守るべきモノ

神崎

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秘密

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 唇を離すと、倫子の頬が赤くなっていたのがわかる。それを見て春樹は倫子の体を正面に向けた。そしてその体を抱きしめる。
「今からセックスは出来ないけれど……今日の夜、帰る前に連絡を入れるから駅で待っていてくれないか。」
 すると倫子は春樹の体に体を寄せた。
「今日は家にいたいの。」
「どうして?」
「二人にも悪いことをしたわ。私の家ではあるけれど、二人も……春樹にも勝手なことをしたと思うから。」
「わかってたんだね。」
 以前の倫子なら気がつかなかったことだろう。春樹は少し笑うと、その体を抱きしめた。
「だったら今日は、食事にでも行く?いつかみたいに焼き肉へ行くのもいいね。」
「……そうね。」
 春樹はそれでいいのだろうか。倫子をしたいとでも思っていたのではないのだろうかと思う。
「あの……春樹?」
「俺とは今度の日曜日にでもつきあって欲しいところがあるんだ。」
「つきあって?」
「知り合いのバイク屋が、バイクを貸してくれるようになった。ツーリングへ行きたいと思う。」
 バイクの趣味があったのか。少し驚いたが、倫子はすぐに笑顔になった。
「バイクね……。」
「興味はないか?」
「いいえ。実は私も大型をとってて。」
「え?」
 意外な言葉だった。こんな細い体でバイクに乗ると思っていなかった。
「でも人の後ろは久しぶりね。仕事の都合は付けるわ。昨日までずっと打ち合わせで仕事が出来てないから、少し頑張らないと。」
 倫子のことだからバイクをもう一台借りれないかというかと思った。だが倫子は素直に、春樹の後ろに載るらしい。それがとても可愛いと思ってまた倫子の頬にキスをする。

 昼休憩をとる暇がなくて、やっと泉はとれた休憩を終えると急ぎ足で二階へ戻ってきた。そしてフロアを見渡すと、片隅に伊織の姿があるのに気がついて泉は少し驚いた。だが伊織は少し視線をこちらに向けて挨拶をしただけで、あとは向かいに座っている中年の男性と女性とで何かを話していた。おそらく仕事の打ち合わせでここに来たのだろう。泉はそう思いながら、カウンターに戻る。
 すると泉の代わりに入っていた本屋の女性が、エプロンをはずしながら泉に言う。
「あの三番のお客さん格好いいね。」
「若い人?」
「さすがに禿散らかしたおっさんにはかっこいいとは言わないよ。」
 確かに伊織は普通の目線で見ても格好いいといわれるだろう。テレビか何かで見た俳優かモデルの誰かに似ていると思う。外見はジェンダーレスで、童顔で、可愛い顔立ちをしているのだから。
「そうね。」
「あのお客さん、本屋の方にもしょっちゅう来てるわ。赤井さんとか本を整理する振りしていつも近寄ってる。」
 仕事しろよ。と喉まででて、飲み込んだ。それに自分の恋人が格好いいといわれるのは悪くない。
「店長。オーダーは入ってますか?」
「今淹れてるので終わり。」
 店長の川村礼二はそう言って、少し笑った。
「だったらディッシャー入ります。」
「うん。お願いするよ。」
 フロアに伊織が居たら嫌でも目線で追ってしまう。そう思って泉はわざと裏に入ろうとした。そのとき、伊織のテーブルの人たちが資料の整理をしている。もう帰るのだろう。それを感じて、泉はさっとレジへ向かった。そして本屋の女性も後ろ髪を引かれながら、一階へ降りていく。
「会計ですね。ありがとうございます。」
 泉はそう言ってレジに打ち込んでいく。三人まとめての代金は女性が払った。
「領収書をいただけますか。」
 やはり仕事でここに来ただけだ。そう思って泉は領収書を発行して、その横に店の印鑑を押す。
「お待たせいたしました。領収書でございます。」
「ありがとう。じゃあ、富岡君。いい表装を待ってるわ。」
「はい。」
 泉には目もくれないで、行ってしまう。そう言うものなのだと思いながらも、泉は少し寂しい気持ちになっていた。
 三人はそう言って階下に降りていく。泉もテーブルを片づけようとしたときだった。
「泉。」
 振り返ると伊織が戻ってきた。驚いて泉は伊織の方を見る。
「忘れ物?」
「ううん。倫子からのメッセージが入っているのを見た?」
「あーうん。今日、外で食事って話でしょう?」
「泉の終わりに合わせるからって言ってた。俺、迎えに来るよ。何時くらい?」
「八時三十分くらいかな。」
「うん。だったらそれくらいに裏口で待ってる。」
「え?駅でいいよ?」
「駅だったら遠回りになるしね。」
 それ以上のことは言わない。一緒にいたいのだ。それがわかって泉は少し頬を染める。
「じゃあ、また夜に。」
「えぇ。頑張ってね。仕事。」
 伊織はそう言ってまた階下に降りていく。その後ろ姿を見て、泉は心の中で笑っていた。伊織が気を使って、忘れ物と言ってここにまた戻ってきたのだろう。優しい人だと思った。
 カップを片手にカウンターに戻ると、礼二が少し笑っていた。
「にやけてる。」
「え?」
「いいなぁ。羨ましいよ。まだつきあってそんなにたっていないんでしょ?」
「まぁ……でも、店長言わないでくださいよ。」
「わかってる。あの男、人気あるしね。」
 それはわかっていた。たまにやってくる伊織に、本屋の女性が「王子」とあだ名を付けていることも、レジに並んでいれば「私がレジをする」と急に言い出す人だっているのだ。
 そんな伊織が、泉なんかとつきあっているのがばれてはいけない。体の繋がりはなくても、心で繋がっているのだから。そう信じたい。
「ついでにこれ、六番さんね。」
「はい。」
 泉はそう言ってトレーにコーヒーとカフェラテを載せると、六番といわれたテーブルへ運ぶ。
「お待たせいたしました。」
 そこにはカップルがいる。前ほどぎすぎすと対応はしなくなった。礼二はそう思っていたが、同時にふつふつと嫉妬心がわき出てくる。
 泉は色気のないタイプで、最初にやってきたとき「何でこんなちんちくりんが」と思っていたのだが、客のあしらいも徐々に良くなったし、コーヒーに関してはもう礼二が口を挟むことはなかった。
 本社からはもしカフェ事業が軌道に乗ったら、今度は泉を店長として派遣したいという話もあるし、そうでなくてもこのクリスマスデザートの関係で、開発部へ来て欲しいなんていう声も挙がったのだ。
 何より、女らしくなった気がする。それが自分の手を放れていくような感じがしてやるせなかった。
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