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指輪
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目を覚ますと泉が伊織のそばで眠っていた。あまり浴衣などは着慣れていないのか、少し前が乱れている。浴衣の舌はキャミソール姿で、倫子は良くこういう格好をしてうろうろしているが泉はあまりこういう格好をしていない。新鮮だったと同時に、死んだ女を思い出すようだ。思わずその頬を手で触れる。すると泉も目をあけた。
「おはよう。」
伊織が誤魔化すようにそういうと、泉も少し笑った。
「おはよう。」
結局夕べは何も無かった。ここへ来たことで覚悟をしていたのに、結局何も無かったのは伊織がヘタレなのか、愛情がないのかと少し疑問に思うところだ。
だがこうして朝を一緒に迎えられるのは、何よりも代え難い。別にセックスなどしなくても繋がっていられると思えた。
「朝風呂行きたいね。」
「何時からだったかな。」
時計を見上げる。そのとき、密着している体に異変を感じた。思わず泉は伊織の方を見る。
「……。」
太股に何かが当たっている。朝だとこういうこともあると話には聞いていたが、まだ泉の中では未知の世界だったのだ。
「離れようか?」
気を使って伊織から離れようと、泉は使っていない隣の布団へ行こうとした。だが伊織の手がそれを許さない。
「え……。」
すると伊織の手が泉の手を握る。こんな朝からするつもりなのだろうか。心の準備は全くできていないのに。というか、夜に覚悟をしていたのにどうしていきなりこんな時に。泉の頭は混乱していた。
だが伊織はその手を握ると指に銀色の指輪をはめた。
「薬指かな。良かったサイズが合って。」
細い指輪は女性用だった。買ったものではないようで、少し無骨だ。
「これ?」
「知り合いの所で作ったんだ。」
「伊織が?」
「渡すタイミングのがしちゃって、こんな時に渡すことになったけど……悪いね。」
その言葉に泉は首を横に振る。目には涙が溜まっていた。こんなに喜びに溢れることがあっただろうか。
「嬉しい。ありがとう。」
寝起きで髪もぼさぼさだ。飾り気はいつも以上にない。なのに伊織はその姿がますます重なって見えた。
「私は何も用意していないのに。」
「ううん。俺が勝手に用意しただけだから。」
「でも……。」
「だったら俺の誕生日にでも用意してよ。」
「あ……。」
今月、伊織の誕生日がくる。春樹も倫子も同じだ。だから三人でまとめてお祝いをしたいと思っていたのだが、個人的にお祝いをしたい。
倫子のことを考えると倫子の側にいたいと思う。だが、自分のことを考えれば指輪を用意してくれた伊織と一緒にいたい。
心が倫子から離れていくようだ。
遅くまでセックスをしていた。春樹はいつも倫子が感じるように抱いてくる。春樹は一度しか射精をしなくても、倫子は数え切れないくらい絶頂に達するのだ。ただでさえ感じやすいのに、気持ちが入るとさらに感じてしまう。
倫子はぼんやりした頭を抱えながら、目を覚ます。いつもならコーヒーの匂いがするモノなのだが、今日は泉がいないのでその匂いはしない。
そのとき部屋のドアが開いた。そこには春樹がもう出社する格好だったのだ。
「おはよう。」
「そんな時間なの?」
「そんな時間だよ。よく眠ってたね。」
「起こしてくれたらいいのに。」
「起きなかったよ。」
寝起きが良くなる方法とかはないだろうか。倫子はそう思いながら、脱ぎ捨てられていたシャツを身につける。
「朝ご飯……。」
「用意してある。泉さんほどじゃないけどね。君も食べなよ。」
「あ……悪いわね。何から何まで。」
服を身につけるとき、入れ墨と混ざって跡があることに気がついて、倫子は少し顔を赤らめた。
「部屋の話だけど。」
「あぁ。本の部屋?」
「うん。今度の休みにでもモノを移すよ。そうしたらいつでも遊びに来て良いから。」
春樹はそういって、服を身につけた倫子の体を抱き寄せる。
「って言うか。来て。」
「うん……。」
軽くキスをすると、春樹は部屋を出る。それを追うように倫子も玄関へ向かった。
「行ってらっしゃい。」
「早く帰るから。」
「本当に新婚夫婦みたいね。」
倫子はそういうと、春樹はその頭をなでて玄関を出て行く。
冷えた空気が身をまとう。冬の空気だった。きっと街はクリスマスムードで、緑と赤で彩られている。今年は妻と、倫子に用意しないといけない。倫子には何がいいのだろう。興味のあるモノは飛びつくが、ないモノはとりつくしまはない。
そのときだった。同じように仕事へ行くサラリーマンやOLたちとは逆走するように、こちらに向かってくる人が見えた。それは、目立つ男だった。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
それは田島政近だった。また倫子に何か用事があるのだろうかと思って、少し身構える。
「そんなに警戒しないでくださいよ。別に倫子の所に行くからここに来たわけじゃねぇし。」
「だったら何の用事で?」
「公園のそばに、シルバーアクセを手作りで作ってる工房があるんですよ。革とかもしてるみたいだけど。」
「そんなところがあるんですか?」
「大量生産じゃなくて、オーダーだけのとこ。朝早くあけて、夕方には閉まるから、早く行っとかないといけないし。」
それだけが理由なのだろうか。それにしては早すぎると思う。
「嘘じゃないですよ。あんたも行ってみたら?悪いヤツじゃねぇし。」
人間を選ぶ倫子とは違って、この男は人間を選ばない。だから悪いヤツではないというのは、政近の基準でそれはかなり緩い。それに人にとっていい、悪い、というのは基準も全く違う。
「いずれ。」
春樹はそういって駅の方へ足を向ける。だが政近が本当にそれだけを目的でここを訪れたのか。その疑問は払拭できない。
だが政近の跡を追うわけにはいかない。自分には仕事があるのだから。それすらも最近足かせになっていると思う。好きでした仕事が、自分の首を絞めていると思ってもなかった。
「おはよう。」
伊織が誤魔化すようにそういうと、泉も少し笑った。
「おはよう。」
結局夕べは何も無かった。ここへ来たことで覚悟をしていたのに、結局何も無かったのは伊織がヘタレなのか、愛情がないのかと少し疑問に思うところだ。
だがこうして朝を一緒に迎えられるのは、何よりも代え難い。別にセックスなどしなくても繋がっていられると思えた。
「朝風呂行きたいね。」
「何時からだったかな。」
時計を見上げる。そのとき、密着している体に異変を感じた。思わず泉は伊織の方を見る。
「……。」
太股に何かが当たっている。朝だとこういうこともあると話には聞いていたが、まだ泉の中では未知の世界だったのだ。
「離れようか?」
気を使って伊織から離れようと、泉は使っていない隣の布団へ行こうとした。だが伊織の手がそれを許さない。
「え……。」
すると伊織の手が泉の手を握る。こんな朝からするつもりなのだろうか。心の準備は全くできていないのに。というか、夜に覚悟をしていたのにどうしていきなりこんな時に。泉の頭は混乱していた。
だが伊織はその手を握ると指に銀色の指輪をはめた。
「薬指かな。良かったサイズが合って。」
細い指輪は女性用だった。買ったものではないようで、少し無骨だ。
「これ?」
「知り合いの所で作ったんだ。」
「伊織が?」
「渡すタイミングのがしちゃって、こんな時に渡すことになったけど……悪いね。」
その言葉に泉は首を横に振る。目には涙が溜まっていた。こんなに喜びに溢れることがあっただろうか。
「嬉しい。ありがとう。」
寝起きで髪もぼさぼさだ。飾り気はいつも以上にない。なのに伊織はその姿がますます重なって見えた。
「私は何も用意していないのに。」
「ううん。俺が勝手に用意しただけだから。」
「でも……。」
「だったら俺の誕生日にでも用意してよ。」
「あ……。」
今月、伊織の誕生日がくる。春樹も倫子も同じだ。だから三人でまとめてお祝いをしたいと思っていたのだが、個人的にお祝いをしたい。
倫子のことを考えると倫子の側にいたいと思う。だが、自分のことを考えれば指輪を用意してくれた伊織と一緒にいたい。
心が倫子から離れていくようだ。
遅くまでセックスをしていた。春樹はいつも倫子が感じるように抱いてくる。春樹は一度しか射精をしなくても、倫子は数え切れないくらい絶頂に達するのだ。ただでさえ感じやすいのに、気持ちが入るとさらに感じてしまう。
倫子はぼんやりした頭を抱えながら、目を覚ます。いつもならコーヒーの匂いがするモノなのだが、今日は泉がいないのでその匂いはしない。
そのとき部屋のドアが開いた。そこには春樹がもう出社する格好だったのだ。
「おはよう。」
「そんな時間なの?」
「そんな時間だよ。よく眠ってたね。」
「起こしてくれたらいいのに。」
「起きなかったよ。」
寝起きが良くなる方法とかはないだろうか。倫子はそう思いながら、脱ぎ捨てられていたシャツを身につける。
「朝ご飯……。」
「用意してある。泉さんほどじゃないけどね。君も食べなよ。」
「あ……悪いわね。何から何まで。」
服を身につけるとき、入れ墨と混ざって跡があることに気がついて、倫子は少し顔を赤らめた。
「部屋の話だけど。」
「あぁ。本の部屋?」
「うん。今度の休みにでもモノを移すよ。そうしたらいつでも遊びに来て良いから。」
春樹はそういって、服を身につけた倫子の体を抱き寄せる。
「って言うか。来て。」
「うん……。」
軽くキスをすると、春樹は部屋を出る。それを追うように倫子も玄関へ向かった。
「行ってらっしゃい。」
「早く帰るから。」
「本当に新婚夫婦みたいね。」
倫子はそういうと、春樹はその頭をなでて玄関を出て行く。
冷えた空気が身をまとう。冬の空気だった。きっと街はクリスマスムードで、緑と赤で彩られている。今年は妻と、倫子に用意しないといけない。倫子には何がいいのだろう。興味のあるモノは飛びつくが、ないモノはとりつくしまはない。
そのときだった。同じように仕事へ行くサラリーマンやOLたちとは逆走するように、こちらに向かってくる人が見えた。それは、目立つ男だった。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
それは田島政近だった。また倫子に何か用事があるのだろうかと思って、少し身構える。
「そんなに警戒しないでくださいよ。別に倫子の所に行くからここに来たわけじゃねぇし。」
「だったら何の用事で?」
「公園のそばに、シルバーアクセを手作りで作ってる工房があるんですよ。革とかもしてるみたいだけど。」
「そんなところがあるんですか?」
「大量生産じゃなくて、オーダーだけのとこ。朝早くあけて、夕方には閉まるから、早く行っとかないといけないし。」
それだけが理由なのだろうか。それにしては早すぎると思う。
「嘘じゃないですよ。あんたも行ってみたら?悪いヤツじゃねぇし。」
人間を選ぶ倫子とは違って、この男は人間を選ばない。だから悪いヤツではないというのは、政近の基準でそれはかなり緩い。それに人にとっていい、悪い、というのは基準も全く違う。
「いずれ。」
春樹はそういって駅の方へ足を向ける。だが政近が本当にそれだけを目的でここを訪れたのか。その疑問は払拭できない。
だが政近の跡を追うわけにはいかない。自分には仕事があるのだから。それすらも最近足かせになっていると思う。好きでした仕事が、自分の首を絞めていると思ってもなかった。
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