触れられない距離

神崎

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七輪の焼き肉

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 すっかり重くなった荷物を持って、家に帰ってくる。キッチンでは沙夜が、その買ってきた食材を仕分けていた。
「イカのバター焼きにはエリンギとシシトウを合わせよう。それから……。」
 芹は買ってきた塩の袋を見て、沙夜に言う。
「これ炒め物とかにも良いのか?」
「良いけど、一番はドレッシング代わり。」
「ドレッシング?」
「レモン汁みたいな柑橘系の酸味と、塩、それからオリーブオイルでドレッシングが出来るの。レタスももらってるから今日やってみましょうか。」
 そう言うと、沙夜は時計を見る。まだ食事の用意をするのには早い時間だろう。
「私、ちょっとシャワーを浴びてくるわ。」
「何で?」
「凄い汗をかいたから、さっと浴びるだけでもしたいの。ベタベタする。」
 食材を冷蔵庫に入れると、沙夜はそのままリビングを出て行く。その様子に芹も自分の部屋へ行き、一度パソコンの電源を付けた。
 パソコンにはメッセージが届いている。その相手を見て、ため息を付いた。仕事の依頼で良かったと思う。
「明日締め切りの分が……。」
 作詞家のカモフラージュとして、ライターもしている。内容は、音楽関係のこと。最近のヒット曲を量産するアーティストのことから、クラシックやジャズまで幅広く、芹は書いていた。そしてその内容はわかりやすく、おそらく子供でもわかるようにかみ砕いて言葉にしている。渡摩季として作詞をするときとは全く違う文章なのだ。
 それを教えてくれた人がいる。そしてその人とは未だに付き合いがあり、その人のおかげでライターだと言えるのだ。
「芹。」
 外から声が聞こえる。その声に芹は我に返った。
「何?」
 ドアを開けると、沙夜は先ほどとは違う服に着替えて眼鏡を外していた。
「シャワーを浴びる?あなたも汗はかいているでしょうし。」
「そうだな。そうするか。」
 芹はそういって部屋の中に入る。その時沙夜はその部屋で明かりがあるのに気がついた。
「もうパソコンを開いているの?」
「んー……。メッセージだけ気になってさ。」
「あなたも大概仕事人間ね。」
「……あれだな。沙夜は、あぁいうところに行ってずっとリセットしてたんだろうな。」
「リセット?」
 音といえば自然の音だけに聞こえた。雑踏のように騒がしくない。そういう所にいて自分を取り戻したいと思っているように感じた。
「野菜とか魚とかはついでに見えた。」
「ふふっ。わかっていたのね。」
 沙夜はそう言って少し笑った。
「何となくわかるよ。俺も……ずっとここにいるのは苦痛じゃ無いけど、違うところに行けば視線が変わるから。」
 ついて行きたい。沙夜のお気に入りの場所に、また自分が居ることが出来れば良いと思う。そして沙夜の隣にいたいと思う。
「シャワーを浴びたら、散歩にでも行こうか。」
「え?」
「ここに居たら仕事をしてしまうでしょう?それにエリンギを買いたいの。」
「わかったよ。」
 遠く離れたところだったら会うことは無い。だがこの近くでもきっと会うことは無いだろう。こんなベッドタウンにいることは無いのだから。

 きっと沙夜は一人ででも買い物に行けたはずだ。だが芹を誘ってくれた。
 洗濯物を畳んだあとの夕方の時間。二人は並んでいつもの通りを歩いている。自転車の後ろに子供を乗せた女性が通り過ぎた。自転車の前にはバッグや今日の食事に使うであろう食材が乗っている。
「子供が居ると大変ね。」
「作る気は無いみたいな言い方だな。」
「無いわね。」
 沙菜はAVという仕事をしているのだ。不特定多数とセックスをして、それを映像にしているのが仕事なのだから、両親は沙菜がまともに結婚をするわけが無いと思っているらしい。だから沙夜には結婚をして欲しいと思い、もう少ししたらお見合いでもさせようと思っているのだ。
「見合い?」
「余計なお世話だわ。」
 もう眼鏡をかけている沙夜は、そう言って首を横に振った。
「親にしたら、孫の顔が早く見たいって所なんだろうな。」
「嫌よ。親のために結婚するなんてまっぴらだわ。」
「だったら結婚をしたいって思ったこともあるのか。」
 その言葉に沙夜は口を尖らせていう。」
「無いけどさ……。」
 その言葉にあらか様にほっとした。そして辰雄の言葉が蘇ってくる。沙夜を信じているんだろうと。だから何を言っても沙夜は受け入れてくれるかも知れないと。
 だが軽蔑されるかも知れない。顔も見たくないといわれるかも知れない。そう思うときが引ける。
 しかし沙夜なのだ。そんなことを言わない。あの女とは違うのだ。
「沙夜。」
 エコバッグを持った芹が、沙夜に声をかける。すると沙夜は不思議そうに芹を見て言う。
「どうしたの?改まって。」
「家に帰ったらで良いんだ。聞いて欲しいことがあって。」
「聞いて欲しいこと?」
「お前さ……パソコンのメッセージの宛先見ただろ?」
 その言葉に沙夜の表情が固まった。芹当てのメッセージ。そこには「石森愛」との名前があったのだ。愛とは絶対女性の名前だろう。携帯電話では無くパソコンのメッセージでやりとりするような女性なのだ。
「……芹にはそういう女性がいるのよね。今日、本当は良くなかったんじゃないのかって思ってて。」
「良くない?」
「メッセージをやりとり出来るような女性がいて……他の女と出掛けるなんてね。」
 沙夜の目が少し俯いた。
「けど遠慮するんなら、こうして更に出掛けたりしないだろう。」
「うん……その通りね。」
 沙夜はそう言うと芹から目を離した。
「帰ってから話を聞くわ。外では話が出来ないことなんでしょう?」
「うん。」
「聞くわ。」
 どんな過去があるのかわからない。だがそのことは芹は誰にも言っていないのだ。一番近い翔も詳しい話はしていない。軽蔑されるのが嫌だったから。
「……沙夜。」
「ん?」
「見合いなんてしないよな。」
「しないわよ。両親が勝手に言っているだけ。それに……両親は多分、私か沙菜に子供が出来たら今度こそはって思って居るみたい。」
「今度こそは?」
「芸能人にさせたいんですって。それかモデル。可愛い、可愛い、格好良いとかいわれてちやほやされる芸能人の親が駄目だったから、祖父母って言われたい見たいね。」
「見栄っ張りだな。」
「知らない。関わりたくないわ。」
 子供の人生も自分のモノだと思っていた両親なのだ。今度はそれを孫にも求めようとしている。二人の子供は見事に裏切ったのだから。
「それに、芸能人ってあまり良い立場でも無さそうに見えるよ。」
「人によってって事かしらね。栗山さんのように完全に芸能人になっても自由本坊な人って居るし。翔のように他人と話すのも警戒する人も居る。まぁ……翔はつけ込まれやすいわね。」
「何で?」
「こういってはなんだけど……楽器のメーカーに勤めていた時期があるのよね。」
「そう言っていたな。」
「音楽業界と楽器業界って言うのは、懇意にしないといけない。だから翔の情報がこっちに流れてくることもある。」
「嫌な情報か?」
「その通りよ。大方のことは聞いたわ。寝て仕事を取ってたとか、女子社員にすぐ手を出していたとか。」
「根も葉もない噂だろう?」
「だと思うわ。でもそういう噂を流すって言うことは、楽器のメーカーも自分たちが押すアーティストを売り込んで欲しいって思っているから。そのためには翔をはじめとした「二藍」が邪魔なのよ。」
「……。」
「それに翔はそんなことをするわけが無いわ。」
 翔をそこまで信じているのだ。それは翔が沙夜を信用して自分のことを話をしたからだろう。自分だって信じて欲しい。何一つ言わないのが卑怯に思えるから。
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