守るべきモノ

神崎

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和室

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 結局春樹も泊まることになり、部屋を二つ用意した。
 元々倫子が使っていた部屋は、前の住人である作家の先生が作業をしていた部屋らしく、ほかの部屋よりは少し広めに作られている。その分資料や本を置くことが出来るのだ。それにいくら掃除しても、この部屋は煙草の匂いがする。ほかの部屋はそうでもないのだが。
 布団を敷き終わり居間に戻ってくると、春樹が煙草を吹かしていた。
「あら。喫煙者だったんですか。」
「えぇ。妻からはいつも嫌がられてましたけどね。煙い、煙いと。」
「……よく奥様のことを話しますね。」
 倫子も座ると、煙草に火をつけた。
「今日、危ないと言われて病院へ行ったんですよ。こういうことは一度や二度じゃない。そのたびに焦りながら病院へ行くのは、疲れているのかもしれません。」
「でも捨てられないんでしょう?」
「えぇ。五年もこういう生活をしていれば。」
 そんな長い間こんな生活をしているのか。それだけ深く愛しているのかもしれない。自分にはよくわからない世界だった。
「小泉先生は恋人はいらっしゃらないんですか?」
「居た時期もありますよ。でも私は我が儘な人間ですから。」
「自覚はあったんですね。」
 その言葉に倫子は不機嫌そうに煙を吐き出す。
「わからないんですよね。」
「わからない?」
「「戸崎出版」からはミステリーの依頼しか来ないから良いんですけど、ほかの出版社からは恋愛を書いてくれなんて言うオファーもきます。」
「それは俺も興味がありますね。どんな話になるのか。」
 おそらく官能小説に近いものだろう。女性向けの小説かもしれない。
「愛だの恋だの、よくわからないんですよ。」
「……は?」
 恋愛の一つもせずに二十五年間も過ごしてきたのだろうか。そこまで精神的に未熟な人間だったのだろうか。
「とりあえず本を作りたい。小説家になれなければ、出版社にでも就職しようと思ってましたから。その一心です。」
「……それはその入れ墨が関係しているのですか。」
 その言葉に倫子は少し表情を変えた。図星だったからだ。
「ここで話すことじゃないですよ。でもまぁ……一通り経験はしてきましたけどね。だから官能小説、今度書かせてくださいよ。」
「加藤さんが嫌がってましたねぇ。」
「あぁ。あの女性ですか?一度サブにつくとかって言ってた。」
「えぇ。悪い子じゃないんですけど。」
「あの人、嫌なんですよ。何か敵意むき出しで。」
「敵意?」
 倫子に敵意など向けて何があるだろう。春樹は少し笑った。
 その時、廊下から伊織が髪を拭きながら居間に戻ってくる。
「風呂入ってきました。藤枝さんもどうぞ。」
「あぁ。いただこうかな。そうだ。富岡君。悪いけど、下着だけでもコンビニで買えないかな。」
 春樹はそういって煙草を消すと、財布をとりだした。
「良いですよ。どっかありましたっけ。この辺。」
「案内します。」
 倫子も煙草を消すと、春樹の方をみる。
「下着って、こだわりあります?」
「別に。」
「今はどんなのですか?」
「小泉先生。それ性別逆ならセクハラですよ。」
 苦笑いをして伊織は言うと、倫子は少し笑って言う。
「別に良くないですか?私の下着見せても良いし。」
「それは勘弁だな。」
 その辺の羞恥心がないのだろう。

 コンビニで下着を買うと、伊織はそのタンクトップとショートパンツ姿の倫子をみる。普通なら、ナンパでもしそうな格好だがその入れ墨がそう言わせない。
「あの家、元々家族が住むことが前提なんですかね。」
「元々はそうだったみたい。」
 倫子は煙草を買っている。伊織は喫煙者ではないが、こう余りにも容姿が違いすぎるとこの中にいていいのだろうかと思う。
 この倫子の友達が同居しているのだ。友達と言ってもたかがしれている。
「友達ってどんな人なんですか?」
 すると倫子は少し考えて言う。
「カフェの店員。」
「カフェ?」
「同じ大学で、私は文学部、彼女は経済学部にいたの。けど学校に行きながら、バリスタの資格も取ったから。」
「努力家ですね。」
「富岡さんは?」
 倫子がそう聞くと、伊織は少し黙っていった。
「親が、外交官しているんです。だから自分も外国語学科とかに行った方が良いって言われたけど、俺は芸術系に行きたかったんで。」
「……良いじゃない。別に自分の道なんだし。私も相当反対されたから。」
 作家はともかく家を買うと言ったときは、猛烈に反対された。結婚もしていないのに家を買えば、ますます結婚が遠のくと思っていたのだろう。
「入れ墨は何も?」
「それは事後報告。」
「ははっ。それなら文句言われないでしょうね。」
 倫子はそう言って手をみる。気に入っていれた入れ墨だが、やはり目立つのだろう。
「まぁ……どちらにしても目立つから。」
「え?」
「火傷の跡があるんですよ。だから目立たないようにしていたんです。」
 そんなわけがあったのか。もしも火傷の跡があったりすれば、女の人なら気になるのだろう。
「どこに?」
 そう言って伊織はその手を握る。入れ墨が邪魔をしてあまり目立っていないのだ。
「点々とあるでしょう?」
「あぁ。結構ありますね。」
 入れ墨があっても火傷の跡があっても、温かさは変わらない。それは倫子の温かさだ。
 伊織はその手を焦ったように離すと、首を横に振った。
「どうしました?」
「いいえ。別に何でも……。」
 不思議なところがある男だ。だが、まだどんな男なのかわからない。わかるのは女性でも男性でもないような絵を描く人だということだ。
「結構あるんですね。」
「火事に巻き込まれて。」
「へぇ……。」
 その話はしたくなかった。だからもう家について安心した。そろそろ春樹も風呂を出る頃だろう。
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