触れられない距離

神崎

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ジャーマンポテト

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 一馬は一馬なりにずっと我慢していたのだろう。元々あまり人と関わりたくないと思っていたのは、前のメンバーから酷い裏切りを受けたから。もう二度とバンドは組みたくないと思っていたのだが、他の四人は一馬が酷い裏切りを受けたのを知っていてそんな目に遭わせない、絶対裏切らないと言ってくれたのを信用してバンドのメンバーになったのだ。そして家族以上の付き合いをした。腹を割って話せると思っていた。
 だが根底はそうでは無かった。肝心の音楽に対して、自分のこだわりを押しつけたくなかったとも思えたのだ。だから治が早くなろうと遅くなろうと、それに合わせるのが一番波風を立てないで済むと思っていたのかもしれない。
 そんな二人に冷や水をかけるように奏太が口にしたのだ。
「そんなにドラムに合わせないで良い。ドラムが遅くなる、早くなるってのはテンポキープが出来てないからだろう。あんたが引っ張るくらいしろよ。そうじゃないと曲自体が聞かれたモノじゃなくなる。」
 奏太はレコーディングの時もずっとそう言っていた。
 そして一馬はやはり自分が感じていたのは間違いでは無かったと思ってしまったのだろう。だからついそんなことを言ってしまったのだ。
「まぁね……橋倉さんがそういう感じになりやすいのはわかっていたけれど。」
 ライブの時もそうだった。特に南の島へツアーで行ったときには、観客のボルテージも高かったこともあり、冷静に聴けばあまり良い演奏では無かったと思う。
 それでも沙夜は、あのミキサーを担当していた男の言葉で納得していたのだと思う。音楽は聴いている人がどう捉えるかで変わる。聴いている人が楽しめていればそれでいいのだと。幼稚園での演奏会もそうだった。バラバラのカスタネットやタンバリンの音でも、聴いている子供達が楽しければそれでいい。
 「二藍」がしているのは演奏会というわけでは無いのだから。
「沙夜さんも……いや、沙夜もそう思っていたのか。」
 一馬は驚いたように沙夜に聞く。沙夜は「二藍」の音を聴いていてもあまりにも言わないのは気がついていないからだと思っていたから。「夜」として関わるにしても、「これはどうだろう」という提案だけだった。それは違う目線で見る音楽であり、技術的なことは何も口を挟むことは無かったのだ。
「えぇ……。でも言えなかった。」
「どうして?」
「みんなキャリアにしたら、私なんかよりもよっぽどキャリアがあるのよ。特に橋倉さんも夏目さんも講師をしているわ。そしてこれから翔だってそうする話もあるの。そうなると私が言う素人の声なんか聞こえないんじゃ無いかと思ってね。」
「素人じゃ無いだろう。」
「いいえ。批判された音楽よ。私のモノは。」
 まだ沙夜は自分が出来損ないだと思っているのだ。あのインターネットの嫉妬とも言えるような書き込みをまだ気にしている。翔はその辺が強いのだろう。そんな雑音を気にすれば、音楽なんか出来ないと思っているのだ。
「わかっているなら言って欲しかった。」
「望月さんがもうその役割をしているわ。私なんかよりも実力がある人よ。言い方は厳しいけれどね。技術だけを学ぶならそれが良いと思う。「二藍」はそういう集団じゃない?」
 すると一馬は首を横に振った。
「わかった……。」
「え?」
「なぜバンドの中がギスギスしているのか。その技術先行の考え方なんだろう。」
「技術先行?」
 すると一馬は携帯電話を取り出すと、音楽を鳴らし始めた。それは「夜」の音だった。その音に沙夜は驚いたように一馬を見る。
「あなたもそれを聴いていたの?」
「悔しいが、この音を知ったのは裕太からの薦めだった。良い音楽を作る人が居ると言われてな。あいつは、聴く耳だけは持っているようだ。」
 音楽理論なんかくそ食らえだ。音が飛んで跳ねて、なのに急にメロディアスになったりする。現代音楽でもそんな曲はほとんど無いだろう。
「……捉え方だと思うが、俺にはこの音が心地良い。中には雑音という人も居るかもしれないが、俺は好きな音だと思う。自由に表現していて楽しい。音を楽しんでいるように思える。」
「……。」
 沙夜の頬が赤くなる。そう真っ直ぐに褒められるのは慣れていないのだ。特に一馬はそんなことを普段は言わない。本音にしか捉えられなかった。
「ありがとう。お世辞でも嬉しい。」
「お世辞じゃ無い。そして……やはりその技術先行がみんなをバラバラにさせたのかもしれない。技術は確かに大事だが、それに囚われると音楽学通になると思う。大事なのは楽しむことだと思うから。それがこの音に全部組み込まれているような気がする。」
「そうなの?」
「そうだと思う。やはり……沙夜。」
「ん?」
「治にはあんたから言ってくれないか。」
「私から?」
「奏太からでは角が立つ。俺からではまた喧嘩になる。あんたが一番良い気がするんだ。」
「いいけど……私は何を言えば良いの?」
 すると一馬は少し笑って言う。
「基礎は最低限で良い。演奏中は少し冷静になるようにと。」
「……わかったわ。私もそれは感じていたことだし。それに望月さんにも言っておくわ。」
「奏太に?」
「確かに基礎が出来ていないことは、海外へ行っても馬鹿にされるかもしれない。だけど、私の耳にはびっくりするほど出来ていないとは思えないの。それに何より、みんなが楽しんでいると思える。それは観客もそう受け取れるんじゃないのかって思うし。」
 一馬はその言葉に少し笑って言う。
「そう言えば、昔……海外へレコーディングへ行ったことがあって。」
「呼ばれることもあると言っていたわね。」
「そこのプロデューサーに知り合いのコンマスが出ているから行こうと言われて、クラシックのコンサートへ行ったことがあるんだ。」
 野外のコンサートだった。クラシックのコンサートは正装していくモノだと思っていたのに、そのコンサートはジーパンを着ていたり、チューブトップのシャツを着ている女性もいた。芝生に思い思いに腰掛けて、演奏を聴いていたように思える。
「海外のクラシックのコンサート?野外で?それって凄く有名なコンサートよね。何時間もあるような。」
「あぁ。聴いたのは一部だったが、有名な団体が演奏していたと思う。けどその演奏と言ったら多分、素人のオーケストラの方がもっと上手く演奏すると思うくらいだった。」
 それでも観客は、アップテンポのマーチなどを演奏したりしたら手を叩いて喜んでいたと思う。おそらくこのオーケストラの集団は、縦の線を合わせる、チューニングをきっちりすると言うことも出来るのだろうが、それよりもこの大きなステージで見渡す限りの観客をどう楽しませるかと言うことを考えていたのだろう。
「その時、「夜」の音を思い出した。共通して言えることだ。言い方を変えればエゴイストかもしれない。だが自分たちが楽しんで演奏出来ないモノは、観客も楽しめないと思う。」
 何より一馬の奥さんが「良い曲だったね」と笑ってくれるのを見たいと思った。だから音楽を演奏したいと思う。
「そうね。私も音楽を作っていたときは、まず自分が楽しめているかと言うことを考えていたわ。音楽で私は遊んでいたのよ。」
「贅沢な遊びだな。ん?」
 そう言って一馬は手を沙夜の方に伸ばす。すると沙夜は驚いたようにその手を振り払おうとした。一馬が既婚者で、奥さん一筋なのはわかる。だがよく考えたら密室に男と女が二人なのだ。所詮一馬も男なのか。そう思い手を振り払ったのに、一馬はまた沙夜の方に手を差し出す。
「じっとしてろ。」
 一馬は芹の存在を知っている。なのになぜそんなことをするのだろうか。そう思っていたときだった。
 ガッという音がして、二人は車のドアの方を見る。するとそこには奏太の姿があった。
「望月さん……。」
 まずいところを見られてしまった。沙夜はそう思っていたが、一馬は一瞬奏太の方を見て、また沙夜の方に手を伸ばす。すると沙夜の結んでいる髪に手を伸ばすと丸い小さなシールみたいなゴミを取った。
「ゴミが付いていた。」
「あ……あぁそうなの。ありがとう。」
 妙に意識をした自分がおかしいと思う。そう思いながら、沙夜はそのまま奏太の方を見る。
「メイクさんが来てくれたの?」
「あぁ……今、治を当たってもらってる。一馬はあまりいじるところが無いからぱって済ませられると言っていたか。でも早く来てくれよ。」
「わかった。もう話は終わったし、行こうか。」
 二人は車を降りると、車に鍵をかけてエレベーターの方へ向かう。その間奏太は不機嫌そうだった。
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