守るべきモノ

神崎

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隠蔽

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 風呂から上がり、伊織は居間にやってきた。泉は食事を終えたらしく、台所にいる。それを見て、伊織も台所に足を踏み入れた。
「泉。」
「あ、お風呂あがった?春樹さんに声をかけてよ。」
「泉はその後で良いの?」
「うん。別に……。」
 米を計ってボウルに入れる。明日の準備をしているのだ。
「まだ話をしているかな。先に入ってもいいんじゃない?」
「良いよ。私は急いでいないし。」
「そう?」
 伊織はそう言って台所を離れる。その後ろ姿を見て泉はため息を付いた。
 伊織は泉に関心がないのではないのか。春樹と話したときにそう言われて、動揺してしまったのは事実だった。伊織は倫子のことが好きだった時期もあったのだ。だが今は泉と付き合っている。しかし泉に手を出さないのは、まだ倫子が好きだからなのではないのだろうか。そう思えて、ため息を付く。
 そのときポケットに入っていた携帯電話がなる。泉はそれに気が付いて、米をとぐ手を止めた。そして携帯電話を取り出すと、そこには礼二の名前がある。
「もしもし?え……。本当ですか?あ……すいません。明日……はい……。え……。」
 胸のあたりを探る。いつもしていた伊織から贈られた指輪がない。どこで落としたのかわからないが、気が付かなかったのだ。
「近くに?わかりました。すぐ行きます。」
 電話を切ると米をまたといだ。そして炊飯器の釜に移して、予約をする。エプロンをとると、泉は自分の部屋に戻ろうと廊下にでた。するとそこにはまだ伊織の姿がある。
「どうしたの?」
 声をかけると、伊織は自分の口元に人差し指を当てた。黙っていろと言うことだろう。おそらく倫子の部屋からの会話を聞いているのだ。

「青柳は、お金に汚い男よ。」
 倫子はそう言って煙草に火を付けた。
「知り合いだったのか?」
「小さい頃ね。私が祖父の残したあの建物の中の図書館で、ずっと本を読んでいたの。あの建物は建物自体に歴史もあるけれど、その中にある本や、骨董品も価値があったみたい。」
 骨董品には興味がない。ただの壷だろうとか、香炉だろうと言うことくらいしかわからないのだ。
「祖父が死んで、名前だけは祖母のモノになった。けれど維持をしていくのにもお金が必要だった。だから、祖母は市に建物や、その中のモノを寄贈したのよ。」
 管理は市がしてくれた。そしてその責任者には高齢の祖母ではなく、市の職員としてその建物の一角に据えられた喫茶コーナーのオーナーがすることになった。
「その人は相馬っていう人じゃないかな。」
「えぇ。確かそんな名前だった。」
「父が君を「相馬」だと勘違いをしていた。」
「勘違いをしてくれれば良かったのに。」
 すると春樹も少し笑って、煙草に火を付けた。
「……あの男、ずっとあの建物に自ら足を運んでいたの。あそこにある香炉を欲しがっていたから。」
「香炉?」
「祖父が生前言っていたの。あの香炉は、呪いの儀式の時に使われていたって。そんなの、迷信だって祖母は言っていたけれどね。」
 足繁く通っていた。だから倫子が覚えていたのも当然だろう。
「でもあの建物は火事になったんだよね?」
 その言葉に倫子の手が止まる。確かに火事になった。それに倫子が巻き込まれて、体中を焼いたのだ。
「……えぇ。」
「放火?」
「そうじゃないって言われたわ。事務所があったんだけれど、そこで漏電をしていたのが原因だった。」
 表向きにはそうなっているはずだ。
「それだけじゃないだろう?」
「え?」
「建物を焼いた。その結果そこにあった蔵書も消えた。それだけで青柳を恨むことはないと思う。だいたい、本当に漏電だったら、青柳を恨むきっかけにもならないから。」
 その言葉に、倫子は首を横に振った。
「倫子。」
「今は言いたくない。二人に知られたくないから。」
 その言葉に伊織はさっと体をよけた。そして泉をみる。すると泉は、さっと自分の部屋に戻るとジャンパーを手に戻ってきた。
「どこかへ行くの?」
「ちょっとね。」
「すぐ帰ってこれる?」
 伊織はそう聞くと泉は、首を横に振った。
「わからない。けど……戻ってくるから。」
 そう言って泉は玄関から出て行った。そしてジャンパーを羽織ると、コンビニの方へ足を進める。礼二は、コンビニで待っているのだ。

 コンビニの駐車場には黒いワンボックスの車がある。それが礼二の車だ。普段、礼二は車を使わないが、奥さんが仕事で使うらしい。それに、この車に子供を乗せて保育園に連れて行くのだ。
 その車に近づくと、泉はその運転席の窓を叩いた。すると車から礼二が降りてきた。
「すいません。ご足労かけてしまって。」
「ううん。じゃあ、これ。」
 礼二はそう言って泉にチェーンで繋がれた指輪を手渡す。伊織が温泉へ言ったときにプレゼントしたモノだった。既製品のようになめらかではないし、あまり磨かれてもいない。しかし伊織の気持ちが入っている気がした。
「チェーンが切れているよ。」
「古かったからかな。買い換えます。」
「……阿川さん。これ、どこにあったと思う?」
「どこって……お店ですか?」
「ううん。あのホテルでね。」
 その言葉に泉は頬を赤らませた。思い出したからだろう。
「あれから結構たっているのに忘れてたんだね。」
「普段しないから、気にならなかったのかもしれませんね。」
「それだけ思い入れもないって言える。」
 そんなことはない。そう言いたいのに言葉が出なかった。伊織が本当に泉のことが好きなのかという疑問が心を占めていたから。
「ずっと持ってたんだったら、教えてくれれば良かったのに。」
「良い気分はしていないだろうなと思ったから。」
「わかってるならもうしないで下さい。私……。」
「俺、阿川さんのことが好きだよ。」
 嘘だ。嘘に決まっている。礼二には奥さんが居て、子供も居て、幸せな家庭を築いているのだ。不倫をするような男はさらっと嘘も付く。春樹だってそうだ。奥さんの葬儀で、深刻そうな顔をしていたが、倫子と不倫をしていたのだ。不倫をする人はそう言う人であることは知っていたのは、自分の両親も不倫をしていたから。
「嘘……。」
「嘘じゃないよ。」
「したいだけですよね。」
「それだけじゃない。」
 すると礼二は泉の手を握る。自分に良く似た手だ。小さいだけで、愛しいと思う。
「好きだよ。」
 その言葉に泉の目から涙がこぼれた。そしてその手を振りきると、家へ駆け足で戻っていく。
 落ち着け。家の中で誰に会うかわからないのだ。いつもの自分を取り戻さないといけない。頬に手を当てて、涙を拭う。そして家へ帰って行こうとしたときだった。ドアが勝手に開いた。そこには倫子と春樹の姿がある。
「あら?泉、出てたの?」
 倫子はそう言って泉を不思議そうにみた。
「うん。ちょっとね。倫子は出てくるの?」
「ネタに詰まったから、春樹さんのところで本でも借りようかと思って。」
「大丈夫?なんか……変な人がずっと付いてきているって言ってたのに。」
 倫子も気が付いていたことだった。そしてそれは倫子だけではなく泉も伊織も通じていたことで、泉はそれが気になっていたからいつもクビに下がっていた指輪がないことにも気が付かなかったのかもしれない。
「何があってもいいわけはできるわ。それに長居はしないから。すぐに帰ってくる。」
 その言葉に春樹は少し苦笑いをした。帰さないつもりだったのに、あっさり帰ると言ったのは仕事が待っているからだ。
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