触れられない距離

神崎

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北の大地の恵み

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 今度の「二藍」のアルバムにはインストの曲を入れる。シンセサイザーを扱う翔だが、ピアノを遥人が弾くらしい。昔、民謡の教室へ言っていた遥人だったが、それと同時にピアノ教室へも通っていたのを沙夜は知っていたのだ。だが弾いていたと言っても相当前の話で、指が動くかどうかももうわからない。何処を押せばどの音が鳴るかくらいしかわからず、たまに音を取るためにキーボードを鳴らすくらいのレベルなのに、一曲弾くというのはかなり無謀だと思う。
 だから映画やモデルの仕事をしながら、ピアノの練習をしたい。その練習を沙夜が見るというのだ。確かに奏太や翔もそれを出来るのかも知れないが、奏太はもうあまり「二藍」の活動に関わらないし、翔は自分のことで手一杯なのだ。
 そしてその練習をする場は、K街にある練習スタジオでそこにはピアノが置いているのだという。
 練習が終わったら一馬が沙夜を迎えに来れば良い。そして二人きりになれるだろうというのが、遥人の「協力をする」という意味だった。それに一馬は感謝しないと行けない。
 誰がどう見ても不倫なのだ。応援なんか出来るはずは無いのに、遥人は背中を押してくれる。味方などいないと思っていた。だが遥人はわかってくれていて、こういう人が味方になってくれるととても心強いだろう。
 そう思いながら一馬はランニングを終えて、ホテルに戻っていく。するとそのロビーで沙夜がバッグを持ってソファーに座っていた。
「おはよう。早いな。」
 すると沙夜は携帯電話から目を離して、一馬を見上げる。
「えぇ。おはよう。ちょっと行きたい所があってね。」
「行きたい所?」
「翔も一緒に行きたいからって言うから待っているんだけど、やはり起きれなかったのかしら。メッセージも返ってこないし。」
「何処へ行きたいんだ。」
「市場よ。朝五時から開いているの。だから五時三十分にここに集合と言っていたんだけど。」
「市場か。」
 きっと海産物が目当てなのだろう。肉よりも魚が好きな沙夜らしいと思う。
「俺も行こう。」
「あら。その格好で良いの?」
 ジャージにTシャツ姿だ。それに髪を結んだだけで、いつもの一馬の格好とは違う。それを沙夜は気にしていたのだろう。
「構わない。沙夜も遊びに行くような格好だ。」
 Tシャツとジーパン姿なのは、市場へ行くのがプライベートのことだからと言うことだろう。
「えぇ。プライベートのことだし。それにしても翔は降りてこないわね。仕方ないわ。連絡も無いし、もう行きましょうか。」
 二人で行けるのだ。格好なんかどうでも良いだろう。だが走ってきて汗をかいている。タクシーの隣に座ったら匂ったりなんかしないだろうか。体臭は、自分ではわからないところがあるし、何より沙夜の隣なのだ。だがシャワーを浴びるような時間は無い。仕方ないだろう。
 それに二人で出掛けられるのは嬉しかった。沙夜はフロントに立っているホテルマンに声をかけてタクシーを呼んで貰おうとしたときだった。エレベーターのドアが開いて、そこから翔がやってくる。
「ごめん。寝過ごした。」
 二人きりでいけると思っていた一馬は心の中でため息を付く。これが治だったり遥人だったりすれば気を利かせてくれるのだろうが、沙夜は翔に遠慮しているところがある。二人にはしてくれないだろう。

「それで?三人で買い物を?」
「あぁ。」
 朝食会場にやってきた一馬は、コーヒーを飲んでいる。そして沙夜も翔も一緒だった。市場で三人は朝食を済ませたのだという。海産物の沢山乗った海鮮丼はとても美味しくてつい朝から食べ過ぎてしまったのだ。
 なのでここではコーヒーだけを飲んでいる。
「で、沙夜さんが欲しかったのって何?」
 遥人はめざしを食べながら、沙夜にそう聞くと沙夜は少し笑って言う。
「鮭が欲しかったのよ。」
「鮭?」
「秋鮭と言ってね。今からドンドン鮭は美味しくなるの。脂がのってくるし。冷凍したモノを注文して、郵送して貰うように手配しておいたのよ。安藤さんのおかげで思ったよりも安かったし、郵送料もおまけしてくれたわ。」
 鮭は芹の好物だ。だから沙夜は無理に早起きしてまで市場へ行きたかったのだろう。翔はそう思いながら複雑な思いを抱えていた。
「一馬も同じモノを?」
 すると一馬は首を横に振った。
「俺は少し違ってな。まぁ……郵送はして貰ったが。」
「何を買ったんだ。」
「結局沙夜も同じモノを買ったか。昆布は。」
「えぇ。あんなに身が厚くて立派なモノを見たら買いたくなるわ。」
「うちのに頼まれていたが、予想以上だったな。」
「えぇ。そうね。」
 一馬も奥さんに頼まれていたようだ。やはり気のせいだったのかと、翔は思いながらカップを置いた。
 一馬は沙夜に惹かれているように思えた。それは不倫の関係かも知れない。奥さんにもう愛情が無いのかと思っていた。だが相変わらず一馬は奥さんが好きで、子供も好きなのだ。
 不倫は全てを壊す。血の繋がった弟の関係もそれでギクシャクしてしまったのだ。そして弟を止めることも翔には出来なかった。結局弟はどこか歪んでいる。そしてそれを自分も止められないのだ。
「ところで、今日の予定だけど。」
 コーヒーのカップを置いて、沙夜は時計を見ながら五人に確認を取っていた。朝食を食べ終わったら六人は街の方へ向かう。地元の新聞社からの取材が来ているのだ。地場の物を売りにしたフェスに出たのだから、そういう取材は一件くらいは来るだろうと思っていたのだ。
「あらかじめ、質問の内容は聞いてあるの。」
 メモをしていた質問事項を五人の前に出すと、純は少し笑って言う。
「ここに来て何が美味かったかって、牛乳。」
「そうか?俺はジンギスカン。」
「トウモロコシご飯とかさ。」
 わいわいと好きなことを言っている。その空気が好きだった。沙夜はふと一馬の方を見る。すると一馬は少し笑って沙夜の方を見た。
 そして少しすると携帯電話にメッセージが届いた。そのメッセージに沙夜は少し笑う。
「今回の埋め合わせを今度たっぷりして貰う。」
 そのメッセージに少し期待する自分がいた。だがきっと一馬の前に芹が沙夜を抱く。普通に反応が出来るかどうかはわからない。芹に一馬を求めてはいけないのだ。沙夜はそう思う度に、手に汗をかくようだった。緊張してはいけないと、自分に言い聞かせながら。

 同じほどの時刻。芹は側に温かいモノがあると目を覚ました。そして一気に目を覚ます。いつもの布団。いつもの光景なのに、布団の中に沙菜がいたのだ。
「沙菜?何で?」
 すると沙菜はその声にすぐ目を覚ました。
「あー。おはよ。」
 そう言って沙菜は布団から体を起こすとふわっとあくびをした。その様子は全く悪びれないように見える。それに芹は焦って沙菜を責めた。
「何でお前がここにいるんだよ。」
「別に良いじゃん。姉さんは居ないし翔も居ないんだし、この広い家に二人なんだから離れて寝ることも無いし。大体、電気代の無駄じゃん。それぞれの部屋にエアコン効かせてさ。」
「駄目だって。何言ってんだよ。さっさと出て行け。」
 すると沙菜はいたずらっ子のように、芹の方へ近づく。芹は立ち上がって布団をしまおうとしていたのだが、それを沙菜が止めると後ろからそこに手を伸ばす。
「あら。朝立ちしてんじゃん。」
「辞めろよ。」
 いきなり股間に手を伸ばされて、芹は沙菜の手を邪険に振り払う。
「結構大きい。それにテクニックだってあるんでしょ?姉さんは満足してるんじゃ無い?」
「お前には関係ねぇよ。さっさと布団から出ろって。」
「溜まってるんじゃ無いの?抜いてあげようか?手と口で。まさかセックスしたりしたら姉さんに悪いだろうし。」
「話が通じねぇのか。出て行けって言ってんだよ。おい……。」
 すると沙菜はまたそこに手を伸ばす。そして絶妙な力加減でスウェットの上からそこに触れてきた。
「凄い。ガン立ちしてきてんじゃん。」
「辞めろって。」
「あぁ。このままだったらパンツの中で果てるから?じゃあ脱げば良いのに。」
 そういう女なのだ。男がいないと生きていけないような女。そんな女を芹は知っている。そしてその手つきもその女よりも手慣れていて、ゾクゾクするほど気持ちが良い。徐々に抵抗する手の力が弱くなるのを沙菜は感じ、そのままスウェットに手をかけ、下着にも手をかける。
「凄いじゃん。体に合ってない大きさでさ。」
 ふふっと笑い、芹の性器に手を直接かける。その感覚に、芹は目を閉じた。
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