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秘密
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今日の朝はよく冷える。夕べ寒くて結局布団の上から毛布を出してやっと熟睡したのだ。今度の休みにでもこの毛布を干さないといけない。これからどんどん寒くなるのだから。そう思いながら布団を畳み押入にしまうと、着替えをする。
色あせたジーパンは大学生の頃から履き込んでいて、もう色あせがひどい。そしてボーダーのセーターを着込んだ。
それから脱衣所へ向かうと、歯を磨き始めた。今日の朝ご飯には、昨日伊織が買ってきためざしを添えよう。そう思っていて手を止めた。
そういえば夕べは政近がここへきたのだ。帰るかもしれないと言っていたが、泊まっている可能性の方が高いだろう。倫子が居間に布団を敷いていたから。
それにしても夕べの伊織は少しおかしかった。政近を見ただけで、顔をひきつらせたままそのまま部屋に戻っていったのだ。あの男と何かあったのだろうか。今日の夜にでも事情を聞きたいと思う。そう思いながら口を濯いだ。
「おはよう。」
顔を洗って振り返るとそこには伊織の姿があった。
「もう起きたの?」
「早く目が覚めちゃってね。」
何があってもすぐに眠ってしまう泉とは違うようだ。案外繊細な男だと思う。
「夕べ泊まったのかな。」
顔を吹きながら泉は伊織に聞くと、伊織は歯ブラシに歯磨き粉を付けながらうなづいた。
「靴があったよ。なんか凄いごついブーツ。あれ、田島のヤツだろう。昔からあぁいうヤツ好きだったし。」
革製品やシルバーアクセサリーが好きだった。自作していたときもあって、絵を描くよりもそっちをしたらいいのにと言われていたようだが、本人はそっちよりも絵を描きたいと作った革の煙草ケースをデッサンしていたのを覚えている。
「見た目はあぁだけど、真面目だったよ。」
だったら倫子の側にいても何もないかもしれない。本当に仕事をしにきただけだ。
「ふーん。」
少し安心した。しかし伊織の表情は浮かない。それだけではないのだろう。
「今日はめざし焼くね。昨日のヤツ、美味しそうだったし。」
泉はそういってタオルを置くと、伊織は少し笑った。しかし泉には何も言わないのだ。こう言うとき、恋人であっていいのだろうかと自分の中で疑問が生まれる。恋人なのに頼りにされていない自分が、とても弱いと思うのだ。
泉はそのまま、自分の部屋に戻ると鏡に向かって髪を整えたあとわずかに化粧をする。飲食業をしているとあまり化粧などは出来ないのだが、そもそもそんなに得意ではないし化粧をしたところで倫子のように色気も出ない。泉の化粧は、ただ日焼け止めと眉毛を書くだけなのだ。それだけで自分になれた気がする。
「よし。」
味噌汁の具はなににしようか。めざしの他に卵を焼いておこうかと、頭の中で思案する。だが居間の前について、少し戸惑った。居間に布団を敷いていたということは、ここに政近が寝ているのだ。夕べも遅かったとしたら起こさないだろうか。泉は少し腕を組んで考えてしまった。そのとき、顔を洗い終わった伊織が脱衣所から出てくる。
「どうしたの?泉。」
「んー。部屋に田島さんが寝ているのかと思って。」
「あぁ。そうだったね。でもまぁ、寝ているのは関係ないよ。騒がしかったら帰るだろうし、起きるんだったら朝食を食べるだろうし。」
「んー。いいのかな。」
「遠慮することはないよ。倫子はお客さんかもしれないけれど、俺らには別にお客さんでも何でもないんだし。」
それもそうだ。泉はそう思って居間のドアを開ける。するとそこには、政近の姿がなかった。
「あ……あれ?」
用意されている布団には誰も居なかった。そしてテーブルの上には、いつも春樹や倫子が利用している灰皿があり吸い殻が数本残っている。
「いないね。でも靴はあったんだけどな。」
すると泉は感づいたように、居間をあとにする。そして隣の倫子の部屋の前に立った。嘘であって欲しいと胸を押さえて、呼吸を整えた。
「泉。落ち着いて。」
心配そうに伊織が声をかけてくれる。それに泉は振り返ることはなく、ただうなづいただけだった。そしてドアに手をかける。
するとそこには資料と本に囲まれた倫子がいつもの布団で眠っていた。だがその隣には政近の姿がある。抱き合ったり裸になっていることはないが、ただ二人が一つの布団に入って眠っているだけだった。
「……何?」
薄暗い部屋の中だったのに、いきなり朝の光を入れられたからだろう。政近の方が目を覚まして、まぶしそうに二人を見ていた。
「何で部屋にいるのよ!何考えてるの?もう……。何で……。」
最後には言葉に詰まっていた。その様子に伊織が泉の肩に手を置く。
「落ち着いて。泉。」
その騒ぎに、春樹が起きてきて二人の側に寄る。
「どうしたの?」
「春樹さん……。」
倫子はそんな騒ぎの中でもただ静かに寝息をたてていた。
コーヒーの匂いでやっと起きてきた倫子だったが、あまり頭は起きていないらしくぼんやりしたまま座っているだけだった。その代わりに答えていたのが政近で、それでも泉は納得しないように政近を見ていた。
「四時くらいまでは覚えてたけど、そっから先はあんまり覚えてねぇよ。」
政近の手には鉛筆の黒が手のひらに写っている。それは本当に打ち合わせをしていたという証拠なのだろう。
「それでも一緒の布団で寝てるなんて……。」
「別にいいだろ?夕べは寒かったし、寒いときはひっついて寝たほうがよく寝れるんだよ。寒いところではそうしてる。」
すると伊織が鼻で笑っていった。
「外国かぶれだよな。相変わらず。」
「あ?」
政近はそういって伊織の方を見る。一触即発の空気だった。
しかし等の倫子はコーヒーを口に運んでぼんやりとその様子を見ているだけだった。自分のことなのにあまりにも他人のような空気だ。その態度に春樹が思わず声をかけた。
「倫子さん。本当に何もなかったの?」
すると倫子は不機嫌そうに言う。
「しつこいわね。何も無いったら無いのよ。男だから、女だから、一つの部屋にいて何かあるとは限らない。そういう枠を越えているのよ。」
それは春樹に言われているようだった。二人きりになったらすぐに盛ってしまう春樹とは違うのだと言われているようで気分が悪い。
怒っていた泉も、その四人の関係に少し冷めたように言った。
「田島さんは独身?」
すると政近はめざしを食べながら言った。
「あぁ。今は一人で食っていくのが精一杯でね。」
「そうなの?」
「一応画集なんかはでているけど、漫画は売れてねぇんだ。」
「恋人は?」
「ずっと作ってねぇよ。面倒でね。それに時間もなくて。」
漫画で食っていけないなら、他の仕事で稼ぐしかない。だからどこのイラストだかわからないものもうけたりすることもあった。結果、時間はあまりない。
条件は春樹よりもいい。お互いフリーで健康なのだ。なのにどこかもやっとする。
「泉。政近さんとはこれからも何もない。仕事上のパートナーでしかないわ。」
やっと倫子は箸を持って、食事を始めた。頭がはっきりしてきたのだろう。だが泉にはそれが本当だとは思えなかった。春樹のときもそう言っていたのだ。泉がそのままそれを信用することは出来ない。春樹を見るが、春樹もまたそれを信用していないように見える。
色あせたジーパンは大学生の頃から履き込んでいて、もう色あせがひどい。そしてボーダーのセーターを着込んだ。
それから脱衣所へ向かうと、歯を磨き始めた。今日の朝ご飯には、昨日伊織が買ってきためざしを添えよう。そう思っていて手を止めた。
そういえば夕べは政近がここへきたのだ。帰るかもしれないと言っていたが、泊まっている可能性の方が高いだろう。倫子が居間に布団を敷いていたから。
それにしても夕べの伊織は少しおかしかった。政近を見ただけで、顔をひきつらせたままそのまま部屋に戻っていったのだ。あの男と何かあったのだろうか。今日の夜にでも事情を聞きたいと思う。そう思いながら口を濯いだ。
「おはよう。」
顔を洗って振り返るとそこには伊織の姿があった。
「もう起きたの?」
「早く目が覚めちゃってね。」
何があってもすぐに眠ってしまう泉とは違うようだ。案外繊細な男だと思う。
「夕べ泊まったのかな。」
顔を吹きながら泉は伊織に聞くと、伊織は歯ブラシに歯磨き粉を付けながらうなづいた。
「靴があったよ。なんか凄いごついブーツ。あれ、田島のヤツだろう。昔からあぁいうヤツ好きだったし。」
革製品やシルバーアクセサリーが好きだった。自作していたときもあって、絵を描くよりもそっちをしたらいいのにと言われていたようだが、本人はそっちよりも絵を描きたいと作った革の煙草ケースをデッサンしていたのを覚えている。
「見た目はあぁだけど、真面目だったよ。」
だったら倫子の側にいても何もないかもしれない。本当に仕事をしにきただけだ。
「ふーん。」
少し安心した。しかし伊織の表情は浮かない。それだけではないのだろう。
「今日はめざし焼くね。昨日のヤツ、美味しそうだったし。」
泉はそういってタオルを置くと、伊織は少し笑った。しかし泉には何も言わないのだ。こう言うとき、恋人であっていいのだろうかと自分の中で疑問が生まれる。恋人なのに頼りにされていない自分が、とても弱いと思うのだ。
泉はそのまま、自分の部屋に戻ると鏡に向かって髪を整えたあとわずかに化粧をする。飲食業をしているとあまり化粧などは出来ないのだが、そもそもそんなに得意ではないし化粧をしたところで倫子のように色気も出ない。泉の化粧は、ただ日焼け止めと眉毛を書くだけなのだ。それだけで自分になれた気がする。
「よし。」
味噌汁の具はなににしようか。めざしの他に卵を焼いておこうかと、頭の中で思案する。だが居間の前について、少し戸惑った。居間に布団を敷いていたということは、ここに政近が寝ているのだ。夕べも遅かったとしたら起こさないだろうか。泉は少し腕を組んで考えてしまった。そのとき、顔を洗い終わった伊織が脱衣所から出てくる。
「どうしたの?泉。」
「んー。部屋に田島さんが寝ているのかと思って。」
「あぁ。そうだったね。でもまぁ、寝ているのは関係ないよ。騒がしかったら帰るだろうし、起きるんだったら朝食を食べるだろうし。」
「んー。いいのかな。」
「遠慮することはないよ。倫子はお客さんかもしれないけれど、俺らには別にお客さんでも何でもないんだし。」
それもそうだ。泉はそう思って居間のドアを開ける。するとそこには、政近の姿がなかった。
「あ……あれ?」
用意されている布団には誰も居なかった。そしてテーブルの上には、いつも春樹や倫子が利用している灰皿があり吸い殻が数本残っている。
「いないね。でも靴はあったんだけどな。」
すると泉は感づいたように、居間をあとにする。そして隣の倫子の部屋の前に立った。嘘であって欲しいと胸を押さえて、呼吸を整えた。
「泉。落ち着いて。」
心配そうに伊織が声をかけてくれる。それに泉は振り返ることはなく、ただうなづいただけだった。そしてドアに手をかける。
するとそこには資料と本に囲まれた倫子がいつもの布団で眠っていた。だがその隣には政近の姿がある。抱き合ったり裸になっていることはないが、ただ二人が一つの布団に入って眠っているだけだった。
「……何?」
薄暗い部屋の中だったのに、いきなり朝の光を入れられたからだろう。政近の方が目を覚まして、まぶしそうに二人を見ていた。
「何で部屋にいるのよ!何考えてるの?もう……。何で……。」
最後には言葉に詰まっていた。その様子に伊織が泉の肩に手を置く。
「落ち着いて。泉。」
その騒ぎに、春樹が起きてきて二人の側に寄る。
「どうしたの?」
「春樹さん……。」
倫子はそんな騒ぎの中でもただ静かに寝息をたてていた。
コーヒーの匂いでやっと起きてきた倫子だったが、あまり頭は起きていないらしくぼんやりしたまま座っているだけだった。その代わりに答えていたのが政近で、それでも泉は納得しないように政近を見ていた。
「四時くらいまでは覚えてたけど、そっから先はあんまり覚えてねぇよ。」
政近の手には鉛筆の黒が手のひらに写っている。それは本当に打ち合わせをしていたという証拠なのだろう。
「それでも一緒の布団で寝てるなんて……。」
「別にいいだろ?夕べは寒かったし、寒いときはひっついて寝たほうがよく寝れるんだよ。寒いところではそうしてる。」
すると伊織が鼻で笑っていった。
「外国かぶれだよな。相変わらず。」
「あ?」
政近はそういって伊織の方を見る。一触即発の空気だった。
しかし等の倫子はコーヒーを口に運んでぼんやりとその様子を見ているだけだった。自分のことなのにあまりにも他人のような空気だ。その態度に春樹が思わず声をかけた。
「倫子さん。本当に何もなかったの?」
すると倫子は不機嫌そうに言う。
「しつこいわね。何も無いったら無いのよ。男だから、女だから、一つの部屋にいて何かあるとは限らない。そういう枠を越えているのよ。」
それは春樹に言われているようだった。二人きりになったらすぐに盛ってしまう春樹とは違うのだと言われているようで気分が悪い。
怒っていた泉も、その四人の関係に少し冷めたように言った。
「田島さんは独身?」
すると政近はめざしを食べながら言った。
「あぁ。今は一人で食っていくのが精一杯でね。」
「そうなの?」
「一応画集なんかはでているけど、漫画は売れてねぇんだ。」
「恋人は?」
「ずっと作ってねぇよ。面倒でね。それに時間もなくて。」
漫画で食っていけないなら、他の仕事で稼ぐしかない。だからどこのイラストだかわからないものもうけたりすることもあった。結果、時間はあまりない。
条件は春樹よりもいい。お互いフリーで健康なのだ。なのにどこかもやっとする。
「泉。政近さんとはこれからも何もない。仕事上のパートナーでしかないわ。」
やっと倫子は箸を持って、食事を始めた。頭がはっきりしてきたのだろう。だが泉にはそれが本当だとは思えなかった。春樹のときもそう言っていたのだ。泉がそのままそれを信用することは出来ない。春樹を見るが、春樹もまたそれを信用していないように見える。
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