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サンドイッチ
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ホールに戻ってくると、大体のセッティングが終わっているようだ。それぞれが音を出してその音をチェックしている。それに合わせてミキサーに座っている男顔とをチェックしていた。このミキサーというのも、地元から連れてきた人で沙夜達と一緒に行動している人だ。ツアーの時は一緒に居て、器用にその音を聞き分けていてボリュームをチェックしている。
そのほかにも照明、公演スタッフなどが色々とチェックしていた。その中心になるのが沙夜であり、その現場のチェックをしている。地方だからと言って手を抜きたくは無かった。
志甫のことは忘れよう。そう思っていたのだが、ついふとした瞬間に思い出してしまう。それは翔が視線に映ってきたからだ。
思わずさっと視線をそらす。その様子に翔は少し首をかしげていたが、沙夜はそう言うところがある。あまり気にしないようにまた機材を当たり始めた。
その時バシッという音がして、沙夜は振り返った。すると純が気まずそうにギターを見ている。
「弦が切れたな。えっと……予備があったと思うんだけど。」
そう言って純はギターをスタンドに立てかけると、舞台から降りていく。それを見て、沙夜は純を追いかけるようにあとを追う。
「夏目さん。」
控え室に入っていった純に、沙夜が声を買えた。
「どうしたの?」
ギターケースに入っている予備の弦を取り出して、純は少し笑う。他の人はここにはいない。
「……ちょっと聞きたいことがあって。」
「何?」
「……あの……さっきコンビニで志甫さんみたいな人に会ったの。志甫さんは「Flower's」にいるのよね。」
すると純はため息を付いて言った。
「居るんだけどね。少し休職をしていると聞いた。」
「休職?」
「地元に帰るって言っていたけれど、こっちの方だったんだな。」
「……。」
やはりあの女性は志甫だったのだ。そしてこの会場の近くに居ると言うことは、おそらく「二藍」が来ていることも翔が居ることも知っているだろう。
「翔と会うことは無いと思う。」
「だと良いんだけど。」
「心配?」
からかうような言葉だった。しかし沙夜は首を横に振って言う。
「志甫さんが歌っているのを聞いたときの千草さんを覚えている?」
「あぁ。生気が抜けたような。」
「そんな状態でライブなんか出来ない。ライブが終わったあとなら良いのかもしれないけれど、そんな状態で……。」
「翔だってプロなんだよ。」
その言葉に沙夜は驚いたように純を見る。
「女がどうのとか、そんなのを気にしながらライブなんかしない。沙夜さんは信じていないの?翔のこと。」
「信じているわ。」
「だったら気を回さなくてもいい。沙夜さんは俺たちが演奏するのをお客さんに伝えられるかってチェックして欲しいから。」
「うん……わかったわ。ごめんなさい。変なことを聞いて。」
すると純は少し頷いて、安心させるように沙夜の肩に触れた。そしてその控え室を二人は出て行く。
リハーサルが終わると、六人は控え室に戻ってきた。これから物販が始まるので、沙夜は会場の入り口のチェックをするのにここには居ない。その間、五人は衣装に着替える。
ツアーの時は衣装と言っても「二藍」の名前になぞらえた藍色のTシャツにプリントがされているのが一緒なくらいだ。あとはブラックジーンズだったりハーフパンツだったりするのは、それぞれのキャラだろう。
そのシャツに翔はベストを合わせている。それは沙夜が勧めてくれたモノだった。特に翔はこれからソロのCDを出すのだ。あまり砕けたモノは着て欲しくないらしい。
衣装に着替えたあと、遥人は買ってくれたのど飴を口に入れる。甘いが、すっとする感触が気持ちいい。
「それ、美味いの?」
治がそう聞くと、遥人はそのパッケージを見て言う。
「甘いけど、これが一番良い気がする。ここでも売って他のは良かったよ。」
「ふーん。医療用ってわけじゃ無いんだな。」
「けど、ほら食い過ぎると腹を下すって書いてある。」
「マジか。」
「あとは蜂蜜だから……。」
純はその会話を聞きながら、少し複雑な気分になっていた。沙夜にはあぁ言っていたが、純も翔のことは心配なのだ。翔は精神的に脆いところがある。もし今日のライブに志甫が来ていて、それを翔が見つけてしまったら。翔は固まって動かないかもしれないのだ。それだけは他の客にも迷惑がかかる。辞めて欲しいと思った。
「翔。」
一馬はベースの弦の調子を見ながら、翔に聞く。
「どうした?」
「お前、ここの土地に来たのは初めてじゃ無いんだろう。」
すると翔は少し笑って言う。
「あぁ、三回目かな。一度目は両親と一緒に旅行に来たよ。小学生くらいの時かな。あの時は持っとこう……外国っぽかった。」
「二回目は?」
一馬が聞くと、翔は少し言葉に詰まったように言う。だが誤魔化したくなかった。「二藍」のメンバーだから信用もしていたし、何より聞いて欲しかった。
「元カノの地元だったんだよ。ここ。」
その言葉に純は驚いたように翔の方を見る。
「翔。それは……。」
その騒ぎに飴のことで盛り上がっていた治と遥人もそちらを見た。
「元カノ?いつの?」
「大学生の頃から付き合ってて、社会人になって会社を辞めたときくらいに別れた。って言うか……出て行ったんだ。」
「翔。その話、今しない方が良い。」
純はそう言うと、翔は首を横に振った。
「一馬は俺が少しおかしいって思ってたんだろう。」
すると一馬はベースをスタンドに立てかけて頷いた。
「リハーサルであんなにミスをすることは無かったのにと思って。それに今までここには来たことが無かっただろう。ツアーをしたときは本土の方が多くて。」
「……うん。」
「ちょっと思い出が多かったから。」
紫乃と一緒に観光地を巡った。小学生の時に来たときよりももっとこの国に染まっていたし、有名な城も立派に建て替えられていた。二人でココナッツのジュースを飲み、見たことの無い魚にも口を付けた。
「観光で来たわけじゃ無いよな。」
遥人がそう言うと、翔は少し頷いて言った。
「いずれ結婚すると思ってた。就職して、落ち着いたらって。けど就職をしたらいつここに来れるかわからない。だから就職前の暇なときに、ここに来て両親に挨拶をしたんだ。」
人の良さそうな両親だった。その祖母という人も居たが、祖母はほとんど何を言っているのかわからない人だったのは、おそらく訛りが強かったからだろう。
「でも別れたんだよな。」
「別れたって言うか……まぁ、同棲してて。あっちが出て行ったんだ。俺がちょっと鬱みたいになったから。」
「……。」
「でも端々で思い出してしまって。ちょっと辛かった。」
「思い出すなよ。お前さぁ。就職してたのって何年前のことだよ。」
遥人はそう言うと、翔は首を横に振って言う。
「そりゃ……そのあとにも付き合った人って居るけどさ。ちょっと強烈だったからさ。その彼女。」
「沙夜さんよりもか?」
一馬がそう聞くと、翔は顔を上げた。
「……沙夜は……。」
「せっかく芹さんもいない状況なんだ。お前の良いところを見せれば、沙夜さんが振り向くと思わないのか。それを昔の女の影響でミスをするようだったら、本当に芹さんに沙夜さんが転ぶだろうな。」
その言葉に翔はぐっと拳に力を入れる。
「わかった。今は忘れるよ。」
「かといって、翔。あまりアドリブ入れないでくれよ。」
治がそう言うと、翔はへらっと笑った。
「わかってるって。」
やっといつもの翔に戻った気がする。だが一馬は自分で言ったことを、自分で馬鹿だと思っていた。
沙夜がもう翔に振り向かないのなんかわかっているのに、希望を持たせるようなことを言ってしまったからだ。
そのほかにも照明、公演スタッフなどが色々とチェックしていた。その中心になるのが沙夜であり、その現場のチェックをしている。地方だからと言って手を抜きたくは無かった。
志甫のことは忘れよう。そう思っていたのだが、ついふとした瞬間に思い出してしまう。それは翔が視線に映ってきたからだ。
思わずさっと視線をそらす。その様子に翔は少し首をかしげていたが、沙夜はそう言うところがある。あまり気にしないようにまた機材を当たり始めた。
その時バシッという音がして、沙夜は振り返った。すると純が気まずそうにギターを見ている。
「弦が切れたな。えっと……予備があったと思うんだけど。」
そう言って純はギターをスタンドに立てかけると、舞台から降りていく。それを見て、沙夜は純を追いかけるようにあとを追う。
「夏目さん。」
控え室に入っていった純に、沙夜が声を買えた。
「どうしたの?」
ギターケースに入っている予備の弦を取り出して、純は少し笑う。他の人はここにはいない。
「……ちょっと聞きたいことがあって。」
「何?」
「……あの……さっきコンビニで志甫さんみたいな人に会ったの。志甫さんは「Flower's」にいるのよね。」
すると純はため息を付いて言った。
「居るんだけどね。少し休職をしていると聞いた。」
「休職?」
「地元に帰るって言っていたけれど、こっちの方だったんだな。」
「……。」
やはりあの女性は志甫だったのだ。そしてこの会場の近くに居ると言うことは、おそらく「二藍」が来ていることも翔が居ることも知っているだろう。
「翔と会うことは無いと思う。」
「だと良いんだけど。」
「心配?」
からかうような言葉だった。しかし沙夜は首を横に振って言う。
「志甫さんが歌っているのを聞いたときの千草さんを覚えている?」
「あぁ。生気が抜けたような。」
「そんな状態でライブなんか出来ない。ライブが終わったあとなら良いのかもしれないけれど、そんな状態で……。」
「翔だってプロなんだよ。」
その言葉に沙夜は驚いたように純を見る。
「女がどうのとか、そんなのを気にしながらライブなんかしない。沙夜さんは信じていないの?翔のこと。」
「信じているわ。」
「だったら気を回さなくてもいい。沙夜さんは俺たちが演奏するのをお客さんに伝えられるかってチェックして欲しいから。」
「うん……わかったわ。ごめんなさい。変なことを聞いて。」
すると純は少し頷いて、安心させるように沙夜の肩に触れた。そしてその控え室を二人は出て行く。
リハーサルが終わると、六人は控え室に戻ってきた。これから物販が始まるので、沙夜は会場の入り口のチェックをするのにここには居ない。その間、五人は衣装に着替える。
ツアーの時は衣装と言っても「二藍」の名前になぞらえた藍色のTシャツにプリントがされているのが一緒なくらいだ。あとはブラックジーンズだったりハーフパンツだったりするのは、それぞれのキャラだろう。
そのシャツに翔はベストを合わせている。それは沙夜が勧めてくれたモノだった。特に翔はこれからソロのCDを出すのだ。あまり砕けたモノは着て欲しくないらしい。
衣装に着替えたあと、遥人は買ってくれたのど飴を口に入れる。甘いが、すっとする感触が気持ちいい。
「それ、美味いの?」
治がそう聞くと、遥人はそのパッケージを見て言う。
「甘いけど、これが一番良い気がする。ここでも売って他のは良かったよ。」
「ふーん。医療用ってわけじゃ無いんだな。」
「けど、ほら食い過ぎると腹を下すって書いてある。」
「マジか。」
「あとは蜂蜜だから……。」
純はその会話を聞きながら、少し複雑な気分になっていた。沙夜にはあぁ言っていたが、純も翔のことは心配なのだ。翔は精神的に脆いところがある。もし今日のライブに志甫が来ていて、それを翔が見つけてしまったら。翔は固まって動かないかもしれないのだ。それだけは他の客にも迷惑がかかる。辞めて欲しいと思った。
「翔。」
一馬はベースの弦の調子を見ながら、翔に聞く。
「どうした?」
「お前、ここの土地に来たのは初めてじゃ無いんだろう。」
すると翔は少し笑って言う。
「あぁ、三回目かな。一度目は両親と一緒に旅行に来たよ。小学生くらいの時かな。あの時は持っとこう……外国っぽかった。」
「二回目は?」
一馬が聞くと、翔は少し言葉に詰まったように言う。だが誤魔化したくなかった。「二藍」のメンバーだから信用もしていたし、何より聞いて欲しかった。
「元カノの地元だったんだよ。ここ。」
その言葉に純は驚いたように翔の方を見る。
「翔。それは……。」
その騒ぎに飴のことで盛り上がっていた治と遥人もそちらを見た。
「元カノ?いつの?」
「大学生の頃から付き合ってて、社会人になって会社を辞めたときくらいに別れた。って言うか……出て行ったんだ。」
「翔。その話、今しない方が良い。」
純はそう言うと、翔は首を横に振った。
「一馬は俺が少しおかしいって思ってたんだろう。」
すると一馬はベースをスタンドに立てかけて頷いた。
「リハーサルであんなにミスをすることは無かったのにと思って。それに今までここには来たことが無かっただろう。ツアーをしたときは本土の方が多くて。」
「……うん。」
「ちょっと思い出が多かったから。」
紫乃と一緒に観光地を巡った。小学生の時に来たときよりももっとこの国に染まっていたし、有名な城も立派に建て替えられていた。二人でココナッツのジュースを飲み、見たことの無い魚にも口を付けた。
「観光で来たわけじゃ無いよな。」
遥人がそう言うと、翔は少し頷いて言った。
「いずれ結婚すると思ってた。就職して、落ち着いたらって。けど就職をしたらいつここに来れるかわからない。だから就職前の暇なときに、ここに来て両親に挨拶をしたんだ。」
人の良さそうな両親だった。その祖母という人も居たが、祖母はほとんど何を言っているのかわからない人だったのは、おそらく訛りが強かったからだろう。
「でも別れたんだよな。」
「別れたって言うか……まぁ、同棲してて。あっちが出て行ったんだ。俺がちょっと鬱みたいになったから。」
「……。」
「でも端々で思い出してしまって。ちょっと辛かった。」
「思い出すなよ。お前さぁ。就職してたのって何年前のことだよ。」
遥人はそう言うと、翔は首を横に振って言う。
「そりゃ……そのあとにも付き合った人って居るけどさ。ちょっと強烈だったからさ。その彼女。」
「沙夜さんよりもか?」
一馬がそう聞くと、翔は顔を上げた。
「……沙夜は……。」
「せっかく芹さんもいない状況なんだ。お前の良いところを見せれば、沙夜さんが振り向くと思わないのか。それを昔の女の影響でミスをするようだったら、本当に芹さんに沙夜さんが転ぶだろうな。」
その言葉に翔はぐっと拳に力を入れる。
「わかった。今は忘れるよ。」
「かといって、翔。あまりアドリブ入れないでくれよ。」
治がそう言うと、翔はへらっと笑った。
「わかってるって。」
やっといつもの翔に戻った気がする。だが一馬は自分で言ったことを、自分で馬鹿だと思っていた。
沙夜がもう翔に振り向かないのなんかわかっているのに、希望を持たせるようなことを言ってしまったからだ。
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