守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
102 / 384
交際

102

しおりを挟む
 春樹と夏川はエレベーターホールを抜けて、自動販売機でコーヒーを買う。そしてその脇にある非常階段へ入っていった。ドアを閉めると春樹はため息を付く。
「これをどこで?」
 春樹の手にはメモ紙がある。それは夏川が書いたものだ。
「小泉倫子の弟はウリセンにいる。」
 ウリセンとは、いわゆるゲイ風俗のことだった。
 男性向けの風俗は女性が相手をするのに対し、男性が男性を相手にするのがゲイ風俗で、数ある店の中にに倫子の弟である栄輝が居るのだ。
 その話は倫子自身から聞いている。荒田夕にそのネタで倫子は脅されかけた。だがそれは亜美や春樹の手によって消された話題でもある。だがどうしてそれがこんなところで漏れてしまったのだろう。
「うちの課にいるんですよ。そういうのを利用している人がね。」
 そこで倫子の話題でも出したのだろうか。身内にそんな人が居るのは、倫子にとってマイナスになるだろう。
「それを知ってどうするんですか。公にしますか。小泉先生の身内に男を相手に体を売る男が居ると?」
 こんなに挑戦的な春樹を初めて見る。いつも穏やかでその柔らかさが作家を引きつけると思っていたのに、倫子のためだとそれも忘れてしまうのだろうか。
「公になればイメージは悪くなるでしょうね。ただでさえあまり良いイメージはないようだ。」
 コーヒーの蓋を開けると、夏川はそれを口に入れた。だが春樹はそれを手にしたまま開けようとはしない。
「小泉先生は「西島書店」の事で、メディアが追っているところもある。それでこんな話題がでれば、もっと小泉先生を追おうとするかもしれない。そうなれば……。」
「そんなことはしませんよ。」
 夏川はそういって春樹をみる。
「確かに小泉先生の作品を載せれば、名前だけでうちの部数は上がるかもしれません。最初はそれだけでしたよ。でもプロットをちらっと見ただけで、確信しました。」
「……。」
「あれは、売れる。だから出来れば連載をしてもらいたい。短編集を出しても良いと思っています。」
「だったらどうしてそんなことをわざわざ言う必要があったんですか。」
 すると夏川は、少しため息を付いていった。
「あなたがどうして小泉先生にそんなにこだわるのかがわからないからです。」
「……。」
「奥様だったか……。小泉先生を見出したのは。」
「えぇ。」
「その意志を次いでいるとは言っても、寝るまですることはないと思います。俺なら、セックスを知りたいだけなら女性向けの風俗でも紹介しますよ。」
「……それは……。」
 言葉に詰まった。夏川の前で感情とは無縁でセックスをしていることを言ったばかりだ。
「俺には藤枝編集長の方がはまりこんでいる気がしますよ。」
「……正直……ここまでとは思ってませんでしたから。」
 ため息を付いて、春樹は壁にもたれ掛かる。そして首を振った。
「よっぽど体の相性が良かったんですか?」
「まぁ……そうですね。」
 すると夏川は少し笑う。
「やはり感情があるんですね。」
 頬が赤くなる。まるで中学生のような反応だった。
「十も違うんですよ。それに……倫子はずっとネタのためにと言っていますから。」
「そんなことはないでしょう。」
 夏川はそういって春樹をみる。
「奥さんが居るリスクを背負ってまでする事じゃない。それでもあなたと寝てるのは、小泉先生に気持ちがあるからだと思います。」
「慰めてくれなくても結構ですよ。」
 春樹は手に持っている缶コーヒーの蓋を開けると、それを口に入れた。
「慰めるつもりはないです。正直に思ったまでで……それに……。」
「何ですか?」
「これで対等になれたと思うんで。」
「は?」
「俺のことも話すことはないですよね。」
 ずっと気にしていたのだろう。春樹は少し笑うと、夏川をみる。
「えぇ。言いませんよ。あなたに子供が居ることなんか。」
「勘弁してくださいよ。やっと中学になったんですから。」
 夏川は、就職したばかりの時不倫をしていた。相手は五つ年上の既婚者で、その相手は夫の子供として子供を育てている。歳をおうごとに、夏川に似てきていて誤魔化すことが厳しくなってきたのだ。
 だが公に出来るわけがない。その女は、夏川のいとこなのだから。

 パソコンのキーボードを打つ音に紛れて、何か聞こえる。倫子は手を止めて、その音に耳を澄ませた。
「……雨?」
 それに気が付いていすから立ち上がると、部屋を出る。窓を開けっ放しにしていたのだ。古い家はすぐにカビのような匂いがすると思って、居るときは窓を開けているのだから。
 トイレの窓台所の窓など、閉めて回り廊下の縁側に続くその窓を閉めたときだった。
「ただいま。」
 伊織の声がする。もうこんな時間だったのだろうか。
「お帰り。」
 倫子は窓を閉めて、玄関の方へ向かう。すると伊織が驚いたように倫子を見ながら、傘をしまった。
「どうしたの?変なものを見るような顔をして。」
「最近ずっと閉じこもってたみたいだからさ。こうして迎えにくるの初めてだと思ってね。」
「そうかしら。あぁ、新婚夫婦みたい?」
 そういわれて、伊織は少し笑った。きっと泉のことがあるから、こんな不用意な言葉も口に出来るのだ。
「新婚夫婦なら、あれをするわね。」
「あれ?」
 玄関にあがって、伊織は少し笑う。
「ご飯にする?お風呂にする?みたいな。どっちも用意できてないけど。」
 倫子はそういって玄関の横にある窓を閉めた。これで最後だ。
「本当ならご飯かお風呂か、私?って聞くよね。」
「私って……。」
 倫子はそういって笑う。
「泉に言ってもらえば?」
「泉はそんなことをしないよ。」
 ホテルでして以来、キスも出来ていない。それどころか二人きりでいれる時間は本当に少ないのだ。休みだって合わない。泉は平日に休みだし、伊織は基本土日が休みなのだ。
「ちょっとは誘ったら?泉の部屋なら、あなたたちの部屋と違って独立してるし、声なんか漏れないわよ。気になるんなら、私は席を外しても良いし。」
「春樹さんと?」
 その言葉に倫子は少し笑った。
「飲みにでも行くわ。さすがに最近仕事を詰めすぎたし、気分転換したいわ。駅前の居酒屋は美味しいわね。また行こう。」
 春樹と行かせたくない。きっと春樹と行けば、倫子はまた寝てしまうのだろう。
「倫子。春樹さんとは行かないでくれる?」
「どうして?」
「何でって……。」
 すると倫子は少し笑って言う。
「誤解しているわ。」
 何もないのだ。春樹と寝ているのはネタのため。セックスの時に愛しているというのは、嘘なのだから。
 しかしどうしてだろう。あの夜のことを思い出せば、体が熱くなる。倫子は拳を握って、部屋に戻ろうとした。するとその後ろから伊織が声をかける。
「ご飯、出来たら呼ぶよ。」
「えぇ。」
 倫子はそういってまた部屋に戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移魔法に失敗したら大変な事に巻き込まれたようです。

ミカヅキグマ
ファンタジー
 魔導師のヴァージニアは転移魔法に失敗して見知らぬ島に来てしまった。  地図にも載っていないその島には何やら怪しげな遺跡がポツンと建っていた。ヴァージニアはただでさえ転移魔法の失敗で落ち込んでいるのに、うっかりその遺跡に閉じ込められてしまう。彼女が出口を探すために仕方なく遺跡の奥に進んで行くと、なんとそこには一人の幼い少年がいた。何故こんな所に少年が? 彼は一体何者なのだろうか?  ヴァージニアは少年の正体が世界を揺るがす出来事に発展するとは露程も思っていなかったのだった……。 ※台詞が多めです。現在(2021年11月)投稿している辺りだと地の文が増えてきています。 ※最終話の後に登場人物紹介がありますので、少しのネタバレならOKという方はどうぞご覧下さい。 ネタバレ ※ヴァージニア(主人公)が抱く疑問は地竜とキャサリンが登場すると解けていきます。(伏線回収) さらにネタバレ ※何度もループしている世界の話ですが、主人公達は前の世界の記憶を持っていません。しかし違和感などは覚えています。(あんまりループ要素はないです) さらにさらにネタバレ? ※少年の正体は早い段階で出てるじゃないかと思っている方……、それじゃないんです。別にあるんです。

無口な傭兵さんは断れない

彩多魔爺(さいたまや)
ファンタジー
「頼まれたことを拒否する場合は『いやだ』とはっきり言うこと」  王国法第一条としてそんな条文が制定されているセルアンデ王国。  その辺境にある城塞都市ダナンの傭兵ギルドに所属する『無口な傭兵』ことアイルは、その無口さ故に不利な依頼でも断れないことがしばしば。その上、実力はAランク並と言われながら無口なせいでいつまでも傭兵ランクはB止まり。  なぜ彼は頑なに無口なのか、その理由は誰も知らない。  そんな彼の噂を聞きつけて一人の少女がダナンを訪れたことから、彼を取り巻く状況は嵐の如く目まぐるしく変転していく。  折しも大陸の各地では魔物により被害が増大し、それらはすべて『魔女』の仕業であるという噂がまことしやかに広がっていた。  果たして少女は何者なのか。魔女とは一体。  これは数奇な運命を辿った無口な傭兵アイルと魔女が織りなす、剣と魔法の物語。 ※誤字・脱字や日本語の表現としておかしな所があれば遠慮なくご指摘ください。

これは報われない恋だ。

朝陽天満
BL
表紙 ワカ様 ありがとうございます( *´艸`) 人気VRMMOゲームランキング上位に長らく君臨する『アナザーディメンションオンライン』通称ADO。15歳からアカウントを取りログインできるそのゲームを、俺も15歳になった瞬間から楽しんでいる。魔王が倒された世界で自由に遊ぼうをコンセプトにしたそのゲームで、俺は今日も素材を集めてNPCと無駄話をし、クエストをこなしていく。でも、俺、ゲームの中である人を好きになっちゃったんだ。その人も熱烈に俺を愛してくれちゃってるんだけど。でも、その恋は絶対に報われない恋だった。 ゲームの中に入りこんじゃった的な話ではありません。ちゃんとログアウトできるしデスゲームでもありません。そして主人公俺Tueeeeもありません。 本編完結しました。他サイトにも掲載中

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

三鍵の奏者

春澄蒼
BL
人間の他に、妖精・ドワーフ・人魚、三つの種族が存在する世界。|人間に囚われた人魚のユエを助けたのは、海賊のカイト。彼はユエに「ある仕事を手伝ってほしい」と持ちかける。それは深海に沈んだ『鍵』を探してほしいというもので……|三つの種族と三つの鍵をめぐる冒険|泰然自若な謎多き男×純粋無垢な人魚|サイドCP 無口な元剣闘士×自己評価の低い美貌の男|《以下ネタバレ注意》鍵によって人間の姿になってしまったユエ。元に戻るためカイトとその仲間たちと共に旅をすることに。ユエは次第にカイトを信頼していき、ひょんなことから自慰を手伝ってもらったことで、恋愛対象として意識していく。しかしカイトはユエを拒否。ユエの体当たりでカラダの関係を持った二人。カイトも次第にユエへの気持ちを隠せなくなっていく。それでもカイトには、ユエに気持ちを伝えられない理由があって──|前書きにて警告。サブタイトルに※がある話は性描写、残酷な描写があります。|小説家になろうサイトから転載|完結しました。

人の身にして精霊王

山外大河
ファンタジー
 正しいと思ったことを見境なく行動に移してしまう高校生、瀬戸栄治は、その行動の最中に謎の少女の襲撃によって異世界へと飛ばされる。その世界は精霊と呼ばれる人間の女性と同じ形状を持つ存在が当たり前のように資源として扱われていて、それが常識となってしまっている歪んだ価値観を持つ世界だった。そんな価値観が間違っていると思った栄治は、出会った精霊を助けるために世界中を敵に回して奮闘を始める。 主人公最強系です。 厳しめでもいいので、感想お待ちしてます。 小説家になろう。カクヨムにも掲載しています。

鮮明な月

BL
鮮明な月のようなあの人のことを、幼い頃からひたすらに思い続けていた。叶わないと知りながら、それでもただひたすらに密やかに思い続ける源川仁聖。叶わないのは当然だ、鮮明な月のようなあの人は、自分と同じ男性なのだから。 彼を思いながら、他の人間で代用し続ける矛盾に耐えきれなくなっていく。そんな時ふと鮮明な月のような彼に、手が届きそうな気がした。 第九章以降は鮮明な月の後日談 月のような彼に源川仁聖の手が届いてからの物語。 基本的にはエッチ多目だと思われます。 読む際にはご注意下さい。第九章以降は主人公達以外の他キャラ主体が元気なため誰が主人公やねんなところもあります。すみません。

処理中です...