触れられない距離

神崎

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弁護士

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 お茶のおかわりを入れていると、携帯電話が鳴った。治からのメッセージにお茶を淹れ終わった沙夜はそのメッセージをチェックする。治も大事なのは子供の意思なのだとわかっているようだった。
 今日は弁護士と話をするのは止しておくというメッセージには、子供達と話し合いをする機会を設けたのだと思っていた。そう思って沙夜はメッセージを返信すると、その携帯電話をテーブルに置いた。
「治から?」
 翔の言葉に沙夜は頷いた。
「うん。子供さんと話をしたいんですって。」
「それが良いと思うよ。」
 すると沢村はバッグの中からクリアファイルを取りだした。数枚の紙があり、それを抜き取ると沙夜に差し出す。
「高柳という家を調べてみたんだ。」
「あの間にですか?」
 連絡をしたのは夕方近かったはずだ。その間は数時間しか無いのだが、その間に調べてくれたのだろう。
「確かに代々の地主のようだ。山も畑も相当持っているし、工場の収益はうなぎ登り。だが子供と言えば、この亡くなった玲二という息子しかいない。」
「だから子供が欲しいと……。」
 なかなか子宝に恵まれなかった夫婦がやっと授かった子供だった。だからこそ嫌な予感しかしない。
「幼なじみだと言っていたよね。」
 翔はそう聞くと、沙夜も頷いた。
「奥様もこの近くの出身だと言ってました。」
「その通りだ。この男は跡継ぎとして育てられたのだが、そんな親の意見とは合わないようでバンド活動ばかりをしていた。この土地には有名なライブハウスがあるのだが知ってるかな。」
 そう言われて沙夜は記憶をたぐり寄せていた。だがその前に翔が思いだしたように言う。
「昔のバンドがここでライブをしてプロになったとか。」
「次々とプロに送り込んでいる。実になるかどうかはわからないが、そこのオーナーが敏腕だったのだろう。それを聞いて、この男もこのライブハウスに良く出入りしていたようだ。」
 ドラムを叩いていた。そのライブを見に、奥さんも足繁くライブハウスへ行くようになった。詳しくは無くても音楽の良さやバンドの名前などは嫌でも知ることになる。そして音楽をしていないにしても、奥さんの方が聴く耳はあったようだ。
「ある日、奥さんがバンドの練習を見ていて口を出したそうだ。するとこの男は「素人が口を出すな」と言って奥さんを追い出した。それ以来、連絡を付けなかったらしい。」
 心が狭い人だと思った。真実を言われて逆ギレをするのは子供の証拠なのだから。
「それから連絡を取らずに奥さんは高校を卒業して就職をした。早く親から自立したくて、尚且つ親の援助を受けたくないと言ってこちらの方に就職したそうだ。高校でえられる資格はあらかじめ取ってある。働きながらでも勉強と並行して仕事もしていたようだ。」
「……努力家ですね。」
 沙夜はそう言うと、ため息を付いた。自分が甘く感じたから。親の援助を得て将来が見通せない音楽大学へ言った自分が恥ずかしいと思う。
「沙夜。気を落とさないでも良いよ。俺だって音楽の大学を出たんだ。それでもピアニストにはなれなかった。バンド活動に力を入れすぎた結果かも知れないけどね。」
 翔はそういうと沙夜は頷いた。その様子に沢村は心の中で笑う。男の匂いのしない女だと思っていたのに、そんな女を好きでいてくれる男もいるのだと思って。
「元々は音楽が好きな女性だ。勉強と仕事の両立をさせながら、ライブハウスで音楽を聴くのが息抜きのようだった。そこで今の旦那と出会う。」
「治と?」
「橋倉さんはバンドをしていた時期もあったと言っていたわ。その時かしらね。」
 治もまた音楽の大学へ行きながら、バンド活動をしていた。しかし治の場合、バンド活動は息抜きのようなモノで、本当はオーケストラのパーカッションにいたかったらしい。その息抜きのバンド活動で奥さんと出会った。
 その頃から奥さんは勉強と仕事のストレスで、体重が激増していたらしい。昔は小さくて細い体だったのに、その時には別人のように思えた。見た目からして、近づいてくる男はいなかったのに、治はその奥さんが気に入ってライブがあるとか、オーケストラで賛助で出るとかと言うときには必ず奥さんを呼んでいたのだ。
「つまり、治が相当言い寄ったって事だね。」
「美人だもの。橋倉さんの奥様は。」
 付き合うようになって二人で生活を始めた。治が主に働くようになるので、奥さんはその仕事を辞めてパート勤務になり、あまった時間で勉強を始める。奥さんも自立がしたいと思っていたのだろう。
 そしてそんな日々が続いたあるとき、奥さんはこっちに出て来た玲二と再会する。体型が変わってしまった奥さんに戸惑っていたようだが、それでも昔のことは水に流して仲良くして欲しいと言い始めたのだ。
「流せることと流せないことがあるわ。」
「音楽に関してだったら尚更だね。何か狙いがあったのかな。」
 その言葉に沢村は頷いた。
「当たり。」
「狙いって何だったんですか。」
「借金があったそうだ。だが奥さんは金は渡せないと言ったらしい。」
「そうね……。いくら昔なじみでもお金が絡むとね。」
 沙夜はそういうと翔はお茶を手にして言う。
「金の切れ目は縁の切れ目。どんなに親しくても金の話があれば、絶対縁を切るよ。俺は。」
「その辺は翔はシビアよね。」
 そこで手を引いていれば良かった。だが玲二は勘違いをしているところがあり、奥さんが玲二に好意があると思っていたらしい。そして治が酒を飲めないというと、だったら飲みに行こうと強引に連れ出したのだ。
 そして言葉巧みに信用した。治にも会い、信用の出来る人物を演じたらしい。治はそれを信じてしまった。
「それで……子供を作ったんですか。」
 言葉巧みに騙されたというと、沙夜とかぶるところがある。それを思い出し、沙夜は拳を膝の上で握った。沙夜も騙されて処女を失ったようなモノなのだから。
「それが……。ちょっと事情は複雑なんだ。これはもしかしたらこの奥さんが言えば刑事事件になるかもしれない。」
「刑事事件?」
 沢村はタブレットを操作して、ウェブのあるページを開いた。そこにはインターネットオークションの画面がある。そしてそのページには裏のAVのソフトが売り買いされていた。
「裏ですね。沙菜はこういうモノを相当嫌がっていましたから。」
「正規ルートで売りさばかれていないモノだろう。そりゃ嫌がるかもね。」
 翔も頷いて言うと、沢村はその画面をスクロールし、一つのページを開いた。そこには強姦モノのソフトが映っている。
「裏で売りさばいていたメーカーだ。後ろにはヤクザが付いている。こういうモノを売りさばいては雲隠れして、新たに作っては雲隠れするようなところだ。そしてほら、見てみろ。」
 そこには「本当にしたレ○プ!」とか「泣き叫ぶ女!」とかという文字書かれている。確かに強姦モノというモノは無いことは無いが、本当にしているわけでは無い。そんなことをすれば犯罪なのだ。
「これは本当にしてるんだよ。リアルな撮影をしていて、何人か捕まっている。」
「……ちょっと待って。これ……治の奥さんじゃ……。」
 若干若いが見覚えがある。もしかしたらそうやって撮影されていたのかもしれない。沙夜もそれを見ていぶかしげな表情になる。
「もしかしたら、その玲二って人の子供では無い可能性もありますね。」
 翔がそういうと沙夜ははっと我を取り戻した。そして沢村も頷く。
「奥さんにしては嫌な思い出かもしれない。だけど、それに気がつかなかったその旦那というのも無能だな。」
「仲良く家で酒を飲んでいたのを微笑ましく見ていたと聞きました。でも……それはカモフラージュだったのかもしれない。奥さんにしてみたら、そんな事実を橋倉さんに言えるわけがないのだから。」
 だが玲二の子供では無い可能性は出て来た。玲二の子供である証拠も無い。玲二はもう亡くなっているのだから。
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