触れられない距離

神崎

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ブイヤベース

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 保育園での演奏は概ね好評と言ったところだろう。平日の昼間にあったイベントだったが、「二藍」が来ると言うことで保護者も多く来ていたのだ。
 だが演奏したのは、子供向けの童謡やアニメソング。それには子供は笑いながら、時には手を叩いたり、カスタネットなどを持って一緒に演奏していたようだが保護者からは、「イメージと違う」という声が聞かれた。
 帰りの車の中で沙夜はそう言うと、治が呆れたように言う。
「別に親のためにするんじゃ無いんだから良いんじゃ無いの?子供達は喜んでいたよ。ほら特にさ、一馬の息子ってのはわかりやすかったよ。」
 そう言うと一馬は少し笑う。まるで女の子と間違えられそうなショートボブの髪を振り乱しながら、一緒になって騒いでいたのだ。
「今日はぐっすり寝てくれるだろうな。」
 可愛らしい容姿だが嘘のように相当食べるのだ。妻が苦笑いをして「こんな所もあなたに似ている」と冗談のように言っていた。
「いつも寝ないのか?」
「食ってる途中で寝そうになることもあるけど、いざ布団に入ったらいつまで経っても寝ないこともあるから。」
「それって危険だと思うよ。」
 治がそう言うと一馬は驚いたように聞く。
「何で?」
「食ってる途中で寝るのが良くないんだ。食べ物が喉に詰まって息が出来なくなることもある。小さい子供おなら尚更だな。それから飯を食って風呂に入るのか?」
「あぁ。そうしているけど。」
「逆にすると良い。風呂で覚醒して寝なくなるのかもしれないし。風呂に入って、飯を食べて、それから歯磨きをさせて寝るとか。」
「なるほどな。」
 治はそういう事に詳しいのは、育児雑誌からの影響だろう。音楽一本で食べれなかったときに奥さんと結婚したので収入が少ない分、子供の面倒をよく見ていたのだ。それが今になって役になっている。
「子供ねぇ。俺、奥さんは要らないけど子供だけは欲しいな。」
 純はそう言うと、遥人が笑いながらいう。
「お前が面倒を見るの?無理じゃ無い?」
 すると純は口を尖らせていう。
「ゲイカップルからは絶対子供なんか出来ないのはわかってるし親戚の子供でうるさいって思ってたけどさ、今日の子供達は凄い可愛いと思ったよ。一人でも居たら、この子のために頑張ろうって思うだろうし。」
「そんな理由で子供が欲しいなんて言うなよ。」
 助手席に座っていた翔がそう言うと、純は少し笑って言う。
「わかってるよ。言っただけ。本当に欲しいとは思ってないし。」
 すると遥人が気を遣ったように言う。
「純も割り切って女と付き合ったら?」
「いや。無理。」
 そもそもセックスが嫌なのだ。強姦のようにされた初めてのセックスが悪夢で、どうしても女とそういう事をする気になれない。
 男ともセックスをしたことが無い。恋人は居るが尻に入れ込んだことも入れ込まれたことも無いし、最初からそれを英二に言っている。英二は懐が深い男だ。それでも純と一緒に居てもう何年か過ぎようとしている。
 もし沙夜のように性の匂いがしない人だったら良いのだろうかと思った時期もあったが、やはり女の匂いがしなくても女は女だった。近づいてみてわかる。嫌悪感しか無い。
「沙夜。今日は夕食って何にするつもり?」
 ずっと黙って運転をしている沙夜に、信号で停まったタイミングで翔が話しかけた。すると沙夜は眼鏡を取って目を押さえる。少し疲れたのだろう。
「ブイヤベースを作ろうと思って。」
「珍しいね。そういう料理。」
「貝を消費したいの。チゲ鍋なんかに入れると美味しいけれど、沙菜が食べられないし。」
「沙菜がいないときにしようよ。」
「そうね。たまにはね。」
 まるで夫婦のような会話をしているが、同居人の会話なのだ。遥人はそう思いながら、あの夜に奏太に同居をしていると言わなくて良かったと思っていた。そして、沙夜の恋人の話もしなくて良かったと思う。
「そう言えば望月さんは来なかったんだね。」
 翔がそう聞くと、沙夜は眼鏡をかけ直して言う。
「えぇ。あちらで取り次ぎをしてもらっているわ。順調に受け渡しも出来ていて助かる。」
「このまま担当になってもらう?」
「そうね……。」
 芹はそれでもいいと言っていた。体を重ねて、自信が出たのかもしれない。それに沙夜も奏太に転ぶのは嫌だと思うから。
「その時って、こういうイベントとかがあったら望月さんが行くときもあるって事?」
 純がそう聞くと、沙夜は頷いた。
「そうかも知れないわね。」
「相手方に文句言われなきゃ良いけど。」
 まだイベントなんかでは同席しても良いだろうが、テレビ局やラジオ局、出版社などは無理かもしれない。顔と名前を覚えてもらわないといけないのだから。
「みんなは嫌なのかしら。それによっては望月さんは夏までの付き合いになるし、あるとしても海外からのオファーがあったときだけにしてもらうけれど。」
 すると五人は少し黙り込んだ。担当となると、また違うだろうから。
「俺は別にかまわない。」
 一馬がそう言うと、四人は驚いて一馬を見る。
「一馬?本気か?あの男がいても……。」
「音楽的には鋭いところがある。もしかしたら関われば、もっと良いモノになるかもしれない。それに……おそらく基礎を相当やりこんでいる感じがするからな。俺らに足りないモノを的確にアドバイスが出来るかもしれない。」
 信号が青になり、沙夜は車を進める。一馬は自分に厳しいところがあり、この間の練習を根に持っているのだ。
「人間的にはどうかと思うけどなぁ。」
 遥人はそう言うのも、おそらくこの間の夜のことを思い出したのだ。トイレでセックスをするような男だと思い、おそらく純はそれを知れば拒絶するだろう。
「沙夜さんは言っては悪いが、感覚的なところがある。それはセンスみたいなモノだと思うんだ。もちろん、基礎もしっかり勉強していてからのそのセンスだと思うが、俺らの音を聴いても基礎がなっていないとは一言も言ったことは無いだろう。それは、気を遣ってのことなのか?」
 ハンドルを持つ手が少し緊張している。すると沙夜は少し頷いた。
「えぇ。みんなスタジオミュージシャンなり、スクールの講師なんかをしていてそれなりに教える立場でもあった。だからそんなことを口にすれば、プライドが傷つくだろうとは思っていたわ。」
「そんなプライドなんかとっくに捨てたよ。」
 遥人はそう言うと、バッグに入っていたパペットを取りだした。猫のパペットは女の子なのだろう。買ったときよりもレースなんかで飾り付けられていた。こうして子供目線に立って歌を歌うのは、ある程度振り切ることが必要なのだ。遥人はこのイベントでそれが身についたのかもしれない。
「遥人はそれのおかげで子供達から今日は人気だったな。」
 純はそう言うと、そのパペットをおどけたように純に向ける。
「そういう意味では、確かに望月さんを入れるのは良いかもしれない。だけど、沙夜は大丈夫なの?」
 翔はそう聞くと、沙夜は少し頷いた。
「えぇ。大丈夫。」
 明らかに奏太は沙夜を狙っている。それでも沙夜は大丈夫だと言い切れるのは、右手の中指にある指輪があるからかもしれない。あまり上等では無いし、安いのはわかる。だが芹が用意したモノなのだろう。これで男の影があるのはわかるのだ。
「働きにくくない?」
 治がそう聞くと、沙夜は少し笑って言う。
「あなたたちこそ大丈夫かしら。オブラートに包んでいうことをしない人だから、特に橋倉さんは大丈夫かしら。」
「俺?」
「おおらかに見えるけれど、あんな風にズバッていわれたらへこまないかしら。」
「否定はしないよ。でも俺の奥さんが言うほどあの人は言うかなぁ。」
 のんきに構えながら治はそう言うが、一番基礎が出来ていると自信満々なのは治なのだ。それがズバッとなっていないと言われたら、へこむのは目に見えているだろう。
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