守るべきモノ

神崎

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緊縛

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 ホテルにチェックインをして、泉は再びホテルを出る。そして近くのコンビニへ行くと、お金を降ろした。ラーメンを食べた時点で、現金が足りなかったのだ。それを伊織に立て替えてもらったので、それを変えそうと思っていたから。
 ホテルはクレジットカードが使えるので、何とでもなるだろう。だが小さなラーメン屋ではそれが無理だ。
 財布にお金を入れてまたホテルに戻る。そして三階の自分の階へ戻ってきた。そして隣り合う伊織の部屋の前でチャイムを鳴らした。
「はい。」
 すぐに伊織は出てくる。そして泉を見て少しほほえんだ。
「どうしたの?」
「お金返しておこうと思って。」
「いつでも良かったのに。」
 そういってお金と、お茶の入ったペットボトルを差し出す。
「気が利くねぇ。」
「それほどでも。」
 冗談を言い合いながら少し笑う。こんな関係になれて良かった。一時はぎくしゃくした感じに見えたが、いつも通りだ。泉はそう思いながら、少し笑う。
「それじゃあ、お休み。」
「あ、泉。」
 そういって伊織は、泉を引き留めた。
「何?」
「何か本を持っていないかな。俺がもって来たの読み終わっちゃって。」
「あぁ。そうなんだ。私、今日買ったばかりのがあるの。そっちを先に読む?」
「いいの?楽しみにしていたんじゃない?」
「ネタバレしなきゃ良いわよ。」
 泉はそういって自分の部屋に戻り、すぐに本を手にして戻ってきた。
「これ。」
「倫子の本じゃないの?」
 青いバラの表紙だった文庫本。軽く読んでみて、イメージを膨らませて書いた自分のデザインの表紙だった。
「ぱっと目に惹くね。この表紙。結構持って行く人が多かった。」
「ありがとう。俺がデザインしたんだ。」
「そうなの?さすが伊織ね。」
「それほどでも。」
 冗談を言い合って、二人は少し笑う。そのときその隣の部屋のドア側すかに開いた。そして男の咳払いがしてすぐにドアが閉まる。おそらくこんなドアの先で話し込んでいたから、気になったのだろう。
「中に入るかな。」
「そうね。」
 そういって伊織は部屋の中に泉を入れた。ラーメン屋へ行く途中で、下着やシャツを買った袋が床においてあった。明日も同じものを着ていけば、何を言われるかわからない。女性が多い職場は、こんなことにも気を使わないといけないのだ。
「俺の本。これね。」
 倫子が書いた本をテーブルにおくと、伊織は自分の本を手にして泉に手渡した。
「これ、気になってたの。北の国の国家の話よね。」
「今は滅亡しているけど、歴史物語は面白いね。」
 やはり伊織は自分が嫌な目にあっても、外の国のことを忘れられないのだ。自分が受けたことがどんなに嫌なことであっても、それ以上にその美しさや人の温かさを忘れられないのだろう。
「伊織さ。」
「ん?」
「海外にまた行きたいって思ってる?」
「……嫌なことはあったし、懲りたんじゃないかって言われることもある。だけど……それだけじゃなかったから。」
 きっと倫子と行けば、倫子はその見たものをまた物語にするだろう。そしてそのイメージで伊織がデザインを手がけて、それを春樹が編集して、売られた本を手にして泉の入れたコーヒーを飲みながらその物語の中に入っていく。
 そんな関係になればいい。だから、泉は倫子は伊織と一緒になればいいと思っていたのだ。決してその相手は、春樹ではない。
「そっか……。」
 そしてその伊織の隣には自分はいないのだ。心がちくっと痛む。それを誤魔化すように、泉はその本をぱらぱらと開いた。そのときその本の間から何か紙のようなものが落ちる。それを拾い上げようとしたら、伊織が止めるようにその紙を拾い上げた。
「何?それ。」
「何でもないよ。この間クライアントからもらったんだ。」
「映画?」
「違う。」
 そういって伊織は隠すようにそれをバッグの中にしまい込んだ。
「隠されると気になるわ。何?」
「……今となってはどうしたものかと思ってたものだよ。」
 伊織は覚悟を決めて、その紙をバッグから取り出した。そして泉に見せる。
「温泉の宿泊券?」
「うん。少し前に、ホームページのデザインをしてくれっていう依頼が来て、ちょっと奇抜かなって思ったんだけどそれがきっかけでお客さんが多くなったっていわれてさ。」
「いいじゃん。」
「で、俺個人的にお礼がしたいって、これを置いていったんだ。」
「誰と行くの?」
「……。」
 黙ってしまった伊織を見て、泉は心の中でため息をつく。
「倫子と行きたいって思ってた?」
「そうなればいいと思ってた。」
 倫子が好きだと思っていた。しかし心のどこかでそれを止めたいと思うこともあり複雑な心境に、戸惑う泉がいる。
 男の人が怖いと思う反面、伊織には抱きしめて欲しいと思う。これが恋なのだろうか。
「でも……たぶん、俺の好きは意味が違ったんだと思う。俺自身が昔あったことを忘れたいと倫子を利用した。それは好きってことじゃないよね。」
「それがわかっただけ進歩じゃない。」
「だからこれはどうしようかと思ってた。期限はないけれど、そもそも連休が取りづらいからなぁ。」
 電車を乗り換えて二時間ほどでつく温泉地だ。観光も出来て、家族連れが多いところでもある。
「泉、これいる?」
「え?何で私?」
 一緒に行こうといわれたようでドキッとした。だが伊織は少し笑っていう。
「倫子と行く?」
「そもそも倫子は、公衆浴場には入れないもの。」
「あ……。」
 入れ墨があるからだ。大抵のところはそういう人は温泉には入れない。
「だったらどうするかな。やっぱ、他の人にあげようか。」
「だめよ。伊織にってもらったものでしょう?伊織が行かないと意味ないよ。」
「だったら泉、一緒に行く?」
「え?」
 思わず持っていた本を落としてしまった。
「今日だってツインを取るかなって少し迷ったんだよ。そっちの方が安いし。」
「でも……。」
「……。」
 何かの冗談だろうか。泉はそう思いながら、本を拾い上げる。
「泉なら……大丈夫だったし。」
「え?」
「男と女とかじゃなくて、人間としてつき合えると思うから。」
 その言葉に泉はまた心に痛みを感じた。伊織が自分を女としてみていないことがこんなにショックだったのだろうかと、泉は震える手を押さえていた。
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