触れられない距離

神崎

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ポテトコロッケ

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 橋本紗理那という女性は元々モデルをしていたらしく、カメラで写真を撮られるのはとても慣れている。翔は呼ばれれば行くといった感じだし、ポーズだって言われてその通りにするくらいだ。それでも何度も呼ばれることもあるし違う雑誌に載ることもあるので、沙夜の薦めでモデルの講習なんかへ行ったこともある。だが学校へ行っていたわけではないし、何より翔自体が「自分は普通だから」というスタンスなのだ。だから本格的にモデルをしていたという紗理那と並んでも、格が違うと思う。
「千草さん。難しかったらサリーちゃんに合わせてください。」
 カメラマンがそう言って、紗理那の方を見る。すると紗理那は翔の手に手を絡ませてきた。
「……ちょっと……。」
「恋人みたいな感じなんですよね。普通でしょ?これくらい町に行ったらゴロゴロ見ますし。」
「それはそうですけど。」
 よく手入れをされている指には、カラフルなマニキュアが塗られている。沙夜には縁がないものだろう。沙夜はほとんど化粧をしないし、指先に至ってはクリームなどを塗ることもないので、今からはあかぎれをすることもあるのだ。血でにじんだ指先がいつも美味しい食事を作ってくれる。
 今日の帰りは遅くなると思う。このあとこの雑誌のインタビューがあったりするからだ。早く帰って沙夜が作った食事を食べたい。

 撮影を終えると、やっと私服に着替えることが出来た。まだ熱いのでスタジオはエアコンをガンガン効かせていたが、それでもセーターやコートを脱ぐと腕のあたりが冷やっとした。
 パーカーは外に出てからまた着ようと手に持って、バッグと一緒にスタジオとは別の部屋へ向かう。ここで紗理那と対談をする予定だ。
 しかし、あの女性と何の話が出来るだろう。もらった資料には「アーティストらしい対談」と書いてあったが、何か話が出来るのだろうか。
 そう思いながら、スタジオの脇にある会議室のようなところへ向かう。ドアを開けるともうすでに紗理那の姿があり、編集者とファッションの話に花が咲いているように見えた。私服でも派手に見える。ピアスや指輪が好きなようで指輪が前に置かれている。
「これ、「TIC」の新作で。」
「凄い可愛いですね。資料としてみたことはあるけど、実際見ると相当可愛い。」
「ですよね。」
 駄目だ。全く話がわからない。そう思いながら翔は部屋のドアを閉めた。
「あ、翔君。」
 紗理那がそう言って翔を迎え入れた。
「翔君?」
 いきなり名前で、しかも君付けをされるとは思ってなかった。だが翔は一瞬表情を引きつらせたが、若ければこういうこともあるだろうと大目に見ることにした。
「遅かったですね。」
「メイクがなかなか取れなくて。」
 まだベタベタしている気がする。普段はメイクをするのはテレビに出るときくらいしかないのに、雑誌となればもっと厚いメイクをするのだ。ドーランのようだと思う。それにカラーコンタクトを取るのにも苦労した。目は悪くないので、普段は眼鏡すらしていないのにコンタクトをしたのは、黒目が大きく見えるためだろう。
「がっつり話をするのって初めてですか?」
 椅子に座ると編集者から聞かれる。すると翔は少し頷いた。
「歳も違うし、キャリアも違うから。」
「キャリアだけならあたしは負けてないですから。」
「へぇ……この仕事になる前はモデルをしていたとか。」
「はい。中学生くらいから。」
 ティーン向けの雑誌なんかに載っていたのだろう。そこから抜けきれない感じがして、翔は少し笑う。あまり背も高くないのは、小さい方が需要があるからかもしれない。
「で、歌を?」
「地下アイドルしてて。」
「地下アイドル?」
「翔君は見たことがないですよね。多分、そういうの。」
 見たことはないが、沙菜が元地下アイドルだったのだ。人気は出なかったようだが、沙菜も歌って踊ることは出来るらしい。
 だから基礎は出来ているんだなと少し納得した。
「高校卒業してアイドルを辞めたあとに本格的にボーカルレッスンしたんですよ。」
 それはアイドルの時にでもした方が良いんじゃないのか。そう思っていたが、アイドルは特に見た目などしか見ていないのだ。ダンスは誤魔化しがきかないが、歌は口パクでもいけるのであまり重要視されていないと言うことだろう。
「翔君は?」
「俺?」
「「二藍」に入る前は?」
 すると翔は少し戸惑った。引きこもりではないが、田舎でお茶を作っていたのだ。そんな輝かしい経歴を持っている人の前で、それが言えるだろうか。それに戸惑ってしまった。
「楽器のメーカーに居まして。」
「メーカー?」
「売り込みなんかを。」
「サラリーマンだったんだ。」
 嫌な思い出しかない。あそこが原因でうつ病になってしまったのだから。
「楽器ってあたしよくわかんなくって。」
 紗理那はそう言うとため息を付いた。
「え?」
 バンドをしているのだから、音楽に携わっているモノだろうと思っていたのだが、どうやら話は違うらしい。
「メンバーがこういう曲が出来た。歌ってって言われるから歌っているだけ。あとのパフォーマンスは自己流だけど。」
「じゃあ、音楽はバンド任せですか?」
 紗理那が頷いたのを見て翔には理解が出来なかった。「二藍」の音楽は、もちろん今までは三倉奈々子が口を出していたが、大まかな形はメンバーみんなで決めていた。それはボーカルである遥人も同じで、歌いにくいだのこのコード進行はあり得ないだの、割と口を出す方だ。
 それを全部人任せにしているというのがわからない。
「それってソロでしても変わらないって事ですか。」
 翔はそう聞くと、紗理那は少し頷いた。
「歌って、踊ってって地下アイドルをしてたときとあまり変わらないですしね。でもアイドルってほら、十八くらいになったらもうおばさん扱いで。そうだ。あれですよ。」
「あれ?」
「あたしと同じアイドルしていた子なんか、歳の割に老けて見えて。おっぱいが大きかったからかな。アイドルじゃなくてストリッパーみたいな子が居たんですよ。今はAV女優してるけど、話を聞いてやっぱりなって思ったな。」
 沙菜のことだろうか。そう思うと少し微妙な感情になる。
 それにしても若いうちにこの世界に入ってきたという割には、あまりこの世界でいらないことをべらべらと話す女だ。人の悪口とか噂とかは、あまり言わない方が良いのだが。
「まだその子は続けているんですか。」
 すると紗理那は少し頷いた。
「AV女優っていう道はあたしには無理かな。」
「どうして?」
 編集者がそう聞くと、紗理那は少し笑って言う。
「好きでも無い人とセックスなんて出来ないもん。それが出来る人って凄いですよね。」
 口調は凄いと言っているが、どうやら違う。遠回しに卑下していた。それは沙菜のことを馬鹿にしているようにも聞こえる。イラッとする女だ。二度は仕事をしたくない。おそらく今日のことを沙夜に言えば、沙夜も首を横に振る。沙夜は沙菜の仕事を馬鹿になどしない。だから毎日、沙菜に弁当を作っているのだ。
「でもまぁ……俺、AVの業界からは未だに声がかかりますよ。」
 その言葉に紗理那は驚いたように翔を見た。まさか出演しているというのだろうかと思ったのだ。
「出演?」
「そうじゃないですよ。うちのメンバーの一馬の……花岡ですね。そのつてで、AVで流れる曲を作ってくれって言う依頼とか。インストの曲を二,三曲作ることもあります。」
 その時やっと紗理那は気がついた。自分を綺麗に見せようといった言葉は、逆効果だったのだと。
 見た目は良いのにファッションなんかに全くこだわりのない男に馬鹿にされたくなかった。
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