触れられない距離

神崎

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バーベキュー

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 バーベキューは出来上がったらもう火を止める。一馬がいない状態だが、このままだとせっかくの肉が冷えてしまうと、リーは先に食事をしようと言って来た。一馬も先にしていても良いと言っていたし、これ以上三人の子供達に我慢をさせるのは悪いと思う。
 そう思って、肉をリーは切り分けると皿にスペアリブを盛る。そしてテーブルにはピザやサラダなどのソフィアが買ってきたり作ったモノが並べられ、それも好きなように摘まめるようになっていた。
「美味しいね。父ちゃん。柔らかい。」
「あぁ。しかも香ばしいな。」
 遥人もそれに口を付けると、バーベキューには人それぞれの個性が出るというのを実感するようだった。前に食べたものとは全く味が違うからだ。
「バーベキューって蒸しているんだと思ってた。」
 するとマイケルはお茶を口にして言う。
「土地によっても作り方は違う。ここは焼いてから蒸しているようだな。」
「マイケルの父親も作るのか。」
 遥人の言葉にマイケルは首を横に振った。
「父親はそんな暇は無いようだ。それにこの国で生まれていないからバーベキューをする文化は持ち合わせていないし。」
「そうだったのか。」
 沙夜はその片隅で、無言のまま食事をしているような気がする。だがその食事もあまり進んでいない。まだ一馬が戻ってきていないからだ。その様子に翔が声をかける。元気が無さそうな沙夜が気になるのだろう。
「一馬は家を出てないよね。」
「そうだって言ってたわ。案内したのはサロンの横のスペースだって言っていたし。」
 ライリーがそこに案内したのは聞いていた。そして一馬が話をしている内容も大体わかる。だから気になっていたのだ。
「行ってこなくて良いの?」
「一馬のプライベートのことじゃないかしら。私が行っても……。」
「もう関係ないとは言えないね。」
 その言葉に沙夜は驚いて翔を見た。まさか一馬との関係を知っているのかと思ったからだ。
「どうして?」
「沙夜は俺を含めて五人を大事にしているけれど、一馬は特別な感じがしていたんだ。食事を運んでそのまま音楽論をずっと語っていたこともあるし、それでは無くてもプライベートのこともずいぶん相談したりされたりしていたんだろう。」
「えこひいきをしているように見えるかしら。」
 翔が言わんとしようとしていたであろう事を先に言った。そう言うつもりは無いのだと言うことだ。だが翔はそんなことを気にしているのでは無い。
「そうじゃ無いよ。確かにそういう相手は必要だと想う。俺にとっては大澤がそうだ。だからゲストボーカルで呼んで歌って貰えたんだけど、それ以降の活動はしないと言えばあっさり引くから。家族があるし、安定した方を選ぶっていうのを理解しているつもりなんだ。」
「そう……。」
「沙夜にとってはそういう関係じゃ無いのかな。」
 きっとそうは思っていない。だがそこで違うと言って変に弁解してもおかしな事になるのだ。
「そうかも知れないわね。芹にも言えていないことも一馬には言えているし。それが異性だから、同性だからというくくりは無いつもりなんだけど。」
 きっと体の関係が無くても、そして恋愛感情が無くてもそうなれた。沙夜はそう思っている。すると翔は少し笑って沙夜に言った。
「だったら今、一馬の話って言うのがどうなっているのか気が気じゃ無いんだろう。行って来れば良い。」
「え?」
 勝手に行けば止めると思っていた。だが進めてくるとは思っても無かった沙夜は、少し警戒をする。罠なのでは無いかとすら思っていた。すると翔は少し笑って言う。
「その間、俺、リーと話したいことがあるんだ。」
「リーと?音楽のことで?」
「いいや。ライリーの目のことかな。」
 目と言われて、沙夜は気が付いた。翔の弟である慎吾のことだ。慎吾は上手く隠しているのかも知れないが、目が悪いのでは無いかと沙夜は思っていた。それを翔に聞いたことがあるが、翔はあの時上手く誤魔化していた。ということは沙夜には知られたくないと思っているのだろう。
 だからこの場に沙夜が居て欲しくないと思っているのだ。そして一馬の所へ行って欲しいと思っているのだろう。それが翔の諦めだと思って。
「わかったわ。ちょっと席を外す。」
 そう言って沙夜はテーブルに皿とコップを置くと、そのまま中庭を出て行った。そして家の中に入っていく。
 ライリーが言っていたように、一馬はきっとサロンの脇の部屋に居る。そう思いながら沙夜はその部屋へ向かった。そしてドアの前に立つと、一馬の声が聞こえる。
「……そうだったのか。急におかしな話だと思った。うん……。そうだな……うちのは引っ越しをしていて前の家には居ないし、必要な人にしか住所は伝えていない。おそらく店へ来る以外で妻に会うことは無いと思うが、そっちはおそらくオーナーがうまくやってくれる。うん……。そちらから伝えてくれているのか。それは助かるが……。」
 何の話をしているのだろう。そう思いながら沙夜はそのドアを開いた。すると一馬はドアに背を向け、窓の方を向きながら話をしている。その様子を見て、沙夜はすっとそのドアを閉めると一馬に近づいた。だが一馬は気が付いていない。
 すると沙夜はそっとその腰に手を伸ばす。すると一馬はビクッと体を震わせた。だが沙夜だとわかり話を続ける。
「こちらからは説得しておけば良いのか。お前が直接言った方が良いんじゃ無いのか。」
 沙夜はその体を抱きしめていると、一馬は空いている片手で、沙夜の手を握った。
「わかった。こちらに居るときにでも言っておく。悪かったな。朝早くから。」
 そう言って一馬は通話を切ったようだ。そして携帯電話を棚に置くと、沙夜の方を振り返った。
「誰が見ているかわからないのに。」
「あなたもそういう事をしたでしょう?」
 そう言われて一馬は言葉を詰まらせた。ここへ来る前に、沙夜の中に入れ込んでいるときにスピーカーにして芹と話をしたのを根に持っている。それに気がついて一馬は自業自得かと思っていた。
「何かあったの?芹は。」
 すると一馬はいきなり話をしないといけないのかとため息を付く。だが今しか無い。そう思って覚悟を決めた。
「沙夜。あちらに帰ったらお前は家に帰らない方が良い。どこかこう……ウィークリーとかそういう所に居た方が良いかも知れない。」
「え……。」
「というか、芹さんと恋人関係だと言うことは知られない方が良いだろう。」
「誰に?何の為に?」
 すると一馬は忌々しそうな口調で言う。
「まさか紫乃が宮村と繋がっていたとは思っても無かった。」
「宮村って?」
「紫乃が勤めている出版社で、おそらく今は管理職のはずだ。その前には週刊誌の記者をしていた。」
「週刊誌?」
「あまり評判のいい男じゃ無い。この男に翔の所で妹と一緒にシェアハウスをしていると言っても無駄だ。事実をねじ曲げて報道されるのがオチだろう。」
「え……ちょっと話が見えないわ。どういうことかしら。」
 すると一馬はため息を付いて言う。
「俺の妻の事件はわかるだろう。」
「えぇ。拉致されたモノよね?」
「それが世に出たときには、妻が男達を誘って車に進んで乗り込んだ。そして妻は乱交騒ぎをしたと言うことになっていただろう。」
「それは……でも違ったのよね?」
「あぁ。親戚の中に金を欲しさに「そうかも知れない」といったヤツがいた。そこから事実と違うことが報道され、警察も捜査を打ち切った。全ては「かも知れない」が「そうだ」という事実に変わったからだ。」
「……もしかしてそれをしたのが、その宮村って人なのかしら。」
「かも知れない。ただ、証拠が無いことだ。決定的に宮村がしたという証拠だ。」
「それがどうして芹と恋人ではないことを知られてはいけないって事になるのかしら。」
 すると一馬は苦々しそうに言う。
「いつか沙菜さんと芹さんが食事へ行ったらしい。その時に紫乃と宮村がいた所に鉢合わせをしたんだ。宮村は芹さんに名刺を渡したらしい。つまり、目を付けられたんだ。」
「……。」
「そこへお前という恋人が居ると知ったら、芹さんだけでは無くお前も危害を加えられるかも知れない。ただでさえ週刊誌から「二藍」はあまり評判が良い方では無いのはわかっているだろう。」
 プライベートのことを隠しているからだ。沙夜はぐっと言葉を飲むと、震える手を押さえた。すると一馬がその手を握る。
「沙菜さんと一緒に居たと言うことは、宮村は芹さんの恋人が沙菜さんだと勘違いをしている。おそらくそれは紫乃もそうだ。」
「だから……そう見せかけておいた方が良いって事?」
「沙菜さんはいざとなったら事務所が送り迎えをすることも出来る。それくらい事務所では大きな存在になっているんだ。」
「……。」
「あの二人はそうさせておいた方が良い。だがお前は違うだろう。」
 精神的に脆い所があるのだ。それを一馬は一番心配しているのだ。
「わかった……。こちらからでも予約は出来るかしら。その……ウィークリーの。荷物はそのまま持って行けるわね。」
「ただ。沙夜。」
「何?」
「俺の我が儘だが、俺のスタジオのある街にウィークリーを借りないか。」
 それは一馬の下心だろう。その言葉に沙夜は少し笑顔になった。
「私もそう思ってた。不謹慎だけどね。」
 いつまでして誤魔化さないといけないのかわからない。だが沙夜は気が付いていた。籍が入っていないと言うことはこういう事なのだ。妻だと堂々と出来ないこと。
 それがわかっていたから芹は籍にこだわっていたのだろうか。
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