55 / 660
ポテトコロッケ
54
しおりを挟む
案の定話はあまりかみ合わなかった。音楽のことを話せば紗理那はよくわからないし、ファッションのことを話しても翔にはよくわからない。
対談が終わって編集者は「対談させなければ良かった」と思っていた。この会話を文章にするのは難しいだろう。
外はすっかり暗くなっている。このあと、少し楽器屋に寄る。翔が馴染みにしているデジタルサウンドを扱う楽器屋で、新しい機材が来たというので試し弾きをしたいと思っていたのだ。デジタルサウンドはあまり新しいモノが出たからと言ってぱっと買えるような金額ではない。試し弾きを重ねて、必要かどうかを見極めるのだ。
翔はその辺が上手だった。元々楽器のメーカーに勤めていたこともあって、くず鉄に成り下がった機材はほとんどない。望月旭はその辺に金の糸目をつけないと、この間言っていた。そのくず鉄がどんなところで、使えるようになるかは誰もわからないのだから。
パーカーを羽織ってスタジオをあとにしようとしたときだった。紗理那が声をかける。
「翔君。」
「どうしました。」
「あの……さっきのAVの話……。」
「言いませんよ。AVの現場に呼ばれることはあるけど、実際の女優や男優に会うことは無いですし、会うのはスタッフとか監督くらいで。」
その言葉に紗理那は明らかにほっとした。自分の言ったことに責任が持てない女性なのだ。まぁ、どちらにしてもそんなことを言う必要はないが。
翔はそう思いながら、エレベーターホールへ行こうとした。しかし紗理那が更に声をかける。
「翔君、これからまだ仕事ですか?」
「楽器屋さんへ行こうと思って。」
「……そっか。だったらその後、身内でご飯でもって言っているんだけど翔君も来ませんか。」
身内というのがなんなのかわからない。だがあまり良い感触には見えなかった。翔は首を横に振ると、紗理那に言う。
「ごめん。行くとこがあるので。」
「だったら都合の良いときに連絡を……。」
「明日からレコーディングなんですよ。俺。しばらくスタジオに籠もるから。」
デコレーションした携帯電話を取りだしたが、翔はそれを拒否した。そしてまたエレベーターホールへ向かう。
その様子を編集者は見て、少しため息を付いて紗理那に近づく。
「言ったでしょう?千草さんって見た目は良いしチャラそうに見えるけど、あまり遊ぶようなタイプじゃないって。」
「本当にゲイなのかしら。」
「あぁ。遥人と?」
同じバンドメンバーである栗山遥人とデキているという噂もあるのだ。だが紗理那にはそんな感じはしない。ゲイの趣味があるならば、おそらく声をかけられるのは男性向けのAVではなく、ゲイ向けのモノが多いだろうと思っていたからだ。
「それか彼女がいるとか。ほらあの噂知ってます?」
編集者がそう言うと、紗理那は少し笑いながら言う。
「レコード会社の担当者が、五人をくわえ込んでるとか。あの担当者の妹ってAV女優らしいし。」
「え?」
すると担当者は驚いたように紗理那に言った。
「日和っていう子ですよ。双子の姉が、あの担当者らしいですね。」
そう言って編集者は携帯電話を取り出すと「日和」の写真を検索し、それを紗理那に見せる。すると紗理那は驚いてその画面を見た。
「沙菜じゃん。」
「沙菜?」
「一緒にアイドルしてたときの……。」
笑顔になる。良いことを聞いたと思ったのだ。そしてこれを利用すれば、翔を手に入れられるかもしれない。綺麗な男を自分好みにするのが、紗理那の唯一の楽しみなのだから。
大根葉と豆腐の味噌汁。コールスローサラダはキャベツとにんじん。小松菜のおひたしには油揚げを添える。あとは夕べの残りの煮物を食べるのだ。
沙夜はキャベツを千切りにしたモノをボウルに入れて、同じくにんじんも千切りにした。そのボウルの中に塩を入れると、芹にいう。
「これ混ぜておいて。」
「塩だけで良いのか。」
「十分しんなりするから。」
フライパンでは豚のミンチとタマネギのみじん切りが炒められている。それに少し塩こしょうで味をつけて、潰しておいたジャガイモに加えた。
「コロッケってさ。肉屋とか惣菜屋とかスーパーとかでもあまり高くないよな。」
「そうね。」
「結構手間がかかるのに、安すぎないか。」
沙夜はそれを聞いて少し笑う。
「そうね。手間はかかる。だけど使っているモノはあまり高くないからかしらね。例えばかにクリームコロッケの方が高いのは、かにが高いからでしょう。」
「そんなもんかね。」
「混ぜたらラップをしておいてくれる?」
「あぁ。」
「それからお湯を沸かしてくれるかしら。小松菜と油揚げに火を通すから。」
今日は沙夜は休みだ。だから仕事から帰ってきてバタバタと料理をするのでは無く、ゆっくり余裕を持って料理をしていた。
「油揚げってそのままでも食べられるんだろう?」
「食べられるけど、油っぽくて私はあまり好きじゃないわ。お味噌汁にいれるのも少しね。」
「沙夜ってあまり油っぽいの好きじゃないよな。コロッケだって揚げないで良いなら焼きそうだ。」
「そういう方法もあるみたいだけど、まぁ……私は料理人でも何でもないわけだし。」
料理をしているときが一番の息抜きなのだ。そして美味しいと言われたいと思う。潰されたジャガイモと炒めたタマネギと豚の挽肉を合わせ、手で混ぜていった。そして十分に混ざったところで成形する。
大きいモノをどんと作るのも悪くないが、ここは小さいモノを沢山作った方が良い。そうすれば、揚げ物は控えている沙菜は少なく食べるだろうし、男二人は多く食べるだろう。
「それにしても作りすぎだな。」
量を見て芹はため息を付く。
「冷凍していれば、揚げるだけでまた食べられるのよ。これから私も帰れないかもしれないし、その時は芹が揚げるのよ。」
「俺が?」
「フライパンに少し油を多く入れるだけでも揚げたようなモノが出来るから。」
「なんで俺が……。」
「沙菜にさせないでよ。」
その言葉に芹は黙り込んだ。沙菜にさせればコロッケが炭になる。そう思っていたからだ。
「沙菜は覚える気がないのよね。ずっと私が居るわけじゃないのに、何か一つでも作れれば良いのだけれど。」
「得意料理はカップラーメンっていっているヤツが何が出来るんだよ。」
「そうだったわね。」
「あいつは男と女のあれこれだけは上手いんだろうけどな。お前はどうなんだよ。」
「私?」
「男と女のあれこれ。」
「言いたくないわね。」
そう言って沙夜はコロッケをまとめ上げると、ボウルに卵を割って入れる。少し水を入れることでコロッケに上手くまとわりつくのだ。
「二十五くらいでさ。」
「良いから、芹。小松菜を三束。根元を良く洗ってそのお湯の中に入れて。」
沙夜が一番口が重くなるのは男関係のことだ。ここに来てから男の話を聞いたことはない。まさかレズビアンなのかとも思ったが、女の影もないのだ。
「芹も少しは料理が出来るようになったわよね。」
「馬鹿にしやがって。俺、出来ないことはないんだよ。」
「へぇ。知らなかったわ。」
小麦粉とパン粉を用意する。そしてコロッケに小麦粉、卵、パン粉の順番に衣をつけていった。時間がなければ出来ないことで、男と遊ぶよりはこうして料理をしている方が沙夜らしい時間の過ごし方だと思う。
対談が終わって編集者は「対談させなければ良かった」と思っていた。この会話を文章にするのは難しいだろう。
外はすっかり暗くなっている。このあと、少し楽器屋に寄る。翔が馴染みにしているデジタルサウンドを扱う楽器屋で、新しい機材が来たというので試し弾きをしたいと思っていたのだ。デジタルサウンドはあまり新しいモノが出たからと言ってぱっと買えるような金額ではない。試し弾きを重ねて、必要かどうかを見極めるのだ。
翔はその辺が上手だった。元々楽器のメーカーに勤めていたこともあって、くず鉄に成り下がった機材はほとんどない。望月旭はその辺に金の糸目をつけないと、この間言っていた。そのくず鉄がどんなところで、使えるようになるかは誰もわからないのだから。
パーカーを羽織ってスタジオをあとにしようとしたときだった。紗理那が声をかける。
「翔君。」
「どうしました。」
「あの……さっきのAVの話……。」
「言いませんよ。AVの現場に呼ばれることはあるけど、実際の女優や男優に会うことは無いですし、会うのはスタッフとか監督くらいで。」
その言葉に紗理那は明らかにほっとした。自分の言ったことに責任が持てない女性なのだ。まぁ、どちらにしてもそんなことを言う必要はないが。
翔はそう思いながら、エレベーターホールへ行こうとした。しかし紗理那が更に声をかける。
「翔君、これからまだ仕事ですか?」
「楽器屋さんへ行こうと思って。」
「……そっか。だったらその後、身内でご飯でもって言っているんだけど翔君も来ませんか。」
身内というのがなんなのかわからない。だがあまり良い感触には見えなかった。翔は首を横に振ると、紗理那に言う。
「ごめん。行くとこがあるので。」
「だったら都合の良いときに連絡を……。」
「明日からレコーディングなんですよ。俺。しばらくスタジオに籠もるから。」
デコレーションした携帯電話を取りだしたが、翔はそれを拒否した。そしてまたエレベーターホールへ向かう。
その様子を編集者は見て、少しため息を付いて紗理那に近づく。
「言ったでしょう?千草さんって見た目は良いしチャラそうに見えるけど、あまり遊ぶようなタイプじゃないって。」
「本当にゲイなのかしら。」
「あぁ。遥人と?」
同じバンドメンバーである栗山遥人とデキているという噂もあるのだ。だが紗理那にはそんな感じはしない。ゲイの趣味があるならば、おそらく声をかけられるのは男性向けのAVではなく、ゲイ向けのモノが多いだろうと思っていたからだ。
「それか彼女がいるとか。ほらあの噂知ってます?」
編集者がそう言うと、紗理那は少し笑いながら言う。
「レコード会社の担当者が、五人をくわえ込んでるとか。あの担当者の妹ってAV女優らしいし。」
「え?」
すると担当者は驚いたように紗理那に言った。
「日和っていう子ですよ。双子の姉が、あの担当者らしいですね。」
そう言って編集者は携帯電話を取り出すと「日和」の写真を検索し、それを紗理那に見せる。すると紗理那は驚いてその画面を見た。
「沙菜じゃん。」
「沙菜?」
「一緒にアイドルしてたときの……。」
笑顔になる。良いことを聞いたと思ったのだ。そしてこれを利用すれば、翔を手に入れられるかもしれない。綺麗な男を自分好みにするのが、紗理那の唯一の楽しみなのだから。
大根葉と豆腐の味噌汁。コールスローサラダはキャベツとにんじん。小松菜のおひたしには油揚げを添える。あとは夕べの残りの煮物を食べるのだ。
沙夜はキャベツを千切りにしたモノをボウルに入れて、同じくにんじんも千切りにした。そのボウルの中に塩を入れると、芹にいう。
「これ混ぜておいて。」
「塩だけで良いのか。」
「十分しんなりするから。」
フライパンでは豚のミンチとタマネギのみじん切りが炒められている。それに少し塩こしょうで味をつけて、潰しておいたジャガイモに加えた。
「コロッケってさ。肉屋とか惣菜屋とかスーパーとかでもあまり高くないよな。」
「そうね。」
「結構手間がかかるのに、安すぎないか。」
沙夜はそれを聞いて少し笑う。
「そうね。手間はかかる。だけど使っているモノはあまり高くないからかしらね。例えばかにクリームコロッケの方が高いのは、かにが高いからでしょう。」
「そんなもんかね。」
「混ぜたらラップをしておいてくれる?」
「あぁ。」
「それからお湯を沸かしてくれるかしら。小松菜と油揚げに火を通すから。」
今日は沙夜は休みだ。だから仕事から帰ってきてバタバタと料理をするのでは無く、ゆっくり余裕を持って料理をしていた。
「油揚げってそのままでも食べられるんだろう?」
「食べられるけど、油っぽくて私はあまり好きじゃないわ。お味噌汁にいれるのも少しね。」
「沙夜ってあまり油っぽいの好きじゃないよな。コロッケだって揚げないで良いなら焼きそうだ。」
「そういう方法もあるみたいだけど、まぁ……私は料理人でも何でもないわけだし。」
料理をしているときが一番の息抜きなのだ。そして美味しいと言われたいと思う。潰されたジャガイモと炒めたタマネギと豚の挽肉を合わせ、手で混ぜていった。そして十分に混ざったところで成形する。
大きいモノをどんと作るのも悪くないが、ここは小さいモノを沢山作った方が良い。そうすれば、揚げ物は控えている沙菜は少なく食べるだろうし、男二人は多く食べるだろう。
「それにしても作りすぎだな。」
量を見て芹はため息を付く。
「冷凍していれば、揚げるだけでまた食べられるのよ。これから私も帰れないかもしれないし、その時は芹が揚げるのよ。」
「俺が?」
「フライパンに少し油を多く入れるだけでも揚げたようなモノが出来るから。」
「なんで俺が……。」
「沙菜にさせないでよ。」
その言葉に芹は黙り込んだ。沙菜にさせればコロッケが炭になる。そう思っていたからだ。
「沙菜は覚える気がないのよね。ずっと私が居るわけじゃないのに、何か一つでも作れれば良いのだけれど。」
「得意料理はカップラーメンっていっているヤツが何が出来るんだよ。」
「そうだったわね。」
「あいつは男と女のあれこれだけは上手いんだろうけどな。お前はどうなんだよ。」
「私?」
「男と女のあれこれ。」
「言いたくないわね。」
そう言って沙夜はコロッケをまとめ上げると、ボウルに卵を割って入れる。少し水を入れることでコロッケに上手くまとわりつくのだ。
「二十五くらいでさ。」
「良いから、芹。小松菜を三束。根元を良く洗ってそのお湯の中に入れて。」
沙夜が一番口が重くなるのは男関係のことだ。ここに来てから男の話を聞いたことはない。まさかレズビアンなのかとも思ったが、女の影もないのだ。
「芹も少しは料理が出来るようになったわよね。」
「馬鹿にしやがって。俺、出来ないことはないんだよ。」
「へぇ。知らなかったわ。」
小麦粉とパン粉を用意する。そしてコロッケに小麦粉、卵、パン粉の順番に衣をつけていった。時間がなければ出来ないことで、男と遊ぶよりはこうして料理をしている方が沙夜らしい時間の過ごし方だと思う。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
【R18】淫乱メイドは今日も乱れる
ねんごろ
恋愛
ご主人様のお屋敷にお仕えするメイドの私は、乱れるしかない運命なのです。
毎日のように訪ねてくるご主人様のご友人は、私を……
※性的な表現が多分にあるのでご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる