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弁護士
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子供が生まれたというメッセージを残して、治はそれ以降沙夜にも「二藍」の誰ともメッセージを受け答えようとしなかった。その態度に沙夜は不安を募らせる。
それでも刻々と外国へ行く日にちは迫っている。音楽以外にも五人には手続きをしないといけない書類などもあるのだ。治に連絡が付かないのは困る。
そう思い立ち、沙夜は思いきって自宅を訪ねることにした。もちろん、身一つで行くわけが無い。そう思ってデパートの乳児用品のコーナーへ立ち寄っていた。
白や薄い色のロンパース、スタイ、哺乳瓶など赤ちゃんとは必要なものが多いなと思いながらその一つ一つを見ていると、ふと西川辰雄のことを思い出した。西川辰雄もそろそろ子供が生まれる。お祝いを贈りたいのでちょうど良かったと思っていた。お金が一番良いのかもしれないが味気が無いと思うし、そもそも辰雄はお金なんかはあまり喜ばないだろう。だとしたら使えるものが良い。あちらは歳の差があまりないので、おそらく昭人が使っていたものを使い回すだろう。と言うことはもっと実用的なものが良い。例えば粉ミルクやおむつなども良いだろう。そう思っていたときだった。
「沙夜。乳児の洋服なんかが良いんじゃないかと言っているよ。」
一緒に行くと言ったのは、翔と一馬だった。どちらも仕事の都合が付いたらしい。それでも一馬は一件仕事を終わらせてきたので、このほんわかした雰囲気とは真逆のようなエレキベースをケースに入れたものを背負っている。
声をかけたのは翔だった。向こうで乳児用の服を見ているのが一馬なのだ。
「子供さんの性別もわからないのに、洋服はどうなのかしら。」
すると翔は少し笑って言う。
「性別で色を選ばないのだったら、どちらでも通用する色が良いんじゃないのかな。白とか黄色とか。」
「あぁ。そうね。」
その考えはなかった。さすがに子持ちは違うなと思いながら、沙夜は翔と共に一馬が居る方へ向かう。
「どれが良いかしら。」
一馬は少し笑うと一着のロンパースを手にした。
「これなら男でも女でもいけそうだ。箱に入れてもらうと良い。」
シンプルなデザインだが、手触りがとても良い。コットンで出来たもので通気も良いだろう。それに少し大きめだ。大きめなら長く使えるだろう。
「じゃあ、そうして貰おうかな。すいません。」
店員に声をかける沙夜の後ろ姿を見て、一馬は少し笑う。出産をしたとかそういう人が身近に居なかったのだろう。だからあたふたするのだ。
「一馬は子供が生まれたときに洋服というのは助かったのか。」
翔がそう聞くと、一馬は頷いた。
「涎が凄いんだ。スタイをしていてもすぐに汚れる。まぁ……うちの子だけかもしれないが。」
「それから良くミルクを飲んでいた。だからかな。食欲は今でも凄い。」
「一馬に似てるんだよ。そういう所。」
「だろうな。」
一馬も奥さんが妊娠をしたと言ったとき、少し疑った所がある。自分は子供を作りにくい体質なのだ。なので少しでも改善しようと、体を動かしたり食事にも気を遣ってきた。だから子供が出来たと言うときには、とても喜んだと思う。
しかし一抹の不安はあった。もし生まれてきた子供が自分に似ていなかったらと思うといてもたってもいられない。真二郎はクォーターだ。なので生まれてきた子供が、もし真二郎に似た金髪の子供だったらやりきれないとも思った。
生まれてきた子供は、最初は奥さんに似ていた。だが徐々に育っていくと一馬によく似てくる。それが嬉しかった。自分の分身のように感じていたのに、徐々に家に居る時間が減ると同時に、子供は徐々に真二郎や可愛がってくれる洋菓子店のオーナーの影響を受けるようになり、それが自分が必要ないのでは無いかという疑問を生む結果になる。
自分が沙夜と関係をしたのは、それがきっかけかもしれない。だが今となってはそれもいい訳だ。今はただ、沙夜の体が気持ちいい。まるで動物のようだと思う。
「なぁ、どうして治は連絡が付かなくなったのかな。」
「……あいつは明るくて、俺らが仲違いをしても仲裁役で良く入ってくれた。すぐに頭に血が上る沙夜を押さえることもしていた。奏太が入ったときには俺と衝突はしたが、すぐにあっちが謝ってきた。そう考えると大人だと思う。だがその大人でも我慢の限界というモノはあるんだろう。」
「耐えられないことか。そんな感じなのに俺らが行っても良いのか。」
「もう外国へ行く日にちも迫っているし、そうのんきになっていられない。」
仕事なのだ。連絡が付かないというのは沙夜にとってとてもやきもきすることだろう。事情は知っているから、嫌な予感しかしないのだ。
「お待たせ。」
沙夜はそう言って紙袋を持ったまま二人に近づいてきた。のしもかかっていて、お祝いとして恥ずかしくないように思える。
「そういえば沙夜。沙夜がお世話になっている鶏舎の……。」
「辰雄さんね。」
「子供が生まれると言っていたんじゃ無いのかな。」
翔がそう言うと、沙夜は頷いた。
「辰雄さんはこういうモノはあまり喜ばないわね。多分、粉ミルクとかおむつとかの方が喜ぶかな。そう思っていたの。」
「おむつケーキというのがあるんだ。」
一馬がそう言うと、沙夜は驚いたように一馬に聞く。
「おむつで出来たケーキなの?」
「あぁ。紙おむつで作られたケーキ状のものだ。お祝いにそういうものを贈る人も居る。見た目はウェディングケーキのような感じだ。ぬいぐるみを置いたりしてあとで子供が遊べるようにしていたり。」
「それは良いことを聞いたわ。辰雄さんにはそれを贈ろうかしら。」
だが正直、子供が生まれたときにそういうものを貰ったことがあるが、新生児用のものが多く余ってしまったのだ。すると義理の姉は次の子が産まれたら使えば良いといってくれたが、その望みはまだない。
「サイズを選んで買うと良い。」
「サイズ?」
「新生児用というのはあっという間に使わなくなるから。すぐに子供というのは大きくなるからな。」
「それは一馬の子供に限ってって事じゃないのか。」
翔はそう言って笑うと、一馬は頷いた。
「そうかも知れない。あいつは保育園でも頭一つ出ている。俺より大きくなるかもしれないな。」
「一馬よりも?」
翔は驚いて聞くと、一馬は肩をすくませて言う。
「俺くらいの身長は珍しくないだろう。」
すると沙夜と翔は二人で手を振った。
「いやいや。十分大きいよ。」
「そうね。一馬は遠くからでも一馬とわかるわ。」
「そうか?」
冗談を言い合いながら、三人はデパートを出る。冗談を言い合いながらではないと、どうにかなりそうだった。嫌な想像しか出来ないから。
その頃、芹は家の部屋の中でライターの仕事をしていた。渡摩季として詩集が出るからといって、草壁の名前の文章が止まるわけにはいかない。そう言われて、亡くなったドラマーの記事を書いていた。このドラマーは正義感が強く、度々バンドのメンバーと衝突していたようだが、バンド解散後は内戦のひどい土地に出向きボランティアに明け暮れたのだという。
音楽で子供達に笑顔を届けたいというキャッチコピーのようなことを口にして、内戦のひどい笑顔のない子供達に音楽を教えていたのだ。手を叩くだけでも音楽になると言うのを実践していたように思える。
だがそれは表向きだったのだ。
調べると、そのドラマーはその内戦地域で密かに作られている、違法薬物の横流しをしていたのだ。内戦のひどい所だったら、兵士の士気を高めるのにそういったモノを使うことが多い。それを人を使って他の国に送り込んでいた。大した正義感だなと芹は思いながらその記事を書いていた。
そしてそのドラマーは四十歳ほどの頃。その土地で空襲に巻き込まれ、亡くなった。遺体は出てこなかったらしい。おそらく爆薬でミンチになったのだ。
表向きのことしか知られていなかったドラマーは、おそらく神格化している。そう思いながら芹はキーボードに文章を打ち込んでいた。その時だった。
「ただいま。」
沙菜が帰ってきたようだ。玄関が開いて閉じる音と、沙菜の声が聞こえる。その声に、芹は無視をするように画面をまた見始める。
だが廊下を歩く音がしたと思ったら、部屋の外から声が聞こえる。
「芹?居る?」
ドアが開いて沙菜がやってきた。いつもよりは気合いの入っている格好なのは、仕事だったからだろう。ピンク色の短いスカートは、太ももを惜しげもなく晒していて、きっとこういう女性が芹が調べている内戦地域の兵士の相手をしていたのかもしれない。子供と自分が生きていくために渋々していたのだ。だが沙菜は進んで性を売り物にしている。それでも沙菜の生き方だ。否定もしたくなかった。
「お帰り。」
「居たんなら返事くらいしてよ。」
「お前、早かったな。」
「今日は打ち合わせだけだったから。」
事務所に所属している沙菜は、割と仕事がある方だろう。AVだけではなく、グラビアやインターネット番組なんかに呼ばれることもあるのだから。
「次の作品か?」
「人妻モノだよ。旦那の同僚達に犯されるヤツ。」
「マゾヒストの?」
「案外評判良いんだよねぇ。」
それに自分が高ぶる気がする。本来自分がマゾヒストだったのかもしれないと思えてきた。
「そもそもお前、そういう趣向じゃん。性癖に合ってるならそれで良いんじゃないのか。」
「そういう性趣向に変えてくれた本人が何か言っているわ。」
そう言われて芹は手を止める。そして沙菜の方を向いていった。
「二人の前で言うなよ。」
「わかってるよ。特に……姉さんには言えるわけないじゃん。」
「それからもう無いから。」
そう言って芹はまた画面を見ようとした。だが沙菜は頬を膨らませる。
「何で?凄い気持ち良かったのにさ。」
「気の迷いだったんだよ。俺は沙夜が好きだし。沙夜と一緒になりたいと思ってんだ。お前としたのは……事情があったから。」
すると沙菜はため息を付いて言う。
「だったら芹さ。あの紫乃さんって人に会う度にそんな弱気になるの?姉さんと居るときに会うかもしれないのにさ。」
「お前こそ、翔以外のヤツとやって何が面白いんだよ。翔こそお前とは合ってるよ。」
「あんな潔癖で女を少し叩いたくらいで落ち込むような弱い人が?」
「お前、そんなことを思ってたのか。好きなんじゃないのか?」
「んー……。好きだと思うけど……。」
だが翔は沙菜を抱きしめてから何もしない。沙夜しか見ていないからだ。そんな人を思うよりは、気軽に抱いてくれる人が良い。そして芹は思った以上に気持ちが良かった。一度だけと芹は言うが、出来れば沙夜に内緒でまたセックスをしたいと思う。
「やるだけの男なら他に頼めよ。俺、お前とは寝ないし。」
「そんなこと言って。本当に男優顔負けだよ。芹。姉さんが満足しないわけないじゃん。」
だから沙夜も芹と別れないのだろうか。いや。体だけならもっとセックスをしても良いと思う。だとしたら沙夜の方が拒絶しているのだろうか。それは考えられる。あまりセックスにいいイメージがないのだから。だったら沙菜で満足して欲しいと思う。それで、芹を繋ぎ止めることが出来るなら、それで良いと思った。
「芹。今度生でして良いよ。」
「へ?」
芹は驚いた沙菜の方を見る。すると沙菜は笑って言った。
「ピル飲んでるからさ。日付合わせて、この日だったら中で出しても大丈夫だって言う日に思いっきり中出だして良いよ。」
「いや。もうお前とは寝ないから。」
口では芹はそう言うが、どうしても紫乃と沙夜を足して割ったような沙菜が従順に受け入れているのを見ると、抑えが効かなくなりそうだった。それが怖いと思う。
それでも刻々と外国へ行く日にちは迫っている。音楽以外にも五人には手続きをしないといけない書類などもあるのだ。治に連絡が付かないのは困る。
そう思い立ち、沙夜は思いきって自宅を訪ねることにした。もちろん、身一つで行くわけが無い。そう思ってデパートの乳児用品のコーナーへ立ち寄っていた。
白や薄い色のロンパース、スタイ、哺乳瓶など赤ちゃんとは必要なものが多いなと思いながらその一つ一つを見ていると、ふと西川辰雄のことを思い出した。西川辰雄もそろそろ子供が生まれる。お祝いを贈りたいのでちょうど良かったと思っていた。お金が一番良いのかもしれないが味気が無いと思うし、そもそも辰雄はお金なんかはあまり喜ばないだろう。だとしたら使えるものが良い。あちらは歳の差があまりないので、おそらく昭人が使っていたものを使い回すだろう。と言うことはもっと実用的なものが良い。例えば粉ミルクやおむつなども良いだろう。そう思っていたときだった。
「沙夜。乳児の洋服なんかが良いんじゃないかと言っているよ。」
一緒に行くと言ったのは、翔と一馬だった。どちらも仕事の都合が付いたらしい。それでも一馬は一件仕事を終わらせてきたので、このほんわかした雰囲気とは真逆のようなエレキベースをケースに入れたものを背負っている。
声をかけたのは翔だった。向こうで乳児用の服を見ているのが一馬なのだ。
「子供さんの性別もわからないのに、洋服はどうなのかしら。」
すると翔は少し笑って言う。
「性別で色を選ばないのだったら、どちらでも通用する色が良いんじゃないのかな。白とか黄色とか。」
「あぁ。そうね。」
その考えはなかった。さすがに子持ちは違うなと思いながら、沙夜は翔と共に一馬が居る方へ向かう。
「どれが良いかしら。」
一馬は少し笑うと一着のロンパースを手にした。
「これなら男でも女でもいけそうだ。箱に入れてもらうと良い。」
シンプルなデザインだが、手触りがとても良い。コットンで出来たもので通気も良いだろう。それに少し大きめだ。大きめなら長く使えるだろう。
「じゃあ、そうして貰おうかな。すいません。」
店員に声をかける沙夜の後ろ姿を見て、一馬は少し笑う。出産をしたとかそういう人が身近に居なかったのだろう。だからあたふたするのだ。
「一馬は子供が生まれたときに洋服というのは助かったのか。」
翔がそう聞くと、一馬は頷いた。
「涎が凄いんだ。スタイをしていてもすぐに汚れる。まぁ……うちの子だけかもしれないが。」
「それから良くミルクを飲んでいた。だからかな。食欲は今でも凄い。」
「一馬に似てるんだよ。そういう所。」
「だろうな。」
一馬も奥さんが妊娠をしたと言ったとき、少し疑った所がある。自分は子供を作りにくい体質なのだ。なので少しでも改善しようと、体を動かしたり食事にも気を遣ってきた。だから子供が出来たと言うときには、とても喜んだと思う。
しかし一抹の不安はあった。もし生まれてきた子供が自分に似ていなかったらと思うといてもたってもいられない。真二郎はクォーターだ。なので生まれてきた子供が、もし真二郎に似た金髪の子供だったらやりきれないとも思った。
生まれてきた子供は、最初は奥さんに似ていた。だが徐々に育っていくと一馬によく似てくる。それが嬉しかった。自分の分身のように感じていたのに、徐々に家に居る時間が減ると同時に、子供は徐々に真二郎や可愛がってくれる洋菓子店のオーナーの影響を受けるようになり、それが自分が必要ないのでは無いかという疑問を生む結果になる。
自分が沙夜と関係をしたのは、それがきっかけかもしれない。だが今となってはそれもいい訳だ。今はただ、沙夜の体が気持ちいい。まるで動物のようだと思う。
「なぁ、どうして治は連絡が付かなくなったのかな。」
「……あいつは明るくて、俺らが仲違いをしても仲裁役で良く入ってくれた。すぐに頭に血が上る沙夜を押さえることもしていた。奏太が入ったときには俺と衝突はしたが、すぐにあっちが謝ってきた。そう考えると大人だと思う。だがその大人でも我慢の限界というモノはあるんだろう。」
「耐えられないことか。そんな感じなのに俺らが行っても良いのか。」
「もう外国へ行く日にちも迫っているし、そうのんきになっていられない。」
仕事なのだ。連絡が付かないというのは沙夜にとってとてもやきもきすることだろう。事情は知っているから、嫌な予感しかしないのだ。
「お待たせ。」
沙夜はそう言って紙袋を持ったまま二人に近づいてきた。のしもかかっていて、お祝いとして恥ずかしくないように思える。
「そういえば沙夜。沙夜がお世話になっている鶏舎の……。」
「辰雄さんね。」
「子供が生まれると言っていたんじゃ無いのかな。」
翔がそう言うと、沙夜は頷いた。
「辰雄さんはこういうモノはあまり喜ばないわね。多分、粉ミルクとかおむつとかの方が喜ぶかな。そう思っていたの。」
「おむつケーキというのがあるんだ。」
一馬がそう言うと、沙夜は驚いたように一馬に聞く。
「おむつで出来たケーキなの?」
「あぁ。紙おむつで作られたケーキ状のものだ。お祝いにそういうものを贈る人も居る。見た目はウェディングケーキのような感じだ。ぬいぐるみを置いたりしてあとで子供が遊べるようにしていたり。」
「それは良いことを聞いたわ。辰雄さんにはそれを贈ろうかしら。」
だが正直、子供が生まれたときにそういうものを貰ったことがあるが、新生児用のものが多く余ってしまったのだ。すると義理の姉は次の子が産まれたら使えば良いといってくれたが、その望みはまだない。
「サイズを選んで買うと良い。」
「サイズ?」
「新生児用というのはあっという間に使わなくなるから。すぐに子供というのは大きくなるからな。」
「それは一馬の子供に限ってって事じゃないのか。」
翔はそう言って笑うと、一馬は頷いた。
「そうかも知れない。あいつは保育園でも頭一つ出ている。俺より大きくなるかもしれないな。」
「一馬よりも?」
翔は驚いて聞くと、一馬は肩をすくませて言う。
「俺くらいの身長は珍しくないだろう。」
すると沙夜と翔は二人で手を振った。
「いやいや。十分大きいよ。」
「そうね。一馬は遠くからでも一馬とわかるわ。」
「そうか?」
冗談を言い合いながら、三人はデパートを出る。冗談を言い合いながらではないと、どうにかなりそうだった。嫌な想像しか出来ないから。
その頃、芹は家の部屋の中でライターの仕事をしていた。渡摩季として詩集が出るからといって、草壁の名前の文章が止まるわけにはいかない。そう言われて、亡くなったドラマーの記事を書いていた。このドラマーは正義感が強く、度々バンドのメンバーと衝突していたようだが、バンド解散後は内戦のひどい土地に出向きボランティアに明け暮れたのだという。
音楽で子供達に笑顔を届けたいというキャッチコピーのようなことを口にして、内戦のひどい笑顔のない子供達に音楽を教えていたのだ。手を叩くだけでも音楽になると言うのを実践していたように思える。
だがそれは表向きだったのだ。
調べると、そのドラマーはその内戦地域で密かに作られている、違法薬物の横流しをしていたのだ。内戦のひどい所だったら、兵士の士気を高めるのにそういったモノを使うことが多い。それを人を使って他の国に送り込んでいた。大した正義感だなと芹は思いながらその記事を書いていた。
そしてそのドラマーは四十歳ほどの頃。その土地で空襲に巻き込まれ、亡くなった。遺体は出てこなかったらしい。おそらく爆薬でミンチになったのだ。
表向きのことしか知られていなかったドラマーは、おそらく神格化している。そう思いながら芹はキーボードに文章を打ち込んでいた。その時だった。
「ただいま。」
沙菜が帰ってきたようだ。玄関が開いて閉じる音と、沙菜の声が聞こえる。その声に、芹は無視をするように画面をまた見始める。
だが廊下を歩く音がしたと思ったら、部屋の外から声が聞こえる。
「芹?居る?」
ドアが開いて沙菜がやってきた。いつもよりは気合いの入っている格好なのは、仕事だったからだろう。ピンク色の短いスカートは、太ももを惜しげもなく晒していて、きっとこういう女性が芹が調べている内戦地域の兵士の相手をしていたのかもしれない。子供と自分が生きていくために渋々していたのだ。だが沙菜は進んで性を売り物にしている。それでも沙菜の生き方だ。否定もしたくなかった。
「お帰り。」
「居たんなら返事くらいしてよ。」
「お前、早かったな。」
「今日は打ち合わせだけだったから。」
事務所に所属している沙菜は、割と仕事がある方だろう。AVだけではなく、グラビアやインターネット番組なんかに呼ばれることもあるのだから。
「次の作品か?」
「人妻モノだよ。旦那の同僚達に犯されるヤツ。」
「マゾヒストの?」
「案外評判良いんだよねぇ。」
それに自分が高ぶる気がする。本来自分がマゾヒストだったのかもしれないと思えてきた。
「そもそもお前、そういう趣向じゃん。性癖に合ってるならそれで良いんじゃないのか。」
「そういう性趣向に変えてくれた本人が何か言っているわ。」
そう言われて芹は手を止める。そして沙菜の方を向いていった。
「二人の前で言うなよ。」
「わかってるよ。特に……姉さんには言えるわけないじゃん。」
「それからもう無いから。」
そう言って芹はまた画面を見ようとした。だが沙菜は頬を膨らませる。
「何で?凄い気持ち良かったのにさ。」
「気の迷いだったんだよ。俺は沙夜が好きだし。沙夜と一緒になりたいと思ってんだ。お前としたのは……事情があったから。」
すると沙菜はため息を付いて言う。
「だったら芹さ。あの紫乃さんって人に会う度にそんな弱気になるの?姉さんと居るときに会うかもしれないのにさ。」
「お前こそ、翔以外のヤツとやって何が面白いんだよ。翔こそお前とは合ってるよ。」
「あんな潔癖で女を少し叩いたくらいで落ち込むような弱い人が?」
「お前、そんなことを思ってたのか。好きなんじゃないのか?」
「んー……。好きだと思うけど……。」
だが翔は沙菜を抱きしめてから何もしない。沙夜しか見ていないからだ。そんな人を思うよりは、気軽に抱いてくれる人が良い。そして芹は思った以上に気持ちが良かった。一度だけと芹は言うが、出来れば沙夜に内緒でまたセックスをしたいと思う。
「やるだけの男なら他に頼めよ。俺、お前とは寝ないし。」
「そんなこと言って。本当に男優顔負けだよ。芹。姉さんが満足しないわけないじゃん。」
だから沙夜も芹と別れないのだろうか。いや。体だけならもっとセックスをしても良いと思う。だとしたら沙夜の方が拒絶しているのだろうか。それは考えられる。あまりセックスにいいイメージがないのだから。だったら沙菜で満足して欲しいと思う。それで、芹を繋ぎ止めることが出来るなら、それで良いと思った。
「芹。今度生でして良いよ。」
「へ?」
芹は驚いた沙菜の方を見る。すると沙菜は笑って言った。
「ピル飲んでるからさ。日付合わせて、この日だったら中で出しても大丈夫だって言う日に思いっきり中出だして良いよ。」
「いや。もうお前とは寝ないから。」
口では芹はそう言うが、どうしても紫乃と沙夜を足して割ったような沙菜が従順に受け入れているのを見ると、抑えが効かなくなりそうだった。それが怖いと思う。
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