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燃焼
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思えば、あまり誕生日を祝ってもらったことはない。ケーキに乗せられたろうそくを見ながら、泉はそう思っていた。それを一気に吹き消すと、倫子がナイフを持ってきてそれを切り分ける。生クリームの乗ったイチゴのショートケーキ。洋酒の効いたチョコレートケーキではないのは、やはり泉のことを思ってのことだろう。
「すいかの方が嬉しがると思ったけどな。」
伊織はそういってケーキを受け取った。
「誕生日にすいかはないわ。」
「俺、すいか好きだけどな。」
「伊織の誕生日の時はそうしようか?」
「俺、誕生日十二月だけど。」
「高いすいかになりそうだね。」
春樹はそういってケーキに口を付けた。するとその横で泉の口元に生クリームが付いているのに気が付く。
「生クリームが付いているよ。」
春樹がそういうと泉は恥ずかしそうにどこについているのかと探る。
「どこ?」
「ここ。」
そういって倫子は手を伸ばすと、生クリームを拭った。そしてそのまま自分の口に運ぶ。その様子に伊織と春樹が目を合わせた。
「何ですか?」
いぶかしげに倫子が春樹に聞くと、春樹は苦笑いをして言う。
「小泉先生は、女性もいけるんですね。」
「は?そんな趣味なんかありませんけど。」
「なんか、レズっぽかったよ。」
「やめて。そんなことを言うの。何も出来なくなるわ。」
こんな普通の会話が嬉しかった。実家にいたとき、窮屈な家だったのを思い出す。食事中のこんな会話をずっと禁止されていたからだ。
泉が風呂に入っている間、三人は余っているワインを飲んでいた。もう春樹の顔は真っ赤で、これ以上飲まない方が良いかもしれないと倫子は水を用意する。
その間にも台所の向こうで、雨の音がひどいようだ。台風のような風も吹いてきた。
「すごい雨ですね。」
すると春樹は携帯電話を取り出して、天気予報を見ている。
「大雨警報がでていますよ。」
「この家は大丈夫なの?」
「雨漏りは完璧みたいねぇ。どこも漏れてないわ。伊織の腕がいいのね。」
そういって倫子は、春樹の前に水を差し出す。
「そんなことないよ。昔いたところではこう言うのは当たり前だったから。」
「富岡君は、ずっとアジアの方にいたの?」
「いいえ。十歳くらいまではヨーロッパですね。」
ヨーロッパでも都会の町にいた。すべてがおしゃれで、建物も、売っている服も、どこか洗練されていた。だが割と個人主義の国で、アジア人の伊織にとっては居心地が悪かった。
「任期って結構長いのね。」
「え?」
「外交官なんでしょう?お父さんが。」
「そうでもないよ。いろんな国をたらい回しにしてた。それにしてもよくそんなことまで覚えてるね。」
「いろんな国の話を聞きたいと思ってたから。」
「十五までしか家族に付いていなかったから、出来る話は限られているよ。倫子も機会があればいってみると良いかもね。」
ただ倫子一人で行くには厳しい国が多い。この国の人は外国人にとって、性に奔放だと思われているところがあるからだ。
「世界が広がりそう。小説もミステリーだけではなく、他のジャンルも書いてみたいわ。」
その中には恋愛小説は含まれないのだろう。恋愛がわからないと言うのだから。それを一度きりのセックスでわかるとは思えない。というか、本気で好きだなどと言っていないのだからやった意味があるのかと思う。
ただ倫子を抱いたとき妻を忘れかけた。そしてもう一度したいとも思う。はまったのは自分の方かもしれない。
「藤枝さんは、奥さんとは同じ会社で知り合ったとか。」
「そうだね。後輩とその指導を任されてた。」
「起きたら、一緒に住むんですか。」
「どうだろうね。医師が言うのには、起きても長いリハビリが必要だろうって。寝たきりなんだから、いろんな筋肉が落ちている。例えば、声を出すのだって物を食べることだって筋肉が必要だ。それから立ち上がったり歩いたりするリハビリもあるだろうし、それ以上に記憶障害もないかとか、脳に障害が残るかもしれないとも言われているんだ。」
「……起きたら起きたで大変ですね。」
それくらい妻を見ているのだ。そもそも倫子の付け入る隙なんかはない。セックスの時の「好き」は嘘なのだと自分でもわかっていたはずなのに、なぜか胸が苦しい。それを誤魔化すのに、目の前のワインをグラスに注ぐとそれを口にする。
「お風呂出たから、誰かどうぞ。」
泉が風呂から出てきて、三人を見る。まだ飲んでいるのかと少し呆れたようだ。
「小泉先生、入ってきてください。」
「でも……お客様なのに。」
「男の、しかもおっさんの後はイヤでしょう?」
「そうですか?でも気にされているんだったら、先にいただきます。」
そういって倫子はワインを飲み干すと、席を立った。自分の部屋の下着や部屋着をとってくるためだ。
「倫子。」
行こうとした倫子に、泉が声をかける。
「何?」
「ちゃんと下着付けてね。男の人の前なんだから。」
「あぁ……そうね。」
伊織相手ではあまりそう思わなかったが、確かに春樹の前だ。さすがにノーブラではいけないだろう。
「もうワイン、ほとんど無いの?」
「ほとんど倫子が開けたな。」
「小泉先生はザルだな。」
「昔っからですよ。大学の時、私たち文芸サークルに入ってて、その歓迎会で新入生の中で一人だけ平気な顔をして飲んでたんだから。」
「未成年じゃん。」
「それが許された時代なのよ。」
春樹が大学の時はもっとひどかった。吐いては飲まないと、大変な目に遭うのだ。
「芸大の飲み会って、やっぱおしゃれなの?ワインとか飲んだりチーズかじったりするの?」
「そんなことはないよ。普通の飲み会だと思う。」
どんなイメージを持っているのだろう。芸大に行く人のほとんどが、画材のためにバイトをしたりレッスンを受けるためにホステスをしているような人がほとんどなのに。伊織もずっと大学時代はバイトばかりしていたのだ。両親に頼りたくなかったから。
「すいかの方が嬉しがると思ったけどな。」
伊織はそういってケーキを受け取った。
「誕生日にすいかはないわ。」
「俺、すいか好きだけどな。」
「伊織の誕生日の時はそうしようか?」
「俺、誕生日十二月だけど。」
「高いすいかになりそうだね。」
春樹はそういってケーキに口を付けた。するとその横で泉の口元に生クリームが付いているのに気が付く。
「生クリームが付いているよ。」
春樹がそういうと泉は恥ずかしそうにどこについているのかと探る。
「どこ?」
「ここ。」
そういって倫子は手を伸ばすと、生クリームを拭った。そしてそのまま自分の口に運ぶ。その様子に伊織と春樹が目を合わせた。
「何ですか?」
いぶかしげに倫子が春樹に聞くと、春樹は苦笑いをして言う。
「小泉先生は、女性もいけるんですね。」
「は?そんな趣味なんかありませんけど。」
「なんか、レズっぽかったよ。」
「やめて。そんなことを言うの。何も出来なくなるわ。」
こんな普通の会話が嬉しかった。実家にいたとき、窮屈な家だったのを思い出す。食事中のこんな会話をずっと禁止されていたからだ。
泉が風呂に入っている間、三人は余っているワインを飲んでいた。もう春樹の顔は真っ赤で、これ以上飲まない方が良いかもしれないと倫子は水を用意する。
その間にも台所の向こうで、雨の音がひどいようだ。台風のような風も吹いてきた。
「すごい雨ですね。」
すると春樹は携帯電話を取り出して、天気予報を見ている。
「大雨警報がでていますよ。」
「この家は大丈夫なの?」
「雨漏りは完璧みたいねぇ。どこも漏れてないわ。伊織の腕がいいのね。」
そういって倫子は、春樹の前に水を差し出す。
「そんなことないよ。昔いたところではこう言うのは当たり前だったから。」
「富岡君は、ずっとアジアの方にいたの?」
「いいえ。十歳くらいまではヨーロッパですね。」
ヨーロッパでも都会の町にいた。すべてがおしゃれで、建物も、売っている服も、どこか洗練されていた。だが割と個人主義の国で、アジア人の伊織にとっては居心地が悪かった。
「任期って結構長いのね。」
「え?」
「外交官なんでしょう?お父さんが。」
「そうでもないよ。いろんな国をたらい回しにしてた。それにしてもよくそんなことまで覚えてるね。」
「いろんな国の話を聞きたいと思ってたから。」
「十五までしか家族に付いていなかったから、出来る話は限られているよ。倫子も機会があればいってみると良いかもね。」
ただ倫子一人で行くには厳しい国が多い。この国の人は外国人にとって、性に奔放だと思われているところがあるからだ。
「世界が広がりそう。小説もミステリーだけではなく、他のジャンルも書いてみたいわ。」
その中には恋愛小説は含まれないのだろう。恋愛がわからないと言うのだから。それを一度きりのセックスでわかるとは思えない。というか、本気で好きだなどと言っていないのだからやった意味があるのかと思う。
ただ倫子を抱いたとき妻を忘れかけた。そしてもう一度したいとも思う。はまったのは自分の方かもしれない。
「藤枝さんは、奥さんとは同じ会社で知り合ったとか。」
「そうだね。後輩とその指導を任されてた。」
「起きたら、一緒に住むんですか。」
「どうだろうね。医師が言うのには、起きても長いリハビリが必要だろうって。寝たきりなんだから、いろんな筋肉が落ちている。例えば、声を出すのだって物を食べることだって筋肉が必要だ。それから立ち上がったり歩いたりするリハビリもあるだろうし、それ以上に記憶障害もないかとか、脳に障害が残るかもしれないとも言われているんだ。」
「……起きたら起きたで大変ですね。」
それくらい妻を見ているのだ。そもそも倫子の付け入る隙なんかはない。セックスの時の「好き」は嘘なのだと自分でもわかっていたはずなのに、なぜか胸が苦しい。それを誤魔化すのに、目の前のワインをグラスに注ぐとそれを口にする。
「お風呂出たから、誰かどうぞ。」
泉が風呂から出てきて、三人を見る。まだ飲んでいるのかと少し呆れたようだ。
「小泉先生、入ってきてください。」
「でも……お客様なのに。」
「男の、しかもおっさんの後はイヤでしょう?」
「そうですか?でも気にされているんだったら、先にいただきます。」
そういって倫子はワインを飲み干すと、席を立った。自分の部屋の下着や部屋着をとってくるためだ。
「倫子。」
行こうとした倫子に、泉が声をかける。
「何?」
「ちゃんと下着付けてね。男の人の前なんだから。」
「あぁ……そうね。」
伊織相手ではあまりそう思わなかったが、確かに春樹の前だ。さすがにノーブラではいけないだろう。
「もうワイン、ほとんど無いの?」
「ほとんど倫子が開けたな。」
「小泉先生はザルだな。」
「昔っからですよ。大学の時、私たち文芸サークルに入ってて、その歓迎会で新入生の中で一人だけ平気な顔をして飲んでたんだから。」
「未成年じゃん。」
「それが許された時代なのよ。」
春樹が大学の時はもっとひどかった。吐いては飲まないと、大変な目に遭うのだ。
「芸大の飲み会って、やっぱおしゃれなの?ワインとか飲んだりチーズかじったりするの?」
「そんなことはないよ。普通の飲み会だと思う。」
どんなイメージを持っているのだろう。芸大に行く人のほとんどが、画材のためにバイトをしたりレッスンを受けるためにホステスをしているような人がほとんどなのに。伊織もずっと大学時代はバイトばかりしていたのだ。両親に頼りたくなかったから。
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