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ポテトサラダ
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その頃、沙夜は大型のCDショップへ打ち合わせへ向かっていた。新しいアルバムのPRの為にこのCDショップの地下には簡易的なライブハウスがあるのだ。そこで三曲ほど生で演奏をする。そのために打ち合わせになる。
土曜日の昼間。そしてそこにはテレビ局がやってくるらしい。演奏するだけでは無くインタビューもされる。そのほとんどは新しいアルバムのことについてだ。
CDショップを出たあと、今度は出版社へ向かう。雑誌に載る打ち合わせのためだ。その時間までは少し時間がある。その間に少し家に戻ろうとして、駅へ向かった。芹の歌詞の打ち合わせをするためだ。
パソコンに送られてきた歌詞に、担当者が違和感を持ったのがきっかけかも知れない。
「渡さんのモノだからって思ってたけど、少しパンチが無いんだよな。もっと直接的な表現で良いからって言ってくれないか。」
確かに沙夜が読んでも少し違和感があった。別れを意味するような歌詞で、絶望しか無いようなのに、どこか希望があるように見えた。求めているのはそういうモノでは無い。
芹は昔、騙されていたことがある。なのに騙した相手を恨むのでは無く、自分が悪いと思っているところがあった。そんな人を信じた自分が悪いと。
そうじゃない。もし沙夜がそんな目に遭ったら、どれだけその人を責めるだろう。警察に駆け込み、裁判沙汰にでもするかも知れないのだ。それでも芹は「自分が悪い」と黙って姿を消した。自分の言っているように、恋愛経験が少ないからそういう目に遭ったのだと自分を責めることしかしない。自傷の癖が無いだけましか。沙夜はそう思いながら、最寄り駅を降りた。
その時だった。後ろから声をかけられる。
「マネージャーさん。」
振り返るとそこには天草裕太の姿があった。裕太は相変わらず派手な格好で、どこをどう見ても芸能人のように見える。だから行き交う人も裕太を振り返っているように思えた。
「天草さん。」
「仕事?」
「えぇ。別件の仕事があって。」
「この街に?」
「えぇ。」
沙夜が降りたこの沙夜達が住んでいるこの街は、いわゆるベッドタウンで商業施設などはあまりない。唯一ある大型のスーパーがあるだけだった。
「マネージャーさんって、仕事を手広くしているんだね。」
「何がですか?」
「渡摩季っていう作詞家がいるだろう?」
芹のことに思わず言葉を詰まらせた。この男に芹のことを知られてはいけない。
「それが何か?」
「この街にいるのかな。」
絶対隠さないといけない。それがこの男なら尚更だ。
「……どうしてそう思いますか。」
「別に。何でも無いこの街に仕事で来るって事は、君が担当しているアーティストがいるのか。それとも作詞家がいるのか。そう思っただけ。」
「天草さんはどうしてこの街に?」
すると裕太は少し笑って言う。
「仕事では無いんだ。妻の実家がこの街にあってね。ちょっと用事があるから。」
確かにそうだが、妻である紫乃の実家には用事は無い。しかしそう言った方が怪しまれなくて済む。そう思って嘘をついた。
裕太のその嘘を信じて沙夜は、借金でも申し込むのだろうか。金にはだらしない男のようだと信じた。それに真実味がある。一馬から聞くところによると、借金自体は裕太のモノでは無いがサインをしたモノは、結構あるらしい。その返済に追われているのだろうと思ったのだ。
「そうでしたか。では約束もあるでしょうし、私も時間が迫っているのでこれで。」
そう言って沙夜はホームから離れようとした。だがその後ろを裕太が付いてくる。
「マネージャーさん。」
「まだ話が?」
「渡摩季は表に出ない理由があるの?」
「人嫌いなんですよ。限られた人にしか会いたくないと。」
「それが泉さんなら会えると?」
「えぇ。長い付き合いになりましたから。」
「……文章がね。俺の知っている人によく似ているんだ。」
その言葉に沙夜は思わずつまずきそうになった。だがそれを堪える。
「よく似ている?」
「あぁ。」
「誰ですか?それが渡摩季さんだと思ってますか?」
「さぁ、どうかな。」
まるで探るような言葉だ。お互いに隠すところがあり、それを暴こうとしているのがわかる。だがぼろは出させない。芹を守りたいから。
「天草さん。」
沙夜は立ち止まり裕太に言う。
「もし、あなたが思う人が渡摩季さんだとしましょう。それを誰かに言うんですか。マスコミ?インターネット上に拡散しますか?」
「……。」
「そんなことをしたら渡さんはもう書きません。するとこちらの会社にも、出版社にも、他のレコード会社も打撃は大きい。そして誰がそれを言ったのかと追求するでしょう。その時、あなたはどうされますか。」
「どうって……。でも作詞家なんて掃いて捨てるほどいる。音楽だってそうだろう。俺では無くても代わりはいるという世界だ。そして新しいモノにみんな飛びついて飽きてしまうんだから。」
「そう思っているのであれば、あなたはずっと時代に取り残されてしまうでしょう。あなたの代わりはいるのですから。」
「二藍」のメンバーはそうさせないと躍起になっている。それをわかっていないのだろうか。
「……聞き捨てならない。俺が自己努力をしていないように聞こえるな。」
「素人が聴いても、あなたの音は時代に乗り遅れています。そしてチャートが全てを物語っていますよね。」
奥歯がきしんだ音がした。直接言われたように感じる。裕太の音が時代遅れだと。そしてそれを言ってきたのは二人目だった。
「勢いだけでは乗り切れねぇよ。」
それを言ったのは弟。そしてその弟を陥れて、弟は行方不明になったのだ。もっと搾り取れるはずだったのに。
「時間が迫っているので、失礼します。」
沙夜はそう言って改札口へ向かう階段を上がっていく。おそらく行き先は、渡摩季の所だ。つけてやろうかと思ったその時だった。
裕太の携帯電話が鳴る。
「……はい。今から行きます。」
妻の実家があるのはこの街だ。しかし妻の実家には用事は無く、別の所に用事がある。そこの借金はやっと一つ終わるのだ。
もしかしたら裕太は沙夜のあとをついてくるかも知れない。沙夜はそれを警戒して、わざと遠回りをしていつもの街に降り立った。そしてその途中で、八百屋に立ち寄る。
「おや。こんな時間に珍しいね。」
八百屋の主人が驚いたように沙夜を見る。沙夜は少し笑って主人に言う。
「仕事で立ち寄っただけなんです。少しお土産をと思いまして。」
「リンゴにするかい?リンゴが今年は美味くてさ。」
「そうしましょうか。」
仕事中に芹の所へ行くのにそんなお土産をもって言ったことは無いが、そういうことも必要なのだと上司である西藤裕太からは言われている。もっとも、西藤裕太は芹に会ったことは無いが。
「三つください。」
「毎度。」
「あら。今日は奥様はいらっしゃらないんですか?」
「今の時間は整体だよ。腰が痛いんだとさ。少し運動をした方が良いんだけど。それから少し太りすぎなのかな。」
「歳を取ると気をつけなければいけませんね。」
沙夜はそう言うと、そのリンゴが入った袋を手に持ちその代金を払う。
「毎度。そう言えば、西川さんのところへは行っているのか。」
「えぇ。この間サツマイモを収穫しましてね。」
「そっか。あそこの卵も鶏肉も評判が良いんだよ。そこにある居酒屋で出してる。」
「高いってイメージがあったんですけどね。」
「数が少ないからな。二人でしてりゃ、そんなに手が回らないだろう。それに畑もしているんだしな。泉さんのような人がいると助かるんだろうけど。」
興味本位で田舎へ行って手伝おうとする人は多いだろう。だが実際はそんな生やさしいモノでは無い。沙夜も最初の頃は虫一つで驚いていたのだが、それでも数をこなせば慣れていく。
「また来て欲しいって言っていたな。」
「こちらこそお世話になっているんです。この間は食事までご馳走になってしまって。」
「へぇ……。」
辰雄は人嫌いなところがある。農業の手伝いをする人も人を選ぶし、食事まで用意するとなると相当気に入られているのだろう。だが、沙夜を見れば何となくわかる。沙夜もまた人を警戒するところがあるからだ。
土曜日の昼間。そしてそこにはテレビ局がやってくるらしい。演奏するだけでは無くインタビューもされる。そのほとんどは新しいアルバムのことについてだ。
CDショップを出たあと、今度は出版社へ向かう。雑誌に載る打ち合わせのためだ。その時間までは少し時間がある。その間に少し家に戻ろうとして、駅へ向かった。芹の歌詞の打ち合わせをするためだ。
パソコンに送られてきた歌詞に、担当者が違和感を持ったのがきっかけかも知れない。
「渡さんのモノだからって思ってたけど、少しパンチが無いんだよな。もっと直接的な表現で良いからって言ってくれないか。」
確かに沙夜が読んでも少し違和感があった。別れを意味するような歌詞で、絶望しか無いようなのに、どこか希望があるように見えた。求めているのはそういうモノでは無い。
芹は昔、騙されていたことがある。なのに騙した相手を恨むのでは無く、自分が悪いと思っているところがあった。そんな人を信じた自分が悪いと。
そうじゃない。もし沙夜がそんな目に遭ったら、どれだけその人を責めるだろう。警察に駆け込み、裁判沙汰にでもするかも知れないのだ。それでも芹は「自分が悪い」と黙って姿を消した。自分の言っているように、恋愛経験が少ないからそういう目に遭ったのだと自分を責めることしかしない。自傷の癖が無いだけましか。沙夜はそう思いながら、最寄り駅を降りた。
その時だった。後ろから声をかけられる。
「マネージャーさん。」
振り返るとそこには天草裕太の姿があった。裕太は相変わらず派手な格好で、どこをどう見ても芸能人のように見える。だから行き交う人も裕太を振り返っているように思えた。
「天草さん。」
「仕事?」
「えぇ。別件の仕事があって。」
「この街に?」
「えぇ。」
沙夜が降りたこの沙夜達が住んでいるこの街は、いわゆるベッドタウンで商業施設などはあまりない。唯一ある大型のスーパーがあるだけだった。
「マネージャーさんって、仕事を手広くしているんだね。」
「何がですか?」
「渡摩季っていう作詞家がいるだろう?」
芹のことに思わず言葉を詰まらせた。この男に芹のことを知られてはいけない。
「それが何か?」
「この街にいるのかな。」
絶対隠さないといけない。それがこの男なら尚更だ。
「……どうしてそう思いますか。」
「別に。何でも無いこの街に仕事で来るって事は、君が担当しているアーティストがいるのか。それとも作詞家がいるのか。そう思っただけ。」
「天草さんはどうしてこの街に?」
すると裕太は少し笑って言う。
「仕事では無いんだ。妻の実家がこの街にあってね。ちょっと用事があるから。」
確かにそうだが、妻である紫乃の実家には用事は無い。しかしそう言った方が怪しまれなくて済む。そう思って嘘をついた。
裕太のその嘘を信じて沙夜は、借金でも申し込むのだろうか。金にはだらしない男のようだと信じた。それに真実味がある。一馬から聞くところによると、借金自体は裕太のモノでは無いがサインをしたモノは、結構あるらしい。その返済に追われているのだろうと思ったのだ。
「そうでしたか。では約束もあるでしょうし、私も時間が迫っているのでこれで。」
そう言って沙夜はホームから離れようとした。だがその後ろを裕太が付いてくる。
「マネージャーさん。」
「まだ話が?」
「渡摩季は表に出ない理由があるの?」
「人嫌いなんですよ。限られた人にしか会いたくないと。」
「それが泉さんなら会えると?」
「えぇ。長い付き合いになりましたから。」
「……文章がね。俺の知っている人によく似ているんだ。」
その言葉に沙夜は思わずつまずきそうになった。だがそれを堪える。
「よく似ている?」
「あぁ。」
「誰ですか?それが渡摩季さんだと思ってますか?」
「さぁ、どうかな。」
まるで探るような言葉だ。お互いに隠すところがあり、それを暴こうとしているのがわかる。だがぼろは出させない。芹を守りたいから。
「天草さん。」
沙夜は立ち止まり裕太に言う。
「もし、あなたが思う人が渡摩季さんだとしましょう。それを誰かに言うんですか。マスコミ?インターネット上に拡散しますか?」
「……。」
「そんなことをしたら渡さんはもう書きません。するとこちらの会社にも、出版社にも、他のレコード会社も打撃は大きい。そして誰がそれを言ったのかと追求するでしょう。その時、あなたはどうされますか。」
「どうって……。でも作詞家なんて掃いて捨てるほどいる。音楽だってそうだろう。俺では無くても代わりはいるという世界だ。そして新しいモノにみんな飛びついて飽きてしまうんだから。」
「そう思っているのであれば、あなたはずっと時代に取り残されてしまうでしょう。あなたの代わりはいるのですから。」
「二藍」のメンバーはそうさせないと躍起になっている。それをわかっていないのだろうか。
「……聞き捨てならない。俺が自己努力をしていないように聞こえるな。」
「素人が聴いても、あなたの音は時代に乗り遅れています。そしてチャートが全てを物語っていますよね。」
奥歯がきしんだ音がした。直接言われたように感じる。裕太の音が時代遅れだと。そしてそれを言ってきたのは二人目だった。
「勢いだけでは乗り切れねぇよ。」
それを言ったのは弟。そしてその弟を陥れて、弟は行方不明になったのだ。もっと搾り取れるはずだったのに。
「時間が迫っているので、失礼します。」
沙夜はそう言って改札口へ向かう階段を上がっていく。おそらく行き先は、渡摩季の所だ。つけてやろうかと思ったその時だった。
裕太の携帯電話が鳴る。
「……はい。今から行きます。」
妻の実家があるのはこの街だ。しかし妻の実家には用事は無く、別の所に用事がある。そこの借金はやっと一つ終わるのだ。
もしかしたら裕太は沙夜のあとをついてくるかも知れない。沙夜はそれを警戒して、わざと遠回りをしていつもの街に降り立った。そしてその途中で、八百屋に立ち寄る。
「おや。こんな時間に珍しいね。」
八百屋の主人が驚いたように沙夜を見る。沙夜は少し笑って主人に言う。
「仕事で立ち寄っただけなんです。少しお土産をと思いまして。」
「リンゴにするかい?リンゴが今年は美味くてさ。」
「そうしましょうか。」
仕事中に芹の所へ行くのにそんなお土産をもって言ったことは無いが、そういうことも必要なのだと上司である西藤裕太からは言われている。もっとも、西藤裕太は芹に会ったことは無いが。
「三つください。」
「毎度。」
「あら。今日は奥様はいらっしゃらないんですか?」
「今の時間は整体だよ。腰が痛いんだとさ。少し運動をした方が良いんだけど。それから少し太りすぎなのかな。」
「歳を取ると気をつけなければいけませんね。」
沙夜はそう言うと、そのリンゴが入った袋を手に持ちその代金を払う。
「毎度。そう言えば、西川さんのところへは行っているのか。」
「えぇ。この間サツマイモを収穫しましてね。」
「そっか。あそこの卵も鶏肉も評判が良いんだよ。そこにある居酒屋で出してる。」
「高いってイメージがあったんですけどね。」
「数が少ないからな。二人でしてりゃ、そんなに手が回らないだろう。それに畑もしているんだしな。泉さんのような人がいると助かるんだろうけど。」
興味本位で田舎へ行って手伝おうとする人は多いだろう。だが実際はそんな生やさしいモノでは無い。沙夜も最初の頃は虫一つで驚いていたのだが、それでも数をこなせば慣れていく。
「また来て欲しいって言っていたな。」
「こちらこそお世話になっているんです。この間は食事までご馳走になってしまって。」
「へぇ……。」
辰雄は人嫌いなところがある。農業の手伝いをする人も人を選ぶし、食事まで用意するとなると相当気に入られているのだろう。だが、沙夜を見れば何となくわかる。沙夜もまた人を警戒するところがあるからだ。
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