守るべきモノ

神崎

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燃焼

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 風呂から上がると新しい下着を身につけてシャツとハーフパンツを身につけた。そして脱衣所を出ると、自分の荷物を部屋のバッグに入れると部屋を出た。居間からはまだ光が漏れている。まだ居間に誰かいるのだろう。
 伊織と倫子がいるのだろうか。二人はそんな関係ではないとわかっていても、男と女なのだ。何があってもおかしくない。そう思って居間へ向かう。そっと顔をのぞかせると、やはり伊織と倫子がいた。
「……二十七年も生きていれば彼女がいたこともあるし、それなりに経験してる。でも……俺さ……その一歩が踏み出せなかったんだ。」
「童貞ではないのに?」
「望んでしたわけじゃなかった。」
 レイプされたということだろうか。女性がレイプされることもあるように、男性もそういうことがあるだろう。それでされたとしたら、心の傷は男であろうと女であろうと変わらない。
「思い出す?」
「……そうだね。がつがつした女性が俺の周りには多かった。大人しく見えるのかな。」
「自分から行くタイプには見えないわね。」
「苦手だよ。だけど……ずっと言わなければずっと何も変わらないよね。」
 その言葉に倫子は意外そうに伊織を見た。好きな人でも出来たのだろうか。良いことを聞いた。その様子を見れば小説にリアリティがでるかもしれないし、作品に幅が広がるかもしれない。
「好きな人がいるの?」
 ただの興味だ。そう思いながら倫子は伊織の顔をのぞき込む。
「かもしれないっていう可能性だけ。何度か言おうと思った。だけど……やっぱりいろんなモノが邪魔をする。」
「臆病ね。昔おきてしまったことは取り返しか付かないけれど、今からのことは何でも変えられるのに。」
「関係が崩れるのが怖いとも思うよ。」
 恋をすると臆病になるのだろうか。自分にはその経験がないから無責任なことも言えない。
「だったら何も言わなくてずっとそのままでいたらいい。他の男につれていけられるのを指をくわえて見てればいいじゃない。」
 倫子はそういうと伊織の隣から離れようとした。あまりにも臆病で、そんな女々しい男はネタにもならないだろう。
「藤枝さん、お風呂長いわね。のぼせてるのかしら。酔ってるし、湯船で溺れでもされたら……。」
 倫子の言葉に春樹はあたかも今来たかのようにしないといけないと思いながら、息を整えようと一旦身を離した。そのときだった。
「ちょっと……伊織?」
 焦ったような倫子の声が聞こえた。少し驚いて、また居間を覗き見る。
「倫子……。」
 膝で立とうとしていた倫子の体をまた座らせて、伊織がその体を抱きしめていた。
「ちょっと……伊織。何なの?」
 焦ったように倫子はその体を離そうとした。だが力強くて、わずかに震えている。
「行動したんだよ。」
「え?」
「俺……倫子のことが好き。」
 その言葉に倫子はドアの方へ視線を向ける。いつ春樹が来るかわからないのだから。
「倫子……。」
「藤枝さんが来るかもしれないからやめて。」
「ばれるから?」
「違う。」
 倫子はその体を押しのけると、伊織を見る。
「私はあなたにそんな感情を持ってないわ。もっと別の人を見て。」
 そういって足早に倫子はその場を離れて部屋を出る。するとそこには春樹の姿があった。じっと春樹を見ると、倫子は少しため息を付く。
「見たんですか?」
「……あぁ……。」
「答えることはないです。」
 伊織を見ている人はもっと他にいる。だから裏切れないと思っていた。そして春樹も見ている人がいる。自分ではないのだ。
「倫子。後で……。」
「来ないでください。残酷でしょう。」
「……。」
「このまま寝ます。お休みなさい。」
 だが倫子の目には涙がたまっている。足早に行こうとする倫子の後ろ姿に、春樹は思わず声をかけた。
「小泉先生。」
 その声に伊織が居間から出てきた。そして春樹を見上げる。
「藤枝さん……。」
「君も、小泉先生ほどじゃないけれど、鈍い人だね。」
「え?」
「この場で言うことじゃなかったよ。小泉先生が誰を大切にしていたのかわかっているなら。」
 誰が思っているのか、それは伊織でもわかる。だがその感情から顔を背けていたのだ。
「俺が話を付けるから、君は風呂にでも入って頭を冷やしてきた方が良い。」
「手を出さないでください。」
「……君に言われたくない。」
 春樹もまた怒りを持っていたのだ。倫子を取られたくないと思っているのだから。
 倫子の部屋の前にやってきて、春樹は声をかける。
「小泉先生。」
「来ないでください。」
 その声に答える気はない。鍵など付いていない部屋だ。引き戸を開けると、倫子はいすに腰掛けてパソコンの前で頭を抱えていた。
「来ないでって言ったのに。」
 春樹の方を見ないまま倫子はそういうが、春樹はそのまま倫子の方へ近づいていく。
「これも作品のネタにする?」
「いいえ。」
 そういって倫子はため息を付いて、その手を避ける。
「そんな感情を持ってしまったのだったら仕方ないです。感情を抑えることは出来ないでしょう。悪いけれど、伊織には……。」
 出て行ってもらうしかないのだろうか。せっかく男だの、女だのを言わずに済んだ関係だと思っていたのに。そして何よりも泉に申し訳ない。
「無理に出て行ってもらう必要はないと思う。」
「え……。」
「もちろん富岡君がきついというのであれば仕方がないかもしれないけれど、収入の面でも富岡君は役になっているのだろう?」
「えぇ……。」
「男が一人、女が二人だと、どうしてもそういうことになるのかもしれない。せめてもう一人くらい……。」
「藤枝さん。住みませんか。」
 倫子はそういうと、春樹は少し苦笑いをする。
「俺が?」
「……すいません。愚問でした。」
「……そうだね。悪くはない。でもこの中におっさんが一人いてもいいの?」
「誰かがいた方が、あなたは何もしないと思うから。」
「すると思うよ。実際、俺は嫉妬した。」
「嫉妬?」
「あんなに正直に告白をすると思っていなかったから。羨ましいと思ってね。」
 すると春樹はそのまま倫子のいすに近づくと、まだ暗い顔をしている倫子の唇にキスをする。
「俺は……こういう時ではないといわないから。」
「嘘だから。」
「そうだね。これは嘘だ。」
 春樹はそういって倫子の後ろ頭を支える。そして倫子も春樹の首に手を回した。
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