触れられない距離

神崎

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 ライブが終わり、片付けも一段落したあと、六人はホテルに移動してチェックインをした。ホテルの部屋は三人部屋と二人部屋。そして沙夜だけはシングルに泊まる。
 治、純、翔が同じ部屋に泊まり、遥人と一馬は一緒の部屋になる。トリプル、ツイン、シングルはまた全く違う階になるが、沙夜にとっては都合が良い。それに翔とは顔を合わせたくなかった。
 沙夜はシャワーを浴びたあと、ホテルの窓から海辺を見ていた。キラキラと海岸沿いの波が光っているように見えるのは、海ほたるだろう。それを見ながら沙夜は携帯電話で芹にメッセージを送る。ライブが終わって、今から食事へ行くと。
 すると芹からのメッセージはすぐに来た。明日、楽しみにしていると。
 明日は翔と沙菜、それに芹と一緒に居酒屋へ行く。その時、沙夜は一つ決意をした。翔に全てを話さなければ、きっと翔はまたキスをしたりするだろう。沙夜は望んでいないのに。そう思えば涙が出そうになる。
 沙夜は震える指でメッセージを送ろうとした。ごめんなさいと。だがそれをまだ芹に言えない。芹に言えば芹はどんな行動に出るかわからない。家を出ると言うだろうか。それとも翔を殴ったりするだろうか。そう思ったときだった。
 部屋のチャイムが鳴る。涙を堪えて、ドアの方へ向かった。そして外を見るとそこには一馬の姿がある。
「花岡さん。あれ?みんなは?」
「ちょっと先にロビーに行ってもらった。俺は沙夜さんに少し話があって。」
「何か?」
「ちょっと上がる。」
 そう言って一馬は部屋に上がると、沙夜の方を向いていった。
「何かされたんだろう。あの休憩中。」
「え?」
「翔と目を合わせることも無かった。帰りもずっと話もしなかったし、何より、休憩から帰ってきたあんたは泣きそうだった。そう……今も泣きそうだ。」
 すると沙夜は堪えていた涙を止められなかった。その様子に一馬はタオルを差し出す。するとそのタオルを掴んで、沙夜は声を殺して泣いていた。
「……ごめんなさい。こんな所を見せて。」
 ひとしきり泣いたあと、一馬はため息を付いた。
「翔が手を出してきたか。」
「……軽いモノだったけどね。」
 すると一馬はため息を付いた。
「俺も翔を責められない。俺だって奥さんを寝取ったようなモノだったから。」
 一馬の奥さんは一馬と付き合う前に付き合っていた男がいた。その男と付き合っているときに、一馬は寝取るような形で奥さんと関係を持ってしまったのだ。
 翔はまだ芹のことを知らない。その分、翔は悪いことをしたとは思わないだろう。もし芹と付き合っていることを知っていれば、おそらく翔は沙夜に手を出すことは無いのだから。
「私、どうしたら良いのかわからないわ。そんなつもりで二人になったわけじゃ無いのよ。翔のことを考えて、志甫さんのことは黙っておこうと思っていたの。だけど……。」
「あんたが翔のことを考えて行動したのはわかる。だが翔は二人きりになれるチャンスだと思ったんだろう。翔にとっては願っても無いことだったから。やはり男だと言うことだろう。」
 優しさが裏目に出たのだ。沙夜はため息を付くと、一馬の方を見る。
「どうしたら良いのかしら。」
「俺がどうこう言うことは出来ないと思う。男と女のことは良くわからないし、ただ一つ言えることがあるんだが。」
「何?」
「うちの奥さんはその元恋人と俺がかぶっていたとき、相当苦しい思いをした。恋人の前に立つ度に、自分が淫乱では無いかとか恋人の前に立つ度に偽りの自分を演じていたのが辛かったと言っていた。俺も辛かった。なんせその恋人に普通に会うこともあったんだから。」
「……私もそういう風になりそうだと?」
「だと思う。翔が知らない、芹さんが知らないだけまだあんたに負担がかかっていると思う。」
「……。」
「優しさだけで翔に言わないのは、どちらかというと残酷だろう。あんたの手でゆっくり翔の首を絞めているように見える。」
「わかった……。明日言うわ。明日、四人で食事をするようになっているの。帰ってから。」
「そうしてやってくれ。じゃあ、落ち着いたら下に降りてこい。」
「えぇ。ありがとう。花岡さん。」
 一馬はそれだけを言うと部屋を出て行った。そのあと、沙夜は化粧台の前に立つ。顔がまだ赤い。泣いていたのがバレバレだろう。少し顔を冷やした方が良い。そう思って、涙を拭っていたタオルを、濡らして顔に当てる。だが次々にまた涙が溢れてきそうだった。
 駄目だ。まだ五人の前に立つのだから。いつもの自分に戻らないといけない。沙夜はそう思いながら濡れたタオルにまた顔を埋めた。

 ロビーにやってくると、翔を初めとした五人はもうすでに集まっている。みんなシャワーを浴びてさっぱりした顔になっていた。
「もう十二時になるけど、まだ居酒屋って開いてるのか。」
「朝五時までだってさ。」
「ははっ。凄いなぁ。こっちの酒って……。」
 遥人はそう言って携帯電話を取りだして、酒の銘柄を見ていた。一馬ほどでは無いが、遥人も割と酒が強い方なのだ。
「おぉ。一馬。沙夜さんはまだ来ないか?」
「もう少ししたら降りてくると思うけどな。少し疲れているようだ。やはり今日は早めに切り上げよう。明日の朝に土産は買うか。」
「一馬の所は焼酎か?」
「そうだな。それから、菓子を買っておきたい。」
 妻の実家に送るのだ。妻はそんなことをしなくても良いと言っていたが、こっそり一馬が気を利かせて送っていたのだ。子供の写真も同封して。男の子は奥さんに似るというが、息子はどう見ても一馬に似ている。メンバーも一馬の息子の写真を見せたら、爆笑してこれは絶対一馬の子供だよなと口々に言っていたのを覚えている。
 男だから肌が多少黒くてもいい。だか今度子供が出来るとしたら、女の子で、奥さんに似た白い肌の子供が生まれれば良いと思う。しかしまだその子供は出来そうに無い。
「治。」
「ん?」
 一馬はこっそりジュースを飲んでいた治に話を聞いた。
「今度生まれてくる子供ってのは女だったのか。」
「女だったよ。この間はっきりしてさ。全然付いてないの。上の息子二人の時ははっきり見えてたモノが全然つるつるでさ。」
「ふーん。女ってのは結構難しいよな。」
「何で?俺、姉ちゃん居るけど、超肝っ玉だよ。旦那さんが尻に敷かれててさ。可愛そうなくらいだ。」
「お前は奥さんに尻に敷かれているよな。」
「女は少しくらい強い方が良いのかもしれないな。沙夜さんを見ているとそう思うよ。」
「沙夜さん?」
「……なんか最近ずいぶん不安定だなって思って。」
 その言葉に一馬は少し違和感を覚えた。
「不安定?」
「あぁ、言うなよ。沙夜さんには。いつくらいかなぁ。ほら、正月あたりだったか。結構ぼんやりしていることも多くなったし。彼氏でも出来たのかな。」
 その言葉に翔が反応したようにこちらを見た。だが一馬は誤魔化すように言う。
「どうだろうな。俺らも沙夜さんの全部を知っているわけじゃ無いし、居てもおかしくは無いと思うけど。」
「まぁ、男の一人でも出来てぼんやりするようだったら、居ない方が良いよ。」
 治が冷たくそう言うのもわかる。「二藍」は本人達の自己努力もあるが、それを売り込む沙夜の手もまた重要なのだ。だからもし沙夜に男が出来たとしたら、その男はきっと疫病神だ。沙夜をふぬけにしている。治はそれを危惧していたのだ。
「何?沙夜さんに男が出来たの?」
 遥人はそう言って驚いたように二人を見る。
「かもしれないって事だけ。言うなよ。お前。」
「わかってるって。沙夜さんの彼氏って、俺らが知っている限りだと芹さんかな。」
 すると治は笑って遥人に言う。
「何で?」
「沙夜さんに一番近そうだから。それに……芹さんってライターしているって言ってたけど、そのライターの仕事ってあれだろ?」
 その言葉に四人は驚いて、遥人を見た。
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