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弁護士
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一馬の奥さんが中学生くらいの頃に拉致監禁され、二週間の間代わる代わる男達に輪姦されていた過去。その犯人達は一部はその罪で捕まり、時効が切れた今でも余罪がありやはり捕まっている。それでもその事件の首謀者は捕まっていない。それどころか模倣犯まで出て来て、余計に犯罪者を生む結果になっていた。
そして都合が悪いことに、未だにその時の画像、動画はウェブ上で詐欺の餌にされて居るだけでは無く、奥さんが勤める洋菓子店の噂が立っている原因になっていたのだ。
しかもその当時のマスコミは、奥さんが男達を誘ったと書き立てていたのは尚更悪い。冷静に考えれば中学生くらいの女子が男を誘うわけが無いのだろうに、AVなんかではセーラー服を着た女性が男を誘うような映像もあり、それが事実だと思わせているところがあった。その噂が更に奥さんの立場を悪くしたのだと思う。
だが根も葉もない噂は消える。そういう噂は一生つきまとうわけでは無いし、いぶかしげな顔をしている客だって真面目に仕事をしている奥さんを見て、コーヒーには罪が無いと割り切っているところもある。
今は穏やかな中に居るのだ。今更掘り起こされたくは無い。一馬はそう思っていたのだろう。
「あなたと似たように、あの事件のことを調べている警察官もいました。」
「望月雅だろう。」
奏太の兄だ。その事件に首を突っ込みすぎて、第一線から遠ざけられているらしい。今はその事件どころか、今の事件にも関われなくなっているのだ。
「知り合いですか。」
「裁判なんかでは検事側の証人として法廷に上がったこともある。理路騒然としていて、隙が無い刑事だった。まぁ……俺はその法廷には上がったことは無いが、裁判を傍聴しに行ったときに思ったまでだが。」
弁護士の立場に無くて良かったと思う。それにあまり血の通っていない言い方をする男で、容疑者に刑が確定してもその被害者はすっきりした顔をしていなかったのだ。心が無い男だと思っていたのに、一馬の奥さんの件に関してはこだわっていたように思える。
「今は警察学校の講師をしているようです。弟から聞きました。」
「弟?」
「歳の離れた弟です。父親が遅くに再婚したので子供と言ってもおかしくないくらいの弟が居ます。」
「その弟も警察官か。」
「いえ……。」
ちらっと沙夜の方を見る。すると沙夜が声を上げた。
「うちの会社に居ますよ。「二藍」の担当と他のバンドの担当を兼務していますね。」
「そうか……。あの男の弟だ。やはり出来る男では無いのか。」
「言語に長けていて、音楽のことも詳しい有能な人ですね。」
その割には沙夜の表情は変わらない。あまり良い印象は無いのだろう。
「雅さんは甘いものに目が無くて、良く店にも寄ってくれています。うちの妻が心を許せる人間ですね。」
「その望月でもあなたの奥さんの事件の首謀者は見いだせなかった。」
すると一馬は首を横に振る。
「今更と思っているところがあるようです。」
「今更か。」
諦めているのだろう。もうあれから二十年近くになる。時効はとっくに切れているし、結婚して子供も生まれた。幸せな家庭を作っているのだから、今更昔のことを掘り下げられたくない。
確かに奥さんが勤める洋菓子店は、ケーキも焼き菓子も奥さんが淹れる喫茶のメニューも全てに評判が良い。だがそれだけに悪い評判も立つモノだ。奥さんの過去を調べられ、拉致監禁されたのは奥さんから誘ったモノだという誤った認識をした人達が「淫乱な女が淹れたコーヒーなど汚い」とウェブ上の掲示板に書き込んでいるモノだってある。それでもコツコツと真面目にコーヒーを淹れてきた。その結果、今ではそんなことをいう人はほとんど居ない。コーヒーの味が悪い評判を黙らせたのだ。
「それにウェブ上で流れていた妻の画像、動画はほとんどもう見ることは無い。それを流していた人達も社会的制裁を受けている。首謀者が捕まろうと、捕まらないだろうともう関わりたくないというのが本音ですよ。」
「確かにそうだ。しかし、花岡さん。あなたは知ってるか。」
「……。」
「あの事件が元での模倣犯が多数いるのを。」
「……模倣犯か。」
その言葉に翔は沙夜の方を見下ろした。沙夜は最近ピアノが弾きたいとこの街にやってくることが多いようだが、それは夜遅くになる。もし沙夜がその帰りに拉致をされたり、レイプなどされたりしたら、翔はその犯人をなんとでもして捕まえようと思うだろう。
「それを映像にして裏として流している輩もいる。特殊な性癖だと思うが、嫌がる女を殴ったりして言うことを聞かせているAVも需要はあるのだから。」
それは治の奥さんのことだろう。そう思って沙夜は首を横に振った。
「そんなことをしたら、自分が犯罪者だと言っているようなモノじゃ無いのだろうか。需要があるからと行って簡単に売り買いをするのか。」
「だからそれを出しては消して、またほとぼりが冷めたらまた出す。その繰り返しをしているようだ。その元になっているのが……。」
「妻の事件というわけですか。それで……あなたは何をしたいと?」
すると沢村はバッグからタブレットを取り出した。そして一馬にその画像を見せる。すると一馬の表情がこわばった。
「この中に首謀者がいる。奥さんは被害者だ。見覚えがある男がいると思うのだが。その話を聞きたい。」
その言葉に一馬は首を横に振った。
「妻にあの事件のことを思い出せと?必死で忘れようとしていることを掘り起こすような真似をして。あなたは知らないだろう。妻がどれだけ苦しんできたのか。今でも夢の中でうなされることもある。結婚して息子が産まれて、幸せだと思わせていてもやはりうなされることもあるんです。」
必死に一馬がそう訴えかけている。それは奥さんを思ってのことだ。それがわかり、沙夜の胸が少し痛い。
「それは事件が解決していないからだ。」
「……首謀者がわかったところで、妻が平穏を取り戻せるとは思えない。また病院へ通う事態になるかもしれないんです。」
「それは奥さんのことだけを考えた場合の話で、俺が言いたいのは模倣犯の話なんだ。あなたは自分の奥さんだけが良ければ良いと思っているのか。」
一馬の性格上そんな真似はしない。そして一馬の奥さんだって別に被害者がいて、奥さんと同じ思いをしているような女性がいるのには居たたまれないだろう。
そして沙夜と翔はその一人を知っている。治の奥さんなのだ。治の奥さんはきっと首謀者が高柳玲二だと言うことはわかっている。ソフトになって発売しているのは、おそらく顔なじみであり同意があったと言える立場だからだ。
「話をするにしても妻が答えることです。俺が良いと言える立場では無い。沢村さん。連絡を入れます。妻が良いと言えば……言って欲しくないが、正式に待ち合わせをしましょう。」
「わかった。そうしてくれないか。」
沢村はそう言って携帯電話を取り出す。そして一馬もまた携帯電話を取りだした。連絡先を交換すると、一馬は少しため息を付く。
「一馬。」
沙夜は携帯電話をしまった一馬に声をかけた。
「……お前らには関係の無い話をしてしまって悪かった。混乱させたか。」
「いいえ。」
一馬もその話を奥さんにすると言うことは、奥さんに付いてやりたいと思うだろう。ここで付いていなければ、本当に何のための夫なのかわからない。
「しばらく、奥様についてあげてね。」
「あぁ。しかし……俺よりももしかしたら海斗が付いてやる方が良いのかもな。または真二郎さんとか。真二郎さんはその事件があったときからずっと妻の側に居た人だし。」
また一馬の悪いところが見えた。そう思って沙夜は首を横に振る。
「それでもあなたがいないと駄目なのよ。あなたは夫なんだから。大きな体をしていても、自信は無いのかしら。」
「自信ならある。覚悟をして結婚をしたんだから。」
「だったら何があっても付いてあげて。」
すると一馬は頷いた。そして沢村の方を見る。
「なるべく良い方向へ行けば良いと思います。」
「そうしてくれるとありがたいよ。被害者はこれ以上増えれば、この国だって外国と変わらない治安になる。すると別の事件が起こる可能性だってあるんだ。もっとも……そちらの方が、俺にとっては仕事が増えて良いんだけどな。」
「仕事ってあまり無いんですか。」
沙夜はそう言うと、沢村は少し笑って言う。
「今は細々した事件ばかりでね。不倫とか、浮気とか、DVとか。こうなってくると弁護士なのか便利屋なのかわからない。証拠集めは探偵にでも任せてくれるとありがたいんだが。」
だからこの風貌なのだ。きっちりスーツを着ていれば目立ってしまう。返ってボサボサの髪だったりヨレヨレのスーツだったりした方が人に紛れるから。
「じゃあ、行こうか。」
翔はそう言うと、沙夜は頷いた。少し時間は遅れたがやっと食事に誘うことが出来る。その期待を胸に、歓楽街の方へ足を向けた。
そして都合が悪いことに、未だにその時の画像、動画はウェブ上で詐欺の餌にされて居るだけでは無く、奥さんが勤める洋菓子店の噂が立っている原因になっていたのだ。
しかもその当時のマスコミは、奥さんが男達を誘ったと書き立てていたのは尚更悪い。冷静に考えれば中学生くらいの女子が男を誘うわけが無いのだろうに、AVなんかではセーラー服を着た女性が男を誘うような映像もあり、それが事実だと思わせているところがあった。その噂が更に奥さんの立場を悪くしたのだと思う。
だが根も葉もない噂は消える。そういう噂は一生つきまとうわけでは無いし、いぶかしげな顔をしている客だって真面目に仕事をしている奥さんを見て、コーヒーには罪が無いと割り切っているところもある。
今は穏やかな中に居るのだ。今更掘り起こされたくは無い。一馬はそう思っていたのだろう。
「あなたと似たように、あの事件のことを調べている警察官もいました。」
「望月雅だろう。」
奏太の兄だ。その事件に首を突っ込みすぎて、第一線から遠ざけられているらしい。今はその事件どころか、今の事件にも関われなくなっているのだ。
「知り合いですか。」
「裁判なんかでは検事側の証人として法廷に上がったこともある。理路騒然としていて、隙が無い刑事だった。まぁ……俺はその法廷には上がったことは無いが、裁判を傍聴しに行ったときに思ったまでだが。」
弁護士の立場に無くて良かったと思う。それにあまり血の通っていない言い方をする男で、容疑者に刑が確定してもその被害者はすっきりした顔をしていなかったのだ。心が無い男だと思っていたのに、一馬の奥さんの件に関してはこだわっていたように思える。
「今は警察学校の講師をしているようです。弟から聞きました。」
「弟?」
「歳の離れた弟です。父親が遅くに再婚したので子供と言ってもおかしくないくらいの弟が居ます。」
「その弟も警察官か。」
「いえ……。」
ちらっと沙夜の方を見る。すると沙夜が声を上げた。
「うちの会社に居ますよ。「二藍」の担当と他のバンドの担当を兼務していますね。」
「そうか……。あの男の弟だ。やはり出来る男では無いのか。」
「言語に長けていて、音楽のことも詳しい有能な人ですね。」
その割には沙夜の表情は変わらない。あまり良い印象は無いのだろう。
「雅さんは甘いものに目が無くて、良く店にも寄ってくれています。うちの妻が心を許せる人間ですね。」
「その望月でもあなたの奥さんの事件の首謀者は見いだせなかった。」
すると一馬は首を横に振る。
「今更と思っているところがあるようです。」
「今更か。」
諦めているのだろう。もうあれから二十年近くになる。時効はとっくに切れているし、結婚して子供も生まれた。幸せな家庭を作っているのだから、今更昔のことを掘り下げられたくない。
確かに奥さんが勤める洋菓子店は、ケーキも焼き菓子も奥さんが淹れる喫茶のメニューも全てに評判が良い。だがそれだけに悪い評判も立つモノだ。奥さんの過去を調べられ、拉致監禁されたのは奥さんから誘ったモノだという誤った認識をした人達が「淫乱な女が淹れたコーヒーなど汚い」とウェブ上の掲示板に書き込んでいるモノだってある。それでもコツコツと真面目にコーヒーを淹れてきた。その結果、今ではそんなことをいう人はほとんど居ない。コーヒーの味が悪い評判を黙らせたのだ。
「それにウェブ上で流れていた妻の画像、動画はほとんどもう見ることは無い。それを流していた人達も社会的制裁を受けている。首謀者が捕まろうと、捕まらないだろうともう関わりたくないというのが本音ですよ。」
「確かにそうだ。しかし、花岡さん。あなたは知ってるか。」
「……。」
「あの事件が元での模倣犯が多数いるのを。」
「……模倣犯か。」
その言葉に翔は沙夜の方を見下ろした。沙夜は最近ピアノが弾きたいとこの街にやってくることが多いようだが、それは夜遅くになる。もし沙夜がその帰りに拉致をされたり、レイプなどされたりしたら、翔はその犯人をなんとでもして捕まえようと思うだろう。
「それを映像にして裏として流している輩もいる。特殊な性癖だと思うが、嫌がる女を殴ったりして言うことを聞かせているAVも需要はあるのだから。」
それは治の奥さんのことだろう。そう思って沙夜は首を横に振った。
「そんなことをしたら、自分が犯罪者だと言っているようなモノじゃ無いのだろうか。需要があるからと行って簡単に売り買いをするのか。」
「だからそれを出しては消して、またほとぼりが冷めたらまた出す。その繰り返しをしているようだ。その元になっているのが……。」
「妻の事件というわけですか。それで……あなたは何をしたいと?」
すると沢村はバッグからタブレットを取り出した。そして一馬にその画像を見せる。すると一馬の表情がこわばった。
「この中に首謀者がいる。奥さんは被害者だ。見覚えがある男がいると思うのだが。その話を聞きたい。」
その言葉に一馬は首を横に振った。
「妻にあの事件のことを思い出せと?必死で忘れようとしていることを掘り起こすような真似をして。あなたは知らないだろう。妻がどれだけ苦しんできたのか。今でも夢の中でうなされることもある。結婚して息子が産まれて、幸せだと思わせていてもやはりうなされることもあるんです。」
必死に一馬がそう訴えかけている。それは奥さんを思ってのことだ。それがわかり、沙夜の胸が少し痛い。
「それは事件が解決していないからだ。」
「……首謀者がわかったところで、妻が平穏を取り戻せるとは思えない。また病院へ通う事態になるかもしれないんです。」
「それは奥さんのことだけを考えた場合の話で、俺が言いたいのは模倣犯の話なんだ。あなたは自分の奥さんだけが良ければ良いと思っているのか。」
一馬の性格上そんな真似はしない。そして一馬の奥さんだって別に被害者がいて、奥さんと同じ思いをしているような女性がいるのには居たたまれないだろう。
そして沙夜と翔はその一人を知っている。治の奥さんなのだ。治の奥さんはきっと首謀者が高柳玲二だと言うことはわかっている。ソフトになって発売しているのは、おそらく顔なじみであり同意があったと言える立場だからだ。
「話をするにしても妻が答えることです。俺が良いと言える立場では無い。沢村さん。連絡を入れます。妻が良いと言えば……言って欲しくないが、正式に待ち合わせをしましょう。」
「わかった。そうしてくれないか。」
沢村はそう言って携帯電話を取り出す。そして一馬もまた携帯電話を取りだした。連絡先を交換すると、一馬は少しため息を付く。
「一馬。」
沙夜は携帯電話をしまった一馬に声をかけた。
「……お前らには関係の無い話をしてしまって悪かった。混乱させたか。」
「いいえ。」
一馬もその話を奥さんにすると言うことは、奥さんに付いてやりたいと思うだろう。ここで付いていなければ、本当に何のための夫なのかわからない。
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「あぁ。しかし……俺よりももしかしたら海斗が付いてやる方が良いのかもな。または真二郎さんとか。真二郎さんはその事件があったときからずっと妻の側に居た人だし。」
また一馬の悪いところが見えた。そう思って沙夜は首を横に振る。
「それでもあなたがいないと駄目なのよ。あなたは夫なんだから。大きな体をしていても、自信は無いのかしら。」
「自信ならある。覚悟をして結婚をしたんだから。」
「だったら何があっても付いてあげて。」
すると一馬は頷いた。そして沢村の方を見る。
「なるべく良い方向へ行けば良いと思います。」
「そうしてくれるとありがたいよ。被害者はこれ以上増えれば、この国だって外国と変わらない治安になる。すると別の事件が起こる可能性だってあるんだ。もっとも……そちらの方が、俺にとっては仕事が増えて良いんだけどな。」
「仕事ってあまり無いんですか。」
沙夜はそう言うと、沢村は少し笑って言う。
「今は細々した事件ばかりでね。不倫とか、浮気とか、DVとか。こうなってくると弁護士なのか便利屋なのかわからない。証拠集めは探偵にでも任せてくれるとありがたいんだが。」
だからこの風貌なのだ。きっちりスーツを着ていれば目立ってしまう。返ってボサボサの髪だったりヨレヨレのスーツだったりした方が人に紛れるから。
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