触れられない距離

神崎

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栗きんとん

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 芹の荷物はあまり多くない。バッグの中にはノートパソコン、持ち運びが出来るWi-Fiルーター。それに最低限の着替えのみ。
 毎年翔の家には正月に翔の両親が帰ってくる。その間、芹は家にいることは出来ないし実家にも帰れないので、外である程度のことをしていたらしいのだ。
「外って?」
 宿を出て駅へ向かい、電車に乗った。ここから西川辰雄が住む町までは、電車で一本。ローカル線なのにいつも行くときよりは人が乗っているように思えた。みんな大きな荷物を抱えて、実家に帰ろうとしているのだろう。一月二日でもまだ帰省する人は多いのだ。
「適当に泊まったり。」
「泊まる?」
「ネットカフェとか、ビジネスホテルとか。あとは……。」
「女のところ?」
 その言葉に芹は言葉を詰まらせた。確かに女のところに居たこともある。だがそれを沙夜の前で言うほど無神経では居られない。
「……一晩だけだから。連絡も取らないような……。」
「今更何も言いたくないわ。」
 過去なんかどうでも良い。昔の女のことを聞いても仕方が無いのだから。
 ただ昨日、駅で見かけた天草裕太。その隣に居たベビーカーを引く女。色気が歩いているような女だと思った。長い髪は細そうで柔らかそうだった。僅かに茶色で緩やかにウェーブがかかっている。化粧をバッチリしたような感じで、人妻に見えなかった。あぁいう女が芹が好きな女なのだろう。自分には無いものだ。
「また暗い顔をしているな。」
「え?」
 眼鏡の奥の目が悲しそうな目をしていた。また沙夜は人と自分を比較しているのだろう。そんな必要は無い。そのままの沙夜が好きなのだから。
「夕べ抱かなかったのが悪いのか?」
 その言葉に沙夜は頬を染める。夕べ焦って宿にやってきたので、芹は何も用意していなかった。当然コンドームなど持っていない。流れであればセックスをするのだろうが、そうなれば直接してしまうことになる。それだけは避けたい。
 沙夜は沙菜と違ってピルなど飲んでいないのだ。つまり子供を作ろうと思えば作れる状態であり、今子供が出来てしまえば面倒なことになるだろう。
 だから夕べはあの宿に泊まったが、二人は抱き合うだけだった。同じ屋根の下で暮らしていてもこういうことはしたことが無い。
 いくら酒を飲んでも沙夜は変わらないし、芹も沙夜ほどでは無いが自制は効く。四人でリビングで雑魚寝などしたことが無かった。
「そんなことは無いわ。」
「今晩は、西川さんのところに泊まるだろ?で、明日には帰るし……チャンスが無いな。」
「盛りがついた猿じゃ無いんだから。」
「今度生理いつ来る?」
「セクハラ。」
 冗談を言い合いながら二人を乗せた電車は海辺へ向かう。外では海が見えてきたようだ。

 駅について改札口をくぐると、見覚えのある車が目についた。それは西川辰雄のバンだった。その近くの自動販売機には、辰雄と男の子がいる。四,五歳といった所だろうか。辰雄は深い緑のジャンパーを着ている。男の子も似たようなジャンパーを着ているのはこの辺が寒いからだろう。
「やだよ。ジュースって美味しくないじゃん。」
「小さいサイズのお茶が無いんだよ。しかも温かくないし。」
「大きいので良い。」
「お前飲みきらないだろ。」
「だったらサイダーが良い。」
「物産館まで行かないと無いじゃん。」
 お馴染みの光景だ。沙夜はそう思ってキャリーケースを引いて、辰雄達に近づく。
「辰雄さん。」
「おー。来たか。芹も来たんだな。来るかどうかわからないって言ってたのに。」
 そう言えば沙夜は辰雄に芹は来るかどうかわからないと言っていたのだ。表向きには仕事が終わらないからという事で、男女の痴情のもつれとは言っていない。
「仕事はギリギリ終わってさ。」
「良かったな。櫓は見れなかったんだけど、ほら、そこ。」
 そう言ってそこから港の方を指さす。そこにはまだテントなんかの支柱が置かれていた。今日の昼から役場の方へ運び出すらしい。
「あけましておめでとう。昭人君。」
「おめでとう。沙夜ちゃん……と……?」
 芹の方を見て昭人という男の子は少し引いてしまったようだ。確かにうさんくさい男だから仕方が無い。
「芹。」
「芹君?食べる芹?」
「そう。」
「面白い名前だね。僕、山でいつも芹を取ってくるよ。」
「マジか。」
 その言葉に、芹は驚いて昭人を見る。話には効いていたがかなりワイルドな子供だ。辰雄達夫婦は畑や鶏にかまいっきりだったからかもしれないが、昭人はいつも山に遊びに行くらしい。帰ってくれば泥だらけで、それでも山に生っている木の実や草の一つをいつも取ってくるのだ。
 それを毒花や食べれるものなどをより分けて、忍がいつも天ぷらにしたりおひたしにしているらしい。それもまた美味しいのだろう。
 芹の子供時代には無かったことだ。
「春の七草だな。あれは俺も行かないとわからないし。」
「一人で行けるよ。」
「駄目。お前が採ってきたのって、半分は食えないから。」
 何でも口にしてみるし、美味しければ取ってくる。不味ければ吐き出す。そうやって食べれるもの食べれないものなんかを見分けているのだろう。
 確かに沙夜が言うように普通の子供とは全く違うようだ。テレビゲームや動画などには全く興味を示さないらしい。
「で、何を言い合っていたの?」
 沙夜はそう聞くと、辰雄は肩をすくめていった。
「喉が渇いたって言うから自販機でジュースでも買ってやろうと思ったんだよ。でもこいつお茶ですら仕方無しなんだよな。」
「は?子供ってジュースとかの方が嬉しいんじゃ無いのか。」
 芹の子供の時はそうだった。駄菓子屋へ行って、舌が青くなるようなジュースを飲んでいたこともあるのだから。
「こういうお茶は美味しくないよ。うちで淹れたお茶が美味しい。」
「だからお前は家に居ろって言ったのに。」
 辰雄がそう言うと、昭人は頬を膨らませて言う。
「だって沙夜ちゃんに会いたかったもん。」
 その言葉に沙夜は笑顔になって、昭人の目線までしゃがみ込んだ。
「嬉しいことを言うわねぇ。この子は。本当、辰雄さんの息子だわ。おいで。」
 そう言うと昭人は、沙夜の方へ向かって手を伸ばす。そしてぎゅっと沙夜は昭人を抱きしめた。
「沙夜ちゃん。良い匂いがする。」
「温泉へ行ってきたからね。」
「ぽかぽかだぁ。」
 その様子に芹は舌打ちをした。その沙夜の胸の中には今朝まで自分がいたのに、今はそれを昭人が独占している。それに腹が立つのだ。
「妬くな。妬くな。相手は五歳の子供だぞ。」
「うるせぇ。」
 昭人を離すと、沙夜は昭人の頭を撫でる。
「サイダー買ってあげようか。」
「良いの?やった。」
 すると辰雄が沙夜に言う。
「良いのか?」
「別に良いわよ。これくらい。思えば昭人君にお年玉以外を用意していなかったから。」
「ははっ。良いよ。エビを送って来てくれたじゃん。」
 酒とはまた別のモノを用意していたのだ。いつもここに来たらお土産をもたせてくれるのだからと、こういう時は気前が良いらしい。
「それにしても芹さ。」
 辰雄がそう言うと、芹はそちらを見た。
「何?」
「お前その格好寒いだろう。家で何か着るのをやろうか。」
「んー……どうするかなぁ。」
「今晩は雪らしいし、もっと夜は冷えるからさ。」
「そっか。」
 雪が降るのだ。本当だったらロマンチックとか、そんなことを言うのかもしれない。だがここでの雪は死活問題だろう。ロマンとはかけ離れているのだ。
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