守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
232 / 384
年越

232

しおりを挟む
 泉は駅について少しほっとしていた。手には実家から渡された野菜や食事がある。実家は実家で落ち着くが、やはり義理の母は気を使うのだ。
「今度帰ってくるとき、田島政近さんのサインを貰ってきてよ。」
 美大に行きたいと言っていた弟は、政近のファンらしい。画集を持っていて見せてくれたが、母は呆れながら「これのどこが良いの?」と言っていた。普通の人では少し理解は出来ないかもしれない。
 絵画のような細かい書き込みは確かに綺麗だが、それはあくまで美術的観点からであり、性の匂いは全くしない。倫子の情の無い作品には、とても合っていると思う。
 弟は倫子と住んでいることを知っていて、そして倫子の作品が政近の絵で漫画になることを知っていた。もう予告が雑誌に載っているのもあるが、インターネットの世界でも大騒ぎなのだ。
 倫子はこのまま連載をするのだろうか。いくつも連載を抱えているのにこれ以上忙しくなったら、体を壊すのではないかと思う。
 その時泉の携帯電話が鳴り手に取る。相手を見るとこれは礼二のメッセージだった。礼二は明日の朝に帰ってくる。それから一日は一緒にいれるだろうから、会いたいと書いてあった。
 返信をすると、また家へ足を延ばす。そして家に帰り着くとドアを開けた。
「ただいま。」
 すると奥の部屋から倫子が出てきた。
「お帰り。」
「あれ?倫子一人?」
「伊織はお風呂に入っている。あなた何か食べた?」
「うん。お母さんが弁当を作ってくれたの。電車の中で食べてきた。」
「そうなの。だったら伊織がでたら、あなたもお風呂に入ってしまったら?」
「そうする。」
 靴を脱いで家にあがると、荷物をおいて居間に行く。その風景を見て帰ってきたんだと実感した。
「泉。これあげるわ。」
 倫子はそう言って泉に畳んでいた白いセーターと、薄い緑のストールを手渡す。
「何?どうしたの?」
「福袋を買ったのよ。伊織と、栄輝とね。その中身を見て交換しあったのよ。セーターは私には小さいみたいだから、あなただったらいいんじゃないかって。」
「……。」
 そのセーターを手にしても、泉はあまり表情が変わらなかった。いらないのかもしれない。
「いらないなら、良いのよ。無理しなくても。」
「ううん。ありがとう。でも……なんか高そうだなって思って。良いの?」
「良いのよ。福袋なんだから。」
 普段は福袋なんか買わない。布団は買うと言っていたが、倫子の性格ならば必要な物だけ買ってそのまま帰ると思っていた。だがそれを買ったというのは、栄輝や伊織に合わせたのだろう。それだけ倫子も柔軟になったのだ。
「明日、伊織と実家に行くの?」
「そう。洋書を見せてくれるんですって。英語だといいんだけど。」
「何か……。」
「何?」
「んー……。倫子さ、春樹さんの実家にはまだ挨拶に行っていないのに、伊織のところには行くんだなって思って。そっちの方が彼氏みたいな感じがしたの。」
「そんなことはないわ。洋書に惹かれたってのもあるけれど、身内には挨拶をしておいた方が良いと思って。」
「え?」
「家主としてね。今日、お姉さん夫婦にも会ったし。」
 きつそうな姉だった。子供にも厳しいのだろう。だから子供二人は、あの父親のそばにいたいと思っていたのだ。
「春樹さんは、明後日帰るの?」
「みたい。葬儀にもこれなかった人が挨拶に続々と来るって、さっきメッセージが来たわ。それから……。」
「どうしたの?」
 少しうつむいている倫子が気になった。もしかして倫子のことを告げたのだろうか。
「……近いうちに挨拶に来て欲しいって。」
「家主として?」
「家主としてなら一度顔を合わせたわ。……あっちのお父さんは、何もかもお見通しだったみたい。」
 あの頭の良さはきっと父親譲りなのだ。それが倫子を少し暗くさせているのだろう。
 未来が生きていたときから繋がりがあった。つまり不倫をしていたのだ。それを責めるのだろうか。それでも止められなかったのに。
「あぁ、話は関係ないけれど、うちの弟が田島先生のサインが欲しいんですって。」
「政近の?変わった弟ね。」
「美大に行きたいんですって。画集も持ってて、結構熱狂的だった。」
「連絡してみるわ。政近もあまり長居はしないって言っていたし。」
 昌明の仕事が明日からだと言っていた。本職の出版ではなく、ウリセンの仕事らしい。「三島出版」は副職が禁止らしいのに大丈夫なのだろうか。
「あ、それからこれ、うちの母から。」
 そう言って紙袋を二つ、倫子に手渡した。
「わぁ。嬉しいわ。野菜と漬け物。」
「漬け物はお母さんが漬けた物みたいだけど、今回は出来が良いって言ってた。」
「野菜も作ってるんでしょう?あぁ、今年は私もそうしようかな。」
「畑を作る?」
「簡単には出来ないでしょうけどね。」
 倫子はそう言って少し笑った。その時居間にタオルで髪を拭きながら伊織がやってきた。
「お帰り。泉。」
「ただいま。あ、ねぇ伊織。実家から野菜持ってきたの。」
「マジで?見せて。」
 そう言って倫子の持っている袋をのぞき見た。
「良いねぇ。ジャガイモだ。でも重くなかった?」
「大丈夫よ。今年ジャガイモすごくとれたみたい。」
「これを、皮ごと揚げよう。それから甘辛く味を付けるんだ。あっという間になくなるよ。」
「わぁ。美味しそう。」
 そう言って伊織はその袋を台所に持って行った。
「さて、お風呂に入ってくる。倫子は入ったの?」
「うん。あぁ、入浴剤が入っているわ。伊織のお姉さんからいただいたの。」
「肌がすべすべになったり温かくなったりするの?」
 すると倫子は少し首を傾げていった。
「どうかしら。よくわからない。」
 美容に良いとかなんだかんだと言って姉から渡されたが、その良さはよくわからない。唯一わかったのは、その残り湯を明日洗濯の水として使っても問題ないということくらいだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ
ファンタジー
 魔導師のヴァージニアは転移魔法に失敗して見知らぬ島に来てしまった。  地図にも載っていないその島には何やら怪しげな遺跡がポツンと建っていた。ヴァージニアはただでさえ転移魔法の失敗で落ち込んでいるのに、うっかりその遺跡に閉じ込められてしまう。彼女が出口を探すために仕方なく遺跡の奥に進んで行くと、なんとそこには一人の幼い少年がいた。何故こんな所に少年が? 彼は一体何者なのだろうか?  ヴァージニアは少年の正体が世界を揺るがす出来事に発展するとは露程も思っていなかったのだった……。 ※台詞が多めです。現在(2021年11月)投稿している辺りだと地の文が増えてきています。 ※最終話の後に登場人物紹介がありますので、少しのネタバレならOKという方はどうぞご覧下さい。 ネタバレ ※ヴァージニア(主人公)が抱く疑問は地竜とキャサリンが登場すると解けていきます。(伏線回収) さらにネタバレ ※何度もループしている世界の話ですが、主人公達は前の世界の記憶を持っていません。しかし違和感などは覚えています。(あんまりループ要素はないです) さらにさらにネタバレ? ※少年の正体は早い段階で出てるじゃないかと思っている方……、それじゃないんです。別にあるんです。

無口な傭兵さんは断れない

彩多魔爺(さいたまや)
ファンタジー
「頼まれたことを拒否する場合は『いやだ』とはっきり言うこと」  王国法第一条としてそんな条文が制定されているセルアンデ王国。  その辺境にある城塞都市ダナンの傭兵ギルドに所属する『無口な傭兵』ことアイルは、その無口さ故に不利な依頼でも断れないことがしばしば。その上、実力はAランク並と言われながら無口なせいでいつまでも傭兵ランクはB止まり。  なぜ彼は頑なに無口なのか、その理由は誰も知らない。  そんな彼の噂を聞きつけて一人の少女がダナンを訪れたことから、彼を取り巻く状況は嵐の如く目まぐるしく変転していく。  折しも大陸の各地では魔物により被害が増大し、それらはすべて『魔女』の仕業であるという噂がまことしやかに広がっていた。  果たして少女は何者なのか。魔女とは一体。  これは数奇な運命を辿った無口な傭兵アイルと魔女が織りなす、剣と魔法の物語。 ※誤字・脱字や日本語の表現としておかしな所があれば遠慮なくご指摘ください。

これは報われない恋だ。

朝陽天満
BL
表紙 ワカ様 ありがとうございます( *´艸`) 人気VRMMOゲームランキング上位に長らく君臨する『アナザーディメンションオンライン』通称ADO。15歳からアカウントを取りログインできるそのゲームを、俺も15歳になった瞬間から楽しんでいる。魔王が倒された世界で自由に遊ぼうをコンセプトにしたそのゲームで、俺は今日も素材を集めてNPCと無駄話をし、クエストをこなしていく。でも、俺、ゲームの中である人を好きになっちゃったんだ。その人も熱烈に俺を愛してくれちゃってるんだけど。でも、その恋は絶対に報われない恋だった。 ゲームの中に入りこんじゃった的な話ではありません。ちゃんとログアウトできるしデスゲームでもありません。そして主人公俺Tueeeeもありません。 本編完結しました。他サイトにも掲載中

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

三鍵の奏者

春澄蒼
BL
人間の他に、妖精・ドワーフ・人魚、三つの種族が存在する世界。|人間に囚われた人魚のユエを助けたのは、海賊のカイト。彼はユエに「ある仕事を手伝ってほしい」と持ちかける。それは深海に沈んだ『鍵』を探してほしいというもので……|三つの種族と三つの鍵をめぐる冒険|泰然自若な謎多き男×純粋無垢な人魚|サイドCP 無口な元剣闘士×自己評価の低い美貌の男|《以下ネタバレ注意》鍵によって人間の姿になってしまったユエ。元に戻るためカイトとその仲間たちと共に旅をすることに。ユエは次第にカイトを信頼していき、ひょんなことから自慰を手伝ってもらったことで、恋愛対象として意識していく。しかしカイトはユエを拒否。ユエの体当たりでカラダの関係を持った二人。カイトも次第にユエへの気持ちを隠せなくなっていく。それでもカイトには、ユエに気持ちを伝えられない理由があって──|前書きにて警告。サブタイトルに※がある話は性描写、残酷な描写があります。|小説家になろうサイトから転載|完結しました。

人の身にして精霊王

山外大河
ファンタジー
 正しいと思ったことを見境なく行動に移してしまう高校生、瀬戸栄治は、その行動の最中に謎の少女の襲撃によって異世界へと飛ばされる。その世界は精霊と呼ばれる人間の女性と同じ形状を持つ存在が当たり前のように資源として扱われていて、それが常識となってしまっている歪んだ価値観を持つ世界だった。そんな価値観が間違っていると思った栄治は、出会った精霊を助けるために世界中を敵に回して奮闘を始める。 主人公最強系です。 厳しめでもいいので、感想お待ちしてます。 小説家になろう。カクヨムにも掲載しています。

鮮明な月

BL
鮮明な月のようなあの人のことを、幼い頃からひたすらに思い続けていた。叶わないと知りながら、それでもただひたすらに密やかに思い続ける源川仁聖。叶わないのは当然だ、鮮明な月のようなあの人は、自分と同じ男性なのだから。 彼を思いながら、他の人間で代用し続ける矛盾に耐えきれなくなっていく。そんな時ふと鮮明な月のような彼に、手が届きそうな気がした。 第九章以降は鮮明な月の後日談 月のような彼に源川仁聖の手が届いてからの物語。 基本的にはエッチ多目だと思われます。 読む際にはご注意下さい。第九章以降は主人公達以外の他キャラ主体が元気なため誰が主人公やねんなところもあります。すみません。

処理中です...