守るべきモノ

神崎

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露呈

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 みんなで朝食の片づけをしてくれたので、洗濯物を回している間に家の掃除をざっとする。個々の部屋はそれぞれがするが、そのほかの共有スペースは毎日倫子が掃除をしていた。それでも行き届かないところや重点的にしたいところは、休みの日に泉がしてくれている。
 思えば、伊織や春樹が来るまで泉はその家事を一手に引き受けてくれていた。休みの日なのだからもっと自由にしていれば良かったのに、風呂のカビなんかを落としたり、台所の換気扇の掃除や、エアコンのフィルターなんかを掃除していた。今は、春樹なり伊織なりが手分けをしてやってくれている。
 だがいずれは一人だ。今の仕事量ではそれも難しいかもしれない。この家のローンが終わったら、少し仕事をセーブすることも考えないといけないだろう。
「よう。」
 廊下を雑巾で拭いていると、縁側から声がかかった。見れば、そこには政近の姿がある。
「戻ってきたの?」
「あぁ、忘れ物。」
「あぁ。これ?」
 倫子はそういってポケットから指輪を取り出す。前にもこれを忘れていたのだ。大きな指輪で間接まで覆うタイプのモノは、邪魔にならないだろうか。
「悪いな。」
「居間に落ちてたわ。よく落とすのね。」
「サイズが合ってねぇのかも。今度合わせてもらうわ。」
「簡単に出来るものなの?」
「公園のそばにシルバーアクセとか革製品をオーダーで作る店があるんだよ。そこでだいたい頼んでるけど。」
「あぁ……行ったことがあるわね。」
 亜美が常連だったはずだ。亜美もこういうモノが好きだから。
 古本屋の店主である上野敬太郎も、懇意にしているのだという。
「興味ある?」
「全く。手に着けるモノは書くのに邪魔だし、ピアスは大きければ重いし、ネックレスはいつの間にかどっかに行ってる。」
「色気のねぇ話だな。女ってのは着飾るもんじゃないのか。」
 どの女を基準に言っているのだろう。だが関係ないかと思い、また廊下を拭く手を動かす。
「興味はないわ。」
「たいそうな入れ墨いれてる割には、そんなもんか。」
 外にでるときは入れ墨をさらすように露出が激しい。だがそれも狙いがあってのことだった。
「あなた仕事じゃなかったの?」
「夕方で良いって言われたわ。まだ仕事が終わらないらしい。仕事が遅いよな。」
「そう。なら帰ったら?」
「お前はどうするんだよ。」
「仕事。」
「色気のねぇ。あぁ、夕べさんざんやったからいいのか?」
「……。」
「寝てねぇんだろ?藤枝さんもよくやるよ。」
 嫌みの一つでもいいたいのだろう。それに言い返したいが、ここで言い返したら火に油を注ぐだけだ。
「関係ないでしょ?」
「なぁ。聞きたいことがあるんだよ。」
「私には無いわ。」
 雑巾掛けを終えて、バケツと一緒に風呂場へ向かう。そして終わった洗濯物をかごに入れ、今度は色物を洗濯機にいれる。縁側へ向かうと、政近はまだそこにいた。
「まだいたの?」
「よく働くよな。」
「朝のうちに干しておかないと冬は乾きにくいのよ。」
 抜けるように青い空だ。ただ空気は冷たい。それにしては倫子は薄着だ。厚めのカーディガンは、風が吹いたら意味がないだろう。
 動いているのでその分体が火照っているのだ。
「手伝うよ。」
 政近はそういって手にしてた物干し竿を台に設置する。そしてタオルやシャツを干していった。
「似たようなシャツだな。」
「男物でしょう?小さいのは伊織の。大きいのは春樹さんの。」
「あいつがたい良いもんな。」
 春樹の体型は伊織のようにひょろっとしていないし、政近のように白くもない。肩幅が広く、腰は締まっている。典型的な水泳選手のような体型だと思った。あの体に倫子は夕べ抱かれたのだろう。そう思うと寝れなかった。それにあの本のこともある。
「なぁ……。」
「何?」
「これやるよ。」
 政近はそういってバッグから白い包みを取り出した。小さな箱のようで、指輪を入れるケースにも見える。
「何?」
「良いからあけろよ。」
 洗濯物を置いて、包みを開ける。そこには箱が入っていて、中をあけると透明な液体の入った瓶が出てきた。
「瓶?」
「香水だよ。お前、装飾品苦手だって前も言ってたし。邪魔にならないだろうと思ってな。匂い、嗅いで見ろよ。」
 せめて匂いが気に入らないと言って返そうと思った。こんなモノをもらったら、ますます誤解をする。だがその蓋を開けて手首に軽く振りかけると、思わず顔がほころんだ。
「良い香りね。」
 柑橘系の爽やかな匂いだった。昔、相馬さんの店で相馬さんが毎年もらうという売り物にならないミカンの皮の匂いに似ている。
「だろう?お前、こういう匂いの方が好きだと思ってな。」
 香水はつけないことはない。だがその本質を知って、あまり好きではないがムスクの匂いが入っているモノを付けることがある。ムスクとはつまり媚薬の意味もあるからだ。
 だがこれはそんな狙いなどいらないし、心からいい匂いだと思えた。
「もらっておくわ。ありがとう。」
 おそらく選んでくれたのだ。女にプレゼントをするのだったら、女が好きそうなパッケージのモノや、もっと甘い匂いのモノを選ぶのかもしれないが、わざわざこういうモノを選ぶというのは、おそらく政近が吟味を重ねた末のモノだと重う。
「それ、付ける度に思い出したらいい。」
 政近はそういってまた洗濯物に手をかける。すると大きな洗濯物が手に当たった。それはシーツのようだ。ベッド用のシーツの用で、布団とは形が違う。そしてこの家にはベッドはない。
 おそらく春樹の家がベッドなのだ。そしてそのシーツを洗うというのはどういうことかわかる。思わずぐっと唇をかみしめた。
「惨めじゃない?」
「何が?」
「そのシーツ。ベッド用のモノよ。」
 倫子から言い出すと思わなかった。シーツを物干し竿に広げて、政近は倫子の方をみる。
「そうだな。この家にはベッドがないみたいだし。」
「他の男と寝たシーツを干しているのは、複雑でしょう?」
 だから諦めて欲しい。そのためにわざとそう言ったのだ。だが政近はまた次の洗濯物に手を伸ばす。
「お前が汚したやつ、俺も次の日洗った。」
「……。」
「お互いだろ。」
 あのときの倫子を思い出すだけで抜ける。甘い声と、求める腕の温もりが、高ぶらせるのだ。
「そう取るのね。」
「当たり前だろう。それをわかっててやったことなんだし……。お前が求めてないのなんかわかってた。」
 倫子が求めていたことなんか無い。ただお互いの寂しさを埋めたいだけだった。
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