146 / 384
嫉妬
146
しおりを挟む
焼き鯖定食が運ばれ、そのあと豚カツ定食が運ばれた。昌明の前に置かれたその量を見て、小盛りで良かったと倫子は心から思う。
山盛りのキャベツ、分厚いトンカツと、ご飯はどんぶりだろうかと思っていた。焼き鯖定食には大きな焼き鯖が半身と、お浸し、冷や奴もついている。
その冷や奴に醤油をかけて倫子は口にする。
「栄輝は未開発だって言ってたわね。」
「あぁ。一応ホームページにはタチって事になってるけど、実際は突っ込んでねぇ。どっちかって言うとデートみたいな事しかしてねぇし、売るときは誰かと一緒に行って道具で責めるだけ。元々ゲイでもないんだから、そんなことをしなくてもいいのにな。」
「ゲイでもないのに何でウリセンにいるわけ?」
すると昌明はキャベツに手をかけて、箸を止めた。
「あんた、栄輝と仲が良いか?」
「兄よりはってくらい。」
「だったらバイトのことも聞いてねぇか。」
「バイト?ウリセン以外の?」
するとキャベツに手を着けて、昌明は言う。
「妹とつきあってるんだよ。栄輝は。」
「妹?」
「月子って言うんだけど。元々家庭教師してて。」
実家に昌明が居たとき、月子は高校三年生だった。大学受験の家庭教師に栄輝がやってきたのだ。そこへたまたま兄が帰ってきたのだ。
「兄もいるの?」
「漫画描いてるよ。売れてねぇけど。」
「もしかして……政近?」
「へぇ。あんた、あんなローカルな漫画家知ってんだ。」
「今度一緒に仕事をするのよ。」
その言葉に昌明が手を止めた。何の因果かと思ったのだ。
「そのとき、兄貴には彼女が居てさ。あんたみたいな感じ。でももっと強烈だったな。」
「どういう意味?」
「んー。背中を全部見た訳じゃねぇけど、なんかの入れ墨が入ってたな。それにピアスも拡張してたし、指輪もごつかった。」
そういう女が好きなのだろう。あまりそういう女と一緒にされたくはないが、自分の姿を見ていれば仕方がないだろう。
「それに横恋慕してた。けどその女捕まってさ。」
「捕まった?」
「薬で。」
自分も薬をやっているように見えたのかもしれない。少し自分の素行も考えないといけないと思っていた。
「相当落ち込んでた。栄輝。それを忘れさせようと思って月子が大学に行ったらつきあおうって言ったみたいだけど、結局忘れられてねぇんだよな。栄輝。」
「それがどうしてウリセンに走るようになったの?」
「やけじゃねぇかなって思うけど。」
「バカな子。そんなことをしても忘れられないのに。」
月子にばれても、月子はそれでも栄輝と離れなかった。この女も大概だなと思いながら、倫子は焼き鯖に箸をのばす。
「もっと違う理由もあるみたいだけど……俺には話さないな。兄貴にも話してないみたいだし。」
その話を聞いて倫子はふと疑問に思った。ご飯を飲み込むと、政近に聞く。
「政近は何て言っているの?」
「女が捕まって?別に。」
「え?」
「ネタのためにつきあったって言ってたし。元々彼女が居ても、本気で好きになったことなんかないんじゃないかな。あの男。」
こんなところまで似ているのか。倫子はため息をつきながら、味噌汁を口に入れる。
「それより、プロットの修正頼むよ。」
「良いわ。二、三日中に送るから。」
「仕事は速いんだな。」
「面倒なことはすぐ片づけたいの。」
作品を書いているときが一番幸せだと思っていた。だが最近もっと幸せなことがある。それは春樹といることだ。
栄輝もそういう相手が見つかればいいと思う。
会社の前で倫子は昌明と別れようとした。
「これから資料集め?」
「えぇ。もう少し人魚のことを知りたいわ。それから伝説があるところの土地のことも。」
「実際行ってみると良いかもしれないけどな。まぁ、あんただったら難しいかもしれないし。」
「え?」
「「戸崎出版」の仕事も忙しいんだろ?」
「まぁね……。」
「兄貴に会うこともあるんだろ?俺、最近は全然会ってねぇからよろしく言っておいて。」
「わかった。」
そのとき向こうから一人の女性が訝しげに、二人を見ていた。それに気がついて、倫子は昌明に礼を言うとその場を離れる。
「こんにちは。加藤さん。」
見ていたのは春樹の同僚である加藤絵里子だった。荷物を持っているところを見ると担当している人と打ち合わせでもしていたのだろう。
「小泉先生。「三島出版」とお仕事ですか?」
「えぇ。」
なんだかんだと噛みついてくる加藤が少し苦手だった。それに相当敵対心を燃やしている気がする。
「あぁ。こちらの雑誌のモノは連載が終わるとか。次のモノに手を着けようと?」
「えぇ。」
それ以上は言いたくなかった。春樹にも言っていないことだ。それを絵里子には言いたくない。
「軽い読み物ですよね。こっちのモノは。そっちの方が書きやすいんですか?」
「別に。こだわったことを書こうとは思ってませんよ。求められれば書くだけです。」
生意気な態度に、絵里子は心の中で舌打ちをする。どうしてこんな女に春樹は入れ込んでいるのだろう。
「あぁ。そうだ。しばらく藤枝編集長とは連絡が付かないと思うので、窓口は私の方へ言ってください。」
その言葉に倫子は少し違和感を持った。そして絵里子に聞く。
「何かあったんですか?藤枝さん。」
「奥様の具合が急変したんですよ。」
「えっ……。」
思わず持っていた荷物を落としそうになった。だがそれを踏ん張って耐える。
「二、三日は出れないかもしれないと言っていたし……。」
「大変ですね。」
口先だけだと思った。だが感づかれてはいけない。そう思いながら倫子は、絵里子と別れた。
そして駅へ向かう。図書館へのバスは駅前から出ているのだ。そしてその途中で見る駅前の病院を見上げた。ここに春樹がいるのだろう。そして妻のために寄り添っているのだ。その側に自分がいれるわけがない。
自分が愛する人が苦しんでいるときにすら、自分が寄り添えるわけがないのだ。寄り添えば奥さんを苦しめる。それがわかっているのに、倫子がいれないもどかしさが倫子自身の首を絞めている。
山盛りのキャベツ、分厚いトンカツと、ご飯はどんぶりだろうかと思っていた。焼き鯖定食には大きな焼き鯖が半身と、お浸し、冷や奴もついている。
その冷や奴に醤油をかけて倫子は口にする。
「栄輝は未開発だって言ってたわね。」
「あぁ。一応ホームページにはタチって事になってるけど、実際は突っ込んでねぇ。どっちかって言うとデートみたいな事しかしてねぇし、売るときは誰かと一緒に行って道具で責めるだけ。元々ゲイでもないんだから、そんなことをしなくてもいいのにな。」
「ゲイでもないのに何でウリセンにいるわけ?」
すると昌明はキャベツに手をかけて、箸を止めた。
「あんた、栄輝と仲が良いか?」
「兄よりはってくらい。」
「だったらバイトのことも聞いてねぇか。」
「バイト?ウリセン以外の?」
するとキャベツに手を着けて、昌明は言う。
「妹とつきあってるんだよ。栄輝は。」
「妹?」
「月子って言うんだけど。元々家庭教師してて。」
実家に昌明が居たとき、月子は高校三年生だった。大学受験の家庭教師に栄輝がやってきたのだ。そこへたまたま兄が帰ってきたのだ。
「兄もいるの?」
「漫画描いてるよ。売れてねぇけど。」
「もしかして……政近?」
「へぇ。あんた、あんなローカルな漫画家知ってんだ。」
「今度一緒に仕事をするのよ。」
その言葉に昌明が手を止めた。何の因果かと思ったのだ。
「そのとき、兄貴には彼女が居てさ。あんたみたいな感じ。でももっと強烈だったな。」
「どういう意味?」
「んー。背中を全部見た訳じゃねぇけど、なんかの入れ墨が入ってたな。それにピアスも拡張してたし、指輪もごつかった。」
そういう女が好きなのだろう。あまりそういう女と一緒にされたくはないが、自分の姿を見ていれば仕方がないだろう。
「それに横恋慕してた。けどその女捕まってさ。」
「捕まった?」
「薬で。」
自分も薬をやっているように見えたのかもしれない。少し自分の素行も考えないといけないと思っていた。
「相当落ち込んでた。栄輝。それを忘れさせようと思って月子が大学に行ったらつきあおうって言ったみたいだけど、結局忘れられてねぇんだよな。栄輝。」
「それがどうしてウリセンに走るようになったの?」
「やけじゃねぇかなって思うけど。」
「バカな子。そんなことをしても忘れられないのに。」
月子にばれても、月子はそれでも栄輝と離れなかった。この女も大概だなと思いながら、倫子は焼き鯖に箸をのばす。
「もっと違う理由もあるみたいだけど……俺には話さないな。兄貴にも話してないみたいだし。」
その話を聞いて倫子はふと疑問に思った。ご飯を飲み込むと、政近に聞く。
「政近は何て言っているの?」
「女が捕まって?別に。」
「え?」
「ネタのためにつきあったって言ってたし。元々彼女が居ても、本気で好きになったことなんかないんじゃないかな。あの男。」
こんなところまで似ているのか。倫子はため息をつきながら、味噌汁を口に入れる。
「それより、プロットの修正頼むよ。」
「良いわ。二、三日中に送るから。」
「仕事は速いんだな。」
「面倒なことはすぐ片づけたいの。」
作品を書いているときが一番幸せだと思っていた。だが最近もっと幸せなことがある。それは春樹といることだ。
栄輝もそういう相手が見つかればいいと思う。
会社の前で倫子は昌明と別れようとした。
「これから資料集め?」
「えぇ。もう少し人魚のことを知りたいわ。それから伝説があるところの土地のことも。」
「実際行ってみると良いかもしれないけどな。まぁ、あんただったら難しいかもしれないし。」
「え?」
「「戸崎出版」の仕事も忙しいんだろ?」
「まぁね……。」
「兄貴に会うこともあるんだろ?俺、最近は全然会ってねぇからよろしく言っておいて。」
「わかった。」
そのとき向こうから一人の女性が訝しげに、二人を見ていた。それに気がついて、倫子は昌明に礼を言うとその場を離れる。
「こんにちは。加藤さん。」
見ていたのは春樹の同僚である加藤絵里子だった。荷物を持っているところを見ると担当している人と打ち合わせでもしていたのだろう。
「小泉先生。「三島出版」とお仕事ですか?」
「えぇ。」
なんだかんだと噛みついてくる加藤が少し苦手だった。それに相当敵対心を燃やしている気がする。
「あぁ。こちらの雑誌のモノは連載が終わるとか。次のモノに手を着けようと?」
「えぇ。」
それ以上は言いたくなかった。春樹にも言っていないことだ。それを絵里子には言いたくない。
「軽い読み物ですよね。こっちのモノは。そっちの方が書きやすいんですか?」
「別に。こだわったことを書こうとは思ってませんよ。求められれば書くだけです。」
生意気な態度に、絵里子は心の中で舌打ちをする。どうしてこんな女に春樹は入れ込んでいるのだろう。
「あぁ。そうだ。しばらく藤枝編集長とは連絡が付かないと思うので、窓口は私の方へ言ってください。」
その言葉に倫子は少し違和感を持った。そして絵里子に聞く。
「何かあったんですか?藤枝さん。」
「奥様の具合が急変したんですよ。」
「えっ……。」
思わず持っていた荷物を落としそうになった。だがそれを踏ん張って耐える。
「二、三日は出れないかもしれないと言っていたし……。」
「大変ですね。」
口先だけだと思った。だが感づかれてはいけない。そう思いながら倫子は、絵里子と別れた。
そして駅へ向かう。図書館へのバスは駅前から出ているのだ。そしてその途中で見る駅前の病院を見上げた。ここに春樹がいるのだろう。そして妻のために寄り添っているのだ。その側に自分がいれるわけがない。
自分が愛する人が苦しんでいるときにすら、自分が寄り添えるわけがないのだ。寄り添えば奥さんを苦しめる。それがわかっているのに、倫子がいれないもどかしさが倫子自身の首を絞めている。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ずっと君のこと ──妻の不倫
家紋武範
大衆娯楽
鷹也は妻の彩を愛していた。彼女と一人娘を守るために休日すら出勤して働いた。
余りにも働き過ぎたために会社より長期休暇をもらえることになり、久しぶりの家族団らんを味わおうとするが、そこは非常に味気ないものとなっていた。
しかし、奮起して彩や娘の鈴の歓心を買い、ようやくもとの居場所を確保したと思った束の間。
医師からの検査の結果が「性感染症」。
鷹也には全く身に覚えがなかった。
※1話は約1000文字と少なめです。
※111話、約10万文字で完結します。
パート妻が職場の同僚に寝取られて
つちのこ
恋愛
27歳の妻が、パート先で上司からセクハラを受けているようだ。
その話を聞いて寝取られに目覚めてしまった主人公は、妻の職場の男に、妻の裸の写真を見せてしまう。
職場で妻は、裸の写真を見た同僚男から好奇の目で見られ、セクハラ専務からも狙われている。
果たして妻は本当に寝取られてしまうのか。
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる