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雑炊
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クラブの中は、光と大音量の音楽。そしてVJが流す映像にその場にいる人は酔いしれているようだ。年が明けてしまったので人が少ないかと思ったが、そうでも無いと沙夜は思う。胸元が大きく開いたシャツを着ている女。スキンヘッドからドレッドへあの男。
その一人一人の目を見てみるが、あまり危険な感じはしない。こういうイベントでは良く薬を売っていたりするようなモノだが、そういう人はつまみ出されている。おそらく望月旭は、それを危惧していたのだろう。中には私服警察も居るようだ。ここまで徹底すれば、そういう輩は出入りしにくいだろう。
写真も録音も禁止。どうしても欲しい人はあとからこのときの音源を売ったり、ダウンロードをしたりするらしい。だからだろうか。アーティストも観客に混ざってバーカウンターでドリンク類の注文をしていた。警戒はしていないように見える。沙夜だってここまで徹底したイベントであれば、翔がここに出たいと言っても反対はしないし、会社も反対する理由が無い。
沙夜はそう思いながら翔に続いて中二階に向かう。そこに望月旭がいるのだ。挨拶くらいしないといけない。そう思いながら、その中二階へやってきた。見覚えのあるようリーゼントの男がいる。プロでは無いが、有名なDJだ。普段は普通の仕事をしていて、地元のローカルラジオ番組を担当しているらしい。
ラジオは最近携帯電話からも聴ける。すると地方では無くてもその放送を聴けるので、更に人気が出たらしい。その男が旭と話をしている。この国の人なのかもしれないが、若干濃い顔立ちだ。元々この国の血が半分しか無い旭と話をしていると、どこの国に来たのかと勘違いするようだ。
「だからさ。お前もプロになれば良いんだよ。田舎で細々掃除の仕事とかしているのがもったいないんだから。」
すると男は首を横に振った。
「家庭もあるんです。子供もいるし。何より、俺、前科もありますから。」
「前科一犯くらいゾロゾロいるって。気にするなよ。」
旭は若干軽く見過ぎだ。事務所と契約などをするときには、本人の経歴もその周りもよく見てから契約をするのだから。
この男がどんな事情を抱えているのか知らないが、前科があると言えばどんな事務所でも二の足は踏むだろう。
その時旭は翔の姿が目について、軽く手を上げた。すると男はこれ幸いと、その場をあとにする。かなりしつこく旭に言い寄られていたようだ。
「翔君。」
「お疲れ様です。盛り上がってますね。」
「あぁ。お前も仕事のあとに来たのか?」
「テレビのあとでフェスに出てその足で。」
「そんな人気者に来てもらうなんて嬉しいよ。あぁ。マネージャーさんも来てくれたんだ。」
沙夜も近づいて旭に頭を下げる。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。忙しいのに悪いね。マネージャーさんもこういうイベントは好きなの?」
「というよりは、音が気になってですね。」
「ハードロックだけじゃ無いって事か。」
「えぇ。音楽は広く浅く主義です。」
すると翔が少し笑った。
「広く深くじゃ無い?」
「そんなことは無いわ。アーティストほど詳しくは無いし。」
翔に会って、こんな音楽もあったのかと舌を巻く方が多い。逆に翔が知らないアーティストも沙夜が知っていたりして、夜中中パソコンの前で盛り上がっていることもあるのだ。
「あぁ。これあげるよ。」
旭はそう言って翔に黒い紙の切れ端のようなモノを手渡す。
「何ですか?」
「ドリンクのチケット。そのチケットはついてないだろ?」
確かに二人が持っているチケットはドリンク付きのモノでは無い。西藤裕太が沙夜に都合してくれたチケットもドリンクはついていないモノだった。一杯くらいは飲みたいと思っていたので、好都合だ。
「何でも飲めるんですかね。」
「酒ならな。俺、飲めないし。」
「意外。」
沙夜がそう言うと、旭は少し笑う。
「アレルギーなんだよ。アルコールの。病院での注射の前にアルコールで消毒するじゃん。それでも荒れるくらいだから。」
「本当に弱いんですね。」
そういう体質の人もいるだろう。翔は若干そう言うところがあるのかもしれない。酒を飲んだら酔っていないのに顔がすぐに真っ赤になるから。
「望月さんのステージってこのあとあるんですか?」
「もう少ししたらな。あぁ、そうだ。その時に例のさ「夜」の曲を流そうと思って。」
すると翔は驚いて沙夜の方を見た。だが沙夜の表情は変わらない。冷静にそれを聞いているようだ。
「え……。」
「良い曲なんだよ。ピアノ曲だけじゃ無くて、消える前くらいにはデジタル音も使っててさ。それもめっちゃセンスあるよ。本格的にデジタル音とかの勉強をしたら、俺なんか太刀打ち出来ない。本当、どんな奴なんだろう。」
お世辞かもしれない。またはあぶり出そうとしているのかもしれない。それでも翔は内心焦っていた。沙夜の反応が怖かったから。
「テレビなどでは無く、こういうイベントでも流すんですか?」
沙夜がそう聞くと旭は頷いた。
「前にテレビで流したときは、どんな奴なのかってあぶり出そうとしたところもあるんだ。だけど、今日は違う。純粋にこの音を使いたいから。」
その言葉に沙夜はほっとしていた。そういう考えで「夜」の音を使うのであれば是非使って欲しいと思う。何より、旭の音と重なったときにどんな音になるのか。沙夜自身が気になっていたのだ。
「そうでしたか。では楽しみにしていますね。」
「あぁ。マネージャーさん。」
その場を離れようとした二人に旭が声をかける。
「はい。」
「翔君はともかくとして、マネージャーさんは持ち帰りとか考えていないの?」
この場合の持ち帰りというのは、食品を持って帰ることでは無い。男と一晩限りの繋がりで、セックスをしないかということなのだろう。
だが沙夜の格好はビジネススーツなのだ。しかもいつもどおり地味で、男が声をかけにくいと思ったのだろう。
「そういう事でここに来たのではないので。」
純粋に音楽を楽しみに来た。沙夜はそう言っているようだった。すると旭は気まずそうに苦笑いをする。
一階の端にあるバーカウンターで二人はビールをもらう。そして沙夜はそのまま壁にもたれて、音楽とVJが流す映像を見ていた。音に合わせて映像が流れる。それは曲によって様相が全く違い、サイケデリックなモノもあれば写真を組み合わせたモノもある。
曲も聞き覚えのある曲から、沙夜も翔も知らないモノもある。この曲は何だろう。このバンドはまだ活動をしているのだろうか。そう言い合いながら過ごすのはとても心地が良い。芹とはまた違う感じになる。
だが求めているのは芹であり、翔では無い。
もうフェスは終わったはずだ。芹と沙菜はもう帰ってしまったのだろうか。沙菜に気が無いのはわかるが、自分よりもあんなに魅力的な格好をしていて、セックスに慣れていて、沙夜よりも良いと思わないのだろうか。
そう思うとビールが進んでしまう。一杯だけと思っていたが、もう一杯くらいは飲んでおこう。沙夜はそう思いながら、バーカウンターへ向かおうとしたときだった。
「危ない。」
翔が間一髪で沙夜の体を支えた。床に落ちていたガムテープに足を取られたのだ。
「あ。ごめん。ありがとう。」
その時わっという声がした。中二階にいるDJが代わり、ほかのDJに変わったのだ。この男もまた人気があるらしい。
「翔……?」
周りの人達はその中二階に視線を送っている。それが翔を安心させた。翔は手を伸ばして、沙夜の体を包み込むように抱きしめる。それは一瞬だった。だがその行動に、沙夜は嫌気しか差さない。すぐにその手を振りほどくと、翔を見て言う。
「……ビール。お変わりもらってくるわ。」
そう言って沙夜は足についているガムテープを取り、そのままバーカウンターへ向かった。芹では無い温かさがわかり、沙夜は首を横に振った。
その一人一人の目を見てみるが、あまり危険な感じはしない。こういうイベントでは良く薬を売っていたりするようなモノだが、そういう人はつまみ出されている。おそらく望月旭は、それを危惧していたのだろう。中には私服警察も居るようだ。ここまで徹底すれば、そういう輩は出入りしにくいだろう。
写真も録音も禁止。どうしても欲しい人はあとからこのときの音源を売ったり、ダウンロードをしたりするらしい。だからだろうか。アーティストも観客に混ざってバーカウンターでドリンク類の注文をしていた。警戒はしていないように見える。沙夜だってここまで徹底したイベントであれば、翔がここに出たいと言っても反対はしないし、会社も反対する理由が無い。
沙夜はそう思いながら翔に続いて中二階に向かう。そこに望月旭がいるのだ。挨拶くらいしないといけない。そう思いながら、その中二階へやってきた。見覚えのあるようリーゼントの男がいる。プロでは無いが、有名なDJだ。普段は普通の仕事をしていて、地元のローカルラジオ番組を担当しているらしい。
ラジオは最近携帯電話からも聴ける。すると地方では無くてもその放送を聴けるので、更に人気が出たらしい。その男が旭と話をしている。この国の人なのかもしれないが、若干濃い顔立ちだ。元々この国の血が半分しか無い旭と話をしていると、どこの国に来たのかと勘違いするようだ。
「だからさ。お前もプロになれば良いんだよ。田舎で細々掃除の仕事とかしているのがもったいないんだから。」
すると男は首を横に振った。
「家庭もあるんです。子供もいるし。何より、俺、前科もありますから。」
「前科一犯くらいゾロゾロいるって。気にするなよ。」
旭は若干軽く見過ぎだ。事務所と契約などをするときには、本人の経歴もその周りもよく見てから契約をするのだから。
この男がどんな事情を抱えているのか知らないが、前科があると言えばどんな事務所でも二の足は踏むだろう。
その時旭は翔の姿が目について、軽く手を上げた。すると男はこれ幸いと、その場をあとにする。かなりしつこく旭に言い寄られていたようだ。
「翔君。」
「お疲れ様です。盛り上がってますね。」
「あぁ。お前も仕事のあとに来たのか?」
「テレビのあとでフェスに出てその足で。」
「そんな人気者に来てもらうなんて嬉しいよ。あぁ。マネージャーさんも来てくれたんだ。」
沙夜も近づいて旭に頭を下げる。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。忙しいのに悪いね。マネージャーさんもこういうイベントは好きなの?」
「というよりは、音が気になってですね。」
「ハードロックだけじゃ無いって事か。」
「えぇ。音楽は広く浅く主義です。」
すると翔が少し笑った。
「広く深くじゃ無い?」
「そんなことは無いわ。アーティストほど詳しくは無いし。」
翔に会って、こんな音楽もあったのかと舌を巻く方が多い。逆に翔が知らないアーティストも沙夜が知っていたりして、夜中中パソコンの前で盛り上がっていることもあるのだ。
「あぁ。これあげるよ。」
旭はそう言って翔に黒い紙の切れ端のようなモノを手渡す。
「何ですか?」
「ドリンクのチケット。そのチケットはついてないだろ?」
確かに二人が持っているチケットはドリンク付きのモノでは無い。西藤裕太が沙夜に都合してくれたチケットもドリンクはついていないモノだった。一杯くらいは飲みたいと思っていたので、好都合だ。
「何でも飲めるんですかね。」
「酒ならな。俺、飲めないし。」
「意外。」
沙夜がそう言うと、旭は少し笑う。
「アレルギーなんだよ。アルコールの。病院での注射の前にアルコールで消毒するじゃん。それでも荒れるくらいだから。」
「本当に弱いんですね。」
そういう体質の人もいるだろう。翔は若干そう言うところがあるのかもしれない。酒を飲んだら酔っていないのに顔がすぐに真っ赤になるから。
「望月さんのステージってこのあとあるんですか?」
「もう少ししたらな。あぁ、そうだ。その時に例のさ「夜」の曲を流そうと思って。」
すると翔は驚いて沙夜の方を見た。だが沙夜の表情は変わらない。冷静にそれを聞いているようだ。
「え……。」
「良い曲なんだよ。ピアノ曲だけじゃ無くて、消える前くらいにはデジタル音も使っててさ。それもめっちゃセンスあるよ。本格的にデジタル音とかの勉強をしたら、俺なんか太刀打ち出来ない。本当、どんな奴なんだろう。」
お世辞かもしれない。またはあぶり出そうとしているのかもしれない。それでも翔は内心焦っていた。沙夜の反応が怖かったから。
「テレビなどでは無く、こういうイベントでも流すんですか?」
沙夜がそう聞くと旭は頷いた。
「前にテレビで流したときは、どんな奴なのかってあぶり出そうとしたところもあるんだ。だけど、今日は違う。純粋にこの音を使いたいから。」
その言葉に沙夜はほっとしていた。そういう考えで「夜」の音を使うのであれば是非使って欲しいと思う。何より、旭の音と重なったときにどんな音になるのか。沙夜自身が気になっていたのだ。
「そうでしたか。では楽しみにしていますね。」
「あぁ。マネージャーさん。」
その場を離れようとした二人に旭が声をかける。
「はい。」
「翔君はともかくとして、マネージャーさんは持ち帰りとか考えていないの?」
この場合の持ち帰りというのは、食品を持って帰ることでは無い。男と一晩限りの繋がりで、セックスをしないかということなのだろう。
だが沙夜の格好はビジネススーツなのだ。しかもいつもどおり地味で、男が声をかけにくいと思ったのだろう。
「そういう事でここに来たのではないので。」
純粋に音楽を楽しみに来た。沙夜はそう言っているようだった。すると旭は気まずそうに苦笑いをする。
一階の端にあるバーカウンターで二人はビールをもらう。そして沙夜はそのまま壁にもたれて、音楽とVJが流す映像を見ていた。音に合わせて映像が流れる。それは曲によって様相が全く違い、サイケデリックなモノもあれば写真を組み合わせたモノもある。
曲も聞き覚えのある曲から、沙夜も翔も知らないモノもある。この曲は何だろう。このバンドはまだ活動をしているのだろうか。そう言い合いながら過ごすのはとても心地が良い。芹とはまた違う感じになる。
だが求めているのは芹であり、翔では無い。
もうフェスは終わったはずだ。芹と沙菜はもう帰ってしまったのだろうか。沙菜に気が無いのはわかるが、自分よりもあんなに魅力的な格好をしていて、セックスに慣れていて、沙夜よりも良いと思わないのだろうか。
そう思うとビールが進んでしまう。一杯だけと思っていたが、もう一杯くらいは飲んでおこう。沙夜はそう思いながら、バーカウンターへ向かおうとしたときだった。
「危ない。」
翔が間一髪で沙夜の体を支えた。床に落ちていたガムテープに足を取られたのだ。
「あ。ごめん。ありがとう。」
その時わっという声がした。中二階にいるDJが代わり、ほかのDJに変わったのだ。この男もまた人気があるらしい。
「翔……?」
周りの人達はその中二階に視線を送っている。それが翔を安心させた。翔は手を伸ばして、沙夜の体を包み込むように抱きしめる。それは一瞬だった。だがその行動に、沙夜は嫌気しか差さない。すぐにその手を振りほどくと、翔を見て言う。
「……ビール。お変わりもらってくるわ。」
そう言って沙夜は足についているガムテープを取り、そのままバーカウンターへ向かった。芹では無い温かさがわかり、沙夜は首を横に振った。
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