった。
「他の女性はわからない。だけど、倫子以外の女性をずっと追っているのは確かだよ。」
「誰かしら。」
「奥さん。」
ずきっと心が痛くなった。その人はきっともう倫子にはかなわない人なのだ。その人がまだ春樹の心の中にいる。そして消えることはない。
携帯電話をおくと、居間を通って台所へ行く。避けていたおかずとご飯を一人分、タッパーに詰め替えた。食べれなかった泉の食事は、朝にここに来ると弁当にして持って行くのだ。今日は肉じゃがにしている。他にマカロニサラダとお浸しなどを詰めてご飯も入れる。
そのとき後ろで気配がした。
「泉、今日は帰ってこないの?」
倫子がポットを手にしてやってきたのだ。そのお湯でお茶を淹れて、夜に仕事をしているらしい。
「みたい。」
「そう。まぁべつに良いけどね。」
倫子は複雑だろう。ずっと一緒にいた泉に恋人が出来て、家に帰ってくることもこのまま少なくなり、いずれはこの家を離れるのだ。
名目では倫子一人の稼ぎだと、この家のローンが厳しいからからここに住まわせている。だが本当は倫子が泉に依存していて、泉も倫子に頼っている。だが泉にはもう頼れる相手が出来たのだ。
その条件でいうと倫子だって春樹がいる。だがその春樹は夜九時になっても帰ってくる気配がない。最近はずっとそうだ。浜田という担当がバカなことをしたので、その対応に追われているらしい。
「この間さ。」
「ん?」
やかんに水を入れて火にかける。その間に茶葉を変えた。その手を止めて伊織を見る。
「改めて漫画を読んでみたよ。」
「犯人がわかってみるのってどう?」
「……あぁ、そういうことかって思いながら見る気持ちも、わからないでもない。だけど、俺は誰だろうってはらはらしながら観る方が好きだからさ、気持ち的には楽しみが半減以下だね。」
「そうね。そういう人もいる。だけど楽しみ方は、人それぞれだもの。今回は運が悪かったって思うようにする。」
それよりも今のことが重要だ。新聞社のプロットが一発で通って良かった。それだけ資料が豊富だったから良かったのかもしれない。
「田島は本当二が力がついたな。あの絵で、みんな呼んでいるようなものだろうね。」
「あら、珍しい。あなたが政近のことを誉めるなんて。」
「いいものは素直に良いというよ。あいつがもしデザイン会社なんかに勤めたら、俺らの仕事が無くなるよ。」
「その心配はないわ。あんなわがままな人、会社勤めなんか出来ないと思わない?」
「そうかもね。」
少し笑いながら、タッパーの蓋を閉めようとした。そのとき倫子がその中身を見る。
「殺風景なお弁当ね。」
「そうかな。夕飯の残りだからそんなものじゃない?」
「卵焼きを入れようかな。さっと作ろうか。」
そういって倫子は冷蔵庫この中から卵を持ってくる。お茶碗の中で卵を割り、砂糖や塩を入れる。
「砂糖入れるんだ。」
「泉は甘い卵焼きが好きなの。あなたはしょっぱい方が良いんでしょう?」
「おやつみたいになるじゃん。」
少し笑って、フライパンを温める。手際よく卵焼きを作っているうちにお湯が沸いた。伊織はそのお湯をポットに移し替える。
「出来た。」
「卵一つで出来るんだね。」
「こつがあるのよ。一人分なら余っちゃうくらいね。」
出来た卵焼きを四つに切り分けて、タッパーに二つ入れた。そして一つは、倫子自身が食べる。
「甘い。でもこれくらいが好きなのよね。」
「食べたい。」
「そのつもりよ。」
そういって残った卵焼きを菜箸で摘む。だがこれだと伊織の口に運ぶことになるだろう。そう思って菜箸を手渡そうとした。
「食べさせてくれないんだ。」
「何を言ってるの?夫婦じゃあるまいし。」
「食べさせてよ。」
「だだっ子じゃあるまいし。」
「春樹さんを意識してる?」
「そうじゃないわ。」
うっとうしい男だ。そう思いながら、倫子は伊織を見上げる。思わず唇が目に付いた。この唇は何度も倫子の唇を塞いだ。一度セックスをしたのだから、当然だろう。それよりも以前から何度もキスをしている。倫子が望んだことなど一度もない。
すると伊織はその卵焼きを指で摘むと、自分の口に入れた。
「甘いね。確かに。」
「……。」
「これくらいが好きなんだね。わかった。」
伊織はそういってタッパーを冷蔵庫に入れると、台所を離れようとした。
「伊織。」
「お休み。あまり無理しないで。」
そういって伊織は行ってしまう。倫子は台所を片づけると、ポットを手にして伊織の部屋へ向かった。
「伊織。」
すると伊織はすぐにドアを開けてきた。
「何?」
「拗ねないでよ。子供じゃあるまいし。」
「……。」
「たかが食べさせるだけじゃない。春樹がそうしてきても、私はそんなことをしないわ。あなたが恋人ではないからしないってわけじゃないのよ。」
「……たかがね。」
「何?」
「倫子はたかがなんだね。食べさせて、食べる。それって結婚式なんかではよく見る光景だ。」
あまり結婚式なんかに出たことはないが、そんなことをしているのは見たことがある。それを意識していたのだろうか。
「恋人だと思っているの?」
「……そう思わない約束だった。一度だけだって。」
「そうね……。」
「でも俺は忘れられない。田島だってそうだろう。一度があるなら二度もある。その可能性をずっと信じているんだ。」
「可能性は捨てて。春樹以外と寝る気はもう無いの。」
「でも春樹さんはそうじゃないかもしれない。」
「春樹が違う女性を作っているっていいたいの?」
不機嫌そうになってきた。だがずっとこのところ遅いし、同僚の尻拭いとは言ってもそんなに大変なのだろうか。それは倫子も不安になっていたことだった。
「他の女性はわからない。だけど、倫子以外の女性をずっと追っているのは確かだよ。」
「誰かしら。」
「奥さん。」
ずきっと心が痛くなった。その人はきっともう倫子にはかなわない人なのだ。その人がまだ春樹の心の中にいる。そして消えることはない。
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