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銀色
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大学の同期は、伊織と同じような立場だった。デザイン会社の社員の種子田誠。大学を卒業してデザイン会社に就職し、朝昼晩と時間を省みないようにぼろ雑巾のように働いていたが、三年目に心を病んだ。
そこで救ってくれたのが恋人で今は嫁になる女性。今、誠は地元に帰り親と同居しながら、小さな地元のデザイン会社で働いている。実入りは都会にいたときよりも少ないが、それでも自分の心が病むよりもましだと口にしている。
「確かにすごい小さい仕事だと思うんだよ。地元で取れた加工品のパッケージとか、タウン誌のレイアウトとかさ。」
「立派だよ。そのタウン誌、こっちでも見るし。」
「大型書店なら置いてるのかな。」
「うん。」
熱燗を口にしながら、誠をみる。大学の時は相当細くて折れてしまいそうだと思っていたが、今は若干太っている。きっと幸せ太りなのだろう。
「子供が産まれたって言ってたな。」
「うん。ずっと出来ないのかなって思ってたけど、年末に産まれたよ。男の子でさ、親父が相当嬉しそうだ。そりゃ、兄貴の所にも孫はいるけどさ。同居してるの俺らだし、一緒に住んでると嬉しいのかもな。奥さんもまだ育休取ってるけど、すぐに復帰できそうだ。」
「保育園とかいいの?」
「うん。割とすんなり決まりそうだ。」
順風満帆なようだ。やや太った体型が物語っている。
「富岡はあまり変わらないな。ちゃらい。」
「俺、ちゃらく見える?」
「黒いしさ。」
「自黒だよ。」
少し笑いあって、空いているお猪口に酒を注いだ。
「あいつ……さ。」
「あいつ?」
「田島。」
政近のことに、伊織の表情がわずかにひきつった。
「田島がどうした?」
「漫画雑誌に載ってたじゃん。漫画が。」
「あぁ。あいつ、話のセンスはなかったけど、原作者を付けると全然違うな。」
「うん……。でもあいつあんな目立つことをして大丈夫か?」
「え?」
「ほら、ヤクザと繋がりがあったこともあるんだろう?大学のときチンピラに絡まれてたじゃん。」
「絡まれたってだけで繋がりがあるって思う?」
「そうなんだけどさ。俺らもそっち関係とは繋がりがないように気を付けてくれって言われてる。富岡の所はどう?」
「まぁ……俺は来た依頼をこなすだけだけど。頼んできたところがどんなところなのかなんて、どうでも良いな。」
「お前らしいよ。」
政近は大学の時から派手だった。実力はあるので教授からも一目を置かれていたようだが、そのぶん喧嘩も女関係も派手だったと思う。
「っと……酒が無くなったな。頼むか?」
「いいや。俺、明日も仕事だし、今日は帰るよ。」
「そっか。」
「ホテル、そこだっけ?」
「うん。」
ここから少し離れたところにある食品加工会社に明日用事があるらしい。今日も繋がりのある出版社や、新聞社を回っていて、疲れているのに伊織に会いに来た。いい男だと思う。
「お前、結婚しないの?」
「は?」
意外な言葉に伊織は驚いて誠をみる。
「お前、俺と違って男前だしさ、女を選り好みしてんの?」
「そうじゃないよ。出会いが無くてさ。」
「ある程度で手を打って置いた方が良いよ。結婚してれば、割と「責任感のある人」っていうレッテルも貼られるし。」
そんな理由で結婚をするのだろうか。そして伊織は少し想像した。自分が結婚する相手はどんな人だろう。すぐに思い浮かんだのは倫子だった。
だが倫子はきっと今頃春樹と二人っきりだ。二人だったら盛っているに違いない。倫子が仕事をしたいと言っても、なんだかんだと言って自分のペースに持ち込むのが春樹なのだから。
おもしろくない。
「種子田さぁ。」
「うん?」
「結婚決めたのって何?」
「奥さんと?んー。ほら、奥さんの方が年上なんだよ。俺の所。」
「そうだって言ってたな。何歳だっけ。」
「三十八。」
「そんなに気にするくらいかなぁ。」
「するよ。結婚したとき、三十二だったし。でも俺にはあれくらい落ち着いた人の方が良いってわけよ。ほら、俺、鬱になったし。」
「だったな。」
今ではそんな風に見えないが、鬱はどんなきっかけでまた再発するかわからない。完璧に「完治した」とは言えないのだ。
「奥さんの地元って南の島の方だし、うちにくれば滅多に帰れない。なのに俺についてくるって言うんだから、ありがたいことだよ。その上、五体満足の子供まで生んでくれたんだし。」
「……五体満足?」
「そう……。俺の所じゃないんだけどさ。兄貴の所。やっぱ兄貴の所も年上の奥さんでさ。一人目は障害を持って産まれた。満足に飯も一人で食べれないんだ。二人目はそこまでひどくないけど、軽い知的障害があってさ。ずいぶん自分を責めてたよ。「自分はまともな子供が産めない」って。」
「……でもさ、手足がないわけでも、死産したわけでもないだろう?」
「まぁ……そうだけどな。」
「生きてるだけで良いんじゃないのか。」
すると誠は少し笑った。
「お前、あまり変わってないな。」
「え?」
「脳の中お花畑。」
「は?」
「そんなもんじゃないんだよ。周りの人がまともに子供を産んでるのに、自分だけ人と違う子供が出来たらそう思うのも仕方ないんだよ。命は平等だって綺麗事を言うヤツもいるけど、平等じゃないんだ。実際は。」
その言葉に伊織は言葉を失った。そして昔のことを少しまた思い出してしまった。
「俺さ……昔、外国にいたことがあってさ。」
「あぁ。親の都合でだろ?」
「子供が自殺しても、「代わりはいるから大丈夫」っていうような所だったんだ。」
「……。」
「そういうところでもやっぱり五体満足に産まれてこない人も居てさ。産まれてきても満足に医療を受けられない人もいるんだ。そんな人でも「生きる価値」は自分で作らないと、「生きている価値」は無いんだ。」
「……結局自己努力か。」
「この国では難しいかもしれないけどね。」
その言葉に誠はため息をついた。わかっているつもりだった。だがどうしても伊織のこの考えに、いつも言い負かされている。
結婚して子供が出来て家庭を持っていて、優位に立っているつもりだった。だが伊織には、今も昔もかなわないのだと思う。
そこで救ってくれたのが恋人で今は嫁になる女性。今、誠は地元に帰り親と同居しながら、小さな地元のデザイン会社で働いている。実入りは都会にいたときよりも少ないが、それでも自分の心が病むよりもましだと口にしている。
「確かにすごい小さい仕事だと思うんだよ。地元で取れた加工品のパッケージとか、タウン誌のレイアウトとかさ。」
「立派だよ。そのタウン誌、こっちでも見るし。」
「大型書店なら置いてるのかな。」
「うん。」
熱燗を口にしながら、誠をみる。大学の時は相当細くて折れてしまいそうだと思っていたが、今は若干太っている。きっと幸せ太りなのだろう。
「子供が産まれたって言ってたな。」
「うん。ずっと出来ないのかなって思ってたけど、年末に産まれたよ。男の子でさ、親父が相当嬉しそうだ。そりゃ、兄貴の所にも孫はいるけどさ。同居してるの俺らだし、一緒に住んでると嬉しいのかもな。奥さんもまだ育休取ってるけど、すぐに復帰できそうだ。」
「保育園とかいいの?」
「うん。割とすんなり決まりそうだ。」
順風満帆なようだ。やや太った体型が物語っている。
「富岡はあまり変わらないな。ちゃらい。」
「俺、ちゃらく見える?」
「黒いしさ。」
「自黒だよ。」
少し笑いあって、空いているお猪口に酒を注いだ。
「あいつ……さ。」
「あいつ?」
「田島。」
政近のことに、伊織の表情がわずかにひきつった。
「田島がどうした?」
「漫画雑誌に載ってたじゃん。漫画が。」
「あぁ。あいつ、話のセンスはなかったけど、原作者を付けると全然違うな。」
「うん……。でもあいつあんな目立つことをして大丈夫か?」
「え?」
「ほら、ヤクザと繋がりがあったこともあるんだろう?大学のときチンピラに絡まれてたじゃん。」
「絡まれたってだけで繋がりがあるって思う?」
「そうなんだけどさ。俺らもそっち関係とは繋がりがないように気を付けてくれって言われてる。富岡の所はどう?」
「まぁ……俺は来た依頼をこなすだけだけど。頼んできたところがどんなところなのかなんて、どうでも良いな。」
「お前らしいよ。」
政近は大学の時から派手だった。実力はあるので教授からも一目を置かれていたようだが、そのぶん喧嘩も女関係も派手だったと思う。
「っと……酒が無くなったな。頼むか?」
「いいや。俺、明日も仕事だし、今日は帰るよ。」
「そっか。」
「ホテル、そこだっけ?」
「うん。」
ここから少し離れたところにある食品加工会社に明日用事があるらしい。今日も繋がりのある出版社や、新聞社を回っていて、疲れているのに伊織に会いに来た。いい男だと思う。
「お前、結婚しないの?」
「は?」
意外な言葉に伊織は驚いて誠をみる。
「お前、俺と違って男前だしさ、女を選り好みしてんの?」
「そうじゃないよ。出会いが無くてさ。」
「ある程度で手を打って置いた方が良いよ。結婚してれば、割と「責任感のある人」っていうレッテルも貼られるし。」
そんな理由で結婚をするのだろうか。そして伊織は少し想像した。自分が結婚する相手はどんな人だろう。すぐに思い浮かんだのは倫子だった。
だが倫子はきっと今頃春樹と二人っきりだ。二人だったら盛っているに違いない。倫子が仕事をしたいと言っても、なんだかんだと言って自分のペースに持ち込むのが春樹なのだから。
おもしろくない。
「種子田さぁ。」
「うん?」
「結婚決めたのって何?」
「奥さんと?んー。ほら、奥さんの方が年上なんだよ。俺の所。」
「そうだって言ってたな。何歳だっけ。」
「三十八。」
「そんなに気にするくらいかなぁ。」
「するよ。結婚したとき、三十二だったし。でも俺にはあれくらい落ち着いた人の方が良いってわけよ。ほら、俺、鬱になったし。」
「だったな。」
今ではそんな風に見えないが、鬱はどんなきっかけでまた再発するかわからない。完璧に「完治した」とは言えないのだ。
「奥さんの地元って南の島の方だし、うちにくれば滅多に帰れない。なのに俺についてくるって言うんだから、ありがたいことだよ。その上、五体満足の子供まで生んでくれたんだし。」
「……五体満足?」
「そう……。俺の所じゃないんだけどさ。兄貴の所。やっぱ兄貴の所も年上の奥さんでさ。一人目は障害を持って産まれた。満足に飯も一人で食べれないんだ。二人目はそこまでひどくないけど、軽い知的障害があってさ。ずいぶん自分を責めてたよ。「自分はまともな子供が産めない」って。」
「……でもさ、手足がないわけでも、死産したわけでもないだろう?」
「まぁ……そうだけどな。」
「生きてるだけで良いんじゃないのか。」
すると誠は少し笑った。
「お前、あまり変わってないな。」
「え?」
「脳の中お花畑。」
「は?」
「そんなもんじゃないんだよ。周りの人がまともに子供を産んでるのに、自分だけ人と違う子供が出来たらそう思うのも仕方ないんだよ。命は平等だって綺麗事を言うヤツもいるけど、平等じゃないんだ。実際は。」
その言葉に伊織は言葉を失った。そして昔のことを少しまた思い出してしまった。
「俺さ……昔、外国にいたことがあってさ。」
「あぁ。親の都合でだろ?」
「子供が自殺しても、「代わりはいるから大丈夫」っていうような所だったんだ。」
「……。」
「そういうところでもやっぱり五体満足に産まれてこない人も居てさ。産まれてきても満足に医療を受けられない人もいるんだ。そんな人でも「生きる価値」は自分で作らないと、「生きている価値」は無いんだ。」
「……結局自己努力か。」
「この国では難しいかもしれないけどね。」
その言葉に誠はため息をついた。わかっているつもりだった。だがどうしても伊織のこの考えに、いつも言い負かされている。
結婚して子供が出来て家庭を持っていて、優位に立っているつもりだった。だが伊織には、今も昔もかなわないのだと思う。
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