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近くの居酒屋で、六人ほどで飲んだり食べた利をしていた。チェーン化されているような居酒屋のメニューだが、案外一手間か書っているメニューだと思う。
厚揚げもただ大根おろしとポン酢が乗っているだけではない。ちゃんと湯通ししたり、焼いたりして、手間をかけていた。
「ここは美味しいな。また来よう。」
店を出た春樹は、屋号をチェックする。泉以外はみんな酒が飲めるし、食事も美味しければ泉が嬉しいだろう。
「編集長はタクシーじゃなくていいんですか?」
「ちょっとまだ寄りたいところがあってね。」
酒を飲むと赤くなる。だが意識ははっきりしているのだ。それがみんなわかっていて止めなかった。
職場の人たちと別れて、春樹は歓楽街の方へ向かう。みんなと一緒に帰っても良いが、その場合自分のあの本の部屋におろされるだろう。いいや。あそこが家なのだから悪くはないが、出来れば直接倫子の家に帰りたい。
それだけで一応、歓楽街の方へ向かいそのまま少し遠回りして駅へ向かった。すると病院の裏口に出た。
ここは夜間の救急病院でもある。夜でも救急車がくることがあるのだ。そしてその脇には夜間入り口があった。そこに良く通っていたのは、未来のためだった。
四十九日法要がある。これで未来はあの海が見える墓から、天国へ旅立つのだ。きっと未来は無念だっただろう。青柳との子供を強制的に作らされたあと堕胎され、春樹との子供は出来なかった。
倫子だって望んだものではない。そして倫子はあのときから意地になっていた。ピルを飲んで、子供をわざと作れない体にしている。
そんな必要はないのに。こんな時に未来の気持ちが分かるとは思わなかった。そう思いながら、駅の方へ足を進める。するとそのくらい建物から、一人の女性が出てきた。見覚えがある人だ。
「芦刈さん。」
春樹は声をかけると、芦刈真矢は振り返る。
「藤枝さん。あら。日曜日なのにお仕事だったの。」
「えぇ……まぁちょっとね。」
SNSをしているわけではないが、真矢も倫子と政近の合作の漫画の噂は聞いている。犯人をばらされたのだ。
「飲んでる?」
「芦刈さんも?」
「えぇ。このビルの二階に、例の文芸バーがあるの。」
「あぁ。興味があるけれど……明日からまた仕事が詰まっていて、飲みにはいけないかと思って。」
「それで……。」
少し笑う。その顔に春樹は不思議に思った。
「何?」
「飲み歩いているわけじゃないんだと思って。」
「俺もたまに飲むこともあるよ。」
「顔、赤いのね。」
「弱くはないんだけど、すぐに赤くなってね。すぐに止められるんだ。」
「あぁ。そうだったの。ねぇ。電車で帰るかしら。」
「終電には間に合いそうだ。君も乗るかな。」
「その時間に合わせて立ったのよ。行きましょう。」
行き先は一緒なのだ。そして路線も降りる駅も一緒だ。端から見れば恋人に見えないこともないだろう。
だが春樹には倫子が居る。倫子は図書館で会うこともあるし、挨拶くらいはすることもある。だが少しもやっとしたこともあった。
それはいつか倫子が政近と歩いていたことだった。政近はろくな男ではない。それをわかっていて、倫子は政近と居るのだろうか。
「芦刈さんは漫画は読まないかな。」
「昔は読んでいたんだけど、今はさっぱりね。でもこの間、小泉倫子先生が原作の漫画が掲載されていて久しぶりに手を取ったわ。」
「どうだった?」
「……少しぬるいというか。」
「ぬるい?」
「文章にすると、もっと無慈悲な殺し方をしていると思ったの。だけど、描写がぬるい感じがするの。まぁ……子供でも手にすることが出来る雑誌だから、そんなモノかしらね。」
やはり世間の声はそうなのだ。「この程度なのだ」と言われるのは倫子も不本意だろう。
「今度から俺も関わるよ。」
「え?」
本当なら春樹の手から放れる予定だった。だが今度倫子と政近の担当になった人は、絵やストーリーに関し得ては口は出せるが推理モノを作るにしては全く素人だったのだ。
「今から勉強するのかもしれないけれど、しばらくはついてあげないといけないだろうと思ってね。」
「ますます激務になるわね。」
「そっちの方が良い。」
何にしても倫子に関われるのは嬉しいことだ。そう言いながら駅の改札口をくぐる。
「この間、小泉先生に会ったわ。」
電車を待つホームで、真矢が言う。その言葉に春樹は少し真矢を見下ろした。
「派手だっただろう?」
「図書館には浮いていたわ。でも小泉先生ってわかって思わずサインをもらったの。」
「ミーハーだね。」
「本当は良くないのかもしれないけれど、我慢が出来なかったの。駄目ね。こんなことを本当は頼んだらいけないんだけど。」
「小泉先生が、イヤではなければ別に良いと思うよ。嫌な顔でもした?」
「いいえ。気持ちよく応じてくれたわ。」
「そういう人なんだよ。」
電車がやってきて、二人はそれに乗る。周りを見ると、酔っぱらった人や金髪の体格が良い半グレみたいな男が乗っていた。思わず真矢をかばうように隣に座る。
「田島政近って……。」
「絵を描いている人だね。」
「……藤枝さんもこれから、田島政近と関わることが多くなるんでしょうね。だけど……あまり深く関わらない方が良いわ。」
「意外だな。君が人を悪く言うなんて。」
「私も聖人君子じゃないのよ。」
ため息をついて真矢は窓に移った自分をみる。眼鏡をかけていて、地味にしていてもどこか姉とかぶる。きっと飾れば姉とあまり変わらないのかもしれない。
「田島先生は君に何かしたのか。」
「私にはしていないのよ。でも姉にはしてる。」
「姉って……真優?」
「えぇ。姉には子供が居るでしょう?真美って。」
「あぁ。昔の真優に良く似ていた。」
「……あの子、政近の子供かもしれないから。」
「え?」
意外な言葉だった。思わずバッグを落としそうになる。
「田島先生はまだ三十くらいだろう?」
「二十九ね。あれから十四年だし。」
「仕込んだとしても十三、四ってくらいだ。そんな若いときに……。」
「出来るのよ。十三、四くらいだったら精通しているでしょう?」
その言葉に、春樹は少し黙ってしまった。伊織も精通してすぐに、レイプされたのだ。出来ないことはないだろう。
「だから、姉は夫から「自分の子供じゃない」って殴られていたのよ。真美を四階から投げ落とそうともしたわ。」
「田島先生はそれを知ってて?」
「知らないわけ無いわ。心当たりだってあるんでしょう。だから姉に連絡を取らなくなった。後ろ暗いところがあるから。」
それが本当だとしたら、倫子に近づけたくない。家にもあがらせたくない。そんな無責任な男に任せられないから。
厚揚げもただ大根おろしとポン酢が乗っているだけではない。ちゃんと湯通ししたり、焼いたりして、手間をかけていた。
「ここは美味しいな。また来よう。」
店を出た春樹は、屋号をチェックする。泉以外はみんな酒が飲めるし、食事も美味しければ泉が嬉しいだろう。
「編集長はタクシーじゃなくていいんですか?」
「ちょっとまだ寄りたいところがあってね。」
酒を飲むと赤くなる。だが意識ははっきりしているのだ。それがみんなわかっていて止めなかった。
職場の人たちと別れて、春樹は歓楽街の方へ向かう。みんなと一緒に帰っても良いが、その場合自分のあの本の部屋におろされるだろう。いいや。あそこが家なのだから悪くはないが、出来れば直接倫子の家に帰りたい。
それだけで一応、歓楽街の方へ向かいそのまま少し遠回りして駅へ向かった。すると病院の裏口に出た。
ここは夜間の救急病院でもある。夜でも救急車がくることがあるのだ。そしてその脇には夜間入り口があった。そこに良く通っていたのは、未来のためだった。
四十九日法要がある。これで未来はあの海が見える墓から、天国へ旅立つのだ。きっと未来は無念だっただろう。青柳との子供を強制的に作らされたあと堕胎され、春樹との子供は出来なかった。
倫子だって望んだものではない。そして倫子はあのときから意地になっていた。ピルを飲んで、子供をわざと作れない体にしている。
そんな必要はないのに。こんな時に未来の気持ちが分かるとは思わなかった。そう思いながら、駅の方へ足を進める。するとそのくらい建物から、一人の女性が出てきた。見覚えがある人だ。
「芦刈さん。」
春樹は声をかけると、芦刈真矢は振り返る。
「藤枝さん。あら。日曜日なのにお仕事だったの。」
「えぇ……まぁちょっとね。」
SNSをしているわけではないが、真矢も倫子と政近の合作の漫画の噂は聞いている。犯人をばらされたのだ。
「飲んでる?」
「芦刈さんも?」
「えぇ。このビルの二階に、例の文芸バーがあるの。」
「あぁ。興味があるけれど……明日からまた仕事が詰まっていて、飲みにはいけないかと思って。」
「それで……。」
少し笑う。その顔に春樹は不思議に思った。
「何?」
「飲み歩いているわけじゃないんだと思って。」
「俺もたまに飲むこともあるよ。」
「顔、赤いのね。」
「弱くはないんだけど、すぐに赤くなってね。すぐに止められるんだ。」
「あぁ。そうだったの。ねぇ。電車で帰るかしら。」
「終電には間に合いそうだ。君も乗るかな。」
「その時間に合わせて立ったのよ。行きましょう。」
行き先は一緒なのだ。そして路線も降りる駅も一緒だ。端から見れば恋人に見えないこともないだろう。
だが春樹には倫子が居る。倫子は図書館で会うこともあるし、挨拶くらいはすることもある。だが少しもやっとしたこともあった。
それはいつか倫子が政近と歩いていたことだった。政近はろくな男ではない。それをわかっていて、倫子は政近と居るのだろうか。
「芦刈さんは漫画は読まないかな。」
「昔は読んでいたんだけど、今はさっぱりね。でもこの間、小泉倫子先生が原作の漫画が掲載されていて久しぶりに手を取ったわ。」
「どうだった?」
「……少しぬるいというか。」
「ぬるい?」
「文章にすると、もっと無慈悲な殺し方をしていると思ったの。だけど、描写がぬるい感じがするの。まぁ……子供でも手にすることが出来る雑誌だから、そんなモノかしらね。」
やはり世間の声はそうなのだ。「この程度なのだ」と言われるのは倫子も不本意だろう。
「今度から俺も関わるよ。」
「え?」
本当なら春樹の手から放れる予定だった。だが今度倫子と政近の担当になった人は、絵やストーリーに関し得ては口は出せるが推理モノを作るにしては全く素人だったのだ。
「今から勉強するのかもしれないけれど、しばらくはついてあげないといけないだろうと思ってね。」
「ますます激務になるわね。」
「そっちの方が良い。」
何にしても倫子に関われるのは嬉しいことだ。そう言いながら駅の改札口をくぐる。
「この間、小泉先生に会ったわ。」
電車を待つホームで、真矢が言う。その言葉に春樹は少し真矢を見下ろした。
「派手だっただろう?」
「図書館には浮いていたわ。でも小泉先生ってわかって思わずサインをもらったの。」
「ミーハーだね。」
「本当は良くないのかもしれないけれど、我慢が出来なかったの。駄目ね。こんなことを本当は頼んだらいけないんだけど。」
「小泉先生が、イヤではなければ別に良いと思うよ。嫌な顔でもした?」
「いいえ。気持ちよく応じてくれたわ。」
「そういう人なんだよ。」
電車がやってきて、二人はそれに乗る。周りを見ると、酔っぱらった人や金髪の体格が良い半グレみたいな男が乗っていた。思わず真矢をかばうように隣に座る。
「田島政近って……。」
「絵を描いている人だね。」
「……藤枝さんもこれから、田島政近と関わることが多くなるんでしょうね。だけど……あまり深く関わらない方が良いわ。」
「意外だな。君が人を悪く言うなんて。」
「私も聖人君子じゃないのよ。」
ため息をついて真矢は窓に移った自分をみる。眼鏡をかけていて、地味にしていてもどこか姉とかぶる。きっと飾れば姉とあまり変わらないのかもしれない。
「田島先生は君に何かしたのか。」
「私にはしていないのよ。でも姉にはしてる。」
「姉って……真優?」
「えぇ。姉には子供が居るでしょう?真美って。」
「あぁ。昔の真優に良く似ていた。」
「……あの子、政近の子供かもしれないから。」
「え?」
意外な言葉だった。思わずバッグを落としそうになる。
「田島先生はまだ三十くらいだろう?」
「二十九ね。あれから十四年だし。」
「仕込んだとしても十三、四ってくらいだ。そんな若いときに……。」
「出来るのよ。十三、四くらいだったら精通しているでしょう?」
その言葉に、春樹は少し黙ってしまった。伊織も精通してすぐに、レイプされたのだ。出来ないことはないだろう。
「だから、姉は夫から「自分の子供じゃない」って殴られていたのよ。真美を四階から投げ落とそうともしたわ。」
「田島先生はそれを知ってて?」
「知らないわけ無いわ。心当たりだってあるんでしょう。だから姉に連絡を取らなくなった。後ろ暗いところがあるから。」
それが本当だとしたら、倫子に近づけたくない。家にもあがらせたくない。そんな無責任な男に任せられないから。
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