触れられない距離

神崎

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鮭のホイル焼き

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 思ったよりも遅くなってしまったと思いながら、芹は家に帰ってきた。そしてリビングのドアを開けると、そこには沙菜の姿がある。沙菜は堂々と自分の出ているソフトを観ているようだった。その様子に芹は少し気後れする。
「何観てんだよ。」
 ちょうど服を脱がされたところだった。そのシーンを中断するように芹はソフトの電源を切ると、沙菜はぷっと頬を膨らませる。
「何よぉ。あたしが出てるのを見て何が悪いっての?」
「そんなもん、堂々とリビングで見てんじゃねぇよ。部屋にあるだろ?再生機器くらい。」
「たまにはでっかい画面でみたいじゃん。」
 良く翔も沙夜も何も言わないな。そう思いながら、芹はリビングを出ると翔の部屋や沙夜の部屋の様子を見るが、どちらも居ないようだった。荷物を部屋に置くと、そのまままたリビングに戻ってくる。すると沙菜はそのソフトを片付けているようだった。
「翔と沙夜は?どっか行ったの?」
「翔は食器とか洗ったら携帯に呼び出されてた。同級生に会うんだって言ってたかな。姉さんはうーん。「二藍」のメンバーの練習に付き合うって言っていたけど。」
 おそらく遥人のピアノを見ているのだ。スタジオを借りてしているらしい。そういう話は聞いていたので不自然に思わなかった。
「お、ホイル焼きじゃん。焼こうっと。」
 そう言って芹はフライパンを用意すると、ホイルに包まれた具材をフライパンにセットする。そして蓋をして火にかけた。そして汁物を温め、ご飯はレンジで温める。
「ねぇ。翔の同級生って知ってる?」
「翔の同級生って大澤ってヤツだろ。良い声してるよな。プロにならないのが惜しいよ。」
 芹はそう言いながら冷蔵庫からきんぴらを取り出した。普段通りの様子に沙菜は少し驚いたように芹に言う。
「それよりも姉さんのことは気にならないの?」
 すると芹は首を横に振る。
「気にしだしでも仕方ないじゃん。何も無い。遥人ってヤツとは本当に何も無いのは俺でもわかるから。」
「でも結構時間が経ってるよ?終電までに帰ってこれるのかな。」
「K街だし飲みに行ってたりするのかもな。間に合わなかったらタクシーででも帰ってこれるだろ。子供じゃ無いんだし。」
 電子レンジが鳴ってご飯を取り出す。そして汁の火も止めた。
「姉さんには寛大だよね。芹は。」
「気にしだしたら全部が気になるだろ。沙夜の周りには男しかいないんだ。だからって仕事を辞めろなんて言いたくないし。」
 本音はそれだろう。やはり芹も良い気分では無いのだ。仕事と言って沙夜が他の男に会っていることが。そんな芹が可愛そうにすら思えてくる。
「芹って聞き分けが良いふりをしているだけじゃ無いの?」
 その言葉に芹の手が止まった。そして沙菜の方を見る。
「お前もその沙夜に嫉妬するの辞めろよ。沙夜と別れさせたいのか。でも別れないけど。」
「最近セックスしてないんでしょ?」
 面白そうに言う沙菜に、いらつきすら覚える。芹はそれでも留まった。
「してないよ。フェスから帰ってきたときだって疲れて寝てたし。」
「デートも出来ないんだ。」
「この間辰雄さんの所へは一人で沙夜は行ったけど、別に二人揃ってじゃないといけないことだって無いんだし。」
 あの時間が唯一恋人の気分で居れる時間なのに、ちょうど芹の都合が悪かったのだ。詩集の出版が大詰めになっているのだから。
「あたし、代わりにセックスしても良いよ。」
 すると芹はため息を付いて言う。
「お前、そんなことを他で言うなよ。沙夜の代わりも居ないし、沙菜の代わりだっていないんだから。」
 そんなことをいう男を初めて見た。いつも男は、沙夜の代わりにしても良いよと言えばホイホイ付いてくる男ばかりだったのに。
「……。」
 それだけ沙菜のことも考えているし、それ以上に沙夜が好きなのだ。それが羨ましいと思う。
「お、焼けてきたな。どれくらい焼けば良いんだろう。とりあえず火を弱くしてと。」
 作り置きをしていなかったのは出来たてが美味しいからと言う沙夜の心遣いだろう。そういう優しさが好きだった。
「芹さ。あたしには全然興味ない?」
「んー……。」
 すると芹は火を弱くして、ため息を付いた。
「興味ないことは無いよ。お前のすげぇ上手かったし。沙夜にも教えてるんだろ?」
「うん。なんだかんだ言ってもやっぱり体の関係って重要だし。」
「お前には付き合うと絶対セックスが付いてくるんだな。」
「もちろん。」
「俺、別に要らないんだよ。」
 嫌なことしか浮かばなかった。セックスをすれば紫乃を思い出すから。だが沙夜は紫乃とは違うと言える。手慣れて無くて、それ以上に沙夜が好きだと思えるのだから。だが沙菜にはその言葉が驚きだったようだ。
「要らないの?」
「嫌なことしか思い出さない。お前に言ったことがあるだろ?紫乃って女のこと。」
「兄嫁だって言ってたよね。」
「うん。」
「その人はそんなに手慣れていたの?」
「慣れてた。あの女から「AV男優になれる」って言われたわけだし。」
「あたし、そんな無神経なことは言ってないつもりだけど。」
「その辺はお前にも常識があるみたいだ。けど……この前のは、沙夜のことを思えばすることじゃ無かったよ。」
 その言葉に沙菜は口を尖らせた。
「そんなに姉さんに操を立ててる割には、朝倉さんって女の子にはチャラチャラしててみっともないわ。」
「るせぇな。別に好きでしてんじゃねぇから。」
「だったら何なの?下心が無ければ連絡先なんて交換しなきゃ良いのに。」
 芹はため息を付くと、フライパンの蓋を開ける。そしてホイルを少し剥がした。そして中の具材をチェックすると、火を止める。
「芹ってあれじゃん。姉さんとか朝倉さんみたいな性にあまり知識が無いような人が好きなだけじゃん。何でもかんでも知っている人を相手にすると、自分のぼろが出るから嫌だって思うわけでしょ?」
「ぼろって……。」
「そんなことを考えないで、ちゃんと自分の欲望に正直になれば良いのに。」
 ホイル焼きを皿に移して、芹は沙菜の方を見る。
「お前、そんなに自信満々なのか?沙夜よりも良い気持ちにさせれるって自信があるんだよな?」
「あるよ。じゃないとこんな仕事してないもん。」
 そう言って沙菜は自分が出ているソフトのパッケージを見せる。すると芹は、ため息を付いて沙菜に言う。
「だったら、沙夜より濡れるって自信があるのか?沙夜より感じるって自信はあるのか?あいつ相当敏感なんだけどさ。」
 すると沙菜は前に沙夜とセックスをした誠二の言葉を思い出す。誠二も同じようなことを言っていた。
「それは……。」
「出来ないことを言うんじゃねぇよ。俺とするよりもお前、翔が好きだったんじゃ無いのか。翔とすることを考えれば良いんだよ。そしたら俺も不安材料は一つ無くなるわけだし。」
「翔は姉さんしか見てないじゃん。EDなのかって思っちゃう。」
「……お前なんかに好かれてる翔が、可愛そうだな。」
 ホイル焼きが載った皿をダイニングテーブルに運ぶ。そして皿を置いたとき、沙菜の足が芹の足を踏みつけた。
「いてっ。何するんだよ。」
「あんたなんかに姉さんが好かれてるのもものすごい凄い迷惑。姉さんも他の人を見れば良いのに。」
「何だって?」
「母さんが姉さんの結婚を許さない前に、あたしがあんたが身内に来るのが嫌だわ。さっさと別れてよ!」
「別れねぇよ。」
「だったらあんた、今日この時間まで何していたのか言える?」
 その言葉に芹は言葉を詰まらせた。そして沙菜の方に背を向けると、箸を持ってきた。
「お前には関係ねぇよ。」
「姉さんにも言えないんでしょ?やましいことがあるから?あの朝倉さんって子に……。」
 すると芹は沙菜の方を向くと、首を横に振った。そしてにらみつけるように言う。
「お前、部屋に戻れよ。せっかくの飯がまずくなる。」
 その言葉に沙菜はため息を付いてそのままリビングを出て行った。そして芹は一人でその食事に箸を付ける。
「……。」
 まだ何も言えない。沙夜にも沙菜にも誰にも言えないことがまだ芹にはあったのだ。苦しくても手を差しのばすことは出来ない。そう思いながらホイル焼きの鮭に箸をのばした。芹が鮭が好きな事を沙夜は知っていて、わざわざ買ってきてくれたのだ。そんなに優しい沙夜にもまだ何も言えなかった。
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