守るべきモノ

神崎

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真意

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 食事の片づけをしていると、倫子が台所にやってきて余った食事をタッパーに詰めていた。それは明日、春樹の部屋に置いて来るものだ。春樹とは会っていないが、部屋へ行き来して掃除をしたり洗濯物を置いていったりしているらしい。そこまでする必要があるかと伊織は聞いたが、倫子は春樹が住んでいなくてもこの部屋の家賃を支払ってくれているからと言って聞かない。
 ここの家賃は食費や光熱費も込みで倫子に渡している。それは泉と住んでいたときも同じらしく、それが二人増えたことで割と生活に余裕ができたらしい。今年一杯はがつがつと倫子も働かなければいけないが、年が明ければ割と余裕があるらしい。
「この味噌漬けは、美味しかったわ。」
 豚肉を朝漬け込んでおいて、夜焼いただけだ。それでも倫子の好きな味になっているらしい。
「春樹さんも好きかな。」
「春樹さんが食事の好き嫌いを言っているところは見たことがないわ。」
 お酒だけは顔に現れるが、あれが食べれないとかこれが食べれないとかは聞いたことがない。食事を作る方にしたらこんな楽な相手はいないだろう。
「鍋をしたいなぁ。」
「みんなが一緒に休みの日じゃないと無理ね。」
「不可能だよ。」
 泉はまだ帰ってきていない。今日は遅くなるらしいとメッセージが届いていた。泉が飲みに出たり食事を外ですることは今まではあまりなかった。それは食事の用意をしないと倫子が何も食べないからだ。
 しかし伊織がやってきてその不安は消えた。だから泉も気兼ねなく、店が終わって本屋の店員や個人的な友人と食事へ言っていることもあるらしい。
「大学の時は寮だって言ってたわね。」
「うん。」
「だったらなおさら鍋なんかは食べないんじゃない?」
 すると伊織は少し笑って言う。
「割とみんな帰ってくるのが一緒だからね。バイトをしていたりしたら別だけど。でも鍋がしたいって寮母さんに言ったら、みんなで休みをあわせて大鍋に作ってくれた。」
 寄せ鍋のような鍋で、鍋には似つかわしくないようなものも入っていたりしたが、意外とそういうものが美味しかったりするものだ。
「政近も来ていたの?」
 政近の名前に一瞬伊織の手が止まる。だがすぐに水屋に食器を片づけた。
「うん……。まぁ、あいつとは科も違ったし、あまり話すことはなかったんだけどね。」
 伊織の周りには割とパソコンオタクのような人が多かった。対して政近の周りにはいろんな人が多かったように思える。
「目立ってた?」
「うん……。あいつぶらっといつも居なくなってさ、帰ってきたらお土産とか言って大量の昆布を持って帰ったりして。どこに行ってたんだって聞いたら、北の方で昆布を干す手伝いをしていたとか。」
「ふーん。」
 安易に想像はできる。きっとあの図々しさで、断りきれない人も言たのだろう。
「でも何で政近のことを?」
「別に。上がってきた原稿を見てたんだけど、絵は確かに上手だなと思って。大学でも相当上手い方だったんじゃないかと思っただけ。」
 上手く誤魔化した。政近のことを伊織や泉に知られたくはない。
「ネームだけではわからなかった?」
「ネームってこんな風に描きますって言う下書きの下書きみたいなものなのよ。それだけじゃ、絵のレベルなんかわからない。」
「それもそうだね。」
 政近とセックスをしたあの日、泉や伊織にはただ仕事をしているだけということにしていたのだ。気づかれてはいけない。本当なら政近のことなど聞かない方がいいのだが、聞かずにはいられなかった。
「さてと、これで良いかな。あとは明日渡しに行って……。」
「倫子。」
 伊織はそういって冷蔵庫の前にいる倫子を避けて、また冷蔵庫の中に手を入れる。
「どうしたの?」
「これ。泉には内緒な。」
 そういって伊織が取り出したのは、小さなカップケーキのようなものだった。黒い色なのはきっとココアかチョコレートだろう。
「泉の方が喜ぶわ。」
「泉は食事をしてくるって言ってたし、今日が消費期限だから。」
「あら。そうなの。」
 だったら仕方ない。倫子はそれを皿に載せた。
「あぁ、ちょっと温めた方が良いよ。」
「何で?」
「中にチョコレートのソースが入ってる。」
「フォンダンショコラね。だから消費期限も早かったの。」
 納得して倫子はそれを電子レンジに入れる。その間にコーヒーを入れた。こうしていると倫子は普通だ。だがたまに倫子はかんしゃくを起こすように不安定になることがある。政近ではきっとそれが上手くコントロールできない。悔しいが、春樹だったら倫子が安定してくれていると思う。
「そういえば、春樹さんはクリスマスまでには帰ってくるって言っていたわね。」
「そうだったんだ。」
「お米が切れそうだったから助かるわ。」
 自分では頼りにならないのだろうか。やはり春樹ではないといけないのだろうか。伊織の心に焦りが生まれる。
「良い香りね。どこのケーキなの?」
「……俺がロゴを作ったところの。チョコレート菓子が美味しいんだ。」
「そう。お菓子屋さんも今の季節大変そうだったわ。あぁ、高柳さんのお店のケーキを予約しておいた。それまでには春樹さんが帰ってくればいいのだけど。」
 大きいサイズのケーキを予約してしまったのだ。一人欠けるだけでもケーキが続いてしまうだろうから。
 そういう意味で言ったのに、伊織は少し頬を膨らませて言った。
「春樹さんがいないと駄目?」
「そういう意味じゃないわ。三、四人サイズを予約してしまったから。」
 お湯を入れて、インスタントのコーヒーを入れる。自分で飲むだけならそれで十分だ。
「倫子。俺じゃ頼りにならないかな。」
「何の話?」
 不思議そうに倫子が聞く。すると伊織はトレーを持ちかけた倫子の手を握る。
「春樹さんにずいぶん頼っているように見える。それに……政近にも。」
「お世話になったのよ。それに今からもお世話になる。葬儀の時に聞いたでしょう?奥さんの意志を次いで……。」
「それだけじゃないんじゃない?」
「……それだけよ。」
「だったら、倫子。クリスマスの日。春樹さんと二人にならないでいれる?」
「……余計なお世話ね。伊織。あなたは泉といることを考えたらいいわ。」
「倫子。」
「まだ手を出していないんですって?奥手にもほどがあるわ。このままじゃ、泉だって不安になるでしょう?」
 奥手のわけがない。倫子にはキスをしてきたり、シャツを脱がそうとしたりしたのだ。だったら泉は何なのか。遊びだとしたら、さっさとこの家から出て行って欲しいと思う。
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