守るべきモノ

神崎

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露呈

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 味噌汁の匂いがする。そう思いながら泉は目を覚ました。そしてその隣には伊織がいる。結局何もなく過ごしてしまった夜だったが、それで良いと思う。一緒にいれるだけで嬉しいのだ。
 それにしてもどうして美味しそうな匂いがするのだろう。そう思いながら泉は体を起こす。すると伊織も目を覚ましたようだ。
「おはよう。」
「うん。おはよう。」
 伊織も体を起こすとふわっとあくびをした。
「酒が残ってるみたいな感覚があるな。」
「やだ。大丈夫?」
「平気。」
 伊織もその匂いに気がついたのだろう。
「誰かご飯を作ってるのかな。」
「何だろうね。ちょっと行ってくる。」
 泉は上着を着ると部屋を出ていった。結局昨日は泉を抱くことはなかった。ヘタレと言われれば、そうかもしれない。だがそれで良いと思う。きっと今、泉を抱いたら泉は嫌でもあの男を重ねる。そして自分だって倫子を重ねてしまうだろう。それだけは避けたいと思うから。
「倫子と春樹さんがご飯作ってたわ。」
 泉はそういって部屋に戻ってきた。
「え?」
「ずいぶん早く帰ってきてたみたい。」
 きっと寝ていないのだろう。それでも充実しているのはセックスをしたからだ。
「倫子のお味噌汁、美味しいのよ。手伝おうかって言ったけど、もう出来るって。」
「そっか。だったら田島も起こさないとな。」
 強がった。あの体を夕べは春樹が好きにしたのだろう。そう思うと、嫉妬で心の中がどうにかなりそうだ。

 政近も起きてきて五人で食卓に並ぶ。味噌汁とご飯、ほうれん草のお浸し、卵焼き、納豆が並んでいた。
「シジミ?」
 味噌汁を口に入れて政近は驚いたように倫子をみる。
「公園で朝市をしていたの。年末まで朝四時からするそうよ。」
「そんな時間に帰ってきてたのか。」
 飲み過ぎていた伊織にはちょうど良いものだった。優しい味に酒が抜けていくような気がする。
「春樹さん。寝てないの?」
 泉がそう聞くと、春樹は少し笑う。
「たぶん今日からずっと残業なんだけどね。」
「身から出た錆だな。」
 そう言って政近はテレビを付ける。自分の家のようだと倫子は呆れながらそれを見ていた。あまり朝にテレビを見ることはないが、朝はニュースしかしていない。
「……自白したな。あいつ。」
 逮捕された大使館の職員は、児童養護施設からの戸籍のない子供を国に横流ししていたことを告白したらしい。そしてその施設は全国の津々浦々の中から主に、知的障害のある人や幼い子供を流していたらしい。
 そしてその中の施設の一つに、青柳グループが管理しているところもあった。それが元でその施設長は参考までに話を聞くらしい。
「……トップが聞かれることはないのかしら。」
 倫子はそう聞くと、春樹は首を横に振る。
「もちろん聞かれるだろう。下の者が勝手にしていたと言っても、それを管理していない上が悪いんだから。」
 春樹も責任を負うことがある。ミステリーというのはトリックが使い古されているところがあるのだ。そのトリックが以前に誰かが使ったものだと言われたら、真っ先に取り下げないといけない。そして釈明文や詫び状を掲載しないといけないのだ。
 そういうことがないように春樹はずっと細かいチェックをしているが、作家によってはプライドが変に高い人もいる。「こっちが先だ」と言い張る人もいるのが面倒くさい。
「倫子さんはフリーでしているから、責任というのは自分で追わないといけない。いざというときは弁護士か何かを雇っているの?」
「えぇ。一応ね。長い付き合いの人がいるわ。」
「田島先生は?」
 すると政近は不機嫌そうに言った。
「俺はまだそこまで売れてねぇよ。」
「いずれは雇うことになりますよ。漫画は模倣されやすいですし。」
「……まぁ、俺、同人誌を描いてたこともあるし、そこを突っ込まれたら俺も口を出せねぇな。」
 同人誌というのはグレーゾーンの世界だ。勝手にキャラクターを描いて、本として発売しているのだから。
「今度のキャラクターはおそらく人気が出ますよ。そのときに勝手にかかれたら嫌な想いはしませんか。」
「んー。俺は描くだけだしな。気分が悪いのはそっちだろ?」
 倫子の方をみる。すると倫子はお浸しを飲み込んで、政近に言う。
「そうね。「美咲」のキャラクターはネタになるでしょうね。」
「あぁ。シーメールな。」
 女の格好で男のアレがついているキャラクターだ。
「その辺は浜田君が詳しいでしょう。伊織君もデザインを模倣されたらどう思う?」
「面白くないね。でも、似たようなデザインにならないように過去のモノとかはちゃんとチェックしてる。それに提出する前に、社長にも見てもらうし。」
「泉さんは?」
「そうね。何かあれば店長が出て謝ることはあるわ。こちらに非が無くても、頭を下げることもある。」
 自分なら無理だと思う。自分が悪いことはないと主張してしまうかもしれない。だから泉は店長に向いていないのだ。
 だが礼二には尊敬できるところはあっても、やはり許せないところはある。今日まともに顔を合わせることが出来るのだろうか。
「謝罪会見くらいはするかもしれないな。」
 政近はそういってテレビを見る。だが青柳グループのトップは、今、海外の方へ出張へ行っているらしい。計算ずくの行動だろうか。

 四人はまとまって家を出ていく。春樹はふわっとあくびをして、息が白いのをみた。やはりこの歳で寝ないのはきつい。仮眠でも出来ないだろうかと思う。
「大きなあくびだねぇ。」
 伊織はそういって笑った。
「まぁね。でも気力は充実してる。」
 だが昨夜の倫子の態度は少しおかしかった。いつになく積極的で、迫ってくるのだ。それはそれで頼りにされているように感じて良いが、あまり積極的だと不審に思う。
「あ……ヤベ。」
 隣を歩いていた政近が手元を見て足を止めた。
「どうした。」
「指輪、置いて来ちゃったみたいだ。俺、一度戻るわ。」
「間に合うのか?アシスタントの時間があるんだろ?」
「平気。十時からだし。」
 そう言って政近は来た道を引き返していく。
「田島さん。自転車使う?」
 泉がそう聞くが、政近は何も言わないでひょうひょうと戻っていった。その後ろ姿を見て、春樹も伊織も不安を隠せない。だが出社時間は迫っている。あまり余裕はない。後ろ髪を引かれながら、三人は駅へ向かっていった。
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