触れられない距離

神崎

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水炊き

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 「二藍」はアルバムを一枚出すと、PV集のソフトを出す。もちろんPVは無料の動画サイトにアップされているが、それはあくまで一部だけでそのソフトには、フルの映像とオフショット。それにインタビューなどがあり、ファンにはたまらない一枚になっている。他にもライブのソフトもあり、割とメディアには出てもあまり話もしないしミステリアスなイメージとは違う一面が観れるのだ。
 そのPVをテレビに映し出されると、咲良は驚いてケーキを食べているフォークの手が止まった。派手なハードロックの音。派手なギターの音。バスドラムが効いているドラムの音。ベースの存在感。それを彩るキーボード。そして遥人の歌は、この国の言葉と英語が混ざっているのに、少しコブシが効いている。その声に魅了されているようだ。
「凄ーい。ねぇ。芹兄さん。「Millennium」みたいね。」
 その名前に、治が苦笑いをした。
「また渋いバンドを知っているな。多分咲良ちゃんが生まれる前のバンドだろう。」
 芹はその言葉に少し笑って言う。
「俺らのせいかもな。」
 裕太も芹もすっと音楽が好きだった。いつも部屋では音楽が流れ、母親がうるさいといつも言っていたのを覚えている。だが裕太と芹が好きな音楽は微妙に違う。
 裕太は自分が好きだという音しか聴いていなかったのに対し、芹の好きなモノは幅広く、次第にラジオを聴くようになった。その番組はクラシックから、お笑い、ラジオドラマまで幅広く、だからその音にも厳しくなったのかもしれない。
「本当にバンドマンだったんですね。」
「何だと思ってたんだよ。」
 遥人はそう言うと、咲良は少し笑って言う。
「だって……町を歩いているヤンキーとか○クザみたいに見えるから。」
「はぁ?」
 遥人は文句を言おうとした。だが芹は少し馬鹿にしたように言う。
「首から見える入れ墨がそう見えるんだろ。」
「あ……。」
 そう言って遥人は自分の首を押さえる。確かに入れ墨が目立つので、これがきっかけで何も知らなければヤンキーに見えるだろう。
「自業自得だな。」
「うるさいな。」
 遥人にとって入れ墨は決意だった。もうアイドルに戻らない。歌で生きていくという決意だったのだから。
「……。」
 沙夜はずっとその画像を見ながら思うことがあった。もっとここはこうしたら良かったのでは無いかとか、あの音は不要だったかとか。このソフトの音は、沙夜が絡んでいる。だからこそ妥協はしたくなかったのだが、こうして聴けばもう少しどうにかなったのでは無いかと思えてくる。
「あぁ。もう……。」
 コーヒーを口にして、沙夜はため息を付いた。すると翔が声をかける。
「どうしたの?」
「このアレンジのさっきの部分は、違う音の方が良かったかもしれないと思って。」
「いいや。この音で正解だと思うよ。」
「そうかしら。例えば……。」
 また始まったと、純は思っていた。最近、沙夜と翔は音楽のことでアレンジの言い合いをしている。だが自分だって似たようなモノだ。沙夜とギターの音のことで、言い合いをすることもある。そして最終的には「ギターは素人なんだろう」と言って喧嘩を売ってしまうのだ。そんなときはあとで治からこってりと説教を食らうことになり、そして沙夜も一馬や翔から何か言われている。
 もっとも、スタジオを出るとそんなことはどうでも良いように普通に話をしているのは、ただこの「二藍」のメンバーは音楽に強いこだわりがあるからなのだ。
「あぁ。この曲好きですね。歌詞が良い。」
 咲良がそういったその曲は、芹が歌詞を付けたモノだった。落ちていく花びらにたとえ、落ちてしまったモノはもう元に戻らないと歌っている。それは男女の関係も同じことだろう。
「歌詞は別の人が書いているんですか?」
「委託だよ。曲によって別の作詞家に依頼をしている。」
「そうだったんだ……。」
 まさかその歌詞を書いた人がその横に居るとは思っていなかっただろう。咲良はまたその画面を見ていた。

 ケーキを食べると、「二藍」の五人と咲良は片付けをしてくれた。食事を作ってくれたのや、場所を提供してくれたのでせめてこれくらいはとやってくれたのだ。意外と掃除も遥人は綺麗にしてくれるし、一馬も治も普段しているのだろうか食器などを洗う手つきがなれている。あらかたの掃除が終わると、帰り支度をする。
「純は迎えが来るんだっけ。」
 治はそう聞くと、純を見る。
「あぁ。このまま英二の所へ行こうかと思って。」
 英二というのは純の恋人だった。K町でライブバーを開いていて、そこにはもう志甫がいるはずだ。
「そう言えば、志甫さんは何か言っていたか。」
 南の島へライブへ行ったとき、ずいぶん沙夜にピアノを弾いてくれと随分説得していたように思える。
「志甫が言っていた歌手の音源を聴いたよ。まぁ……悪くないと思うけどな……。」
 一度沙夜が弾いている音を聴いた。沙夜はとても良いピアニストだと思う。だが純から聴いても、沙夜の音というのは少し独りよがりなところがある。誰かと一緒にするというのは難しいかもしれない。
 今度沙夜の音と一緒にみんなで合わせたいとは思うが、きっと五人が沙夜に合わせなければ音楽にならないだろう。
「何?姉さん、ピアノ弾いたの?」
 驚いたように沙菜がそう聞くと、沙夜は少し頷いた。
「ちょっとしたモノよ。ほら、昔、父さんがどこかから貰ってきた小さなキーボードがあったでしょう。あれに良く似たものがあったからつい懐かしくて。」
「へぇ……あれだけもう二度とピアノは弾かないって言っていたのに。」
「ただの気まぐれ。」
 その時表にタクシーがやってきたようだ。運転手が家を訪れる。
「咲良ちゃんは俺と一緒で良いの?」
 治が住んでいるところから近くは無いが迎えに来てくれるので送ろうと思ったのだ。治には馴染みのない下町だった。
「はい。お願いします。」
「そっか。」
 すると遥人が口を出す。
「俺がちゃんと送ってやるよ。」
「え?遥人が?」
「何かと心配だろう?芹さん。」
 確かにその通りだ。紫乃がここまで来たし、咲良を脅していたことも明らかになった。もし帰りに何かあれば、家族にも言い訳が出来ない。
「悪いな。そうしてやってくれるか。」
「良いよ。そのあと、俺もちょっと行きたいところがあったし。」
「うちの近く?」
「あぁ。」
 どんな繋がりがあるのかはわからない。だがそれを詳しく聞くことは無いだろう。
「じゃあ、また五人が集まるのはいつだっけ。」
「一週間後くらいか。新曲の打ち合わせだな。」
「あぁ。また良い曲を作ろう。」
 五人はそう言ってタクシーに乗り込む。そして沙夜達はまた部屋に戻っていった。
「咲良ちゃんって、絶対誤解してたわね。」
 沙菜がそう言うと、芹は不服そうに口を尖らせる。だが沙夜には何もわかっていない。
「何が?」
「翔と姉さんが付き合っていて、あたしと芹が付き合ってるって思ってる。」
「は?」
 それは大きな誤解だ。沙夜はそう思ってそれを否定しようとした。だが芹が首を横に振る。
「俺から言っておくよ。」
「芹?」
「どうせ今度家に帰ろうと思ってたから。」
 その言葉に翔は驚いたように芹を見る。
「家に?帰れなかったんじゃ無いのか。」
 すると芹は首を横に振る。
「いい加減、逃げてても仕方ないだろう。逃げると、結局どこにも逃げ場が無くなるんだろうし……。」
「芹。」
 翔はそう言って芹の方へ近づく。そして芹を見下ろしていった。
「芹が何をしても良いと思う。紫乃さんって人や天草さんに何を言っても良いと思う。だけど……沙夜や沙菜に迷惑はかけないでくれ。」
 その言葉に沙菜は翔の方を見ていった。
「迷惑って……。」
「咲良ちゃんだけじゃ無い。二人に何かあれば、責めるのは芹だから。」
 すると芹は頷いた。
「わかった。」
 何かあれば芹をこの家から出す。翔はそう思っていたのだ。芹が居なくて厳しいかもしれないが、それ以上に沙菜や何より沙夜がボロボロになるかもしれないというのは、翔にとって耐えられなかったから。
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