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日常
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編集長になって一年がたった。「戸崎出版」が出版する「月刊ミステリー」の編集長は悪くない。作家に協力を得て、編集長、藤枝春樹は成り立っている。
そう思いながら、春樹は今度の作家の小泉倫子が掲載する文章を読んでいた。悪くない。細かい文章の直しはあるが、トリックも巧妙だが出来ないことではない。計算しつくされた密室トリック。倫子にあったのは二、三回くらいだが、部屋の中には建物のミニチュアなどがありトリックを考える姿勢は真剣さが伝わってくる。
それに若いが、良い文章を書く。だが倫子は、気を許せば別の方向へいつもいこうとするのだ。
春樹は電話を手にすると、倫子に連絡をする。
「もしもし……小泉さん。藤枝です。プロットを拝見いたしましたが、三章のいろはと藤治郎のベッドシーンですけどね。もっととこう……オブラートに包めないかと。えぇ……うちはミステリー小説が主体なので……えぇ……官能小説ではないし……。」
春樹はため息を付きながら、受話器を置いた。ミステリーの新人賞で、小泉倫子を見いだしたのは春樹だった。とある新人賞で目に付いた作品に賞は取れなかったが、連載をしないかと話を持ちかけたのは春樹の方からで、その選択は正しかったように思える。今や倫子は他社からもオファーがあり、作品はドラマや映画になっていた。
「藤枝編集長。」
プロットを改めてチェックしていると、隣のデスクに座っていた加藤絵里子が声をかける。ショートボブの女性だが、あまり飾り気はないように思えた。
「あぁ。加藤さん。」
「どうですか。小泉先生の新作。」
「連載で十二回。こちらの要望どおり、時代物にしてもらった。」
「いつにしたんですか。」
「江戸時代だね。舞台は遊郭だ。」
その言葉に絵里子は眉をひそめる。絵里子は派手な容姿はしているが、性的なものに以上に嫌悪感を示すのだ。
「遊女ならベッドシーンがあるのでしょう?」
「あまりないようにしている。ぼかしてもらってね。でもまぁ……無いのも不自然だからね。」
「そんなに官能シーンが書きたいなら、ここじゃなくてもいいのに。」
「そうはいかないよ。小泉先生が書いてくれているから、この雑誌は持っているところもあるんだから。」
「そんなに持ち上げる作家じゃないですよ。後世には残らない。」
「春川という作家も同じことを言われていたよ。でも今は春川も、無くてはならない作家になった。」
「そうなると思ってます?」
食いついてくるな。小泉倫子にはその器ではないと思っているのだろうか。春樹はそう思いながら、自分のデスクにあるコーヒーを一口飲んだ。
「それは作家先生次第だよ。そしてそれを生かすも殺すも、俺たちの腕次第だろう?殺さないようにしないとね。作家だって使い捨てではないのだから。」
パソコンのページを変える。この間、新人賞の公募をした。突拍子もない作品や何を書きたいのかわからない作品ばかりに、春樹はため息を付く。
「この中から選ぶのか。今回は該当者無しにするか。」
「仕方ないですね。雑誌の質も落としたくはないし。」
「小泉先生みたいな人は、まれだねぇ。」
するとまた絵里子は不機嫌そうな表情になる。絵里子が倫子を嫌がっているのは、理由があった。
倫子は作家デビューをしたときからの担当は、春樹がしていた。だが春樹が一年前に編集長になり、担当作業が難しくなるかもしれないと倫子に告げ、その代わりに絵里子を推したのだ。だが一度挨拶をしに言っただけで、倫子は「別の人が良い」と絵里子を拒否した。それが絵里子のプライドを傷つけたのだろう。
仕事が終わり、春樹はパソコンをシャットダウンする。そして荷物をまとめ始めた。そのとき、別のデスクの男が春樹に声をかける。
「編集長。今日、みんなで飲みに行こうと言ってるんですけど、編集長もどうですか?」
すると春樹は少し笑って言う。
「二次会からかな。行けるとしたら。」
「あー。そうでしたねぇ。終わったら連絡をください。」
「わかった。」
そう言って春樹は足早にオフィスを去る。その様子に絵里子は少しため息を付いた。
「下村さん。編集長はいつもそうですよ。覚えてなかったんですか。」
「すっかり。」
春樹は毎日病院へ行く。愛しい人のために。その様子を絵里子はいつも見ているだけだった。
「にしても、毎日毎日よく飽きないですよね。仕事と奥さんのことしか見てないみたいだ。」
病院へ行く理由はいつも同じだ。会社から駅に行くまでの通り道だとは言っても、毎日はきついだろう。
「加藤さんは行けるんですか。」
「えぇ。お邪魔します。」
「良かった。」
「え?」
「ほら、萩野が喜ぶと思って。」
「萩野さん?どうして?」
奥のデスクにいる男がちらっとこっちをみた。それが萩野という男だった。絵里子の部下になるのだろうが、いつも先輩、先輩と付いてくるかわいい後輩くらいのイメージしかなかった。
「何でって……。」
その意味が絵里子にもわかり、絵里子はため息を付いた。
「興味ないんです。」
「またまた。加藤さんずっとそんなことを言ってるから、この間子供を連れて顔を出した宇梶さんが気にしてたんですよ。」
「ほっといてください。」
加藤は確かに結婚適齢期と言えるだろう。なのに男の陰の一つもないと、周りが焦っていたのだ。
そんなことはほっといてもらいたい。振り向いてもらえない人には振り向いてもらえず、その人はずっと別の人しか見ていないのだから。
そう思いながら、春樹は今度の作家の小泉倫子が掲載する文章を読んでいた。悪くない。細かい文章の直しはあるが、トリックも巧妙だが出来ないことではない。計算しつくされた密室トリック。倫子にあったのは二、三回くらいだが、部屋の中には建物のミニチュアなどがありトリックを考える姿勢は真剣さが伝わってくる。
それに若いが、良い文章を書く。だが倫子は、気を許せば別の方向へいつもいこうとするのだ。
春樹は電話を手にすると、倫子に連絡をする。
「もしもし……小泉さん。藤枝です。プロットを拝見いたしましたが、三章のいろはと藤治郎のベッドシーンですけどね。もっととこう……オブラートに包めないかと。えぇ……うちはミステリー小説が主体なので……えぇ……官能小説ではないし……。」
春樹はため息を付きながら、受話器を置いた。ミステリーの新人賞で、小泉倫子を見いだしたのは春樹だった。とある新人賞で目に付いた作品に賞は取れなかったが、連載をしないかと話を持ちかけたのは春樹の方からで、その選択は正しかったように思える。今や倫子は他社からもオファーがあり、作品はドラマや映画になっていた。
「藤枝編集長。」
プロットを改めてチェックしていると、隣のデスクに座っていた加藤絵里子が声をかける。ショートボブの女性だが、あまり飾り気はないように思えた。
「あぁ。加藤さん。」
「どうですか。小泉先生の新作。」
「連載で十二回。こちらの要望どおり、時代物にしてもらった。」
「いつにしたんですか。」
「江戸時代だね。舞台は遊郭だ。」
その言葉に絵里子は眉をひそめる。絵里子は派手な容姿はしているが、性的なものに以上に嫌悪感を示すのだ。
「遊女ならベッドシーンがあるのでしょう?」
「あまりないようにしている。ぼかしてもらってね。でもまぁ……無いのも不自然だからね。」
「そんなに官能シーンが書きたいなら、ここじゃなくてもいいのに。」
「そうはいかないよ。小泉先生が書いてくれているから、この雑誌は持っているところもあるんだから。」
「そんなに持ち上げる作家じゃないですよ。後世には残らない。」
「春川という作家も同じことを言われていたよ。でも今は春川も、無くてはならない作家になった。」
「そうなると思ってます?」
食いついてくるな。小泉倫子にはその器ではないと思っているのだろうか。春樹はそう思いながら、自分のデスクにあるコーヒーを一口飲んだ。
「それは作家先生次第だよ。そしてそれを生かすも殺すも、俺たちの腕次第だろう?殺さないようにしないとね。作家だって使い捨てではないのだから。」
パソコンのページを変える。この間、新人賞の公募をした。突拍子もない作品や何を書きたいのかわからない作品ばかりに、春樹はため息を付く。
「この中から選ぶのか。今回は該当者無しにするか。」
「仕方ないですね。雑誌の質も落としたくはないし。」
「小泉先生みたいな人は、まれだねぇ。」
するとまた絵里子は不機嫌そうな表情になる。絵里子が倫子を嫌がっているのは、理由があった。
倫子は作家デビューをしたときからの担当は、春樹がしていた。だが春樹が一年前に編集長になり、担当作業が難しくなるかもしれないと倫子に告げ、その代わりに絵里子を推したのだ。だが一度挨拶をしに言っただけで、倫子は「別の人が良い」と絵里子を拒否した。それが絵里子のプライドを傷つけたのだろう。
仕事が終わり、春樹はパソコンをシャットダウンする。そして荷物をまとめ始めた。そのとき、別のデスクの男が春樹に声をかける。
「編集長。今日、みんなで飲みに行こうと言ってるんですけど、編集長もどうですか?」
すると春樹は少し笑って言う。
「二次会からかな。行けるとしたら。」
「あー。そうでしたねぇ。終わったら連絡をください。」
「わかった。」
そう言って春樹は足早にオフィスを去る。その様子に絵里子は少しため息を付いた。
「下村さん。編集長はいつもそうですよ。覚えてなかったんですか。」
「すっかり。」
春樹は毎日病院へ行く。愛しい人のために。その様子を絵里子はいつも見ているだけだった。
「にしても、毎日毎日よく飽きないですよね。仕事と奥さんのことしか見てないみたいだ。」
病院へ行く理由はいつも同じだ。会社から駅に行くまでの通り道だとは言っても、毎日はきついだろう。
「加藤さんは行けるんですか。」
「えぇ。お邪魔します。」
「良かった。」
「え?」
「ほら、萩野が喜ぶと思って。」
「萩野さん?どうして?」
奥のデスクにいる男がちらっとこっちをみた。それが萩野という男だった。絵里子の部下になるのだろうが、いつも先輩、先輩と付いてくるかわいい後輩くらいのイメージしかなかった。
「何でって……。」
その意味が絵里子にもわかり、絵里子はため息を付いた。
「興味ないんです。」
「またまた。加藤さんずっとそんなことを言ってるから、この間子供を連れて顔を出した宇梶さんが気にしてたんですよ。」
「ほっといてください。」
加藤は確かに結婚適齢期と言えるだろう。なのに男の陰の一つもないと、周りが焦っていたのだ。
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