触れられない距離

神崎

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白菜の重ね蒸し

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 元々沙夜はクラシック部門に籍を置いていた。なのでそこへ行くのはかなり嫌な部分もあったが、ここの部長だけは話が通じるので良かったと思う。と言うかおそらく西藤裕太が話を付けておいてくれていたのだろう。
 いぶかしげな顔をされてくラシック部門から出て行く沙夜にとって何を言われているのかなどどうでも良い。今はそんなことを気にしている場合では無いのだ。
 バレエの音楽で、尚且つダブルベースが主役を張れる音楽といえばそこまで数があるわけでは無い。その中のいくつかを選定して持って行くのだ。もちろん、一馬の意見もあるし、CMの主役である鳴神順大という男の意見もあるだろう。と言うか、その男が良いと言った曲を作った方が良い。なので曲が多いのに越したことは無い。ジャンルはクラシッククロスオーバーと言われるだろう。
 そしてその曲をプレーヤーに読み込ませて、パソコンをシャットダウンする。待ち合わせの時間は二十時。場所は沙夜も行ったことが無いところだったが、一馬は行ったことがあるらしい。なので一馬と駅で待ち合わせをしていた。
「お疲れ。もう帰るのか。」
 奏太が外から帰ってきたのをみて、沙夜は頷いた。
「えぇ。お疲れ様。」
「あのさ。ちょっと話があるんだけど。」
「何かしら。」
 あまり時間は無いが、簡潔に話をすれば良い。それにここで話をするなら不用意なことは言わないだろう。
「あのさ。あいつらの音ってそんなに悪かったか。」
 まだ自分が担当したバンドのことを思っているのだろう。出来が良いとか悪いとかそんな問題では無いのを奏太はまだわからないのだ。
「悪くは無い。だけど良くも無い。あなたはもしかしたら担当とかバックアップをするのは向いていないのかも知れないわね。」
「だったら……何だって言うんだ。」
「……プレイヤーになった方が良いんじゃ無い?翔のようにサウンドクリエーターとかしたら。機械は文句言わないわよ。」
 人間だから感情があるのだ。それをどうしても出来ないというのであればそういう道もあるだろう。
「今更そんな……。」
「それが出来ないなら人格形成から始めたら良いんじゃないのかしら。」
「……。」
「とにかく、対人間だったらもう少し自分の思い通りにはならないと思った方が良いわ。振り回されてしまうから。それじゃ、お疲れ様。」
「あぁ。お疲れ。」
 そう言って沙夜は出て行った。だが沙夜も人間関係には不器用なところがある。それを上手くカバーしてくれているのは「二藍」であったり西藤裕太だったりするのだ。沙夜は運が良かっただけなのかもしれない。
 そしてクラシック部門ではそれが出来なかったのだ。だから敵も多かったし、指揮者もオーケストラの団員からも嫌われていたと言う話だった。だが沙夜を嫌っていた人達は、沙夜が居なくなったあと問題が勃発した人が多い。
 一人の指揮者はコンマスの女性と不倫をしていたことが公になり、その常任指揮者を解雇された。オーケストラの団員の一人は、オーケストラの資金の使い込みが発覚したらしい。つまり、沙夜はそういう人をずっと見ていたのだろう。そしてその人達が沙夜にそういう事を突っ込まれ、沙夜を嫌っていたのだ。
 だがそんなに上手くいくことは少ない。沙夜はきっとまた窮地に追い込まれる。その時、奏太が側に居てあげたいと思える。まだ沙夜のことが心のどこかにあるのだから。

 駅で一馬と待ち合わせをして、たどり着いたのはNの方だった。ここには大きな多目的ホールがある。大型の施設で区が運営しているところなのだ。この中には図書館やスポーツジムもあり、地域住民の憩いの場なのだろう。
 そのほかにも練習室と言われる部屋がいくつかあり、一番大きな所はちょっとしたコンサートホールがある。生の演奏をすることもあるがたまに子供達を集めて映画をすることもあったり、子育てをする母親達の為の子育てのワークショップなんかもあるらしい。
 その掲示板を沙夜は見ていると、色んなイベントがあるんだなと感心していた。一馬の方を見ると、一馬は懐かしそうにイベントの広告を見ている。
「ここでよく練習をしていたな。」
「ここで?」
「施設は広くて立派だが、中は結構古い建物なんだ。それにこの地域に住んでいた奴もいて、そいつの名前で練習室を予約したら安く練習室が借りることが出来たから。」
「そうだったの。ここはピアノが借りれるところもあるのかしら。」
「あったと思う。でもアップライトだったな。」
「十分よ。グランドだからとかアップライトだからって誰が聞いているのかしら。録音しているわけではなくて、練習なのに。あぁ、もちろん録音するならそれなりの楽器が欲しいところだけど。」
「それもそうだな。」
 沙夜らしい言葉だった。ただピアノが弾ければ良いと思っているところもあるのだから。
 そして建物の中に入ると、今日使用している人達や団体名が書かれたボードを見つけた。練習室は地上と地下とあるが、地下の方が細々とした部屋が多い。だがその中の一つにバレエのダンススクールの名前が書いてあった。おそらくここのことなのだろう。
「あったわ。地下ね。」
「……まだこのダンススクールの名前なのか。」
「え?」
「いや、この鳴神順大というヤツなんだが。」
 二人はわざわざ電車に乗ってこんな所へ来たのは、CMに出演する鳴神順大という男に会いに来るためだった。丁度帰国していた順大に、沙夜は連絡を取って合いに行きたいと向こうの担当に告げると快くOKをしてくれたのだ。おそらくそちらにももう話がいっているのだろう。それなら話が早いなと、沙夜は音源も用意して準備万端にここへやってきたのだが、一馬はどうも腑に落ちないことがいくつかあったらしい。
「鳴神さんがどうしたのかしら。」
「本名だろうか。」
「本名だと聞いているけれど。」
「……バレエをしていて順大という名前は、俺が知っている人に居て。でもあいつは確か林田という名前じゃなかったか……。」
「まぁ……ぐだぐだ考えていても仕方ないわ。行きましょう。」
 もし一馬が考えている人物が鳴神順大であれば、沙夜とはおそらく気が合わない。奏太以上に言い合うのが目に見えている。そう思っていた。
 そして地下へ行く階段を降り、改めて部屋の番号をみる。すると一番奥の部屋を借りているらしい。他にも借りている部屋があるようだが、音漏れは全然していないように思える。それだけ施設がしっかりしているのだろう。
「ここね。」
 沙夜はそう言ってそのドアを開けようとした。すると沙夜がドアノブに触れる前にドアノブが動く。
「え?」
 驚いて沙夜はそのドアから離れると、ドアが開いて中から小柄な女性が一人でてきた。手には荷物や洋服が握られている。その姿はレオタードの姿で、バレエダンサーがよく練習をしている格好だ。
 よく見るとその女性は幼いような感じがした。なのにとても気が強そうに思えたが、目には涙が溜まっている。そして沙夜達を一瞥して行ってしまった。
「挨拶もなかったわ。」
「この世界も礼儀の世界だと思っていたんだがな。」
「え?」
 そう行って沙夜は一馬を見上げる。すると一馬は何も言わずにドアをまた開けると、沙夜を中に促した。そして自分もその中に入る。
 扉は二重扉になっていて、厚い扉の向こうもまたドアになっていた。そしてそのドアを開くと、音楽が流れている。有名なバレエ音楽に合わせて壁一面の鏡の前で踊っていたのは、男だった。手足が長くて、背筋もピンと伸びているせいかとても大柄に見えた。
 髪は長く一つに結んでいて、尚且つ顔立ちも掘りが深い。一馬によく似ている感じもするが、肌の色は白く尚且つ細身だった。
 体が云々というのは沙夜も良くわからない。だがその踊っている感じに、沙夜は思わず見とれるようだった。だが急にその踊りを辞める。そして二人を見ていぶかしげな顔をした。やっと気が付いたらしい。
「誰だあんたら。」
 綺麗な顔立ちをしているのに、口調は粗野だ。だが見とれていた自分も悪い。そう思って沙夜は少し頭を下げる。
「「Music Factory」の泉と申します。本日はお時間を取ってもらってありがとうございました。」
「堅苦しいのは良い。ここは土足厳禁。靴を脱いでもう一度来てくれるか。」
「あ……そうだったんですね。」
 沙夜はそう言って靴を脱ぐと、二重扉の一つ目のドアの横にあるところに靴を入れた。そして再び中に入る。一馬はしっかり靴を脱いでいた。まるでこういう場を知っていたかのように。
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