触れられない距離

神崎

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サンドイッチ

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 機材は郵送している。だから荷物は身の回りのモノだけでいい。だとしたら持って行くモノは限られるだろう。翔はそう思いながら、小さめのキャリーケースに下着やシャツを入れていた。
 今日の朝の便で離島へ向かう。そしてその夜にライブをして、その日はその離島で一泊。明日の朝にはここに帰る便に乗る。それは沙夜も一緒に行く予定だった。
 キャリーケースを閉めて、部屋を出る。そしてリビングへ行くと、沙夜と芹がいつもどおり食事の用意をしていた。朝ご飯と夜ご飯。さすがに次の日の朝と昼は用意が出来ないので、下ごしらえだけをしているようだ。まるで遠足にでも行くくらいバタバタしている。
「そのビニールよく揉み込んで、それから冷蔵庫に入れてくれる。そう……それから、このジャガイモを潰してくれるかしら。」
「うん。」
 ダイニングのテーブルにもパンなどが置かれている。今日の昼ご飯のつもりなのだろう。
「沙夜。何か手伝おうか。」
 翔はそういうと、沙夜は少し笑って言う。
「ありがとう。だったらサンドイッチ、作ってくれない?具材はあるから。バターを塗って挟んでいって。」
「OK。」
 脱衣所からは洗濯物を手にした沙菜がやってくる。台所が忙しいので、沙菜が洗濯物を干すらしい。
「沙菜。洗濯物を干すのは良いけど、ちゃんと広げろよ。」
 芹がそういうと、沙菜は笑顔でいう。
「任せてよ。パンってすれば良いんでしょ?」
「本当に大丈夫かなぁ。」
 芹がそういうと、翔が笑いながらいう。
「まずいって思ったら俺が何とかするよ。」
「お願いね。」
 リビングから繋がる庭への窓を開けると、まだ身を切るような風が吹いている。朝はまだ真冬のように寒いのだ。
「これ、持って行くの?」
「うん。橋倉さんが食べたいと言っていたし。」
「こんな時に言わなくても良いのにな。」
 翔はそういって少し笑う。そして手を止めて沙菜が洗濯物を干しているそこへ足を向けた。
「沙菜。それはこうやって……。」
 翔は割と人に教えたりするのが上手だと思う。大学を出て楽器店に就職したと言っていたが、本来だったら教師とかピアノの講師とかそういうモノに向いている気がした。
 そしてふと思い出す。翔に当てた仕事があることに。
「明日帰ってくるんだよな。何時?」
 芹がそう聞いてきて、沙夜は飛行機の時間を思い出す。帰ってくるのは昼くらいかもしれないが、それから会社へ行ったりして結局帰るのはいつもどおりくらいだろう。夜ご飯は用意が出来そうだ。
「いつもくらい。」
「だったらその日は外で食おう。」
「え?」
「翔も同じようなモノだろう。沙菜も泊まりの仕事とか無かったみたいだし、たまには外で食っても良いんじゃ無いのか。個室だったらやいやい言われることも無いだろうし。」
 そういわれて沙夜はふと思い出す。
「この間、部長と会ったときの居酒屋へ行きたいの?」
 あの居酒屋でメニューを見ていたとき、酒のリストを見て芹が笑っていたのを思い出す。あの店は食べ物の評価も良いが、酒の種類も多かったのだ。
「うん。良い酒がありそうだったし。地酒飲みたい。」
 それだけでは無い。沙夜がのんびり離島へ行って旅行するのでは無く、ツアーのためにそこへ行くのだ。観光なんか出来るはずも無く、一息つく暇も無いはずだ。だから帰ってきたときくらい、楽をさせてやりたかった。
「そうね。わかったわ。終わったら連絡をするから。」
「うん。それから……。」
 翔と沙菜の方をちらっと見て、芹は沙夜の方へ近づく。
「早く帰って来いよ。」
「うん……。」
 こそっと言ったその言葉が嬉しかった。待ち焦がれていると言われているようだったから。

 空港の待合ロビーで六人は飛行機を待っている間、沙夜が持ってきたサンドイッチに口を付けていった。持ってきたのは沙夜だけでは無く、治や一馬も奥さんが作ってくれたおにぎりやおかずを持ち寄っている。テーブルにそれらを広げて口にしていると、外国人も多いそこでは少し驚いたような目で見られているようだ。それでも六人は気にしないように、口にする。
「美味い。この唐揚げ。」
 それは治が持ってきたモノだった。治の奥さんは南の方の出身でどうしても味付けが若干甘い。それにニンニクが効いていて、パンチがある味だと思った。
 一馬はそれを口にしてそう言ったのだ。一馬の奥さんはあまりニンニクや辛いものなどは普段口にしない。仕事の前にそんなモノを口にしたら味覚がぶれるからだという。だがそれ自体は嫌いでは無いらしく、休みの前の日はニンニクをまるごと揚げたものなんかを食べていたりすることもあるのだ。
「サンドイッチもボリュームあるよな。買ったヤツだとペラペラでさ。」
「コンビニなんかのサンドイッチは結構そう言うところがあるよな。」
 純と遥人はそう言いながらサンドイッチを口にしている。
「卵が美味しい。」
「あら。あなたが挟んだんだけど。」
 翔に沙夜がそう言うと、翔は苦笑いをして言う。
「具材は沙夜が作ったんじゃ無いか。俺は挟んだだけだよ。」
「何?翔もついにキッチンに入るようになったのか。」
 純がそういうと翔は首を横に振って言う。
「あまりしないんだけどね。普段は芹がいるから。でも今日は相当てんてこ舞いに何でも作ってたように思えるから。」
 その言葉に一馬は表情を変えずに沙夜を見る。まだ翔には告げれていないように思えた。いい加減、この関係を表に出せば良いのに。そう思いながら一馬はポテトサラダに口を付けた。
「あれ?このサンドイッチの具は、きんぴらゴボウ?」
 遥人がそう言うと、翔が口を出す。
「俺が作って欲しいって言ったんだ。」
「パンときんぴらゴボウって合うな。ちょっときんぴらが味が濃いのかな。」
「パン自体も少し塩味があるから、どうかなって思ったんだけどね。成功して良かったわ。」
 和気藹々と食事をしている姿に派手な集団だと思われ、中には「二藍」だと気がつく人も居るだろう。だが声をかける人は居ない。
 良い気分で食事をしているのだ。そこに声をかける人はよっぽど我が儘だろう。
「あの離島さ。焼酎が美味いんだよな。」
「度数が半端ないぞ。辞めておいた方が良い。」
 遥人がそう言い始めて、一馬が止める。実家の酒屋でも取り扱いがあるのだが、あまりの度数の高さに角打ちに来た客ですら戸惑うほどだった。
「焼酎ってほら、スピリットと変わらないだろう。俺、テキーラショットで飲むこともあるし。」
「そういうモノとはまた違う。」
「ふーん。翔は飲む?」
 すると翔は首を横に振る。
「今日は酒は良いかな。ツアーのあとの餃子会まで断酒しようと思ってて。」
「ストイック。見習わないとなぁ。」
 遥人はそう言うと、今度はおにぎりに口を付ける。おにぎりの中には鮭や昆布が入っていて、それは一馬の奥さんが作ってくれたモノだった。きっちり同じくらいの大きさで、形も不揃いでは無い。一馬の奥さんらしい、きっちりして綺麗なおにぎりだと思った。
「沙夜さんは?」
「私はお土産を頼まれているの。お世話になっている人にね。なんて言っていたかなぁ。そっちの方でしか造られていない焼酎があって、その銘柄を頼まれたんだけど。」
「更に離島で作られているモノだったら、もしかしたら本島でも手に入らないかもしれないけど。」
 一馬がそういうと沙夜は首を横に振った。
「そんな難しいモノじゃ無いとは言っていたわ。」
「そうか。」
 頼まれたのは西川辰雄。今度春野菜の植え付けがあるから来ないかと言われているのだ。その時にその焼酎を持って行こう。その時はまた芹と一緒に行けばいい。
 表に出せない関係なのだ。その時くらいは恋人でいたい。
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