触れられない距離

神崎

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卵焼き

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 翔をスタジオへ置いた五人は会社の方へ向かう。それぞれに用事があるからだ。ここから会社までは大した距離は無い。なので歩いて行っているがその間も道行く人から振り返られている。
「「二藍」の人達だ。めっちゃ格好いい。」
「サイン欲しいなぁ。」
 そう言われるが、実際にサインを求められたことは無い。沙夜がずっとガードをしている部分もあるのだから。それがいきすぎて、沙夜は何度も怪我をしたりしていた。刺されて入院をしたこともあるのだ。
「奏太の担当しているバンドは、結局翔に曲を書いて貰うのか。」
 純はそう聞くと、沙夜は頷いた。
「えぇ。デモをさっき貰ってね。曲は聴いていないけれど、「二藍」がするよりは少し簡単なモノにしているとは言っていたわね。あとは望月さんと連携を取ってくれれば良い。」
 翔と奏太のことなのだ。沙夜が関わることでは無い。
「治は植村さんの所のバンドのドラムとレッスンするだっけ。」
「うん。また基礎を見直したいんだって言ってたけど、あぁいうのはさ、教える方だって基礎の見直しになるし。」
「わかる。遥人は?」
「俺はあそこでただの次の仕事に行くまでの待ち合わせだよ。マネージャーと。一馬と純はライブの打ち合わせだっけ?俺の後輩は結局デビュー出来なかったみたいだな。」
「らしいな。素行が悪すぎると言っていたが。」
「自業自得。」
 その言葉を聞いて治は少しほっとしていた。同じ建物に一馬と沙夜は入るのだが、目的は全く違うのだ。だが口裏を合わせたりしないだろうか。
「沙夜さん。ちょっといい?」
 遥人がそういうと沙夜は不思議そうに遥人の方を見る。すると純が焦ったように遥人を止めようとした。
「遥人。良いからさ。」
「でもやっぱ俺、黙ってようと思ってたし、純も全然気にしていないように思ってたからやり過ごそうかと思ったけど、やっぱ無理だわ。」
 その言葉に沙夜は違和感を持ちながら二人を見る。
「どうしたの?」
「さっき、俺らラジオ番組に出たんだけどさ。そのスタジオでえあらか様に純が嫌がらせを受けているみたいに思えて。」
「嫌がらせ?」
 いつかの年末に呼ばれたDJがする番組だったと思う。あのDJが嫌がらせをするとは思えないが、そういう人だったのだろうか。
「良いよ。遥人。俺そんなに気にしていないし。」
「駄目だって。純。これから純が出ないにしても、他のメンツがいった時に同じようなことがあると困るんだよ。」
「……。」
 DJと打ち合わせをしていても、DJは普通だったと思う。だがおかしいのはスタッフの方だった。
 遥人には水や弁当を用意していたのに純には無かったり、あらか様に三十代で金髪だというのがおかしいと若い女が「痛い男」だと聞こえるように陰口をいっているのが気になったのだ。
 遥人だって髪の色や髪型はコロコロ変える。それは役者をしているからだということもあり、変えているのもあるのだ。だが純の場合は金髪はこだわりのようなモノがある。純にとっての決意だったのだ。
「……夏目さんはその仕事をして嫌だと思う?」
「あれさ。別に俺に言われたんじゃ無いと思うし。弁当だって水だって、別に俺要らないしさ。」
「そんな問題じゃ無い。純だって俺のバーターだって言われるの嫌じゃ無いのか。」
「事実じゃん。俺一人なら呼ばれないよ。」
 元々純はそんなモノに興味が無かったが、最近翔はスタジオに籠もりっきりで、滅多に外に出ないので代わりに純を呼んでいるのだ。純は口を開けばマニアックな話に持って行くが、それ以外は普通の男だと思う。
「でもそういうのを言われるのは心外ね。ラジオ局には話をしておきましょうか。」
「そうしてくれる?もしそれが本音だったら俺も出たくないって。」
 自分たちのした軽率な行動で、ラジオ局がアーティストに嫌われるのはあちらとしても心外だろう。どうやって言い訳をするのだろうか。しかし遥人に関しては沙夜は遥人のマネージャーと話をしないといけないだろう。
「それはそちらのマネージャーさんに聞いて欲しいわ。」
「どうかな。俺の方が仕事となれば入れてくれてて言ってるわけだし。」
 遥人は仕事となればある程度選んでいるが、あまり制限をしていない所もある。これくらいの嫌がらせであれば、もしかしたら許容範囲だといわれるかもしれないのだ。その辺は沙夜も遥人のマネージャーから話を聞かないといけないだろう。
 やはり今日は少し遅くなりそうだ。沙菜は写真集か何かの撮影で海外へ行っている。翔と芹だけなら、おのおので食事をして欲しいと思っていた。
 そして手帳にそれを記すと、五人で会社の中に入っていく。

 遥人はそのまま駐車場へ行き、純は一馬と共に別部署に。沙夜はそのままハードロックの部署に治と共にやってきた。するとデスクにいる奏太が珍しそうに治を見る。
「久しぶり。何か用事?」
「私たちに用事じゃ無いわ。」
 沙夜はそう言ってバッサリと切ると、植村朔太郎に声をかける。
「植村さん。」
 すると朔太郎は少し笑って治に話を持ってくる。
「すいませんね。フェスの前で忙しいのに。」
「それはそちらも一緒でしょう?どこでしたっけ。そちらのフェスの会場。」
「大きな湖があるでしょう?発起人はほら、あの有名なアーティストの人で。」
 沙夜達が呼ばれたフェスは地元の企業が地元を盛り上げるためにするモノであり、朔太郎達が呼ばれたモノは地元を盛り上げようと出身アーティストが地元企業と提携して行われるモノだった。どちらにしても地元を愛する人達がイベントを立ち上げ、それはこの国でも大きなイベントになっている。
 朔太郎の担当するバンドのボーカルである達也は、この土地の出身で声をかけられたのだろう。去年は北の土地のフェスに出たあとにそのフェスに出たのだが、今年は日付がかぶってしまったので北の土地の方であるフェスは「二藍」が呼ばれたのだ。
「知ってます。凄い声量の人ですよね。」
「達也もあの声は見習いたいと言っていて。あの人は本格的に歌を習っているわけじゃ無いみたいなのに、あれだけ歌えるとなると自己努力とあとはセンスかなぁ。」
「かも知れませんね。でもそちらのドラムの人も大学を出ているとか。」
 気になっていたことだった。奏太から聞く話によると、外国のオーケストラの団員になっていた男だが、すぐにそこを辞めてロックに打ち込んでいるのだという。色んな事情があるようだ。
 だから基礎は出来ているのに、ドラムセットにはそこまで慣れていないのだ。それがその男のコンプレックスになっている。それを払拭させるのに治に習いたいと思っていたのだろう。
 キャリアだけを聞けば治は外国のオーケストラに入ったことは無い。なので朔太郎のバンドのドラマーの方がキャリアは上だが、習いたいということに大分男のプライドが許さなかったのかも知れないが、それ以上に恥をかきたくないというのが本音なのだろう。
「でも、俺なんかが教えて良いんですかね。」
「良いです。良いです。橋倉さんのドラムテクを盗みたいとずっと言っていたし。」
「ははっ。緊張しますね。俺なんかほらこの体型だし、あの姿で楽器も上手かったら相当モテるだろうなと思いましたけどね。」
「あぁでも、あいつは子供がいるんですよ。案外、真面目な男です。」
 その言葉に奏太も頷いていた。結婚式の二次会でドラムの話をしたが、一馬ほどでは無いがストイックな男だと思った。そしてドラムと一緒くらい熱を入れているのはアクセサリーのデザインだろう。有名企業と手を組んで、その男はアクセサリーのデザインも手がけている。朔太郎の担当するバンドは、バンド活動だけに熱を入れているわけでは無いのだ。
 だがその結婚式の二次会で自分たちの実力があらわになった。だからプライドも何もかも捨てて治に習いたいと思っているのだろう。そういった意味では、沙夜も奏太もその姿勢を真似することは出来ない。
 奏太はプライドが高いし、沙夜は習ってもその通りにすることは無いからだ。
「あっちに行ったあとで良いんですか?」
「えぇ。こっちもフェスがあるし、この日は大丈夫ですかね。」
 卓上のカレンダーと手帳を見比べて朔太郎は治と打ち合わせをしている。その会話に沙夜が加わることは無い。本人達の仕事や行動は、本人達に任せているから。そしてその仕事内容を沙夜は報告書にまとめるだけ。そう思っていた時だった。
 沙夜のポケットに入っていた携帯電話がメッセージを告げる。鞘はそれを取り出すとそのメッセージをチェックした。そして返信を終えると、またパソコンの画面に目を移す。
「私用のメッセージか?」
 奏太はそう聞くと、沙夜は頷いた。
「えぇ。」
「急用?」
「妹からです。今外国へ行っているんですけど、台風の影響で帰国が遅くなりそうだと。手続きをして、オーバーステイは真逃れたみたいですけど。」
「妹って……日和?」
「えぇ。写真集だとか。」
 AV女優の写真集は、きっとアイドルの写真集とは違う。普段裸になってセックスをしているのだから、今更水着なんか着るのだろうか。
 ちょっとしたエロ本みたいなモノかも知れない。
「台風って、あれだよな。結構大きいヤツが来てて、建物が全壊しているのをニュースで見たけど、大丈夫なの?」
「あの島とは別の島ですから。日和がいるのはそういう建物はあまり無いようですね。観光客向けの島ですから。まぁ……何があってもうちのモノと連絡を取っているみたいですし。」
 芹が連絡を取っているはずだ。それで良いと思いながら、沙夜はまた携帯電話の画面をちらっと見る。そこには沙菜だけでは無いメッセージが届いていた。
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