守るべきモノ

神崎

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隠蔽

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 部屋に連れてきて良かったと思う。泉の話は一歩間違えれば犯罪だ。泉がよく黙っていたと思う。
「何で倫子さんに言えないの?」
 春樹は冷蔵庫に入っている水をコップに入れて、泉に手渡した。涙を拭いた泉は、その水を手にとって赤い顔のまま言う。
「倫子に言ったら、倫子はきっと何も考えずに乗り込むから。」
 確かにそうするかもしれない。春樹はため息を付いて、自分もコップに水を入れてそれを口に入れた。
「訴えようと思えば訴えられるよ。」
「でも店長は奥さんも子供もいるの。壊せない。」
 お人好しだ。よくこんな感じで今まで生きていられたなと思った。
「店長は、そこから何かした?」
「たぶん……また出来ればいいと思ってる。」
「何で?」
「……ことあるごとに触ってこようとするから。」
 自分の女にでもした気持ちなのかもしれない。しかしどうしたらいいだろう。春樹はそう思いながら、コップをおくと煙草に火をつけた。
「だったら本社に言ってみたらいいのに。」
「え……?」
「強姦されたなんて言わないでも、移動させて欲しいとか言えるはずだ。あの店は本屋と一体になっているけれど、カフェの単体は少し離れているけれどあるよね。」
「……うん。」
「そこに移動したいと言えば……。」
「本屋と一緒じゃないと意味がないの。」
 おそらく倫子のためだろう。あの店は本を書って、その場で読めるようにと併設されたカフェなのだ。だから自然と本を手にしてくる客が多い。その中に倫子の書いたモノを手にしてくれるのを、泉は一番喜んでいたのだから。
「だったらはっきり言えばいいよ。」
「……。」
「好きじゃないんだろう?」
 好きとか嫌いとかという感情を、礼二に持ったことはなかった。一日の大半と一緒に過ごして、そういう感情を抜いても家族のように接することが出来たのだ。
 しかし泉の中で何かぽつんと違和感がある。
「あのね……春樹さん。」
「ん?」
「店長がこう……してたときね。」
「うん。」
「私を自分のモノにしたいって言っていたの。」
「言うだろうね。俺も倫子さんを自分のモノにしたいと思うから。」
 はっきりと春樹から倫子のことを聞いたのはこれが初めてだったかもしれない。春樹ももう迷いはなかったのだ。
「伊織からそんな言葉は聞いたことがないの。だから本当なのかなって思うときがあって……時々、不安になるの。」
 本当に好きなのかわからない。それは春樹も昔言われたことがある。死んだ妻に言われていたのだ。
「春樹さんは本当に仕事しか見ていないのね。」
 何より仕事が大切で、それよりもずっと下の次点に妻がいる。未来はいつもそう言っていた。それが未来を不安にずっとさせていたのだと気が付かないで。

 風呂から上がってきた倫子は、伊織の部屋の前で声をかける。
「伊織。お風呂入っちゃって。」
 いつもなら部屋のドアを開けて声をかけるが、キスをされたこともあって少しためらったのだ。だが泉が帰ってくればいつも通りになる。そう思って玄関を見るが、泉はまだ帰ってきていない。残業になったとは聞いていないが、どうしたのだろう。それにコーヒーを買ってきてもらうようにしているのだが。
 そして振り向いてみる。まだ伊織が出てきていない。仕事に根を詰めているのだろうか。伊織も仕事を始めると、あまり周りが聞こえないタイプだ。クリエーターだとこんなモノだろう。だがこの寒さで湯船がすぐ冷える。温かいうちに入ってもらいたい。
「伊織。」
 倫子はそう言って伊織の部屋のドアを開ける。温かい空気が周りを包んでいるが、置いていたファンヒーターは時間が来て消えている。そして伊織は机にうつ伏せて眠っているようだった。
「伊織。お風呂はいっちゃいなよ。」
 すると伊織ははっと顔を上げる。そして倫子の方をみた。
「俺、寝てた?」
「うとうとしてたの?」
「うん……。お腹一杯だったし、眠気がきたのかな。」
 ふわっとあくびをして伊織は伸びをする。
「今日はもう寝たら?」
「うーん。時間には余裕があるんだけどね。アイデアは出ているうちに形にしたいから。」
「時間もたてば考えも変わるわ。無理して出したモノは後で没になることが多いわよ。」
 だから倫子はあまり無理して仕事をしていない。書けないと思ったときは家のことをしている。洗濯物を取り込んだり、たまには料理を作ったりするのだ。
 それでも出ないときは散歩をしたり、泉のところへお茶をしに行くこともある。そうやってコントロールしているのだ。
「何のデザインなの?」
「あぁ、ほら昼間に言った赤松先生のヤツ。正式にオファーが来たんだ。」
「伊織を指名して?」
「うん。原稿をもらった。確かにいつもの赤松先生とは違ったテイストみたい。」
 大人向けに書いているという恋愛小説だ。
 夫婦のセックスレスの話で、妻が求めても夫がずっと拒否をしている。子供が一人いるし、そのこの世話で手一杯な妻は、それでもいいと思っていた。だが、ある日、夫の浮気現場を見てしまう。そして夫には、その女との間に子供がいたのだ。
「こういう話は書けないなぁ。」
 倫子はそう思いながら、原稿を置いた。
「抜粋しているけど、もっと生々しい表現をしているよね。この作家。」
「えぇ。多分ね。」
 一歩間違えれば昼ドラになりそうな話だと思う。恋愛小説とは言いながらも、その実状は官能小説と変わらない。
「結局男はしたいだけなのね。」
「え?」
 政近との間に愛など無かった。求められていただけだ。それは体だけの関係だと思う。
「お風呂入って。ぬるくなるから。」
 倫子はそう言って部屋を出ようとした。そのとき、後ろから手が体を引き寄せた。
「倫子……。」
「伊織。辞めて。」
 泉には手を出さないと言っていたのに、どうして倫子には手を出すのだろう。後ろから抱きしめられたその感触が、嫌悪感でしかない。
「倫子……俺……。」
「伊織。それ以上言ったらいけない。泉が……。」
 その言葉を言わせなかった。倫子をこちらに向けると、ドアに押しつけた。そしてその唇に唇を重ねる。最初から舌を入れた。
 歯をぐっとかみしめてそれを拒否していた倫子だったが、首筋に唇を当てられたりシャツ越しに胸に触れると、唇から吐息が漏れた。
 じっと伊織はその目を見たまま、また唇を重ねる。
「だ……ん……ん……。」
 倫子の言葉は言葉にならなかった。舌を絡ませると、倫子もまたそれに答えてくれているような気がしていたから。
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