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弁護士
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ハンバーグが運ばれてきた。鉄板に載せられたハンバーグは、ソースがジュウジュウと音を立て、湯気が上がっている。それにニンニクの匂いや色んなスパイスの匂いがした。
「美味しそうね。」
トマトソースのかかっているハンバーグはきっと自分では作れない。そして翔の分のハンバーグを見るとハンバーグの上にはチーズが載り、上にはトマトソースがかかっている。チーズがあるのと無いくらいの違いだろう。
「久々にこういうハンバーグを食べるな。」
そういって翔はフォークとナイフをさやに手渡す。そして自分の分も手にした。
ハンバーグは切ると中からじゅわっと肉汁が溢れる。こういうモノはどうやったら作れるのだろう。沙夜はそう思ったが、こういうモノはプロだから作れるのだ。そう思って、考えるのを辞めた。こういうハンバーグを食べたいのだったらこういうところへ来れば良いのだから。
口に入れるとトマトソースの酸味が僅かに感じ、肉を食べているという感覚がある。沙夜が作るモノとは全く違うのだ。
「ハンバーグってタマネギを炒めて、冷やして、タネと一緒に混ぜるの。」
「案外手間だよね。」
「私もそう思ってたわ。でもタマネギは炒めなくてそのままみじん切りにして入れると、タマネギの食感が少し残っていてそれはそれで美味しいの。それに煮込みハンバーグにするときには、そちらの方がタマネギが残っていてまた美味しいし。」
「それは何かで見たの?」
「別に自分でそう思っただけ。料理の本には炒めて冷ましておきましょうって書いてあったけれどね。」
母親が料理をあまりしない人だった。だから料理の本から料理の知識を得たのだ。
「全てが本の通りじゃないといけないって事は無いよね。音楽だってそうだと思うよ。大学で理論とかも教わったけれど、今考えるとそれが何?って感じだよ。今時の作曲クリエーターの中には楽譜が読めない人もいるんだ。」
「だからそれを生の音でするときに、いざ弾く人が戸惑うのよね。いつか一馬が言っていたわ。」
一馬だけでは無い。純は音楽理論なんかは自分で勉強をしたのだが、そういう仕事が来たときには違和感しか無かったと思う。そして自分が勉強をしたのが間違いだったのかさえ思った。
「沙夜さ。外国へ行って自分の音をどう評価されるかって気にならない?」
「二十歳くらいの時は気にしていたわ。だから自分がボロボロになったの。」
掲示板の心のない言い方をまともに取ってしまったのだ。手首に包丁を当てかけて、沙菜に救われた。そして沢村にも救われたのだ。
「外国の人っていうのはまっすぐに言ってくる。こちらで良くあるようなこそこそ話をしたりしないんだ。」
「……そうみたいね。」
外国のプロデューサーと話をしたときにも思ったことだ。それぞれの弱点を的確に言ってくるし、「夜」のことも気になることを言っていた。
「何か言ってた?」
「その外国のプロデューサーは、「夜」のことを枠に囚われない人を無理矢理枠に捉えているように感じる。」
「枠って……。」
「「二藍」が「夜」を閉じ込めていると言われかねないことだったわね。」
「そんなことは無いよ。」
翔の口調が強くなる。その言葉に周りの人達が、翔の方を一瞬見た。だが翔は自分の言葉に気まずそうにしながらライスに箸をのばす。
「そもそもジャンルとはなんだろうっていう所はあった。「二藍」はハードロックだけれど、その枠に囚われていないというのが今良く言われている言葉。でもそこにもまた枠があるのよ。「夜」はね。海を見てその波の音もまた音楽だと思っている。」
「波……。」
「山へ行って鳥の声、風が吹いて木が揺れる音なんかもまた音楽だと思っているわ。」
「だから……良く外に出ているんだ。」
そしてその音をインスピレーションに音楽を作る。だから沙夜の音は枠やジャンルに囚われていないのだ。
「沙夜は「二藍」が窮屈になっていない?ハードロックの枠に囚われてさ。」
すると沙夜は首を横に振った。
「すでに「二藍」はハードロックの枠から外れている。それは最初から言えることじゃない。純粋にハードロックの音楽にしたいなら、栗山さんをボーカルに選ばないわ。」
そして遥人の仕事も音楽だけに囚われていない。興味があるモノは全部したいのだ。あれもしたい、これもしたいと精力的に動き回っている。それは遥人だけに限った話では無いのだが。
「そっか。」
翔は安心したようにまたハンバーグに箸を付ける。このハンバーグは美味しいと思った。だが沙夜のハンバーグもまた美味しい。外国では食べれないかもしれないので、外国へ行く前に作って欲しいと思う。
ファミレスを出て、コンビニへ行った。ファミレスは悪くないが、味が濃いのが難点で喉が良く渇く。沙夜はそう思いながら水を手にした。
翔は先に帰った。一緒の家に住んでいると言っても揃って帰ることは出来ない。なので沙夜は時間を潰しにコンビニに立ち寄ったと言うこともある。
それに芹が迎えに来るのだ。それまで待っていたいと思う。
その時沙夜の携帯電話が鳴った。メッセージが届いているのを見ると、相手は一馬だった。奥さんとの話は終わったらしい。奥さんは沢村と話をしても良いが、その時沙夜も同席して欲しいという。その言葉に沙夜は少し戸惑った。
「……え……。」
どうして自分なのだろう。確かに一馬とだったら不倫をしてもかまわないと言うくらい沙夜に信用を置いているのはわかる。だがあまりにも生々しい話題で、触れられたくなく、その上他人に知られるのは嫌だろう。
「どうして……。」
思わず声に出した。そして我を取り戻すと水の入ったペットボトルを手にして、それをレジに持って行く。会計を済ませると、外に出て改めてメッセージを入れた。どうして自分がいても良いなどと言うのだろうかと思ったからだ。
「お疲れ。」
その時声をかけられた。それは芹だった。部屋着のままで、ジャージとシャツという格好に、沙夜は慌てて来てくれたと思っていた。
「ありがとう。わざわざ迎えに来てくれて。」
「良いんだよ。俺がしたいんだ。」
沙夜の表情が浮かない。事情はあらかた聞いていて、こんなに夜遅くになってしまったのもわかる。だから今日はゆっくり寝かせたかった。
本当だったら程なくして沙夜は外国へ行く。その前に少しでも一緒の時間を増やしたいと思うのだろう。だが今はそれは出来ない。沙夜のためだと言いながらも、本当は自分のためだった。きっと今沙夜とセックスをすると沙菜がちらつく。
「さっき一馬から連絡があったの。沢村さんとの面会には私も同席をして欲しいと言われたわ。」
「……凄い信用されてるな。」
「かもしれないわね。」
なのに心が痛い。その奥さんを裏切って何度も一馬を受け入れてしまったのだから。不倫を黙認するような妻がどこの世界にいるだろう。確かに妾とか、何番目の奥さんとかを未だにしているような地域もあるが、ここの国では違法なのだから。
「橋倉ってヤツはどうだった?」
「橋倉さんは少しね……上司にも話をしないといけないことがあって。」
「え?別れたりするのか。」
すると沙夜は首を横に振った。離婚などを考えたりはしないだろう。問題なのは、息子達のことだ。
「別れるならとっくに別れていると思うわ。それをしなかったのは、息子さん達のことを本当の息子だと思っていたから。でも……息子さん達は向こうの、高柳って言う家の人達から「遊んで金を得ている」とか「そんなところにいても立派な大人になれない」とかそんなことを言われていたみたいで、少し迷っているところがあるの。」
「どんな方法でも金を稼いで食わせてもらっているのに、文句なんか百年早いよ。」
「そうね。だから……決して遊んでいるわけでは無い。子供達の音楽教室にしてもそう。だから、今度の外国へ行くのに子供達を同席出来ないかと言われているわ。」
外国では父親が著名人で来日したときなんかは子供を連れてきたり、ペットを連れてくることもあるが、この国では珍しいパターンだろう。
「行かせるのか?」
「……そうね。だから上司に相談をしたいの。上の子供は小学生だし、学校も休めるかどうかはわからないから。」
しかしそれが手っ取り早いかもしれない。もし子供達が高柳の家に行きたくないと言えば、高柳の家は無理に手に入れようとは思わないだろう。もしそれを無視して手に入れようとするのであれば、本当に弁護士の存在が必要になる。沢村には良い仕事になるかもしれないが、奥さんの事実が公になればきっと奥さんは奇異の目で見られることになるだろう。それだけは避けたかった。
「美味しそうね。」
トマトソースのかかっているハンバーグはきっと自分では作れない。そして翔の分のハンバーグを見るとハンバーグの上にはチーズが載り、上にはトマトソースがかかっている。チーズがあるのと無いくらいの違いだろう。
「久々にこういうハンバーグを食べるな。」
そういって翔はフォークとナイフをさやに手渡す。そして自分の分も手にした。
ハンバーグは切ると中からじゅわっと肉汁が溢れる。こういうモノはどうやったら作れるのだろう。沙夜はそう思ったが、こういうモノはプロだから作れるのだ。そう思って、考えるのを辞めた。こういうハンバーグを食べたいのだったらこういうところへ来れば良いのだから。
口に入れるとトマトソースの酸味が僅かに感じ、肉を食べているという感覚がある。沙夜が作るモノとは全く違うのだ。
「ハンバーグってタマネギを炒めて、冷やして、タネと一緒に混ぜるの。」
「案外手間だよね。」
「私もそう思ってたわ。でもタマネギは炒めなくてそのままみじん切りにして入れると、タマネギの食感が少し残っていてそれはそれで美味しいの。それに煮込みハンバーグにするときには、そちらの方がタマネギが残っていてまた美味しいし。」
「それは何かで見たの?」
「別に自分でそう思っただけ。料理の本には炒めて冷ましておきましょうって書いてあったけれどね。」
母親が料理をあまりしない人だった。だから料理の本から料理の知識を得たのだ。
「全てが本の通りじゃないといけないって事は無いよね。音楽だってそうだと思うよ。大学で理論とかも教わったけれど、今考えるとそれが何?って感じだよ。今時の作曲クリエーターの中には楽譜が読めない人もいるんだ。」
「だからそれを生の音でするときに、いざ弾く人が戸惑うのよね。いつか一馬が言っていたわ。」
一馬だけでは無い。純は音楽理論なんかは自分で勉強をしたのだが、そういう仕事が来たときには違和感しか無かったと思う。そして自分が勉強をしたのが間違いだったのかさえ思った。
「沙夜さ。外国へ行って自分の音をどう評価されるかって気にならない?」
「二十歳くらいの時は気にしていたわ。だから自分がボロボロになったの。」
掲示板の心のない言い方をまともに取ってしまったのだ。手首に包丁を当てかけて、沙菜に救われた。そして沢村にも救われたのだ。
「外国の人っていうのはまっすぐに言ってくる。こちらで良くあるようなこそこそ話をしたりしないんだ。」
「……そうみたいね。」
外国のプロデューサーと話をしたときにも思ったことだ。それぞれの弱点を的確に言ってくるし、「夜」のことも気になることを言っていた。
「何か言ってた?」
「その外国のプロデューサーは、「夜」のことを枠に囚われない人を無理矢理枠に捉えているように感じる。」
「枠って……。」
「「二藍」が「夜」を閉じ込めていると言われかねないことだったわね。」
「そんなことは無いよ。」
翔の口調が強くなる。その言葉に周りの人達が、翔の方を一瞬見た。だが翔は自分の言葉に気まずそうにしながらライスに箸をのばす。
「そもそもジャンルとはなんだろうっていう所はあった。「二藍」はハードロックだけれど、その枠に囚われていないというのが今良く言われている言葉。でもそこにもまた枠があるのよ。「夜」はね。海を見てその波の音もまた音楽だと思っている。」
「波……。」
「山へ行って鳥の声、風が吹いて木が揺れる音なんかもまた音楽だと思っているわ。」
「だから……良く外に出ているんだ。」
そしてその音をインスピレーションに音楽を作る。だから沙夜の音は枠やジャンルに囚われていないのだ。
「沙夜は「二藍」が窮屈になっていない?ハードロックの枠に囚われてさ。」
すると沙夜は首を横に振った。
「すでに「二藍」はハードロックの枠から外れている。それは最初から言えることじゃない。純粋にハードロックの音楽にしたいなら、栗山さんをボーカルに選ばないわ。」
そして遥人の仕事も音楽だけに囚われていない。興味があるモノは全部したいのだ。あれもしたい、これもしたいと精力的に動き回っている。それは遥人だけに限った話では無いのだが。
「そっか。」
翔は安心したようにまたハンバーグに箸を付ける。このハンバーグは美味しいと思った。だが沙夜のハンバーグもまた美味しい。外国では食べれないかもしれないので、外国へ行く前に作って欲しいと思う。
ファミレスを出て、コンビニへ行った。ファミレスは悪くないが、味が濃いのが難点で喉が良く渇く。沙夜はそう思いながら水を手にした。
翔は先に帰った。一緒の家に住んでいると言っても揃って帰ることは出来ない。なので沙夜は時間を潰しにコンビニに立ち寄ったと言うこともある。
それに芹が迎えに来るのだ。それまで待っていたいと思う。
その時沙夜の携帯電話が鳴った。メッセージが届いているのを見ると、相手は一馬だった。奥さんとの話は終わったらしい。奥さんは沢村と話をしても良いが、その時沙夜も同席して欲しいという。その言葉に沙夜は少し戸惑った。
「……え……。」
どうして自分なのだろう。確かに一馬とだったら不倫をしてもかまわないと言うくらい沙夜に信用を置いているのはわかる。だがあまりにも生々しい話題で、触れられたくなく、その上他人に知られるのは嫌だろう。
「どうして……。」
思わず声に出した。そして我を取り戻すと水の入ったペットボトルを手にして、それをレジに持って行く。会計を済ませると、外に出て改めてメッセージを入れた。どうして自分がいても良いなどと言うのだろうかと思ったからだ。
「お疲れ。」
その時声をかけられた。それは芹だった。部屋着のままで、ジャージとシャツという格好に、沙夜は慌てて来てくれたと思っていた。
「ありがとう。わざわざ迎えに来てくれて。」
「良いんだよ。俺がしたいんだ。」
沙夜の表情が浮かない。事情はあらかた聞いていて、こんなに夜遅くになってしまったのもわかる。だから今日はゆっくり寝かせたかった。
本当だったら程なくして沙夜は外国へ行く。その前に少しでも一緒の時間を増やしたいと思うのだろう。だが今はそれは出来ない。沙夜のためだと言いながらも、本当は自分のためだった。きっと今沙夜とセックスをすると沙菜がちらつく。
「さっき一馬から連絡があったの。沢村さんとの面会には私も同席をして欲しいと言われたわ。」
「……凄い信用されてるな。」
「かもしれないわね。」
なのに心が痛い。その奥さんを裏切って何度も一馬を受け入れてしまったのだから。不倫を黙認するような妻がどこの世界にいるだろう。確かに妾とか、何番目の奥さんとかを未だにしているような地域もあるが、ここの国では違法なのだから。
「橋倉ってヤツはどうだった?」
「橋倉さんは少しね……上司にも話をしないといけないことがあって。」
「え?別れたりするのか。」
すると沙夜は首を横に振った。離婚などを考えたりはしないだろう。問題なのは、息子達のことだ。
「別れるならとっくに別れていると思うわ。それをしなかったのは、息子さん達のことを本当の息子だと思っていたから。でも……息子さん達は向こうの、高柳って言う家の人達から「遊んで金を得ている」とか「そんなところにいても立派な大人になれない」とかそんなことを言われていたみたいで、少し迷っているところがあるの。」
「どんな方法でも金を稼いで食わせてもらっているのに、文句なんか百年早いよ。」
「そうね。だから……決して遊んでいるわけでは無い。子供達の音楽教室にしてもそう。だから、今度の外国へ行くのに子供達を同席出来ないかと言われているわ。」
外国では父親が著名人で来日したときなんかは子供を連れてきたり、ペットを連れてくることもあるが、この国では珍しいパターンだろう。
「行かせるのか?」
「……そうね。だから上司に相談をしたいの。上の子供は小学生だし、学校も休めるかどうかはわからないから。」
しかしそれが手っ取り早いかもしれない。もし子供達が高柳の家に行きたくないと言えば、高柳の家は無理に手に入れようとは思わないだろう。もしそれを無視して手に入れようとするのであれば、本当に弁護士の存在が必要になる。沢村には良い仕事になるかもしれないが、奥さんの事実が公になればきっと奥さんは奇異の目で見られることになるだろう。それだけは避けたかった。
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