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豆ご飯
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商店街で買い物をしていると、芹に声をかけられた。どうやら駅にまで来ていたが、天草裕太に沙夜が話しかけられているのを見て、その場から離れたらしい。そして商店街にいると、沙夜がやってきたのだ。
「何か話をしていたのか。」
「加藤さんの事ね。」
「あぁ。この間死んだって言う?」
「えぇ。何か知らないかとか、とてもしつこいわ。」
「あいつも似たようなモノなのにな。」
買い物をしたモノも芹が持ってくれる。まるで新婚夫婦だと思った。
「一馬さんなら詳しいことを知っていると思うんだけど、私も人づてに聞いた話だしあまり無責任なことは言えないわ。」
「そうだな。でも、あの女さ。」
「貴理子さんという人かしら。」
「あぁ。あいつウェブニュースとか、週刊誌とかの取材で調子の良いことばっか言っているけど、そのコメント欄を見たら散々だな。」
「散々?」
「昔はテレビに出るような女だったらしい。」
深夜のテレビ番組だった。胸の谷間や足などを惜しげも無く披露して、男の鼻の下を伸ばすような要因だったのだろう。
「顔を晒されているの?」
「あぁ、今は顔を晒していないけど、探せばいくらでも出てくる。それからそのテレビの時代にやったことなんかももう少ししたら晒されるんじゃ無いのかな。」
「寝て仕事でも取っていたの?」
「そうみたいだ。まぁ……それも根も葉もないことだけどな。」
寝た人も、堂々とあいつと寝て仕事を斡旋したなど言わないだろう。これもまた貴理子が流している噂のように、自然と消えていくのかもしれない。
「そこまでしてお金が欲しいのかしら。」
「欲しいんだろ。俺をずっと探してたみたいだし。」
「天草さんが?」
「あぁ。実家に帰る度に俺から連絡が無かったかと聞いていたみたいだ。」
そしてこれからも芹はまだ連絡は無い。生きているのは確実で、こちらに金の振り込みがあるのだから心配はしていないという姿勢を崩すことは無いという。
「……ねぇ。やっぱりあまり外に出るのは良くないんじゃ無いのかしら。」
「何で?」
「送ってくれるのはありがたいの。でも……家に紫乃さんが来たのよ。知られないかしら。」
「知られても良いよ。」
「でも……。」
「その時は覚悟を決める。もうあんたらに渡すモノは無いって。帰ってみてわかったよ。実家の父親だって、もう兄に渡す金は無いし今の借金を返済したらここに来ないで欲しいと思ってるみたいだ。」
「でも子供さんで……お孫さんも居るのに。」
「それでもいいんだってさ。それに……俺も、咲良も居るんだ。将来的には結婚すると思う。その時に孫が出来たら無条件で可愛がるからって。」
「そう……。」
すると芹は少し笑って言った。
「作る?孫。」
「は?」
その言葉に沙夜の頬が赤くなる。まだ結婚の約束もしていないのに、いきなり子供を作るという話につい反応してしまったのだ。
今度、イベントに出て欲しいと言われて、クラブへ打ち合わせへ行った。そしてその中の様子、会場の大きさ、スピーカーのチェックをして翔はそのクラブをあとにした。
K町にあるクラブは、おそらく二百人ほどが入れるようなところで、前に望月旭がしていたクラブよりも小規模だった。それでも翔がDJをするわけでは無い。あくまで演奏の延長なのだ。重低音を響かせたクラブ特有の音楽が良い。普段はハードロックの曲を作っているが、本来、翔はこういう音楽が好きなのだ。
生で演奏しても絶対出ないような音。それは自分で作る音なのだ。全てを自分で作れる醍醐味がある。そしてそれを観客が聴き、拍手をしたり声援を送ってくれる。その感覚は、五人では味わえないことだろう。
そう思いながらK町の駅へ向かおうとしたときだった。二人組の男が、翔に声をかける。
「「二藍」の千草さんですよね。」
「はい。」
「花岡さんから加藤啓介さんの話とか聞いてませんか。」
マスコミだったのだろう。手に持っているのはボイスレコーダーだ。それがわかり翔は首を横に振る。
「いいえ。何も。最近は一馬に会うことが無くて。」
「新曲の打ち合わせとかしてないんですか。」
「この間したんですよ。次はもう少し後になりますね。それぞれが忙しくて。」
おそらく何も知らない。それがわかり、マスコミは礼をしてそのまま去って行く。その後ろ姿を見て、翔はため息を付いた。しばらくはこういう騒ぎがあるだろう。一馬はこの町に住んでいるのは都合が良いかもしれない。夜になれば人であふれかえるようなところで、一馬のような人は紛れてしまうからだ。
それに特徴的なあの長髪は、帽子の中にすっぽりと隠すと本当に誰かわからない。ただがたいのいい男だという印象しか残らないだろう。
そう思いながら翔はそのまま駅へ向かおうとしたときだった。向こうから一人の女がこちらに向かってくる。その人を見て翔は少し気まずそうに視線をそらした。だが女の方が近づいてくる。
「有名人だわ。」
「うるさい。」
それは志甫だった。前に「紅花」として歌っていた生気の無い感じとは打って変わり、生き生きとしている。それに洋服も白いロングのワンピースだったのだが、今はジーパンとジャケットを着ている。髪もショートボブまで切られて、翔と付き合っていた頃に戻ったようだ。
「ねぇ。あの南の島でキーボードを弾いていた女の人ってさ、「二藍」じゃ無いよね。何なの?」
すると翔はため息を付いて言う。これくらいなら言ってもかまわないだろうと思ったからだ。
「うちの担当だよ。」
「マネージャーって事?」
「そうじゃなくて……レコード会社の人間で、俺らの担当をしている人。」
つまりは裏方なのだ。だが志甫は首をかしげて言う。
「あれだけ弾けるのに、裏方?翔よりも上手かったように聞こえるわ。」
「うるさい。」
翔にとって、それが一番のネックだった。あの南の島で聞いた沙夜の演奏は、明らかに自分よりも実力があったように思える。聞いた翔がそう思うのだから間違いは無い。
それでも沙夜はそれ以降、鍵盤の前に立つことは無かった。今度六人で音を合わせたいという声すら、まだ実現していないのだから。
「だったらプロじゃ無いよね。うちに来て弾いて貰っても何の問題も無いわけでしょう?今度連れてきてよ。あれだけ弾けるんだったら、店長だって悪いとは言わないでしょ?それに、普通だったら声援を送られて嫌な気持ちにはならないよ。」
「本人が弾きたくないと言っているんだ。それを無理矢理言って弾かせるのが、そっちのやり方なのか?」
イライラしている。志甫はそう思いながら、翔を見上げた。
「何イライラしてるの?」
「お前のそういう所だよ。」
昔から変わらない。何でも自分基準でそれが普通だと思っている。「普通そんなことしないよ」とか「周りだって一緒だよ」とかそんなことばかり言っていた。
「志甫。普通って何だよ。」
「普通って……。」
「それぞれみんな基準があって、やりたくないこととかやりたい事ってのは人それぞれだろう。それなのに、「普通そうしない」とか言われると、自分が一番の基準だと言われているみたいだ。」
「……。」
そう言われて志甫は口を手で塞いだ。翔が手を上げたのを一番の理由にしていた。だが翔は普段声を荒げることも無いし、手を上げられたことも無かった。だがその翔がそうやって手を上げるのは、それなりの理由があったとやっと気がついたから。
「……だから俺、お前とはやっていけないと思った。うつ病寸前だったんだ。その人に向かって、「そんなの誰でもある」と言われたら落ち込むのは当然だろう。」
「ごめん……。そうだったんだね。あたし、気がつかなくて……。」
翔はそんなことを思っていたのだ。それに気がついて、志甫は少し俯いた。
「何か話をしていたのか。」
「加藤さんの事ね。」
「あぁ。この間死んだって言う?」
「えぇ。何か知らないかとか、とてもしつこいわ。」
「あいつも似たようなモノなのにな。」
買い物をしたモノも芹が持ってくれる。まるで新婚夫婦だと思った。
「一馬さんなら詳しいことを知っていると思うんだけど、私も人づてに聞いた話だしあまり無責任なことは言えないわ。」
「そうだな。でも、あの女さ。」
「貴理子さんという人かしら。」
「あぁ。あいつウェブニュースとか、週刊誌とかの取材で調子の良いことばっか言っているけど、そのコメント欄を見たら散々だな。」
「散々?」
「昔はテレビに出るような女だったらしい。」
深夜のテレビ番組だった。胸の谷間や足などを惜しげも無く披露して、男の鼻の下を伸ばすような要因だったのだろう。
「顔を晒されているの?」
「あぁ、今は顔を晒していないけど、探せばいくらでも出てくる。それからそのテレビの時代にやったことなんかももう少ししたら晒されるんじゃ無いのかな。」
「寝て仕事でも取っていたの?」
「そうみたいだ。まぁ……それも根も葉もないことだけどな。」
寝た人も、堂々とあいつと寝て仕事を斡旋したなど言わないだろう。これもまた貴理子が流している噂のように、自然と消えていくのかもしれない。
「そこまでしてお金が欲しいのかしら。」
「欲しいんだろ。俺をずっと探してたみたいだし。」
「天草さんが?」
「あぁ。実家に帰る度に俺から連絡が無かったかと聞いていたみたいだ。」
そしてこれからも芹はまだ連絡は無い。生きているのは確実で、こちらに金の振り込みがあるのだから心配はしていないという姿勢を崩すことは無いという。
「……ねぇ。やっぱりあまり外に出るのは良くないんじゃ無いのかしら。」
「何で?」
「送ってくれるのはありがたいの。でも……家に紫乃さんが来たのよ。知られないかしら。」
「知られても良いよ。」
「でも……。」
「その時は覚悟を決める。もうあんたらに渡すモノは無いって。帰ってみてわかったよ。実家の父親だって、もう兄に渡す金は無いし今の借金を返済したらここに来ないで欲しいと思ってるみたいだ。」
「でも子供さんで……お孫さんも居るのに。」
「それでもいいんだってさ。それに……俺も、咲良も居るんだ。将来的には結婚すると思う。その時に孫が出来たら無条件で可愛がるからって。」
「そう……。」
すると芹は少し笑って言った。
「作る?孫。」
「は?」
その言葉に沙夜の頬が赤くなる。まだ結婚の約束もしていないのに、いきなり子供を作るという話につい反応してしまったのだ。
今度、イベントに出て欲しいと言われて、クラブへ打ち合わせへ行った。そしてその中の様子、会場の大きさ、スピーカーのチェックをして翔はそのクラブをあとにした。
K町にあるクラブは、おそらく二百人ほどが入れるようなところで、前に望月旭がしていたクラブよりも小規模だった。それでも翔がDJをするわけでは無い。あくまで演奏の延長なのだ。重低音を響かせたクラブ特有の音楽が良い。普段はハードロックの曲を作っているが、本来、翔はこういう音楽が好きなのだ。
生で演奏しても絶対出ないような音。それは自分で作る音なのだ。全てを自分で作れる醍醐味がある。そしてそれを観客が聴き、拍手をしたり声援を送ってくれる。その感覚は、五人では味わえないことだろう。
そう思いながらK町の駅へ向かおうとしたときだった。二人組の男が、翔に声をかける。
「「二藍」の千草さんですよね。」
「はい。」
「花岡さんから加藤啓介さんの話とか聞いてませんか。」
マスコミだったのだろう。手に持っているのはボイスレコーダーだ。それがわかり翔は首を横に振る。
「いいえ。何も。最近は一馬に会うことが無くて。」
「新曲の打ち合わせとかしてないんですか。」
「この間したんですよ。次はもう少し後になりますね。それぞれが忙しくて。」
おそらく何も知らない。それがわかり、マスコミは礼をしてそのまま去って行く。その後ろ姿を見て、翔はため息を付いた。しばらくはこういう騒ぎがあるだろう。一馬はこの町に住んでいるのは都合が良いかもしれない。夜になれば人であふれかえるようなところで、一馬のような人は紛れてしまうからだ。
それに特徴的なあの長髪は、帽子の中にすっぽりと隠すと本当に誰かわからない。ただがたいのいい男だという印象しか残らないだろう。
そう思いながら翔はそのまま駅へ向かおうとしたときだった。向こうから一人の女がこちらに向かってくる。その人を見て翔は少し気まずそうに視線をそらした。だが女の方が近づいてくる。
「有名人だわ。」
「うるさい。」
それは志甫だった。前に「紅花」として歌っていた生気の無い感じとは打って変わり、生き生きとしている。それに洋服も白いロングのワンピースだったのだが、今はジーパンとジャケットを着ている。髪もショートボブまで切られて、翔と付き合っていた頃に戻ったようだ。
「ねぇ。あの南の島でキーボードを弾いていた女の人ってさ、「二藍」じゃ無いよね。何なの?」
すると翔はため息を付いて言う。これくらいなら言ってもかまわないだろうと思ったからだ。
「うちの担当だよ。」
「マネージャーって事?」
「そうじゃなくて……レコード会社の人間で、俺らの担当をしている人。」
つまりは裏方なのだ。だが志甫は首をかしげて言う。
「あれだけ弾けるのに、裏方?翔よりも上手かったように聞こえるわ。」
「うるさい。」
翔にとって、それが一番のネックだった。あの南の島で聞いた沙夜の演奏は、明らかに自分よりも実力があったように思える。聞いた翔がそう思うのだから間違いは無い。
それでも沙夜はそれ以降、鍵盤の前に立つことは無かった。今度六人で音を合わせたいという声すら、まだ実現していないのだから。
「だったらプロじゃ無いよね。うちに来て弾いて貰っても何の問題も無いわけでしょう?今度連れてきてよ。あれだけ弾けるんだったら、店長だって悪いとは言わないでしょ?それに、普通だったら声援を送られて嫌な気持ちにはならないよ。」
「本人が弾きたくないと言っているんだ。それを無理矢理言って弾かせるのが、そっちのやり方なのか?」
イライラしている。志甫はそう思いながら、翔を見上げた。
「何イライラしてるの?」
「お前のそういう所だよ。」
昔から変わらない。何でも自分基準でそれが普通だと思っている。「普通そんなことしないよ」とか「周りだって一緒だよ」とかそんなことばかり言っていた。
「志甫。普通って何だよ。」
「普通って……。」
「それぞれみんな基準があって、やりたくないこととかやりたい事ってのは人それぞれだろう。それなのに、「普通そうしない」とか言われると、自分が一番の基準だと言われているみたいだ。」
「……。」
そう言われて志甫は口を手で塞いだ。翔が手を上げたのを一番の理由にしていた。だが翔は普段声を荒げることも無いし、手を上げられたことも無かった。だがその翔がそうやって手を上げるのは、それなりの理由があったとやっと気がついたから。
「……だから俺、お前とはやっていけないと思った。うつ病寸前だったんだ。その人に向かって、「そんなの誰でもある」と言われたら落ち込むのは当然だろう。」
「ごめん……。そうだったんだね。あたし、気がつかなくて……。」
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