172 / 384
隠蔽
172
しおりを挟む
風呂から上がり、伊織は居間にやってきた。泉は食事を終えたらしく、台所にいる。それを見て、伊織も台所に足を踏み入れた。
「泉。」
「あ、お風呂あがった?春樹さんに声をかけてよ。」
「泉はその後で良いの?」
「うん。別に……。」
米を計ってボウルに入れる。明日の準備をしているのだ。
「まだ話をしているかな。先に入ってもいいんじゃない?」
「良いよ。私は急いでいないし。」
「そう?」
伊織はそう言って台所を離れる。その後ろ姿を見て泉はため息を付いた。
伊織は泉に関心がないのではないのか。春樹と話したときにそう言われて、動揺してしまったのは事実だった。伊織は倫子のことが好きだった時期もあったのだ。だが今は泉と付き合っている。しかし泉に手を出さないのは、まだ倫子が好きだからなのではないのだろうか。そう思えて、ため息を付く。
そのときポケットに入っていた携帯電話がなる。泉はそれに気が付いて、米をとぐ手を止めた。そして携帯電話を取り出すと、そこには礼二の名前がある。
「もしもし?え……。本当ですか?あ……すいません。明日……はい……。え……。」
胸のあたりを探る。いつもしていた伊織から贈られた指輪がない。どこで落としたのかわからないが、気が付かなかったのだ。
「近くに?わかりました。すぐ行きます。」
電話を切ると米をまたといだ。そして炊飯器の釜に移して、予約をする。エプロンをとると、泉は自分の部屋に戻ろうと廊下にでた。するとそこにはまだ伊織の姿がある。
「どうしたの?」
声をかけると、伊織は自分の口元に人差し指を当てた。黙っていろと言うことだろう。おそらく倫子の部屋からの会話を聞いているのだ。
「青柳は、お金に汚い男よ。」
倫子はそう言って煙草に火を付けた。
「知り合いだったのか?」
「小さい頃ね。私が祖父の残したあの建物の中の図書館で、ずっと本を読んでいたの。あの建物は建物自体に歴史もあるけれど、その中にある本や、骨董品も価値があったみたい。」
骨董品には興味がない。ただの壷だろうとか、香炉だろうと言うことくらいしかわからないのだ。
「祖父が死んで、名前だけは祖母のモノになった。けれど維持をしていくのにもお金が必要だった。だから、祖母は市に建物や、その中のモノを寄贈したのよ。」
管理は市がしてくれた。そしてその責任者には高齢の祖母ではなく、市の職員としてその建物の一角に据えられた喫茶コーナーのオーナーがすることになった。
「その人は相馬っていう人じゃないかな。」
「えぇ。確かそんな名前だった。」
「父が君を「相馬」だと勘違いをしていた。」
「勘違いをしてくれれば良かったのに。」
すると春樹も少し笑って、煙草に火を付けた。
「……あの男、ずっとあの建物に自ら足を運んでいたの。あそこにある香炉を欲しがっていたから。」
「香炉?」
「祖父が生前言っていたの。あの香炉は、呪いの儀式の時に使われていたって。そんなの、迷信だって祖母は言っていたけれどね。」
足繁く通っていた。だから倫子が覚えていたのも当然だろう。
「でもあの建物は火事になったんだよね?」
その言葉に倫子の手が止まる。確かに火事になった。それに倫子が巻き込まれて、体中を焼いたのだ。
「……えぇ。」
「放火?」
「そうじゃないって言われたわ。事務所があったんだけれど、そこで漏電をしていたのが原因だった。」
表向きにはそうなっているはずだ。
「それだけじゃないだろう?」
「え?」
「建物を焼いた。その結果そこにあった蔵書も消えた。それだけで青柳を恨むことはないと思う。だいたい、本当に漏電だったら、青柳を恨むきっかけにもならないから。」
その言葉に、倫子は首を横に振った。
「倫子。」
「今は言いたくない。二人に知られたくないから。」
その言葉に伊織はさっと体をよけた。そして泉をみる。すると泉は、さっと自分の部屋に戻るとジャンパーを手に戻ってきた。
「どこかへ行くの?」
「ちょっとね。」
「すぐ帰ってこれる?」
伊織はそう聞くと泉は、首を横に振った。
「わからない。けど……戻ってくるから。」
そう言って泉は玄関から出て行った。そしてジャンパーを羽織ると、コンビニの方へ足を進める。礼二は、コンビニで待っているのだ。
コンビニの駐車場には黒いワンボックスの車がある。それが礼二の車だ。普段、礼二は車を使わないが、奥さんが仕事で使うらしい。それに、この車に子供を乗せて保育園に連れて行くのだ。
その車に近づくと、泉はその運転席の窓を叩いた。すると車から礼二が降りてきた。
「すいません。ご足労かけてしまって。」
「ううん。じゃあ、これ。」
礼二はそう言って泉にチェーンで繋がれた指輪を手渡す。伊織が温泉へ言ったときにプレゼントしたモノだった。既製品のようになめらかではないし、あまり磨かれてもいない。しかし伊織の気持ちが入っている気がした。
「チェーンが切れているよ。」
「古かったからかな。買い換えます。」
「……阿川さん。これ、どこにあったと思う?」
「どこって……お店ですか?」
「ううん。あのホテルでね。」
その言葉に泉は頬を赤らませた。思い出したからだろう。
「あれから結構たっているのに忘れてたんだね。」
「普段しないから、気にならなかったのかもしれませんね。」
「それだけ思い入れもないって言える。」
そんなことはない。そう言いたいのに言葉が出なかった。伊織が本当に泉のことが好きなのかという疑問が心を占めていたから。
「ずっと持ってたんだったら、教えてくれれば良かったのに。」
「良い気分はしていないだろうなと思ったから。」
「わかってるならもうしないで下さい。私……。」
「俺、阿川さんのことが好きだよ。」
嘘だ。嘘に決まっている。礼二には奥さんが居て、子供も居て、幸せな家庭を築いているのだ。不倫をするような男はさらっと嘘も付く。春樹だってそうだ。奥さんの葬儀で、深刻そうな顔をしていたが、倫子と不倫をしていたのだ。不倫をする人はそう言う人であることは知っていたのは、自分の両親も不倫をしていたから。
「嘘……。」
「嘘じゃないよ。」
「したいだけですよね。」
「それだけじゃない。」
すると礼二は泉の手を握る。自分に良く似た手だ。小さいだけで、愛しいと思う。
「好きだよ。」
その言葉に泉の目から涙がこぼれた。そしてその手を振りきると、家へ駆け足で戻っていく。
落ち着け。家の中で誰に会うかわからないのだ。いつもの自分を取り戻さないといけない。頬に手を当てて、涙を拭う。そして家へ帰って行こうとしたときだった。ドアが勝手に開いた。そこには倫子と春樹の姿がある。
「あら?泉、出てたの?」
倫子はそう言って泉を不思議そうにみた。
「うん。ちょっとね。倫子は出てくるの?」
「ネタに詰まったから、春樹さんのところで本でも借りようかと思って。」
「大丈夫?なんか……変な人がずっと付いてきているって言ってたのに。」
倫子も気が付いていたことだった。そしてそれは倫子だけではなく泉も伊織も通じていたことで、泉はそれが気になっていたからいつもクビに下がっていた指輪がないことにも気が付かなかったのかもしれない。
「何があってもいいわけはできるわ。それに長居はしないから。すぐに帰ってくる。」
その言葉に春樹は少し苦笑いをした。帰さないつもりだったのに、あっさり帰ると言ったのは仕事が待っているからだ。
「泉。」
「あ、お風呂あがった?春樹さんに声をかけてよ。」
「泉はその後で良いの?」
「うん。別に……。」
米を計ってボウルに入れる。明日の準備をしているのだ。
「まだ話をしているかな。先に入ってもいいんじゃない?」
「良いよ。私は急いでいないし。」
「そう?」
伊織はそう言って台所を離れる。その後ろ姿を見て泉はため息を付いた。
伊織は泉に関心がないのではないのか。春樹と話したときにそう言われて、動揺してしまったのは事実だった。伊織は倫子のことが好きだった時期もあったのだ。だが今は泉と付き合っている。しかし泉に手を出さないのは、まだ倫子が好きだからなのではないのだろうか。そう思えて、ため息を付く。
そのときポケットに入っていた携帯電話がなる。泉はそれに気が付いて、米をとぐ手を止めた。そして携帯電話を取り出すと、そこには礼二の名前がある。
「もしもし?え……。本当ですか?あ……すいません。明日……はい……。え……。」
胸のあたりを探る。いつもしていた伊織から贈られた指輪がない。どこで落としたのかわからないが、気が付かなかったのだ。
「近くに?わかりました。すぐ行きます。」
電話を切ると米をまたといだ。そして炊飯器の釜に移して、予約をする。エプロンをとると、泉は自分の部屋に戻ろうと廊下にでた。するとそこにはまだ伊織の姿がある。
「どうしたの?」
声をかけると、伊織は自分の口元に人差し指を当てた。黙っていろと言うことだろう。おそらく倫子の部屋からの会話を聞いているのだ。
「青柳は、お金に汚い男よ。」
倫子はそう言って煙草に火を付けた。
「知り合いだったのか?」
「小さい頃ね。私が祖父の残したあの建物の中の図書館で、ずっと本を読んでいたの。あの建物は建物自体に歴史もあるけれど、その中にある本や、骨董品も価値があったみたい。」
骨董品には興味がない。ただの壷だろうとか、香炉だろうと言うことくらいしかわからないのだ。
「祖父が死んで、名前だけは祖母のモノになった。けれど維持をしていくのにもお金が必要だった。だから、祖母は市に建物や、その中のモノを寄贈したのよ。」
管理は市がしてくれた。そしてその責任者には高齢の祖母ではなく、市の職員としてその建物の一角に据えられた喫茶コーナーのオーナーがすることになった。
「その人は相馬っていう人じゃないかな。」
「えぇ。確かそんな名前だった。」
「父が君を「相馬」だと勘違いをしていた。」
「勘違いをしてくれれば良かったのに。」
すると春樹も少し笑って、煙草に火を付けた。
「……あの男、ずっとあの建物に自ら足を運んでいたの。あそこにある香炉を欲しがっていたから。」
「香炉?」
「祖父が生前言っていたの。あの香炉は、呪いの儀式の時に使われていたって。そんなの、迷信だって祖母は言っていたけれどね。」
足繁く通っていた。だから倫子が覚えていたのも当然だろう。
「でもあの建物は火事になったんだよね?」
その言葉に倫子の手が止まる。確かに火事になった。それに倫子が巻き込まれて、体中を焼いたのだ。
「……えぇ。」
「放火?」
「そうじゃないって言われたわ。事務所があったんだけれど、そこで漏電をしていたのが原因だった。」
表向きにはそうなっているはずだ。
「それだけじゃないだろう?」
「え?」
「建物を焼いた。その結果そこにあった蔵書も消えた。それだけで青柳を恨むことはないと思う。だいたい、本当に漏電だったら、青柳を恨むきっかけにもならないから。」
その言葉に、倫子は首を横に振った。
「倫子。」
「今は言いたくない。二人に知られたくないから。」
その言葉に伊織はさっと体をよけた。そして泉をみる。すると泉は、さっと自分の部屋に戻るとジャンパーを手に戻ってきた。
「どこかへ行くの?」
「ちょっとね。」
「すぐ帰ってこれる?」
伊織はそう聞くと泉は、首を横に振った。
「わからない。けど……戻ってくるから。」
そう言って泉は玄関から出て行った。そしてジャンパーを羽織ると、コンビニの方へ足を進める。礼二は、コンビニで待っているのだ。
コンビニの駐車場には黒いワンボックスの車がある。それが礼二の車だ。普段、礼二は車を使わないが、奥さんが仕事で使うらしい。それに、この車に子供を乗せて保育園に連れて行くのだ。
その車に近づくと、泉はその運転席の窓を叩いた。すると車から礼二が降りてきた。
「すいません。ご足労かけてしまって。」
「ううん。じゃあ、これ。」
礼二はそう言って泉にチェーンで繋がれた指輪を手渡す。伊織が温泉へ言ったときにプレゼントしたモノだった。既製品のようになめらかではないし、あまり磨かれてもいない。しかし伊織の気持ちが入っている気がした。
「チェーンが切れているよ。」
「古かったからかな。買い換えます。」
「……阿川さん。これ、どこにあったと思う?」
「どこって……お店ですか?」
「ううん。あのホテルでね。」
その言葉に泉は頬を赤らませた。思い出したからだろう。
「あれから結構たっているのに忘れてたんだね。」
「普段しないから、気にならなかったのかもしれませんね。」
「それだけ思い入れもないって言える。」
そんなことはない。そう言いたいのに言葉が出なかった。伊織が本当に泉のことが好きなのかという疑問が心を占めていたから。
「ずっと持ってたんだったら、教えてくれれば良かったのに。」
「良い気分はしていないだろうなと思ったから。」
「わかってるならもうしないで下さい。私……。」
「俺、阿川さんのことが好きだよ。」
嘘だ。嘘に決まっている。礼二には奥さんが居て、子供も居て、幸せな家庭を築いているのだ。不倫をするような男はさらっと嘘も付く。春樹だってそうだ。奥さんの葬儀で、深刻そうな顔をしていたが、倫子と不倫をしていたのだ。不倫をする人はそう言う人であることは知っていたのは、自分の両親も不倫をしていたから。
「嘘……。」
「嘘じゃないよ。」
「したいだけですよね。」
「それだけじゃない。」
すると礼二は泉の手を握る。自分に良く似た手だ。小さいだけで、愛しいと思う。
「好きだよ。」
その言葉に泉の目から涙がこぼれた。そしてその手を振りきると、家へ駆け足で戻っていく。
落ち着け。家の中で誰に会うかわからないのだ。いつもの自分を取り戻さないといけない。頬に手を当てて、涙を拭う。そして家へ帰って行こうとしたときだった。ドアが勝手に開いた。そこには倫子と春樹の姿がある。
「あら?泉、出てたの?」
倫子はそう言って泉を不思議そうにみた。
「うん。ちょっとね。倫子は出てくるの?」
「ネタに詰まったから、春樹さんのところで本でも借りようかと思って。」
「大丈夫?なんか……変な人がずっと付いてきているって言ってたのに。」
倫子も気が付いていたことだった。そしてそれは倫子だけではなく泉も伊織も通じていたことで、泉はそれが気になっていたからいつもクビに下がっていた指輪がないことにも気が付かなかったのかもしれない。
「何があってもいいわけはできるわ。それに長居はしないから。すぐに帰ってくる。」
その言葉に春樹は少し苦笑いをした。帰さないつもりだったのに、あっさり帰ると言ったのは仕事が待っているからだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
パート妻が職場の同僚に寝取られて
つちのこ
恋愛
27歳の妻が、パート先で上司からセクハラを受けているようだ。
その話を聞いて寝取られに目覚めてしまった主人公は、妻の職場の男に、妻の裸の写真を見せてしまう。
職場で妻は、裸の写真を見た同僚男から好奇の目で見られ、セクハラ専務からも狙われている。
果たして妻は本当に寝取られてしまうのか。
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる