守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
208 / 384
歪曲

208

しおりを挟む
 洗濯物の籠を片づけたあと、台所でお茶を入れる。そしてお茶をトレーに載せて縁側に戻ってくると、警察官である槇司はその庭を見ていたようだった。
「何かありましたか。」
「いいや。ここは良い所ですね。確か、ここの前の持ち主も作家であまり外に出なかったらしいですよ。こういうところからインスピレーションが生まれるんでしょうか。」
「どうなんですかね。でもまぁ……静かではありますけど。」
「独りで住むには広すぎるでしょう。」
「同居人があと三人居ます。」
「同居人?」
「間借りみたいなものです。そうしないとこの家のローンが終わらないので。」
「なるほど。作家としての収入だけでは難しいというところでしょうか。しかし、あなたくらいの容姿だったら作家だけではなくてもやっていけそうですけどね。」
「どうでしょうか。荒田先生のようにキラキラしてませんよ。」
「荒田夕さんですか。あぁ、この間の対談は拝見しました。」
 こんな雑談をしに来たのだろうか。そう思いながら倫子はお茶を口に入れる。
「漬け物でも摘みますか。」
「良いですねぇ。」
「断らないんですね。」
 そういって倫子は立ち上がる。
「父に似たんですよ。この図々しさは。」
 自分でわかっているのか。そう思いながら、倫子は台所に入り、冷蔵庫から高菜の漬け物と、小皿、そして箸を持ってくる。
「ん。美味しい。お茶とよく合いますね。この高菜、どこで買ったんですか。」
「同居人の実家からのお歳暮ですよ。」
 泉の実家から毎年送られて来るものだ。ご飯によく合うので、あっという間に無くなってしまうが、こう美味しい、美味しいと言われるとちょっと良い気分になる。
「お茶も美味しいですね。」
「それも同居人が。」
 海辺にある春樹の実家は、お茶が美味しい。春樹の母が気を使って送ってきてくれたのだ。
「それで……槇さん。何の用事でここへ?」
 高菜の漬け物を小皿に入れて、司は思い出したようにそれをトレーに戻す。
「そうだった。別にお茶を飲みに来たんじゃないんですよ。これ、これ。」
 そういってバッグからファイルを取り出した。そしてそのページをめくる。そこには一枚の写真が挟まれていた。
「……これ……。」
 白い香炉だった。見覚えがある。あの焼けた建物の入り口に陳列されていた。祖父がこういう骨董が好きだったが、祖父以外は何の興味も示さなかった。だからそういう骨董も含めて建物を市に寄贈したのだ。
「見覚えがありますか。」
「えぇ。祖父が残した建物に陳列されていました。でも……火事で骨董はほとんど無くなってしまったんですけど、これは昔の写真ですか。」
「いいえ。これは、青柳達彦という「青柳グループ」の総帥の自宅にあったものです。」
「……やはり……。」
 そこにあったのだ。以前、政近が見たと言っていたのは本当の話だったのだろう。
「ですが、これはレプリカです。」
「偽物?」
「えぇ。この香炉の本物の所有者は、「戸崎グループ」の会長の自宅に、厳重に保管されているそうです。何せ、昔、人を呪うために使われていたものだとか。」
「迷信でしょう。」
 ばっさりと倫子は言い捨てて、その写真を見る。
「レプリカならおそらく数点、それ以上、生産されている可能性がある。だがこれは間違いなくあなたの家にあったものなのです。」
「どうしてそれがわかるんですか。」
 すると司は、ファイルのページをめくる。これは市に寄贈されていた美術品、骨董品のリストだった。美術館などで管理されているが、市役所にもそのコビーがあるのだ。
「鑑定士に見て貰いましたよ。間違いなくこれは、その建物から持ち出されたものだと。」
「……。」
「それだけではない。青柳達彦のその自宅には骨董が数点ありましたが、そのいずれも窃盗で手に入れたものだと思われます。」
「罪が重くなりますね。」
「えぇ。それから……これが事実なら、あなたの罪がでっち上げられたものだという可能性が出てきた。」
 すると倫子は冷めた目でファイルを置き、お茶を口に入れる。
「今更何を?」
「え……。」
「誰も信用してくれなかったんですよ。事実がねじ曲げられ、十二、十三で立派に淫乱な女だと周りから揶揄された。私は今だに地元に帰るのが恐ろしい。」
「……小泉さん。」
 一人の女性をここまで追いつめてしまったのだ。司はぎゅっと拳を握りしめる。
「父は……ずっとあなたに付き添っていました。あれほどの火傷を負いながら本を運び出していたあなたを皆は、「自分の罪を誤魔化すため」と言っていたそうですが、父は最後まであなたの話を聞こうとしていたんです。ですが、その話はうやむやにされた。外からの圧力があったと私は思っています。」
 倫子は震える手で湯飲みをまた持ち上げる。そして司に聞いた。
「お父さんはどうされていますか。」
「あのあと、左遷されました。転々と閑職に着かされて……俺がこうして一課に配属されたのは、奇跡的です。」
「……それくらい何も考えていないのか……それとも、考えが甘いのか。」
「小泉さん。」
「私は警察を信用していません。」
 倫子はそういって司をみる。
「私は私が出来ることであいつを追いつめます。」
「もう追いつめられていますよ。どれだけの罪が……。」
「それでも生き残るでしょう。何らかの圧力で、誤魔化すと思います。そしてのうのうと生き残る。」
 その空気に、司は思わず声をかけた。
「……小泉さん。何をあなたが掴んでいるのかわかりません。ですが、俺がこの事件に関われたのは幸運でした。父から言われてたんです。「小泉さんの鎖を解いてあげなさい」と。」
「……警察では無理です。」
「警察は無理でも俺がします。」
「……信用できません。槇さん。もう帰ってください。そしてもう二度と、現れないで。」
 トレーに湯飲みを載せて、倫子は冷めた口調でそういった。
「小泉さん。最後に一つ。」
「何ですか。」
「この香炉は、間違いなくあの建物の中にあったものですね。」
「えぇ。その小さく欠けているところは、私もよく覚えているものです。同じくらいの歳の男の子が、誤ってそれに体をぶつけて欠けさせたんですよ。」
「……それが確認できただけ良かった。ではまた、お茶を飲みにきますよ。」
 庭から出て行く司の後ろ姿を見て、倫子はため息をついた。話を聞かない人だと思う。どうして自分の周りには倫子の話を聞いてくれない人ばかりなのだろう。
 そう思いながらトレーを片づけようとしたときだった。
「よう。」
 庭に政近が入ってきた。もう仕事をしないといけないだろう。そう思いながら、倫子はそのトレーを片づけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ
ファンタジー
 魔導師のヴァージニアは転移魔法に失敗して見知らぬ島に来てしまった。  地図にも載っていないその島には何やら怪しげな遺跡がポツンと建っていた。ヴァージニアはただでさえ転移魔法の失敗で落ち込んでいるのに、うっかりその遺跡に閉じ込められてしまう。彼女が出口を探すために仕方なく遺跡の奥に進んで行くと、なんとそこには一人の幼い少年がいた。何故こんな所に少年が? 彼は一体何者なのだろうか?  ヴァージニアは少年の正体が世界を揺るがす出来事に発展するとは露程も思っていなかったのだった……。 ※台詞が多めです。現在(2021年11月)投稿している辺りだと地の文が増えてきています。 ※最終話の後に登場人物紹介がありますので、少しのネタバレならOKという方はどうぞご覧下さい。 ネタバレ ※ヴァージニア(主人公)が抱く疑問は地竜とキャサリンが登場すると解けていきます。(伏線回収) さらにネタバレ ※何度もループしている世界の話ですが、主人公達は前の世界の記憶を持っていません。しかし違和感などは覚えています。(あんまりループ要素はないです) さらにさらにネタバレ? ※少年の正体は早い段階で出てるじゃないかと思っている方……、それじゃないんです。別にあるんです。

無口な傭兵さんは断れない

彩多魔爺(さいたまや)
ファンタジー
「頼まれたことを拒否する場合は『いやだ』とはっきり言うこと」  王国法第一条としてそんな条文が制定されているセルアンデ王国。  その辺境にある城塞都市ダナンの傭兵ギルドに所属する『無口な傭兵』ことアイルは、その無口さ故に不利な依頼でも断れないことがしばしば。その上、実力はAランク並と言われながら無口なせいでいつまでも傭兵ランクはB止まり。  なぜ彼は頑なに無口なのか、その理由は誰も知らない。  そんな彼の噂を聞きつけて一人の少女がダナンを訪れたことから、彼を取り巻く状況は嵐の如く目まぐるしく変転していく。  折しも大陸の各地では魔物により被害が増大し、それらはすべて『魔女』の仕業であるという噂がまことしやかに広がっていた。  果たして少女は何者なのか。魔女とは一体。  これは数奇な運命を辿った無口な傭兵アイルと魔女が織りなす、剣と魔法の物語。 ※誤字・脱字や日本語の表現としておかしな所があれば遠慮なくご指摘ください。

これは報われない恋だ。

朝陽天満
BL
表紙 ワカ様 ありがとうございます( *´艸`) 人気VRMMOゲームランキング上位に長らく君臨する『アナザーディメンションオンライン』通称ADO。15歳からアカウントを取りログインできるそのゲームを、俺も15歳になった瞬間から楽しんでいる。魔王が倒された世界で自由に遊ぼうをコンセプトにしたそのゲームで、俺は今日も素材を集めてNPCと無駄話をし、クエストをこなしていく。でも、俺、ゲームの中である人を好きになっちゃったんだ。その人も熱烈に俺を愛してくれちゃってるんだけど。でも、その恋は絶対に報われない恋だった。 ゲームの中に入りこんじゃった的な話ではありません。ちゃんとログアウトできるしデスゲームでもありません。そして主人公俺Tueeeeもありません。 本編完結しました。他サイトにも掲載中

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

三鍵の奏者

春澄蒼
BL
人間の他に、妖精・ドワーフ・人魚、三つの種族が存在する世界。|人間に囚われた人魚のユエを助けたのは、海賊のカイト。彼はユエに「ある仕事を手伝ってほしい」と持ちかける。それは深海に沈んだ『鍵』を探してほしいというもので……|三つの種族と三つの鍵をめぐる冒険|泰然自若な謎多き男×純粋無垢な人魚|サイドCP 無口な元剣闘士×自己評価の低い美貌の男|《以下ネタバレ注意》鍵によって人間の姿になってしまったユエ。元に戻るためカイトとその仲間たちと共に旅をすることに。ユエは次第にカイトを信頼していき、ひょんなことから自慰を手伝ってもらったことで、恋愛対象として意識していく。しかしカイトはユエを拒否。ユエの体当たりでカラダの関係を持った二人。カイトも次第にユエへの気持ちを隠せなくなっていく。それでもカイトには、ユエに気持ちを伝えられない理由があって──|前書きにて警告。サブタイトルに※がある話は性描写、残酷な描写があります。|小説家になろうサイトから転載|完結しました。

人の身にして精霊王

山外大河
ファンタジー
 正しいと思ったことを見境なく行動に移してしまう高校生、瀬戸栄治は、その行動の最中に謎の少女の襲撃によって異世界へと飛ばされる。その世界は精霊と呼ばれる人間の女性と同じ形状を持つ存在が当たり前のように資源として扱われていて、それが常識となってしまっている歪んだ価値観を持つ世界だった。そんな価値観が間違っていると思った栄治は、出会った精霊を助けるために世界中を敵に回して奮闘を始める。 主人公最強系です。 厳しめでもいいので、感想お待ちしてます。 小説家になろう。カクヨムにも掲載しています。

鮮明な月

BL
鮮明な月のようなあの人のことを、幼い頃からひたすらに思い続けていた。叶わないと知りながら、それでもただひたすらに密やかに思い続ける源川仁聖。叶わないのは当然だ、鮮明な月のようなあの人は、自分と同じ男性なのだから。 彼を思いながら、他の人間で代用し続ける矛盾に耐えきれなくなっていく。そんな時ふと鮮明な月のような彼に、手が届きそうな気がした。 第九章以降は鮮明な月の後日談 月のような彼に源川仁聖の手が届いてからの物語。 基本的にはエッチ多目だと思われます。 読む際にはご注意下さい。第九章以降は主人公達以外の他キャラ主体が元気なため誰が主人公やねんなところもあります。すみません。

処理中です...