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素直
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公園の道はわずかな外灯と、人が通る度にセンサーが反応して道を照らす。昼間はただ少し広いだけの公園なのだが、夜になればデートスポットに変わる。桜の木が各所に植えられていて、春は花見をする人も多いのが特徴だ。
今の時間は恋人同士が愛を語らったり、人によってはデリヘルの待ち合わせ場所だったりして人も結構多い。あまり酔っぱらいがいないのは、飲める店が少ないからだ。
駅前に数件の居酒屋があり、あとはスナックや変わった男が一人でしているバーなんかもあるようだが倫子は行ったことはない。バーは亜美がしている「bell」というバーへ行くだけだ。気を使わなくても良いし、変な男から声をかけられることもない。
「来月、二人が温泉へ行くと行っていたね。」
春樹がそういって倫子をみる。
「えぇ。」
「地元では有名な温泉宿なの?」
「温泉宿はいくつかあるわ。昔からの温泉宿もあるし、ペンションなんかもあった。観光客でいつもにぎわっている騒がしい町よ。」
その一角に、昔ながらの温泉宿があった。町の中では大きい部類になる温泉宿だ。そこの若旦那は三十代後半。いつだった過疎の若旦那の後妻にはいらないかと、兄から言われたことがある。話も聞かないでどんどん進めていこうとする態度に、倫子は父親を重ねていた。よく似た息子なのだろう。
だから栄輝はそれに反抗した。高校くらいまでしか一緒に暮らしていなかったが、反抗ばかりしていた倫子とは違って反抗期らしい反抗は全くないと思っていたのに、まさかウリセンで働いているとは思ってもなかった。
「栄輝は……。」
「ん?」
「ずっと我慢してたのね。大学の薬学部にいるから、毒薬のことや大学でのこととか、ずっとネタにしていたの。」
大事なブレーンだと思っていた。だがそれは栄輝にとって迷惑だったのかもしれない。
「弟君から何か言われた?」
「兄さん達に黙っている代わりに、私にも黙っていて欲しいとね。」
ここでも取引があったのだ。そして倫子はそのことについてネタにはできない。どこから何が漏れるのかわからないのだから。
「惜しかったわ。漫画の中でウリセンをしているキャラクターを出そうと思っていたのに。」
「話は弟君からではなくても聞けるよ。例のゲイバーにはきっと居るから。」
「そうね。また行かないといけないわ。そのときは……あの男も一緒ね。」
「あの男?」
「政近。」
田島政近と一緒に行くのだ。おそらく政近は、また倫子と出かけることがあれば今度こそ手を出してくるだろう。この感じやすくて、濡れやすくて、そして少しマゾヒストなところももっと攻められるだろう。それが許せない。
「次が見えれば、それに突き進むだけ。目標があるのは助かるわ。よけいなことを考えないで良いし。」
だいぶ落ち着いてきた。だからといってこのまま倫子を帰したくない。茂みの奥で声がする。センサーが当たらないところでは、ラブホテルへ行けないのかそれともこういう野外でするのが好きなカップルの川から無いが、盛っている声が所々で聞こえる。
だがこんなところでしたくはない。
「倫子。もう帰りたい?」
その言葉に倫子は首を傾げる。
「帰らなくてどうするの?お陰で仕事が出来そうなのに。」
「そうじゃなくて……。」
何がしたいのかわかる。倫子は少し微笑むと、首を横に振る。
「今日は仕事がしたい。今している仕事も止まってたし、締め切りも近いから。」
「倫子はいつも締め切りに余裕を持って納品してくれている。そういった意味では、こちらは助かるよ。でも少し詰めすぎだ。息を抜くことも考えた方が言い。」
「春樹。」
「俺も、忘れたいことがある。嘘ばかりの世界の中で、君への感情が唯一の真実なんだ。」
すると倫子は首を横に振る。そして春樹の方を見た。
「セックスの時に言う「好き」は嘘よ。」
「……。」
「ネタのためでしょう?」
すると春樹は少し前を行っていた倫子に詰め寄る。その空気に、倫子は少し恐怖を感じた。
「本気でそう思っているのか。」
「……そのために始めたことでしょう?」
「だったら違う人に頼めばいい。少なくとも俺はそれだけじゃなかったから。田島先生はきっと君の性癖にも合うだろう。」
確かにそうだ。政近はきっと倫子の少しマゾヒストな所に気がついた。だから手を出そうとしてきたのだ。部屋に誘おうともした。だが倫子はそれが嫌だと思った。
条件は政近の方がいいに決まっている。独身で、仕事も出来て、仕事上のパートナーとしてはいいだろう。
だがどこかで嫌だというところがある。それは春樹ではないからだ。作家と編集者がくっつくことはあるだろう。だがそれは双方が独身であるという条件の下だ。春樹には妻がいる。なのに止められない。それはどういうことなのか、倫子はとっくに気づいていたはずなのにその感情から目をそらしていたのだ。
「……嫌。」
政近からキスをされた。逃れようとしているのに強引に捕まれたその腕の力も、温もりも、舌の感触も、口にあるピアスの感触も、嫌気がさす。政近だから嫌だったのだろうか。違う。それは、春樹でないから嫌だったのだ。
「嫌なの?田島先生の方が条件はいいのに。」
「条件は良いわ。独身で、話も合って、仕事もしやすい。だけど……それだけでセックスは出来ない。」
「……。」
倫子の目には涙が溜まっていた。認めたくないのに、感情を抑えられない。
「あなただから……。」
絞り出すような声に、春樹は倫子の手を引く。センサーが届かない藪の中に足を踏み入れその暗がりの中、倫子の体を抱きしめた。
「倫子……。」
すると倫子もその体に手を伸ばす。そしてその温もりを感じた。
「春樹……春樹が好き。」
胸の中で倫子はそうつぶやいた。すると春樹は少し体を離して、頬に流れているその涙を拭う。
「俺の方を見て言って。」
「意地悪。」
少し笑って、倫子は春樹を見上げる。
「あなたが好きよ。」
その言葉に春樹は、思わず軽くその唇にキスをした。
「こんなところでやめて。」
「そんな可愛いことを言われて我慢できない。もっと可愛い顔を見たいと思うよ。」
どういう意味なのかわかる。だが倫子は首を横に振った。
「仕事したい。」
「今日くらいは良い。」
「いつもそんなことを言って。」
「倫子はしたくないの?」
自分の気持ちをはっきり口で伝えた。その高まりが押さえきれない。きっと仕事をしようとしても今日は出来ないだろう。
「お酒飲んでるのに?」
「俺が立たなくても、君が感じるところをみたい。」
自分よりも相手を優先する。それが相手のことを思って、大事にしていることだと思う。それが春樹の愛の形だった。
今の時間は恋人同士が愛を語らったり、人によってはデリヘルの待ち合わせ場所だったりして人も結構多い。あまり酔っぱらいがいないのは、飲める店が少ないからだ。
駅前に数件の居酒屋があり、あとはスナックや変わった男が一人でしているバーなんかもあるようだが倫子は行ったことはない。バーは亜美がしている「bell」というバーへ行くだけだ。気を使わなくても良いし、変な男から声をかけられることもない。
「来月、二人が温泉へ行くと行っていたね。」
春樹がそういって倫子をみる。
「えぇ。」
「地元では有名な温泉宿なの?」
「温泉宿はいくつかあるわ。昔からの温泉宿もあるし、ペンションなんかもあった。観光客でいつもにぎわっている騒がしい町よ。」
その一角に、昔ながらの温泉宿があった。町の中では大きい部類になる温泉宿だ。そこの若旦那は三十代後半。いつだった過疎の若旦那の後妻にはいらないかと、兄から言われたことがある。話も聞かないでどんどん進めていこうとする態度に、倫子は父親を重ねていた。よく似た息子なのだろう。
だから栄輝はそれに反抗した。高校くらいまでしか一緒に暮らしていなかったが、反抗ばかりしていた倫子とは違って反抗期らしい反抗は全くないと思っていたのに、まさかウリセンで働いているとは思ってもなかった。
「栄輝は……。」
「ん?」
「ずっと我慢してたのね。大学の薬学部にいるから、毒薬のことや大学でのこととか、ずっとネタにしていたの。」
大事なブレーンだと思っていた。だがそれは栄輝にとって迷惑だったのかもしれない。
「弟君から何か言われた?」
「兄さん達に黙っている代わりに、私にも黙っていて欲しいとね。」
ここでも取引があったのだ。そして倫子はそのことについてネタにはできない。どこから何が漏れるのかわからないのだから。
「惜しかったわ。漫画の中でウリセンをしているキャラクターを出そうと思っていたのに。」
「話は弟君からではなくても聞けるよ。例のゲイバーにはきっと居るから。」
「そうね。また行かないといけないわ。そのときは……あの男も一緒ね。」
「あの男?」
「政近。」
田島政近と一緒に行くのだ。おそらく政近は、また倫子と出かけることがあれば今度こそ手を出してくるだろう。この感じやすくて、濡れやすくて、そして少しマゾヒストなところももっと攻められるだろう。それが許せない。
「次が見えれば、それに突き進むだけ。目標があるのは助かるわ。よけいなことを考えないで良いし。」
だいぶ落ち着いてきた。だからといってこのまま倫子を帰したくない。茂みの奥で声がする。センサーが当たらないところでは、ラブホテルへ行けないのかそれともこういう野外でするのが好きなカップルの川から無いが、盛っている声が所々で聞こえる。
だがこんなところでしたくはない。
「倫子。もう帰りたい?」
その言葉に倫子は首を傾げる。
「帰らなくてどうするの?お陰で仕事が出来そうなのに。」
「そうじゃなくて……。」
何がしたいのかわかる。倫子は少し微笑むと、首を横に振る。
「今日は仕事がしたい。今している仕事も止まってたし、締め切りも近いから。」
「倫子はいつも締め切りに余裕を持って納品してくれている。そういった意味では、こちらは助かるよ。でも少し詰めすぎだ。息を抜くことも考えた方が言い。」
「春樹。」
「俺も、忘れたいことがある。嘘ばかりの世界の中で、君への感情が唯一の真実なんだ。」
すると倫子は首を横に振る。そして春樹の方を見た。
「セックスの時に言う「好き」は嘘よ。」
「……。」
「ネタのためでしょう?」
すると春樹は少し前を行っていた倫子に詰め寄る。その空気に、倫子は少し恐怖を感じた。
「本気でそう思っているのか。」
「……そのために始めたことでしょう?」
「だったら違う人に頼めばいい。少なくとも俺はそれだけじゃなかったから。田島先生はきっと君の性癖にも合うだろう。」
確かにそうだ。政近はきっと倫子の少しマゾヒストな所に気がついた。だから手を出そうとしてきたのだ。部屋に誘おうともした。だが倫子はそれが嫌だと思った。
条件は政近の方がいいに決まっている。独身で、仕事も出来て、仕事上のパートナーとしてはいいだろう。
だがどこかで嫌だというところがある。それは春樹ではないからだ。作家と編集者がくっつくことはあるだろう。だがそれは双方が独身であるという条件の下だ。春樹には妻がいる。なのに止められない。それはどういうことなのか、倫子はとっくに気づいていたはずなのにその感情から目をそらしていたのだ。
「……嫌。」
政近からキスをされた。逃れようとしているのに強引に捕まれたその腕の力も、温もりも、舌の感触も、口にあるピアスの感触も、嫌気がさす。政近だから嫌だったのだろうか。違う。それは、春樹でないから嫌だったのだ。
「嫌なの?田島先生の方が条件はいいのに。」
「条件は良いわ。独身で、話も合って、仕事もしやすい。だけど……それだけでセックスは出来ない。」
「……。」
倫子の目には涙が溜まっていた。認めたくないのに、感情を抑えられない。
「あなただから……。」
絞り出すような声に、春樹は倫子の手を引く。センサーが届かない藪の中に足を踏み入れその暗がりの中、倫子の体を抱きしめた。
「倫子……。」
すると倫子もその体に手を伸ばす。そしてその温もりを感じた。
「春樹……春樹が好き。」
胸の中で倫子はそうつぶやいた。すると春樹は少し体を離して、頬に流れているその涙を拭う。
「俺の方を見て言って。」
「意地悪。」
少し笑って、倫子は春樹を見上げる。
「あなたが好きよ。」
その言葉に春樹は、思わず軽くその唇にキスをした。
「こんなところでやめて。」
「そんな可愛いことを言われて我慢できない。もっと可愛い顔を見たいと思うよ。」
どういう意味なのかわかる。だが倫子は首を横に振った。
「仕事したい。」
「今日くらいは良い。」
「いつもそんなことを言って。」
「倫子はしたくないの?」
自分の気持ちをはっきり口で伝えた。その高まりが押さえきれない。きっと仕事をしようとしても今日は出来ないだろう。
「お酒飲んでるのに?」
「俺が立たなくても、君が感じるところをみたい。」
自分よりも相手を優先する。それが相手のことを思って、大事にしていることだと思う。それが春樹の愛の形だった。
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