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真意
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妻の葬儀はつつがなく終わり、春樹は仕事に復帰した。仕事が溜まっていて、今日はさすがに残業になりそうだ。そう思いながらパソコンから目を離し、仕事を終えて病院へ行くのは何時になりそうかと思っていた。
だがいつも持っている袋がない。そうだ。もう必要ないのだ。
妻の棺桶の中に指輪を入れてきた。本来なら死んでも自分の妻だというのかもしれない。だが春樹にはそんな気にはなれなかった。
ずっと妻を裏切っていたのだ。倫子と浮気を重ね、そして心も通じ合っていた。その申し訳なさで、自分にはもうその指輪をしている価値がないと思っていたのだ。
「編集長。」
加藤絵里子が声をかける。その声に春樹はそちらを見た。
「どうしたの?」
「ロビーにお客様が見えているみたいですよ。」
「客?作家の先生かな。」
「青柳さんとおっしゃっていました。」
「あぁ……。」
妻の実家だ。妻は事故死であり、その事故を起こした運送会社から多額の賠償金が入るそうだ。そうだというのは、春樹の元には入らないようにしてあったのだ。
まだ何かあるのだろうか。そう思いながら春樹はパソコンをスリープ状態にして、席を立つ。
一階に降りるとロビーのソファーの側に大柄な男が見えた。そしてそのソファーに座っているのが、青柳達彦。未来の父親だ。「青柳グループ」という外資系を主とした関連会社のトップらしい。
「青柳さん。この間はお世話になりました。」
初老のこの男は小太りで、背が低い。それがコンプレックスらしく、ことあるごとにすらっとした体格がいい春樹に突っかかってきて、春樹は少し苦手としていた。
「娘のことだから、かまわない。……と……春樹君。忙しいのに時間をとらせてすまなかったね。」
「いいえ。」
わかっているなら手短にして欲しいものだ。そう思いながら春樹は立ったまま話を聞いた。
「葬儀の時……いいや。通夜だったか。」
「はぁ……。」
「参列者に作家が居たそうだね。」
作家は何人か来た。いずれも春樹が世話をした作家で、春樹の奥さんが亡くなったというので挨拶に見えたのだ。その中には当然倫子もいるだろうが、誰のことを言っているのだろう。
「どの作家ですかね。」
「入れ墨の入った女性だ。」
倫子のことだろう。春樹は少しうなづいて、達彦をみる。
「小泉先生のことでしょうか。」
「小泉?相馬ではないのか。」
「相馬?」
その名前は聞いたことがない。だったら違う女性のことを言っているのだろうか。
「いいえ。うちの看板作家です。小泉倫子先生ですが。何か?」
「看板作家?」
不機嫌そうな顔になる。人気があるのが嫌なのだろうか。
「えぇ。小泉先生と、荒田夕先生。この二人が俺が担当している雑誌の人気のツートップですね。」
そう言って春樹は玄関先に貼られているポスターを指さした。そこには映画化された「白夜」がソフト化されるそうで、その宣伝ポスターが張ってあった。
「本などたかがしれているのに……。」
ぽつりと言った言葉を聞き逃さなかった。春樹は驚いたように達彦をみる。
「たかが?」
「いいや。何でもない。有名な作家の先生が来て下さったのを少し驚いてしまっただけだ。」
「はぁ……。」
「あぁ。そんな話をしに来たんじゃないんだ。実は……。」
どうやら賠償金について、運送会社ともめているらしい。どれだけ未来のところに通ったのか、どれだけ経費がかかったのかなどの資料を知りたいと言い出したのだ。
一度も顔を見せたことのない男なのでそんなことはわからないのだろう。
「まとめて資料を送ります。あとは好きにして下さい。」
「春樹君。君が未来のところにずっと通っていたのに、君は一銭もいらないと言う。それでいいのか。」
「えぇ。金のためにしたわけではないので。」
春樹はそう言ってまたエレベーターへ戻ろうとした。
その後ろ姿を見て、達彦はそんなはずはないと首を横に振った。そして側に立っている秘書に言う。
「あいつの周りを調べろ。」
「しかし……。」
「未来が居なくなったんだ。うちにデメリットはない。搾り取れるところからは搾り取らないとな。」
いつだったかあぁいう輩が居た。強情に資産を売らないと啖呵を切っていた。その結果、何もかも失ったのだ。
あの輩のように春樹もなってしまえばいいと思う。
オフィスに帰ってくると、また春樹はパソコンを開いた。するとそこにはメッセージが届いている。開いてみるとそこには、浜田からのもので田島のネームが出来たのだという。
おそらくチェックして欲しいと言うことだろう。漫画はあまり読み慣れないが、流すだけ読んでみようと思う。
ページを薦めていくと、春樹の顔が険しくなっていった。その様子に絵里子が心配そうに声をかけた。
「編集長。何かありました?」
「……小泉先生と田島先生の合作のネームが届いたんだけどね。」
「あぁ。どうですか?」
「ぎりぎりかなぁ。これは……。青年誌でも……。ホラーのように感じるよ。」
とある島で、起こる殺人事件。第一の殺人は、来なかった同級生だった。エリートで顔がよくて女性にもてていた男は、廃校になった学校の理科室で首を吊っていたのだ。
「……表現がこれはどうなんだろう。死体をもっと出してもいいと思うんだけどな。」
絵里子も画面を見ていたが、すぐに笑う。
「ストーリーはいいですね。誰が犯人なのかって、これは騒ぎになりますよ。」
「ネットの世界だろう?」
「えぇ。小泉先生のものは、いつもネットで大騒ぎですから。漫画になればさらに大きくなるでしょうね。」
「……。」
生々しいのは死体を発見するシーンでも、廃校になった学校が現れたときでもなく、「美咲」と名前が付いたシーメールが出てきたときだった。
「……このキャラクターは、問題が出てくるかもなぁ。」
「男の娘ってことでしょう?別に今は珍しくないですけどね。」
絵里子はそう言って少し笑った。春樹がこんなことで戸惑っているのが珍しいと思ったのだ。
春樹にとってはそれが問題なのではない。どうしてここまで性描写が生々しくなってしまったのだろう。自分ではない。
だとしたら別の男。政近か、または別の男なのか。そう思うと拳が握られる。
だがいつも持っている袋がない。そうだ。もう必要ないのだ。
妻の棺桶の中に指輪を入れてきた。本来なら死んでも自分の妻だというのかもしれない。だが春樹にはそんな気にはなれなかった。
ずっと妻を裏切っていたのだ。倫子と浮気を重ね、そして心も通じ合っていた。その申し訳なさで、自分にはもうその指輪をしている価値がないと思っていたのだ。
「編集長。」
加藤絵里子が声をかける。その声に春樹はそちらを見た。
「どうしたの?」
「ロビーにお客様が見えているみたいですよ。」
「客?作家の先生かな。」
「青柳さんとおっしゃっていました。」
「あぁ……。」
妻の実家だ。妻は事故死であり、その事故を起こした運送会社から多額の賠償金が入るそうだ。そうだというのは、春樹の元には入らないようにしてあったのだ。
まだ何かあるのだろうか。そう思いながら春樹はパソコンをスリープ状態にして、席を立つ。
一階に降りるとロビーのソファーの側に大柄な男が見えた。そしてそのソファーに座っているのが、青柳達彦。未来の父親だ。「青柳グループ」という外資系を主とした関連会社のトップらしい。
「青柳さん。この間はお世話になりました。」
初老のこの男は小太りで、背が低い。それがコンプレックスらしく、ことあるごとにすらっとした体格がいい春樹に突っかかってきて、春樹は少し苦手としていた。
「娘のことだから、かまわない。……と……春樹君。忙しいのに時間をとらせてすまなかったね。」
「いいえ。」
わかっているなら手短にして欲しいものだ。そう思いながら春樹は立ったまま話を聞いた。
「葬儀の時……いいや。通夜だったか。」
「はぁ……。」
「参列者に作家が居たそうだね。」
作家は何人か来た。いずれも春樹が世話をした作家で、春樹の奥さんが亡くなったというので挨拶に見えたのだ。その中には当然倫子もいるだろうが、誰のことを言っているのだろう。
「どの作家ですかね。」
「入れ墨の入った女性だ。」
倫子のことだろう。春樹は少しうなづいて、達彦をみる。
「小泉先生のことでしょうか。」
「小泉?相馬ではないのか。」
「相馬?」
その名前は聞いたことがない。だったら違う女性のことを言っているのだろうか。
「いいえ。うちの看板作家です。小泉倫子先生ですが。何か?」
「看板作家?」
不機嫌そうな顔になる。人気があるのが嫌なのだろうか。
「えぇ。小泉先生と、荒田夕先生。この二人が俺が担当している雑誌の人気のツートップですね。」
そう言って春樹は玄関先に貼られているポスターを指さした。そこには映画化された「白夜」がソフト化されるそうで、その宣伝ポスターが張ってあった。
「本などたかがしれているのに……。」
ぽつりと言った言葉を聞き逃さなかった。春樹は驚いたように達彦をみる。
「たかが?」
「いいや。何でもない。有名な作家の先生が来て下さったのを少し驚いてしまっただけだ。」
「はぁ……。」
「あぁ。そんな話をしに来たんじゃないんだ。実は……。」
どうやら賠償金について、運送会社ともめているらしい。どれだけ未来のところに通ったのか、どれだけ経費がかかったのかなどの資料を知りたいと言い出したのだ。
一度も顔を見せたことのない男なのでそんなことはわからないのだろう。
「まとめて資料を送ります。あとは好きにして下さい。」
「春樹君。君が未来のところにずっと通っていたのに、君は一銭もいらないと言う。それでいいのか。」
「えぇ。金のためにしたわけではないので。」
春樹はそう言ってまたエレベーターへ戻ろうとした。
その後ろ姿を見て、達彦はそんなはずはないと首を横に振った。そして側に立っている秘書に言う。
「あいつの周りを調べろ。」
「しかし……。」
「未来が居なくなったんだ。うちにデメリットはない。搾り取れるところからは搾り取らないとな。」
いつだったかあぁいう輩が居た。強情に資産を売らないと啖呵を切っていた。その結果、何もかも失ったのだ。
あの輩のように春樹もなってしまえばいいと思う。
オフィスに帰ってくると、また春樹はパソコンを開いた。するとそこにはメッセージが届いている。開いてみるとそこには、浜田からのもので田島のネームが出来たのだという。
おそらくチェックして欲しいと言うことだろう。漫画はあまり読み慣れないが、流すだけ読んでみようと思う。
ページを薦めていくと、春樹の顔が険しくなっていった。その様子に絵里子が心配そうに声をかけた。
「編集長。何かありました?」
「……小泉先生と田島先生の合作のネームが届いたんだけどね。」
「あぁ。どうですか?」
「ぎりぎりかなぁ。これは……。青年誌でも……。ホラーのように感じるよ。」
とある島で、起こる殺人事件。第一の殺人は、来なかった同級生だった。エリートで顔がよくて女性にもてていた男は、廃校になった学校の理科室で首を吊っていたのだ。
「……表現がこれはどうなんだろう。死体をもっと出してもいいと思うんだけどな。」
絵里子も画面を見ていたが、すぐに笑う。
「ストーリーはいいですね。誰が犯人なのかって、これは騒ぎになりますよ。」
「ネットの世界だろう?」
「えぇ。小泉先生のものは、いつもネットで大騒ぎですから。漫画になればさらに大きくなるでしょうね。」
「……。」
生々しいのは死体を発見するシーンでも、廃校になった学校が現れたときでもなく、「美咲」と名前が付いたシーメールが出てきたときだった。
「……このキャラクターは、問題が出てくるかもなぁ。」
「男の娘ってことでしょう?別に今は珍しくないですけどね。」
絵里子はそう言って少し笑った。春樹がこんなことで戸惑っているのが珍しいと思ったのだ。
春樹にとってはそれが問題なのではない。どうしてここまで性描写が生々しくなってしまったのだろう。自分ではない。
だとしたら別の男。政近か、または別の男なのか。そう思うと拳が握られる。
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