158 / 384
真意
158
しおりを挟む
政近が帰ったあと、少しばたばたした。限定のカップケーキはすでに今日の分は無くなって、クレームを言う客も居たからだ。
「限定二十って少なくないですか?」
「俺らが決めたことではないですし。」
「店に行っても食べれないし、ここでしか食べれないのに少なすぎ。」
「本社の方へクレームは言ってもらえませんか。」
女性客は口をとがらせながら、何も注文せずに帰って行ったその後ろ姿を見て泉が少しため息を付いたのを覚えている。
カップケーキインターネットで紹介され少しずつ火がついていたのは知っているし、早いときは午前中で完売することもあるのだ。
かといって多く仕込むのは出来ない。発注数は決められているし、作る量も決められている。それ以上作るなと言うことだろう。
「高柳さんのお店で、このカップケーキのアレンジを売り出すみたいだね。」
年が明けた頃に、高柳鈴音の店でこのカップケーキのアレンジものが発売されると、ホームページにあった。カップケーキはこの店だからこそ売れているところがあるのに、普通のケーキ屋でこれが売れるのかと言われたら疑問だ。
トイレの掃除から帰ってきた泉は、手を洗いながらそう思っていた。
「それにしてもコーヒーの淹れ方まで指示があるなんて……。」
カップケーキはドリンクとセットになっている。ドリンクは紅茶かコーヒー。そしてその淹れ方にもこだわりがあるようで、それも本社の指示があったのだ。
「このバリスタ、相当こだわっていますよね。」
開発部門にいる人だろうか。それにしてはデザートの試作をしたときには、そういう人物は居なかったように思える。すると礼二が首をひねりながら言った。
「あれ?阿川さんは会ったことがなかったのかな。」
「え?」
「カフェ部門の開発責任者。今は本社から離れて自分でカフェを開いているみたいだけど、アドバイスはしているみたいだ。女性のさ……。」
「会ったことないですね。」
「まだ若くてさ、小さい人だよ。その人にも師匠が居てね。」
そういって礼二は片隅にあるコーヒー豆の瓶を取り出した。あまり出ることはないが、一日一、二杯はでる高級な豆だった。
「これを作っている人の奥さん。」
「その豆って……国産の?」
「そう。」
「誰でしたっけ。その豆を作ってるの……。」
「相馬さん。」
「そう。その人。」
やっと思い出した。どこかで聞いたことのある名前だと思っていたのだ。南の方で、国産のコーヒー豆を作っている人だった。国産なので余計な添加物もなく、防腐剤なども使っていないのでとても澄んだ味になっているのだと思う。
一度倫子にこれを飲ませたことがあるが、倫子は首を傾げて「詳しい味なんかわからない」と言ってとりつくしまもなかったが。
「その相馬さんの奥さんがバリスタだったみたいだ。そしてその奥さんの弟子が、ここのコーヒーの監修をしている人。」
「そういうことだったんですね。」
一度その人に会ってみたいと思う。どんな気持ちでコーヒーを淹れているのか、聞いてみたいと思ったのだ。
「相馬さんの奥様は、どこでお店をしているんですか?」
出来れば行ってみたいと思う。だが礼二は首を横に振った。
「奥さんは亡くなっているんだ。」
「えっ?」
「店をしていたみたいだけど火事か何かで全焼して、そのあと旦那さんがコーヒー豆を作っている南の方へ行ってすぐに亡くなったらしい。」
どこかで聞いた話だ。火事でコーヒーの店が無くなった。そして倫子はここのコーヒーを飲んだとき、「懐かしい」と笑った。そして鋭気も同じことを言った。「どこかで飲んだことがある」と。
もしかして……。
「阿川さん。そろそろ閉店準備しようか。」
「オーダーストップかけますね。」
偶然にしては出来すぎている。そう思いながら、泉は残っている客にオーダーストップを伝えた。
会社を出た伊織は、駅前にある雑貨屋のショーウィンドウを見ていた。温泉へ行ったとき泉に指輪を贈ったが、クリスマスはまた別だろう。伊織はそう思いながら、クリスマスように飾られたカップやマフラーを見ていた。こんなふわふわ、きらきらしたものが泉が好きなのだろうか。まちかいなく倫子なら選ばない。
「……。」
店を変えようと、駅の方へ向かう。すると、いつか泉と来た古着屋が目に映った。そうだ。前にここで選んだものを泉が身につけていた。ここのものであれば気に入るのではないかと、伊織は店にはいる。
「いらっしゃい。」
相変わらず入れ墨やピアスがたくさんある女性が、伊織を迎えてくれた。この人は、伊織の同僚である高柳明日菜の姉だと言っていた。
「あら。富岡君。」
「今晩は。」
「彼女へのクリスマスプレゼントかしら。」
「えぇ。」
「いつか来てくれたあの子?それとも別?」
「いいえ。前と変わりませんよ。」
そういうと高柳純は笑って、伊織を見ていた。
「いいわねぇ。青春で。指輪は?」
「前にあげたばかりで。」
「マフラーとかもいいわよ。このモヘア、普通のものじゃなくて上等だから。」
飾り気のないマフラーは、泉が着ているシンプルなものによく合うだろう。これにしようかと手に取ったときだった。
「知ってる?首に巻くものをプレゼントする意味。」
「首に巻くもの?ネクタイとかネックレスとか?」
「そう。あなたに首ったけっていう意味。」
その言葉に、伊織は持ちかけたマフラーを置いた。そんな意味で送るのではないと思いながら。
「あら、辞めるの?」
「そんな意味じゃないですし。」
「そうね。あまり首ったけには見えなかったもの。」
純はそう思いながら、別のものを手にする。
「どういう意味ですか?」
その後ろ姿に伊織は思わず声をかけた。すると純は少し笑っていった。
「言葉の通り。あの子は首ったけなのかもしれないけども、あなたはそうでもないように見える。」
「……。」
失礼ですね。そう言いたいのに、言葉にならなかった。
「あら、図星?」
「そうじゃないですよ。真剣に……。」
「遊ぶ歳でもないでしょうしね。それに人それぞれのつきあい方もあるでしょうし。」
純はそう言って指輪を手にする。太くて、ごついものは泉には合わないと思う。
「その指輪。見せてもらえませんか。」
「彼女には合わないと思うわよ。」
泉には合わない。だがこういう指輪が好きな人がいる。伊織はそう思いながら、その指輪を手にした。
「限定二十って少なくないですか?」
「俺らが決めたことではないですし。」
「店に行っても食べれないし、ここでしか食べれないのに少なすぎ。」
「本社の方へクレームは言ってもらえませんか。」
女性客は口をとがらせながら、何も注文せずに帰って行ったその後ろ姿を見て泉が少しため息を付いたのを覚えている。
カップケーキインターネットで紹介され少しずつ火がついていたのは知っているし、早いときは午前中で完売することもあるのだ。
かといって多く仕込むのは出来ない。発注数は決められているし、作る量も決められている。それ以上作るなと言うことだろう。
「高柳さんのお店で、このカップケーキのアレンジを売り出すみたいだね。」
年が明けた頃に、高柳鈴音の店でこのカップケーキのアレンジものが発売されると、ホームページにあった。カップケーキはこの店だからこそ売れているところがあるのに、普通のケーキ屋でこれが売れるのかと言われたら疑問だ。
トイレの掃除から帰ってきた泉は、手を洗いながらそう思っていた。
「それにしてもコーヒーの淹れ方まで指示があるなんて……。」
カップケーキはドリンクとセットになっている。ドリンクは紅茶かコーヒー。そしてその淹れ方にもこだわりがあるようで、それも本社の指示があったのだ。
「このバリスタ、相当こだわっていますよね。」
開発部門にいる人だろうか。それにしてはデザートの試作をしたときには、そういう人物は居なかったように思える。すると礼二が首をひねりながら言った。
「あれ?阿川さんは会ったことがなかったのかな。」
「え?」
「カフェ部門の開発責任者。今は本社から離れて自分でカフェを開いているみたいだけど、アドバイスはしているみたいだ。女性のさ……。」
「会ったことないですね。」
「まだ若くてさ、小さい人だよ。その人にも師匠が居てね。」
そういって礼二は片隅にあるコーヒー豆の瓶を取り出した。あまり出ることはないが、一日一、二杯はでる高級な豆だった。
「これを作っている人の奥さん。」
「その豆って……国産の?」
「そう。」
「誰でしたっけ。その豆を作ってるの……。」
「相馬さん。」
「そう。その人。」
やっと思い出した。どこかで聞いたことのある名前だと思っていたのだ。南の方で、国産のコーヒー豆を作っている人だった。国産なので余計な添加物もなく、防腐剤なども使っていないのでとても澄んだ味になっているのだと思う。
一度倫子にこれを飲ませたことがあるが、倫子は首を傾げて「詳しい味なんかわからない」と言ってとりつくしまもなかったが。
「その相馬さんの奥さんがバリスタだったみたいだ。そしてその奥さんの弟子が、ここのコーヒーの監修をしている人。」
「そういうことだったんですね。」
一度その人に会ってみたいと思う。どんな気持ちでコーヒーを淹れているのか、聞いてみたいと思ったのだ。
「相馬さんの奥様は、どこでお店をしているんですか?」
出来れば行ってみたいと思う。だが礼二は首を横に振った。
「奥さんは亡くなっているんだ。」
「えっ?」
「店をしていたみたいだけど火事か何かで全焼して、そのあと旦那さんがコーヒー豆を作っている南の方へ行ってすぐに亡くなったらしい。」
どこかで聞いた話だ。火事でコーヒーの店が無くなった。そして倫子はここのコーヒーを飲んだとき、「懐かしい」と笑った。そして鋭気も同じことを言った。「どこかで飲んだことがある」と。
もしかして……。
「阿川さん。そろそろ閉店準備しようか。」
「オーダーストップかけますね。」
偶然にしては出来すぎている。そう思いながら、泉は残っている客にオーダーストップを伝えた。
会社を出た伊織は、駅前にある雑貨屋のショーウィンドウを見ていた。温泉へ行ったとき泉に指輪を贈ったが、クリスマスはまた別だろう。伊織はそう思いながら、クリスマスように飾られたカップやマフラーを見ていた。こんなふわふわ、きらきらしたものが泉が好きなのだろうか。まちかいなく倫子なら選ばない。
「……。」
店を変えようと、駅の方へ向かう。すると、いつか泉と来た古着屋が目に映った。そうだ。前にここで選んだものを泉が身につけていた。ここのものであれば気に入るのではないかと、伊織は店にはいる。
「いらっしゃい。」
相変わらず入れ墨やピアスがたくさんある女性が、伊織を迎えてくれた。この人は、伊織の同僚である高柳明日菜の姉だと言っていた。
「あら。富岡君。」
「今晩は。」
「彼女へのクリスマスプレゼントかしら。」
「えぇ。」
「いつか来てくれたあの子?それとも別?」
「いいえ。前と変わりませんよ。」
そういうと高柳純は笑って、伊織を見ていた。
「いいわねぇ。青春で。指輪は?」
「前にあげたばかりで。」
「マフラーとかもいいわよ。このモヘア、普通のものじゃなくて上等だから。」
飾り気のないマフラーは、泉が着ているシンプルなものによく合うだろう。これにしようかと手に取ったときだった。
「知ってる?首に巻くものをプレゼントする意味。」
「首に巻くもの?ネクタイとかネックレスとか?」
「そう。あなたに首ったけっていう意味。」
その言葉に、伊織は持ちかけたマフラーを置いた。そんな意味で送るのではないと思いながら。
「あら、辞めるの?」
「そんな意味じゃないですし。」
「そうね。あまり首ったけには見えなかったもの。」
純はそう思いながら、別のものを手にする。
「どういう意味ですか?」
その後ろ姿に伊織は思わず声をかけた。すると純は少し笑っていった。
「言葉の通り。あの子は首ったけなのかもしれないけども、あなたはそうでもないように見える。」
「……。」
失礼ですね。そう言いたいのに、言葉にならなかった。
「あら、図星?」
「そうじゃないですよ。真剣に……。」
「遊ぶ歳でもないでしょうしね。それに人それぞれのつきあい方もあるでしょうし。」
純はそう言って指輪を手にする。太くて、ごついものは泉には合わないと思う。
「その指輪。見せてもらえませんか。」
「彼女には合わないと思うわよ。」
泉には合わない。だがこういう指輪が好きな人がいる。伊織はそう思いながら、その指輪を手にした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R-18】おお勇者よ、自慢の爆乳美人ママを寝取られてしまうとは情けない!
ミズガメッシュ
恋愛
勇者エルドは元服を迎えた日に、魔王退治の旅に出た。勇者の母親アンナは愛する我が子の成長を喜びつつも、寂しさと不安を覚えていた。そんな時、国王ハロルドはアンナに近づいてきて…
【R-18】夢のマイホームはヤリチン大学生専用無料ラブホテル〜単身赴任中に妻も娘も寝取られました〜
ミズガメッシュ
恋愛
42歳の会社員、山岡俊一は安定して順調な人生を送っていた。美人な妻と結婚して、愛娘を授かり…そしてこの度、念願のマイホームを購入した。
しかしタイミング悪く、俊一の単身赴任が決定しまう。
そんな折、ヤリチン大学生の北見宗介は、俊一の妻・美乃梨と、娘の楓に目をつける…
A→俊一視点
B→宗介視点
みられたいふたり〜変態美少女痴女大生2人の破滅への危険な全裸露出〜
冷夏レイ
恋愛
美少女2人。哀香は黒髪ロング、清楚系、巨乳。悠莉は金髪ショート、勝気、スレンダー。2人は正反対だけど仲のいい普通の女子大生のはずだった。きっかけは無理やり参加させられたヌードモデル。大勢の男達に全裸を晒すという羞恥と恥辱にまみれた時間を耐え、手を繋いで歩く無言の帰り道。恥ずかしくてたまらなかった2人は誓い合う。
──もっと見られたい。
壊れてはいけないものがぐにゃりと歪んだ。
いろんなシチュエーションで見られたり、見せたりする女の子2人の危険な活動記録。たとえどこまで堕ちようとも1人じゃないから怖くない。
***
R18。エロ注意です。挿絵がほぼ全編にあります。
すこしでもえっちだと思っていただけましたら、お気に入りや感想などよろしくお願いいたします!
「ノクターンノベルズ」にも掲載しています。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
【R18】禁断の家庭教師
幻田恋人
恋愛
私ことセイジは某有名私立大学在学の2年生だ。
私は裕福な家庭の一人娘で、女子高2年生であるサヤカの家庭教師を引き受けることになった。
サヤカの母親のレイコは美しい女性だった。
私は人妻レイコにいつしか恋心を抱くようになっていた。
ある日、私の行動によって私のレイコへの慕情が彼女の知るところとなる。
やがて二人の間は、娘サヤカの知らないところで禁断の関係へと発展してしまう。
童貞である私は憧れの人妻レイコによって…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる