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一人飯
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冬物の衣類や、コート、ジャンパーを持ってきてもらい、純はそのまま仕事へ戻って行った。これから純はまた仕事へ向かう。スタジオで録音があるらしい。
そして治と一馬はそのまま沙夜と共にドラッグストアへ向かう。消耗品などは全くなかったからだ。ゴミ袋や洗剤、茶碗を洗うスポンジまで買い、そのまままた戻ろうとしたときだった。ふと一馬が目を留める。
「どうした。一馬。」
一馬の視線にあったモノは、コンドームだった。その様子に治がため息を付いて一馬に言う。
「確かにそれも必要だけどさ。今は……。」
「ここでは買わない。お気に入りがあるんだ。」
スタジオに戻ればまだ余裕がある。向こうへ行ったときには、最低限のモノしか持って行かなかった。セックスは出来ないと思っていたのだが、予想外に二人になれるときがあったから。
「お気に入り?」
「K街にそういう店がある。顔見知りになっていて都合してくれる所があるから。」
「へぇ……。まるでAV男優だな。」
「そうか?」
「あぁいう人達は段ボールで買ったりするみたいだけどな。」
「必要経費だろう。」
女優と比べると男優は、あまり優遇されていない。コンドームもそうだが、性病の検査すら実費になるらしい。最初の方は汁男優という割れる所からスタートする事がほとんどで、その報酬は検査代の方が高かったりするらしいのだ。
「事情はわかるけど、一馬。沙夜さんが一人暮らしをしているからって、しょっちゅう行けば怪しまれるのはわかってるよな。」
何のために離れて暮らしているのかわかって欲しい。そう思ったから治はそう言ったのだ。
「わかってる。だから沙夜には、こちらに来て欲しいと思っているんだ。」
「こちら?」
「スタジオがある。」
「お前……スタジオなんか持っていたのか。」
「スタジオというか……倉庫みたいな感じの所だ。ついでに録音なんかも出来るようにしてある。」
その時沙夜が戻ってきた。ドラッグストアには調味料なんかも置いていて、いつも使っているモノがあるかどうかというのを店員にチェックしてもらっていたのだ。
「待たせてしまったわね。さ、会計しましょうか。」
すると治が沙夜に声をかける。
「沙夜さん。一馬がスタジオを持っているのって会社が管理してるの?翔みたいな事をしているのか。」
その言葉に沙夜は驚いたように一馬を見る。治に言ってしまったのかと思ったからだ。
「会社は管理していない。倉庫みたいにしていると聞いているし。それをわざわざ会社に言うことも無いと思ってるわ。そもそも会社を通していなくて、自分で何もかもしているわけだし。」
「確かにリーの所も会社が管理しているわけじゃ無いみたいだったな。」
「そういう事なのよ。」
「でも一馬さ。なんで倉庫なんか借りたんだよ。」
治も欲しいと思っていたのだろう。安くて良い所があればそれで良いと思っていたのだから。
「家に置いていたら海斗が楽器に触りたがるからな。もう少し大きくなって楽器の扱いがわかってくれれば良いが、今のところはベースを持つことも出来ないし。」
「うちにもシンバルが結構あるんだけど、二人とも物珍しそうにみているだけなんだよ。まぁ、うちの奥さんが触るなって言っているからかも知れないけど。」
「シンバルは確かに厳しいわね。」
衝撃で歪んでしまうこともあるし、端で手を切ることもある。それを治は気にしているのだろう。
「ベースの弦もそうだ。落とされてネックが歪んだりしたら使い物にならない。だから倉庫に入れているんだ。ついでに録音が出来るようにしていてな。」
「良いよなぁ。で、そこ安い?」
「右から左にとはいかなかったが、まぁ、住むための所では無いといった所だ。仕事をするだけならそこで良い。」
レジに並んで会計をしてもらう。そしてその荷物を二人に持ってもらい、車に乗せた。そして治は車を走らせる。もう少ししたら治は仕事へ行かないといけない。軽く楽器教室とスケジュールの打ち合わせをしたあと家に帰るのだ。
妻は三人目ともなれば慣れたモノだというが、それでも女の子と男の子は違うように感じる。今度の子は夜泣きを良くするようだ。帰ってきたとき奥さんはぐったりしていたように思えたので、今日くらいはゆっくり寝かせたいと思う。今まで家を空けていたのだから。
だが一馬は帰ってきたら居心地が悪く思えたのかも知れない。だからといって沙夜に求めるのは違うと思う。
治と一馬はこれから仕事がある。沙夜は荷物を運んでもらうとそれを棚にしまい、そして今度は食材の調達へ行こうとした。その時また携帯電話が鳴る。その相手を見て沙夜は少し笑った。
「もしもし……えぇ。今引っ越しを終えてね。あなたはもう仕事をしているのでしょう。映画だったかしら。」
遥人は帰ってきてすぐに仕事があった。なのでこの場には居れなかったが、ちゃんと心配して連絡を入れてくれる。そしてそのあとに翔からも連絡があった。翔は場所を知りたいようだったが、翔に伝えれば芹にも伝わってしまうかも知れない。そう思って沙夜はその場所を言わなかった。
そしてジャンパーを羽織ると、部屋を出て行く。冷えた風が吹き抜けて身が凍るようだと思う。
路地を抜けて大通りに出る。大通りといってもそこまで大きな道では無い。向こうには一馬のスタジオの目印である居酒屋が見えた。本当にすぐ側の距離にあるのだ。
そう思いながら沙夜はそのまま商店街の方へ向かった。途中で古くからのケーキ屋や駄菓子屋がある。その中に混じるように若い人が集まるようなカフェなんかもあるようだ。
この通りには写真スタジオや撮影スタジオもあるらしい。そこへ沙菜も行ったことがあるという。もちろんAVのスタジオというのは気軽に借りれる所は少ないが、ジャケット写真くらいならこういう所でも撮れるのだ。
それでもやはり古い町並みが並ぶ所で、子供達がランドセルを背負って行き交っているのをみると普通の街に見えた。だが沙夜の頭に暗い影が落ちる。
一人暮らしをしなかったわけでは無い。大学の時に「夜」として非難を受ける前までは一人暮らしをしていたのだ。そしてそのあとに一人で何もかもを背負い、手首を切ろうとまでしたのだ。それを思いだして沙夜は首を横に振る。
今はあの時とは違う。「二藍」も居て、助けてくれる人がいるのだ。その手を掴むことも出来る。そう思いながら沙夜は商店街へやってきた。
翔が住んでいる所の商店街とはまた趣が違うが、ちゃんと肉屋や八百屋もある。だが少し違うのは、ここの店主達はみんな若い感じがした。あの魚屋の息子くらいの年代の人が多い気がする。
その分、肉屋もただ肉を売っているだけでは無く、コロッケだったり唐揚げだったりという惣菜も売っているようだ。その一つ一つも手間がかかっている。それで今日は済ませれば良いかとも思ったが、やはり今日は料理をしたい。
「鶏もも肉を一枚と、豚の切り落としを百グラムいただけますか。」
「はい。ありがとうございます。」
この肉屋には卵も売っていた。そして普通の卵の隣に割高の卵が別に置いてある。その名前をみて沙夜は驚いたように店主をみた。
「あの……この卵って……。」
「少し高めですけど凄く美味しいですよ。鶏肉もこちらにあります。」
西川辰雄の卵と鶏肉だ。ここに卸しているのだろう。
「えぇ。そうですね。」
あまり店同士の取引はしていないと言っていたのだが、時と場合に夜のだろう。そして店主をちらっと見るとそう言うことかとすぐに納得した。
包んでもらった肉を受け取り、八百屋へいこうとした。その道中で沙夜は辰雄に連絡をしてみようと思う。辰雄の所はもう子供が生まれたのだろうか。そう思いながら携帯電話でメッセージを送る。
そして八百屋へ向かった。冬らしく根菜が多いが、白菜なんかは今の方が美味しい。それから空きの名残のキノコ類も美味しいだろう。
こうやって何を作ろう。何を食べようと思うのも幸せだと思えた。だが食べるのは一人なのだ。今まで何人前も作っていたのに、いきなり一人になってしまったその寂しさは隠せない気がする。そう思いながら野菜を買っていった。
そして治と一馬はそのまま沙夜と共にドラッグストアへ向かう。消耗品などは全くなかったからだ。ゴミ袋や洗剤、茶碗を洗うスポンジまで買い、そのまままた戻ろうとしたときだった。ふと一馬が目を留める。
「どうした。一馬。」
一馬の視線にあったモノは、コンドームだった。その様子に治がため息を付いて一馬に言う。
「確かにそれも必要だけどさ。今は……。」
「ここでは買わない。お気に入りがあるんだ。」
スタジオに戻ればまだ余裕がある。向こうへ行ったときには、最低限のモノしか持って行かなかった。セックスは出来ないと思っていたのだが、予想外に二人になれるときがあったから。
「お気に入り?」
「K街にそういう店がある。顔見知りになっていて都合してくれる所があるから。」
「へぇ……。まるでAV男優だな。」
「そうか?」
「あぁいう人達は段ボールで買ったりするみたいだけどな。」
「必要経費だろう。」
女優と比べると男優は、あまり優遇されていない。コンドームもそうだが、性病の検査すら実費になるらしい。最初の方は汁男優という割れる所からスタートする事がほとんどで、その報酬は検査代の方が高かったりするらしいのだ。
「事情はわかるけど、一馬。沙夜さんが一人暮らしをしているからって、しょっちゅう行けば怪しまれるのはわかってるよな。」
何のために離れて暮らしているのかわかって欲しい。そう思ったから治はそう言ったのだ。
「わかってる。だから沙夜には、こちらに来て欲しいと思っているんだ。」
「こちら?」
「スタジオがある。」
「お前……スタジオなんか持っていたのか。」
「スタジオというか……倉庫みたいな感じの所だ。ついでに録音なんかも出来るようにしてある。」
その時沙夜が戻ってきた。ドラッグストアには調味料なんかも置いていて、いつも使っているモノがあるかどうかというのを店員にチェックしてもらっていたのだ。
「待たせてしまったわね。さ、会計しましょうか。」
すると治が沙夜に声をかける。
「沙夜さん。一馬がスタジオを持っているのって会社が管理してるの?翔みたいな事をしているのか。」
その言葉に沙夜は驚いたように一馬を見る。治に言ってしまったのかと思ったからだ。
「会社は管理していない。倉庫みたいにしていると聞いているし。それをわざわざ会社に言うことも無いと思ってるわ。そもそも会社を通していなくて、自分で何もかもしているわけだし。」
「確かにリーの所も会社が管理しているわけじゃ無いみたいだったな。」
「そういう事なのよ。」
「でも一馬さ。なんで倉庫なんか借りたんだよ。」
治も欲しいと思っていたのだろう。安くて良い所があればそれで良いと思っていたのだから。
「家に置いていたら海斗が楽器に触りたがるからな。もう少し大きくなって楽器の扱いがわかってくれれば良いが、今のところはベースを持つことも出来ないし。」
「うちにもシンバルが結構あるんだけど、二人とも物珍しそうにみているだけなんだよ。まぁ、うちの奥さんが触るなって言っているからかも知れないけど。」
「シンバルは確かに厳しいわね。」
衝撃で歪んでしまうこともあるし、端で手を切ることもある。それを治は気にしているのだろう。
「ベースの弦もそうだ。落とされてネックが歪んだりしたら使い物にならない。だから倉庫に入れているんだ。ついでに録音が出来るようにしていてな。」
「良いよなぁ。で、そこ安い?」
「右から左にとはいかなかったが、まぁ、住むための所では無いといった所だ。仕事をするだけならそこで良い。」
レジに並んで会計をしてもらう。そしてその荷物を二人に持ってもらい、車に乗せた。そして治は車を走らせる。もう少ししたら治は仕事へ行かないといけない。軽く楽器教室とスケジュールの打ち合わせをしたあと家に帰るのだ。
妻は三人目ともなれば慣れたモノだというが、それでも女の子と男の子は違うように感じる。今度の子は夜泣きを良くするようだ。帰ってきたとき奥さんはぐったりしていたように思えたので、今日くらいはゆっくり寝かせたいと思う。今まで家を空けていたのだから。
だが一馬は帰ってきたら居心地が悪く思えたのかも知れない。だからといって沙夜に求めるのは違うと思う。
治と一馬はこれから仕事がある。沙夜は荷物を運んでもらうとそれを棚にしまい、そして今度は食材の調達へ行こうとした。その時また携帯電話が鳴る。その相手を見て沙夜は少し笑った。
「もしもし……えぇ。今引っ越しを終えてね。あなたはもう仕事をしているのでしょう。映画だったかしら。」
遥人は帰ってきてすぐに仕事があった。なのでこの場には居れなかったが、ちゃんと心配して連絡を入れてくれる。そしてそのあとに翔からも連絡があった。翔は場所を知りたいようだったが、翔に伝えれば芹にも伝わってしまうかも知れない。そう思って沙夜はその場所を言わなかった。
そしてジャンパーを羽織ると、部屋を出て行く。冷えた風が吹き抜けて身が凍るようだと思う。
路地を抜けて大通りに出る。大通りといってもそこまで大きな道では無い。向こうには一馬のスタジオの目印である居酒屋が見えた。本当にすぐ側の距離にあるのだ。
そう思いながら沙夜はそのまま商店街の方へ向かった。途中で古くからのケーキ屋や駄菓子屋がある。その中に混じるように若い人が集まるようなカフェなんかもあるようだ。
この通りには写真スタジオや撮影スタジオもあるらしい。そこへ沙菜も行ったことがあるという。もちろんAVのスタジオというのは気軽に借りれる所は少ないが、ジャケット写真くらいならこういう所でも撮れるのだ。
それでもやはり古い町並みが並ぶ所で、子供達がランドセルを背負って行き交っているのをみると普通の街に見えた。だが沙夜の頭に暗い影が落ちる。
一人暮らしをしなかったわけでは無い。大学の時に「夜」として非難を受ける前までは一人暮らしをしていたのだ。そしてそのあとに一人で何もかもを背負い、手首を切ろうとまでしたのだ。それを思いだして沙夜は首を横に振る。
今はあの時とは違う。「二藍」も居て、助けてくれる人がいるのだ。その手を掴むことも出来る。そう思いながら沙夜は商店街へやってきた。
翔が住んでいる所の商店街とはまた趣が違うが、ちゃんと肉屋や八百屋もある。だが少し違うのは、ここの店主達はみんな若い感じがした。あの魚屋の息子くらいの年代の人が多い気がする。
その分、肉屋もただ肉を売っているだけでは無く、コロッケだったり唐揚げだったりという惣菜も売っているようだ。その一つ一つも手間がかかっている。それで今日は済ませれば良いかとも思ったが、やはり今日は料理をしたい。
「鶏もも肉を一枚と、豚の切り落としを百グラムいただけますか。」
「はい。ありがとうございます。」
この肉屋には卵も売っていた。そして普通の卵の隣に割高の卵が別に置いてある。その名前をみて沙夜は驚いたように店主をみた。
「あの……この卵って……。」
「少し高めですけど凄く美味しいですよ。鶏肉もこちらにあります。」
西川辰雄の卵と鶏肉だ。ここに卸しているのだろう。
「えぇ。そうですね。」
あまり店同士の取引はしていないと言っていたのだが、時と場合に夜のだろう。そして店主をちらっと見るとそう言うことかとすぐに納得した。
包んでもらった肉を受け取り、八百屋へいこうとした。その道中で沙夜は辰雄に連絡をしてみようと思う。辰雄の所はもう子供が生まれたのだろうか。そう思いながら携帯電話でメッセージを送る。
そして八百屋へ向かった。冬らしく根菜が多いが、白菜なんかは今の方が美味しい。それから空きの名残のキノコ類も美味しいだろう。
こうやって何を作ろう。何を食べようと思うのも幸せだと思えた。だが食べるのは一人なのだ。今まで何人前も作っていたのに、いきなり一人になってしまったその寂しさは隠せない気がする。そう思いながら野菜を買っていった。
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