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ポテトコロッケ
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コーススローにする予定のキャベツの千切りとにんじんの千切りを塩でもんでいたモノを、手でぎゅっと絞る。すると水分が出てくるのだ。
「へぇ。こんなに水気って出てくるんだな。」
野菜を絞っていた芹は感心したようにそれを見ていた。その間沙夜はコロッケを上げるためにフライパンに油を入れて熱した。
「揚げるのに油って少なすぎないか。」
その量を見て、芹は言うと沙夜は首を横に振る。
「揚げると言うよりも揚げ焼きみたいになるかな。あまり変わらない感じになるよ。」
「ふーん。」
油の温度は高めでも良い。元々具材には火が通っているのだ。周りが揚がれば良い。古新聞を用意してトレーに敷くと、これで準備万端だ。
コロッケを一つ一つフライパンの中に入れていく。じゅっという音がした。しっかり衣が付いているので、中の水分は出てこないし崩れることもない。中の種がしっかりしているのだ。
「春のジャガイモじゃこうはいかないわね。」
「そうなの?」
「水分が多いから、まとまりにくくて。どうしてもって言うときは中に少し小麦粉を入れたりしてね。」
そんなことをしなくても春のジャガイモでもっと美味しいモノも出来る。コロッケ委を作るのだったら、秋のジャガイモが良いと言うことなのだ。
「野菜絞り終わったよ。」
「そしたらマヨネーズと酢、砂糖、こしょうを入れるの。」
「どれくらい?」
「大体マヨネーズで味をつけるようなモノだしね。適度。」
「適度がわかんねぇよ。」
そう言ってマヨネーズを冷蔵庫から取り出す。そしてその絞った野菜の中にマヨネーズを入れていった。
「うん。それくらい。」
コロッケを揚げながらでも、片手間に量を見ている。芹はこれでも出来るようになった方だ。ここに来る前はどうやって食事なんかはしていたのだろう。
確か、初めて会ったときはネットカフェ難民のような感じだった。おそらく買ってきたものなんかで飢えをしのいでいたのだろう。だから芹に会ったとき、芹はガリガリに細かった。腕なんかも筋肉と言うよりは筋と骨しかなくて、背は沙菜よりも高いのに体重は沙菜よりも軽かったと思う。
今は普通くらいの体型だ。食事もまともになったが、引きこもりのためにこの家から出ないのであまり運動はしていないように見える。だがたまに部屋の中でストレッチくらいはしているらしい。そうしないと一日中パソコンに向かっていたら、肩や腰が痛くなるのだ。
「塩って入れなくて良いのか。」
「塩もみしたからね。」
「あぁ。そうだったな。」
「味見してたりなければ塩を追加しても良いし。」
コロッケを次々に揚げていく。四人で食べきれるくらいの量で、あとはジッパー付きの保存袋に入れて冷凍庫に入れておく。そうすれば、次に食べるときは揚げるだけで良いのだ。
「昼に言ってたさ。」
「うん。」
「農家ってここから離れてるの?」
「そうね。電車を乗り継ぐわ。海辺にあるの。私のお気に入りのところ。電車を乗り継がなければ、あの土地に住みたいくらい。」
それくらい気に入っている場所なのだ。そんな一つ一つを、芹は聞いたことがなかった。そんな場所があるとは聞いたことがなかったから。
「いつかの魚も?」
「えぇ。畑をしている方の知り合いの方に、譲ってもらったの。」
沙夜は休みの日にはたまにそうやって魚なり、野菜なりを持って帰る。それを料理するのが楽しみなのだと思っていた。だがおそらくそういう土地へ行き、地元の人とふれあうのも楽しみにしていたのだろう。人間が嫌いそうなのに、心を許せるのだろうか。芹だけではなく、ここの住人よりも心を許せる相手が居るのは少しもやっとした気持ちにさせた。
小松菜と油揚げのおひたし。油揚げは湯通ししたあとトースターで少し焦げ目をつけてから、小松菜や調味料と和えている。
コロッケのそばにはコールスローとトマトをくし切りにしたモノ。大根葉と豆腐の味噌汁、ご飯。
沙夜の作る食事は、甘い辛い酸っぱいとバランスが良い。買ってきたものではこうはいかないだろう。
「私、醤油で食べるわ。」
沙夜はそう言って卓上にある醤油差しを持って小さめのコロッケに醤油をかけた。
「醤油ねぇ。コロッケはソースだと思ってたな。」
「醤油も美味しいわよ。」
「ふーん。だったら一つは醤油にしてみるか。」
ソースではなく醤油をつけたコロッケを割り、それに口をつける。すると芹は表情を変えた。
「すげぇ、美味い。」
「良かった。」
「俺、コロッケって少し苦手だったんだよな。」
「あら。そうなの?」
「ぼそぼそしてるじゃん。でもこれ全然ぼそぼそしてない。肉が多いからか?」
「ジャガイモのせいかもね。それに作りたてだから。」
「翔と沙菜は損したな。揚げたてが美味いんだろう。これ。」
すると沙夜は少し笑った。そして沙夜もそのコロッケに口をつける。肉も確かにしっとりさせている要因だろうが、ジャガイモ自体がとても美味しいのだ。
「ジャガイモって美味しいわ。芋類って、揚げるとおいしさとか甘みとかが倍増するのよ。だからサツマイモも天ぷらが一番甘いって言ってたし。」
「良いね。芋の天ぷら。」
「今度収穫の時に呼ぶって言われていたし、その時お裾分けでくれないかなぁ。」
「その時は俺も行くわ。」
その言葉に沙夜は少し笑った。
「外に出たくない人が、珍しいわね。そんなに美味しかった?」
ジャガイモが美味しかったのは事実。そしてコロッケも美味しいのは事実。だがそれだけではないのだ。沙夜のことを知りたい。その気持ちが占めている。だがそのことを口には出来ない。
「美味いよ。これ。だったら期待出来るよな。サツマイモだって。」
「サツマイモの収穫の時は、その場で焼いたりすることもあるの。それも美味しいわよ。」
たき火が出来るような田舎なのだ。そして海辺。場所は限られてくる。
海辺へ二人で行くのは、デートをするような感覚になるだろう。想像してみても顔が赤くなりそうだ。
沙夜の携帯電話が鳴り、沙夜は箸を置いてその携帯電話の画面を見る。沙夜が仕事が休みの時でも、「二藍」のメンバーは仕事をしていることが多い。もちろん、その時は個々の仕事になる。その報告が、メッセージで沙夜に届くのだ。
「花岡さんの仕事が終わったわね。」
一馬は背が高く、体つきもがっちりしていてたまに男性誌でその体作りのインタビューを受けることもあるが、基本的にはあまり表に出ない。一馬があまりそれを望んでいないからだ。
もったいないと上からは言われているが、そもそも既婚者であるし体を武器にしたような雑誌に載って女性達に「きゃあ」と言われても困るのだ。
「何の仕事?」
「レコーディング。アニメ映画だったかしら。サウンドトラックの。」
「最近のアニメも生音を使うんだよな。贅沢。」
「オーケストラや合唱を使うところもあるわ。この国のアニメは人気があるからね。」
おそらく子供が大きくなったら、一馬もそういうアニメ映画を見たりするのだろう。想像は出来ないが一馬は割と子煩悩なところがあるし、浮気の一つもしないほど、奥さんが好きなのだ。そんな相手と巡り会えて、幸せだと思った。
「あぁ。翔も終わっていたのね。これから楽器屋さんへ行くって。」
「楽器屋?」
「デジタルサウンドを扱うような専門店があるのよ。そこで試奏をしたいんですって。」
「沙夜は気にならないのか?」
その言葉に沙夜は眉をひそめた。そして携帯電話を置くと、首を横に振る。
「音楽は売り込みだけでいい。自分で作ることはもうないから。」
コールスローに箸をつける。
相変わらず、あの音楽番組で望月旭が流した沙夜の曲は、インターネットで話題になっている。有名な音楽家の遺作だとか、海外の作曲家のモノだとか。だがどれも見当違いで、沙夜のところにまではまだ到達していないように思える。
このまま自然に消えてくれないだろうかと思うが、そうはいかないらしい。動画にアップされたその映像があるからだ。早くこの騒ぎが終われば良いと、沙夜はずっと祈っていた。
「へぇ。こんなに水気って出てくるんだな。」
野菜を絞っていた芹は感心したようにそれを見ていた。その間沙夜はコロッケを上げるためにフライパンに油を入れて熱した。
「揚げるのに油って少なすぎないか。」
その量を見て、芹は言うと沙夜は首を横に振る。
「揚げると言うよりも揚げ焼きみたいになるかな。あまり変わらない感じになるよ。」
「ふーん。」
油の温度は高めでも良い。元々具材には火が通っているのだ。周りが揚がれば良い。古新聞を用意してトレーに敷くと、これで準備万端だ。
コロッケを一つ一つフライパンの中に入れていく。じゅっという音がした。しっかり衣が付いているので、中の水分は出てこないし崩れることもない。中の種がしっかりしているのだ。
「春のジャガイモじゃこうはいかないわね。」
「そうなの?」
「水分が多いから、まとまりにくくて。どうしてもって言うときは中に少し小麦粉を入れたりしてね。」
そんなことをしなくても春のジャガイモでもっと美味しいモノも出来る。コロッケ委を作るのだったら、秋のジャガイモが良いと言うことなのだ。
「野菜絞り終わったよ。」
「そしたらマヨネーズと酢、砂糖、こしょうを入れるの。」
「どれくらい?」
「大体マヨネーズで味をつけるようなモノだしね。適度。」
「適度がわかんねぇよ。」
そう言ってマヨネーズを冷蔵庫から取り出す。そしてその絞った野菜の中にマヨネーズを入れていった。
「うん。それくらい。」
コロッケを揚げながらでも、片手間に量を見ている。芹はこれでも出来るようになった方だ。ここに来る前はどうやって食事なんかはしていたのだろう。
確か、初めて会ったときはネットカフェ難民のような感じだった。おそらく買ってきたものなんかで飢えをしのいでいたのだろう。だから芹に会ったとき、芹はガリガリに細かった。腕なんかも筋肉と言うよりは筋と骨しかなくて、背は沙菜よりも高いのに体重は沙菜よりも軽かったと思う。
今は普通くらいの体型だ。食事もまともになったが、引きこもりのためにこの家から出ないのであまり運動はしていないように見える。だがたまに部屋の中でストレッチくらいはしているらしい。そうしないと一日中パソコンに向かっていたら、肩や腰が痛くなるのだ。
「塩って入れなくて良いのか。」
「塩もみしたからね。」
「あぁ。そうだったな。」
「味見してたりなければ塩を追加しても良いし。」
コロッケを次々に揚げていく。四人で食べきれるくらいの量で、あとはジッパー付きの保存袋に入れて冷凍庫に入れておく。そうすれば、次に食べるときは揚げるだけで良いのだ。
「昼に言ってたさ。」
「うん。」
「農家ってここから離れてるの?」
「そうね。電車を乗り継ぐわ。海辺にあるの。私のお気に入りのところ。電車を乗り継がなければ、あの土地に住みたいくらい。」
それくらい気に入っている場所なのだ。そんな一つ一つを、芹は聞いたことがなかった。そんな場所があるとは聞いたことがなかったから。
「いつかの魚も?」
「えぇ。畑をしている方の知り合いの方に、譲ってもらったの。」
沙夜は休みの日にはたまにそうやって魚なり、野菜なりを持って帰る。それを料理するのが楽しみなのだと思っていた。だがおそらくそういう土地へ行き、地元の人とふれあうのも楽しみにしていたのだろう。人間が嫌いそうなのに、心を許せるのだろうか。芹だけではなく、ここの住人よりも心を許せる相手が居るのは少しもやっとした気持ちにさせた。
小松菜と油揚げのおひたし。油揚げは湯通ししたあとトースターで少し焦げ目をつけてから、小松菜や調味料と和えている。
コロッケのそばにはコールスローとトマトをくし切りにしたモノ。大根葉と豆腐の味噌汁、ご飯。
沙夜の作る食事は、甘い辛い酸っぱいとバランスが良い。買ってきたものではこうはいかないだろう。
「私、醤油で食べるわ。」
沙夜はそう言って卓上にある醤油差しを持って小さめのコロッケに醤油をかけた。
「醤油ねぇ。コロッケはソースだと思ってたな。」
「醤油も美味しいわよ。」
「ふーん。だったら一つは醤油にしてみるか。」
ソースではなく醤油をつけたコロッケを割り、それに口をつける。すると芹は表情を変えた。
「すげぇ、美味い。」
「良かった。」
「俺、コロッケって少し苦手だったんだよな。」
「あら。そうなの?」
「ぼそぼそしてるじゃん。でもこれ全然ぼそぼそしてない。肉が多いからか?」
「ジャガイモのせいかもね。それに作りたてだから。」
「翔と沙菜は損したな。揚げたてが美味いんだろう。これ。」
すると沙夜は少し笑った。そして沙夜もそのコロッケに口をつける。肉も確かにしっとりさせている要因だろうが、ジャガイモ自体がとても美味しいのだ。
「ジャガイモって美味しいわ。芋類って、揚げるとおいしさとか甘みとかが倍増するのよ。だからサツマイモも天ぷらが一番甘いって言ってたし。」
「良いね。芋の天ぷら。」
「今度収穫の時に呼ぶって言われていたし、その時お裾分けでくれないかなぁ。」
「その時は俺も行くわ。」
その言葉に沙夜は少し笑った。
「外に出たくない人が、珍しいわね。そんなに美味しかった?」
ジャガイモが美味しかったのは事実。そしてコロッケも美味しいのは事実。だがそれだけではないのだ。沙夜のことを知りたい。その気持ちが占めている。だがそのことを口には出来ない。
「美味いよ。これ。だったら期待出来るよな。サツマイモだって。」
「サツマイモの収穫の時は、その場で焼いたりすることもあるの。それも美味しいわよ。」
たき火が出来るような田舎なのだ。そして海辺。場所は限られてくる。
海辺へ二人で行くのは、デートをするような感覚になるだろう。想像してみても顔が赤くなりそうだ。
沙夜の携帯電話が鳴り、沙夜は箸を置いてその携帯電話の画面を見る。沙夜が仕事が休みの時でも、「二藍」のメンバーは仕事をしていることが多い。もちろん、その時は個々の仕事になる。その報告が、メッセージで沙夜に届くのだ。
「花岡さんの仕事が終わったわね。」
一馬は背が高く、体つきもがっちりしていてたまに男性誌でその体作りのインタビューを受けることもあるが、基本的にはあまり表に出ない。一馬があまりそれを望んでいないからだ。
もったいないと上からは言われているが、そもそも既婚者であるし体を武器にしたような雑誌に載って女性達に「きゃあ」と言われても困るのだ。
「何の仕事?」
「レコーディング。アニメ映画だったかしら。サウンドトラックの。」
「最近のアニメも生音を使うんだよな。贅沢。」
「オーケストラや合唱を使うところもあるわ。この国のアニメは人気があるからね。」
おそらく子供が大きくなったら、一馬もそういうアニメ映画を見たりするのだろう。想像は出来ないが一馬は割と子煩悩なところがあるし、浮気の一つもしないほど、奥さんが好きなのだ。そんな相手と巡り会えて、幸せだと思った。
「あぁ。翔も終わっていたのね。これから楽器屋さんへ行くって。」
「楽器屋?」
「デジタルサウンドを扱うような専門店があるのよ。そこで試奏をしたいんですって。」
「沙夜は気にならないのか?」
その言葉に沙夜は眉をひそめた。そして携帯電話を置くと、首を横に振る。
「音楽は売り込みだけでいい。自分で作ることはもうないから。」
コールスローに箸をつける。
相変わらず、あの音楽番組で望月旭が流した沙夜の曲は、インターネットで話題になっている。有名な音楽家の遺作だとか、海外の作曲家のモノだとか。だがどれも見当違いで、沙夜のところにまではまだ到達していないように思える。
このまま自然に消えてくれないだろうかと思うが、そうはいかないらしい。動画にアップされたその映像があるからだ。早くこの騒ぎが終われば良いと、沙夜はずっと祈っていた。
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