守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
72 / 384
取材

72

しおりを挟む
 この間の対談の打ち上げに選んだのは居酒屋などではなく、個室のある中華の店だった。対談の時は春樹や荒田夕の担当である梶という男、田丸というカメラマン、メイクや照明を担当したスタッフくらいしか会っていなかったが、企画を立てた人、衣装を選んだ人などこんなに多くの人が関わっていたのかと、倫子は感心していた。
 自分が本を出すときもそうだ。自分は書くだけ。どんな本のデザインにするのか、レイアウトはどうするのか、それをまとめるのが春樹をはじめとした他の出版社の倫子の担当編集者なのだ。倫子が知らないだけでいろんな人が関わっている。そう思うと頭が上がらないな。倫子はそう思いながら、隣に座っていた女性にビールを注いだ。
 何度か会ったことのある女性だ。春樹の同僚らしい加藤絵里子。倫子を敵視するような感覚があって、少し苦手としていたがそんなことを表に出したくない。
「小泉先生。写真は見ました?」
「ポラだけですけどね。」
「もっと表に出ても良いくらい綺麗でしたよ。」
 それを倫子は聞いていて苦笑いをした。本心からそう思っているとは思えない。嫌みにもとれるからだ。
「はぁ……。」
「荒田先生みたいにもっと対談をすれば、対談集を出せますよ。」
「個人のことなど興味がありますかね。」
 ビールを注がれて、倫子はそれを口に運ぶ。春樹は夕と何かを話しているようだが、もうすでに顔が赤い。お酒が弱いのだ。だが飲まなければいけないのだろう。この会場だけで春樹は帰らせた方がいいのではないだろうかと思う。
「編集長ですか?」
 いけない。見過ぎたか。隣の絵里子がからかうように倫子に言った。
「顔が赤いなと思って。」
「赤くなるだけなんですよ。最初はみんな「飲まない方が良い」って言ってお酒を取り上げてましたけどね。しっかりそのあと自分の足で帰ってましたし。」
「そういう人もいますよね。」
 酒に弱いわけではない。ということは、あのアパートでキスをしたとき、酔ったふりをしていたのだろうか。自分と一線を越えたいだけで演技をしていたのだろうか。そう思うと春樹に不信を持ってしまう。
「藤枝さん、酒弱いんですか?」
 顔が赤い春樹に夕が心配そうに聞いていた。
「若い頃は人並みだと思ってたんですけどね。歳とともにだんだん弱くなってきました。夜起きてるのも辛くなってきたし。」
「あぁ。わかります。昔は徹夜しても書いていたんですけどね。今は徹夜できなくなったなぁ。小泉先生くらいだったらまだいけるでしょ?」
 急に倫子は向こうから話を降られて、倫子は少し笑った。
「そうですね。徹夜をしないといけないほど追いつめられて書くことは、今はそんなにないですね。」
「でも、仕事量は今の方が多いでしょう?」
「んー……。どちらにしても夜型だし。」
 昼は取材や資料集めをしていて、夜にまとめて書いている。資料が集まれば、もう昼にも出かけることはない。だが夜遅い時間まで仕事はしていて、朝は相変わらず眠そうだ。
「荒田先生はテレビなんかでも出ているでしょう?執筆が遅れないですか?」
 絵里子が聞くと、夕は少し笑って言う。
「情報番組くらいですよ。あれは生放送ばかりなので、あまり時間に縛られることはありませんし。待っている間に書いたりしてますよ。」
 店員が大皿を持ってきた。どうやらチャーハンのようで、もうお開きに近いのかもしれない。しまった。どうせなら紹興酒でも飲めば良かった。倫子はそう思いながらビールを口に付ける。
「二次会。どこですか?」
 夕が絵里子に聞いてきたが、絵里子は少し笑って言う。
「うちの部署の行きつけがあるんですよ。」
「加藤さん。「bell」へ行くの?」
「あそこは融通が利くし、雰囲気も良いから。」
 亜美のところへ行くのか。あそこでお酒を飲むのも悪くない。だが春樹の様子を見ていると、手放しで行っていいのだろうかと思う。顔が赤い。酔っている感じもする。
 しかしこれが演技であれば、放っておいてもいいだろう。
「ちょっとトイレへ。」
 倫子はそういって席を立つ。そして個室をあとにするとトイレを探す。すると後ろから声がした。
「トイレ向こうですよ。」
 振り返ると春樹の姿があった。側で見ると顔が赤いのがわかる。
「ありがとうございます。」
 倫子は素っ気なくそういうと、トイレの方へ向かう。すると後ろから春樹が声をかけた。
「「bell」行きます?」
「あなたが酔っているなら帰った方が良いと思ったんですけど。」
 絵里子との会話が聞こえていた。きっと倫子は誤解をしている。
「倫子。トイレに行ったら少し待ってて。」
「いいわけ?」
「そうだね。釈明させて欲しい。」
「政治家か。」
 倫子はそういって少しため息を付く。
「だったらこのまま聞いて。」
「……何を?」
「酔ってたふりはしてた。あの夜だよ。」
 考えてみればあんなに酔っていたのに、しっかりキスをしたというのは狙っていたのだろう。
「私が前にしたから?」
「その真意も聞きたかった。」
「私は寝ぼけていたから。」
 すると春樹は倫子の肩をつかんで、足を止めさせる。
「倫子。」
「そもそもそんな関係じゃないでしょう?」
 冷たく倫子はそういうと、春樹を見上げた。
「トイレ行きたい。」
「今日は俺、ホテル取ってる。」
「……。」
「来る?」
「そんな話をここでしないで。」
 倫子はそういってまた足を進めてトイレに入っていった。
 そんな関係ではない。そんなことはわかってる。恋人ではないし、「好きだ」という言葉だって嘘だ。
 体だけで惹かれているのであれば、ただの獣だ。それはわかってる。だが離れられない。
 春樹もトイレに向かうと用を足す。その間もいらいらした。倫子に対してではない。はっきり出来ない自分にいらつくのだ。
 手を洗ってトイレを出ると、倫子が夕と何か話をしている。だがその表情はさらに浮かない。
「何かあった?」
 春樹がそう声をかけると、倫子の方にぽんと夕は手をかける。そしてトイレに入っていく。
「……倫子。」
「……戻るわ。」
 会場に戻っていこうとする倫子に、春樹は声をかける。
「自分一人で抱え込まないでくれないか。何のための担当編集者なんだ。」
 すると倫子はぽつりという。
「二次会、行きますから。」
 それが精一杯だった。これ以上春樹に迷惑をかけられない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R-18】おお勇者よ、自慢の爆乳美人ママを寝取られてしまうとは情けない!

ミズガメッシュ
恋愛
勇者エルドは元服を迎えた日に、魔王退治の旅に出た。勇者の母親アンナは愛する我が子の成長を喜びつつも、寂しさと不安を覚えていた。そんな時、国王ハロルドはアンナに近づいてきて…

【R-18】夢のマイホームはヤリチン大学生専用無料ラブホテル〜単身赴任中に妻も娘も寝取られました〜

ミズガメッシュ
恋愛
42歳の会社員、山岡俊一は安定して順調な人生を送っていた。美人な妻と結婚して、愛娘を授かり…そしてこの度、念願のマイホームを購入した。 しかしタイミング悪く、俊一の単身赴任が決定しまう。 そんな折、ヤリチン大学生の北見宗介は、俊一の妻・美乃梨と、娘の楓に目をつける… A→俊一視点 B→宗介視点

【R18】女の子にさせないで。

秋葉 幾三
恋愛
初投稿です長文は初めてなので読みにくいです。 体だけが女の子になってしまった、主人公:牧野 郁(まきの かおる)が、憧れのヒロインの:鈴木 怜香(すずき れいか)と恋人同士になれるかの物語、時代背景は遺伝子とか最適化された、チョット未来です、男心だけでHな恋人関係になれるのか?というドタバタ劇です。 12月からプロローグ章を追加中、女の子になってから女子校に通い始めるまでのお話です、 二章か三章程になる予定です、宜しくお願いします 小説家になろう(18歳以上向け)サイトでも挿絵付きで掲載中、 (https://novel18.syosetu.com/n3110gq/ 18禁サイトへ飛びます、注意) 「カクヨミ」サイトでも掲載中です、宜しくお願いします。 (https://kakuyomu.jp/works/1177354055272742317)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

みられたいふたり〜変態美少女痴女大生2人の破滅への危険な全裸露出〜

冷夏レイ
恋愛
美少女2人。哀香は黒髪ロング、清楚系、巨乳。悠莉は金髪ショート、勝気、スレンダー。2人は正反対だけど仲のいい普通の女子大生のはずだった。きっかけは無理やり参加させられたヌードモデル。大勢の男達に全裸を晒すという羞恥と恥辱にまみれた時間を耐え、手を繋いで歩く無言の帰り道。恥ずかしくてたまらなかった2人は誓い合う。 ──もっと見られたい。 壊れてはいけないものがぐにゃりと歪んだ。 いろんなシチュエーションで見られたり、見せたりする女の子2人の危険な活動記録。たとえどこまで堕ちようとも1人じゃないから怖くない。 *** R18。エロ注意です。挿絵がほぼ全編にあります。 すこしでもえっちだと思っていただけましたら、お気に入りや感想などよろしくお願いいたします! 「ノクターンノベルズ」にも掲載しています。

処理中です...