触れられない距離

神崎

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ドーナツ

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 片付けを済ませると、またドレスやデザイン画を描かれた紙がテーブルに並べられる。女性用のウェディングドレスでも見た目はとても綺麗なのだが、まだまだ手を加えたいところもあるらしい。その片隅には子供達の為のコーナーがあった。そこで徹や悟、それにケビンが遊んでいるらしい。それを見守るのは、ライリーの役目なのだ。ライリーは遥人が居ない事で少し不満そうだったが、最近はリーの視線が気になるらしい。あまり遥人には近づけないのだ。
「ライリーは遥人が憧れなんだろうな。言葉も通じるし、遥人もライリーと良く合わせてるみたいだ。」
 純はそう言うと、治も頷いた。
「遥人はあぁいうところが、女に慣れてる所なんだよ。俺らでは真似出来ない。」
「全くだ。なぁ。翔。」
 翔は急に呼ばれて少し驚いたようだが、少し笑ってそれに応える。
「え?なんか言った?」
 何も聞いていなかったらしい。ぼんやりと作業をしているスタッフを見ているだけだったから。
「モデルを断られたからって、お前、ぼんやりし過ぎ。」
 治がそう言うと、翔はため息を付いて言った。
「端くれでも雑誌なんかでモデルの需要はあったのにな。あぁやって真っ直ぐに言われるとちょっとショックだよ。」
 その言葉に純は首を横に振る。
「翔がしてた雑誌のモデルってのは、「二藍」があったから声がかかっただけだろ。それにお前、モデルはそこまで進んでする仕事じゃなかったんだろうし。」
「そうだけどさ。」
「沙夜さんの隣に居たいからしたいってのは、こういう仕事をしている人にも失礼だと思わないか。」
 真剣にドレスと向き合っている。刺繍をチクチクと丁寧に縫っている人も居れば、ビーズを縫い付けている人。しかし仕上がってみたらそれが邪魔だと取られたり、デザイン画に×と書かれている人も居る。それだけショーを成功させたいのだ。
「……そうだな。」
 下心で沙夜の隣に居たいと思う事自体が間違っていたのだ。しかしその沙夜の隣に一馬がいるというのは、少しもやっとしたモノがある。
 そしてその気持ちを抱えていたのは翔だけでは無く、おそらくマイケルも一緒なのだろう。片隅にあるウォーターサーバーから水を出して、それを手にしたが口に運んでいない。気もそぞろなのだろう。
「翔さ。前から聞きたい事があったんだけど。」
 純がそう切り出した。その時、サロンのドアが開く。そこから出て来たのは、一馬だった。白いタキシードを着て居るのを見て、スタッフが声を上げる。
「お、一馬が出て来たか。あいつ。よく似合ってるな。」
 治はそう言うと、純も頷いた。
「結婚式ってあぁいう服を着るのか。」
 純はそう聞くと、治は頷いた。
「俺が結婚式をしたときには、モーニングコートだったけどな。タキシードってのは、父親が着るモノだと思ってたわ。」
 それでも一馬によく似合っていると思った。首元にあるのは蝶ネクタイではなく、クラバットというひらひらしたモノで、首回りが太い一馬にもよく似合っている感じがする。
「一馬は前にも着てるから、慣れてるところもあるのか。」
「前?」
 翔の言葉に治は驚いたように翔に聞く。
「結婚式の時はあぁいう格好をしたんだろう。」
「あぁ。なんか……写真で見せてもらったっけ。双方の両親くらいしか呼ばなかったって言っていたし。」
 結婚式というのは人生の中でも最高の一日になるのだろう。だが一馬も奥さんである響子も微妙なモノだったらしい。詳しい事は一馬自身も言わないが、最高の思い出と言うにはほど遠いモノだったのだろう。
「何とか形になったな。」
 遥人が水の入ったコップを手にして三人の所へ戻ってきた。そして遠目で一馬を見る。
「凄いな。白いタキシードなんて。」
「俺もホストクラブくらいでしか見た事無いな。でもあいつ様になってるよ。そういえばテレビに出たときの衣装にあんな感じのモノがあったっけ。」
「そうだったな。凄いギターが弾きにくかった。」
 純はそう言うと、翔も少し笑っていた。
「一馬はホストにもなれそうだな。」
 翔はそう言うと、遥人は水を飲んで手を振る。
「無理だろ。来た客を説教して返すのが目に見える。」
 その言葉に治は笑った。
「そういえば、遥人。沙夜さんはまだ時間がかかるのか。」
「髪をいじってるみたいだったし、化粧も軽くだけどするっていう話が聞こえたけど。」
「へぇ……本当に結婚式みたいな感じなんだな。」
 翔がそう言うと遥人は手を振ってそれを否定する。
「いや。髪はアップするだけだって言ってたし、化粧はほとんどしてないからドレスに顔が負けるっていってするだけだろ。そんな本格的じゃないって。」
「それでもさ……。」
「翔は沙夜さんの隣に入れなかったのを根に持ってるのか。」
 治の言葉に翔は口を尖らせた。
「シークレットブーツでもあったら良かったのに。」
 その言葉に思わず遥人が笑う。
「それでもあの衣装は着こなせないだろうな。こっちの人の体格に合わせたサイズしかなかったみたいだし、俺らが着ると衣装が歩いてるみたいになるわ。」
 さすがにファッション系の仕事をしている遥人なのだ。そういうことにも目がいくらしい。
 そしてしばらくすると、またサロンのドアが開いた。そこには真っ白なウェディングドレスを着た沙夜が居る。その姿にその場にいた人達は思わず言葉を失った。
 マーメードラインと言われるウェディングドレスで、体のラインが綺麗に見えるようだ。足下はふんわりとしていて、ウェストの部分にはリボンがあしらわれている。シンプルに見えるが、胸元は大きく開いているが手元には白い手袋がはめられている。そして眼鏡はなく、髪も綺麗にアップスタイルになっていた。本当にこのまま結婚式が出来そうだと思う。
 そしてスッスッと歩いて行く沙夜の足下は全くぶれていない。それに背筋もきちんと伸びていて、本当にモデルのようだと思った。
「綺麗。ねぇ。兄ちゃん。」
 悟の声で見とれていた人達の時が動き出した。
「沙夜。旦那さんの所へ行くよ。アクセサリー付けるね。」
 通訳の為の女性がそうやって沙夜を誘導した。一馬はその姿に少し笑い、手を差し伸べる。
「綺麗だな。」
「あなたもね。見違えたわ。」
「こういう格好はテレビの仕事でしかしないと思っていたのに。」
「そんな仕事があったかしら。」
「「二藍」の仕事でもした事があるが、「二藍」に入る前に歌手のバックでベースを弾いたときにこういう格好をした事があるな。」
「どんな音楽だったのかしらね。」
「さぁ……ジャズっぽい音楽だというのは覚えているが。」
 二人ともわざと仕事の話をしていた。そうでは無いとそのまま抱きしめそうなくらい、お互いの愛しさが溢れそうだったから。
「……。」
 その間にもソフィアはテーブルにあるアクセサリーを手にして沙夜に付けている。ビーズで出来たそのアクセサリーは光が当たるとキラキラと光って綺麗だと思った。
「沙夜。ピアス穴はないか。」
「無いわ。」
「だったらイヤリングを付けるね。」
「はい。はい。」
 もうどうにでもなれとでも思っているのだろう。手袋を外して、イヤリングを受け取ると鏡を見ながらそれを付ける。しかし鏡を持ってイヤリングは付けにくい。そう思った一馬はその手鏡を手にする。
「旦那さん。フェミニストね。」
 女性がそう言うと、一馬は少し笑った。そんな風に受け取ると思ってなかったからだ。
 その言葉を聞いて、翔はため息を付いた。そして部屋の外へ足を向ける。
 これ以上、見たくないのかと思って治は放っておこうと思った。だが純がそのあとを追う。先程言いかけた事を、確かめる為だった。
「……、」
 相変わらず二人をモデルにしながら、スタッフは話をしている。だが沙夜達には何を言われているのかわからない。ただ着せ替え人形のようにドレスなどに目を向けているようだ。
「沙夜。」
 マイケルが声をかけてきた。沙夜は首だけでマイケルの方を見ると、その隣で一馬も目を向ける。
「……その……そっちの言葉で何て言うのか。「馬子にも衣装」とかって言うのか。」
「マイケル。それは意味が違う。」
 一馬は否定しようとした。だが沙夜は首を振って言う。
「本当に、馬子にも衣装ね。私のような人でも綺麗に見せてくれる力のあるドレスだから。」
「……え?あぁ。そういう意味じゃ無くて。」
「どういう意味で使ったんだ。」
 一馬はそう言って、マイケルの言葉に笑いながら応えた。マイケルも悪気があって言ったわけでは無く、意味がわからなくて使った言葉なのだから。
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